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第三章 六年後編
動画編集者(1)
しおりを挟む蠱惑的な美女が、唇にペンの頭を押し当てる。
スカーレット・グッドスピード。三十二歳。
イスタルテ共和国内で最も社会貢献度の高い企業GS社の社長であり、国家運営を担う合議体の一員でもあるラスコール・グッドスピード侯爵の一人娘である。
白いシャツと黒いスーツ。緋色の長い髪を後ろにまとめ、スクエア型の眼鏡を掛けている。普段はコンタクトを使用しているが、仕事中はこのスタイル。
あてがわれた社内自室にこもり、事務机に置かれたモニターを前にしてから既に四時間。事務椅子に乗せた尻の汗ばみが気にならない程に集中していた。
「どうしたものかしら……」
自然とこぼれる呟き。持ち込まれた動画に頭を悩ませる。
編集作業にはそれなりに矜持がある。手を抜きたくはなかった。
六年前──国家を揺るがす程の大きな事件があった。
当時からGS社に在籍していたスカーレットは意図せず事件の首謀者に加担しており、懲戒解雇処分を受けた上で刑務所に収監されるはずだった。
だが、父の権力で執行猶予付きの刑罰で済んだ上、当時付き合い始めたばかりだった恋人──吾妻信──が父を説得したことで懲戒解雇処分も受けずに済んだ。
そしてシンの提案で、社外情報発信部に配属された。
所謂、広報である。
異動辞令が出て配属先に顔を出したその日のうちに、スカーレットは軍需品の宣伝動画を作るよう命じられた。「君にしか頼めない仕事だ」と上司に言われて。
GS社は家具や日用品など多くの製品を販売している。その為、広報担当も製品により異なり、売上が高い物ほど敬遠されるきらいがあった。重責がのしかかるからだ。
スカーレットが担当する軍需品はGS社で最も売上が高かった。しかも命じられたのは製品の意匠や性能を紹介する動画の作成ではなく、実戦動画の編集である。
その作業は責任の重さも相俟り、社員からは『地獄』と恐れられていた。
というのも、凄惨なのである。精神に堪えるのだ。
映像内で魔物が臓腑を撒き散らし、血みどろになるのは当たり前。調子に乗った装備品のテストモニターが四肢を欠損することや、魔物に食い殺されることもある。
編集に携わった社員の実に九割が心を病んでいた。体調に支障をきたし退職する者も後を絶たず、業務自体をなくすよう多くの社員が訴えていた程である。
スカーレットが回されたのはそういう仕事だった。
暗に会社を辞めろと言われていたのだ。
それは配属先の社員が結託し、画策したことだった。
皆、スカーレットが嫌いだったのである。
しかし、スカーレットはそんなこととは露知らず、二つ返事で引き受けた。
むしろ配属されて早々『君にしか頼めない仕事』と言われたことを嬉しく思っていた。平民が自分に見合う仕事を用意し、必死に媚びを売ったと思い込んだのだ。
当時のスカーレットはそういう都合の良い解釈をする癖があった。
「ふぅん、気が利くじゃない」
スカーレットは上司に向かってそう言った。失笑を買ったが、世間知らずの侯爵令嬢は一緒になって笑った。馬鹿にされていることにも気づいていなかった。
しかし、これは相互の勘違いが引き起こしたものだった。スカーレットは与えられた仕事が自分向きだと本気で思っていた。上司と同僚はそれを知らなかったのだ。
スカーレットは元々ダンジョン攻略動画が好きだった。
血や臓物、人の死にはさして抵抗がなく、むしろ残虐な光景を目にすると、背筋を貫くような快感を覚えた。そういう異常性癖を抱えていた。
それは十代中頃に家を出てから得た歪みだった。
不良と交際し、ダンジョンで魔物を斬殺、あるいは撲殺するのを見たことがあった。自分でも喜んでやった。喧嘩で人が殺されるのも何度も目にしてきた。
誰かが痛めつけられる姿を見ると興奮した。
人でも、魔物でも。
未熟だったのだ。
想像する力が乏しく、痛みを知らなかった。
世界は自分を中心に回っていると思っていた。
自分のことも、他人のこともわかっていなかった。
また、わかろうともしなかった。
責任も含め、何一つ理解していなかった。
ゆえに仕事も下手の横好き気分で行っていた。遊んでいるようなものだった。笑顔を浮かべて鼻歌まじりに悲惨な映像を編集する姿は社内で評判となった。
親の七光り。縁故入社。勘違い馬鹿。尻軽女。前科持ち。そこに残虐趣味の変態という不名誉な印象が付け加えられた。すべて間違いではなかった。
だが──ここで彼女の人生は好転した。成長の突端を掴んだのだ。
仕上がった動画は上司を唸らせ、すぐに緊急役員会議が開かれた。そして翌日、スカーレットの手がけた宣伝映像が社内放映されることになった。
「驚いたよ。『好きが高じて』という言葉は君の為にあるようなものだな」
そう上司が褒め称える程、客観的に楽しむ目で作られた映像は評判が高かった。その映像は街でも人気を博し、スカーレットは即座に実績を積み上げることとなった。
スカーレットは有頂天になった。自分にはやはり才能があるのだと思い込んだ。しかし仕事にのめり込むにつれ、徐々に焦燥感に囚われるようになった。
少しでも売上が落ちると自分の編集に問題があったと感じるようになった。そして何が問題だったのかを探る為、他人に意見を求めるようになった。
高飛車な態度だと相手にされないことを学んだ。嫌われていることを自覚した。自分と世間との距離が如何に隔てられているかを知り、改善することに努めた。
真っ当に社会を生きる優しい人たちはスカーレットの変化に気づき力を貸した。そうした人たちと交流するうちに、スカーレットの心は矯正されていった。
一年もすると、犯した罪の重さを省みるようになった。途轍もない悪人の片棒を担いでいたことを理解して怖気立ち、しばらく塞ぎ込んだ。
周囲の支えがなければ自殺していたくらいに憔悴した。
その頃のスカーレットはもう嫌われてはいなかった。身内だけでなく、上司も同僚も心配して見舞いに訪れた。一緒になって涙し、落ち込む彼女を励ました。
その甲斐あって、スカーレットは立ち直った。そして、一層真面目に働いた。
心を入れ替えた彼女に与えられる評価は高く、出世も早かった。
現在は広報担当役員に抜擢されその地位を守っている。
ただ、それは名ばかりのもの。
外聞をはばかる事情がある為に表に出ることはない。
何かがあっても、矢面に立つのはいつも代理だ。
仕事は六年前と変わらず生々しい実戦動画を編集し、製品の宣伝映像を作ること以外にほとんどない。それだけに、矜持とは別に手抜きが許されない部分もある。
存在理由を失うことを怖れているという自覚はあったが、気負い過ぎるくらいが丁度良いとも思う。それだけのことをしたと、責任の重さと苦痛を受け入れていた。
本来であれば、刑務所にいたはずだったのだから、と。
国家反逆罪。縁故入社を果たした十三年前から六年前まで、GS社の期限切れ製品を横流ししていたスカーレットが、意図せず巻き込まれた軍事施設破壊事件。
自分が違法に販売した製品が自国の兵士を大勢殺した。
そして、危うく隣国六氏族国家同盟との戦争に発展するところだった。
事件が未然に防がれたことでスカーレットは首の皮が繋がった。首謀者が遺書を残して自殺していなければ、一生を刑務所で過ごすことになっていたかもしれない。
いや『自殺に見せかけて殺されていなければ』という方が正しい。首謀者を暗殺し、その悪事を公表したのはシンだとスカーレットは知っている。
父とシン、そして叔父のノルトエフとその家族の尽力があったからこそ、こうしてやり直す機会を得ることができた。今では感謝してもしきれない思いでいる。
だが、それで過去に苛まれる苦痛が消える訳ではない。スカーレットは突発的に脳裏をよぎる黒歴史を振り払うように目を閉じ、眼鏡を外して目頭を揉んだ。
(まただわ。本当、駄目ね……)
三十を過ぎた今では、どうしてあんなに増長できたのかが不思議でならない。
若気の至りとはいえ、本当に馬鹿だったとスカーレットは思う。
(こういうのって、年を重ねるごとに恥ずかしさが増すものなのね……)
時折、こうして思い出しては死にたくなる。行き詰まったときは、特に。
「本当、どうしようかしら……」
誰もいない部屋の中でまた呟いたとき、不意にイヤホンが外された。驚いて振り返る前に、背中から優しく抱擁される。途端に鼓動が速まる。
「スカーレット、大丈夫?」
「シン……」
耳元で優しく囁く夫。吾妻信。三十四歳。日本からの転移者。普段通りのスタイリッシュな黒いスーツに身を包んだ、長身痩躯と狐目が特徴の優男。
表の顔は礼節をわきまえた社長の警護人。裏の顔は拷問を得意とする無法者。スカーレットの歪な性根にぴったりと嵌まって真っ当になるよう尽力した男である。
出会いは最悪な形だったのに、思い出すと今でも体が疼く。
結婚してから五年も経つというのに、まだ恋心が消えない。
スカーレットは豊満な体を少し強張らせ、開いていた脚を閉じる。
先程とは別の形の羞恥が湧き起こり、少し戸惑っていた。
「私、汗臭くない?」
「君はいつも良い香りかと。それより、これは……?」
シンがモニターに映る映像を見て興味深げに言う。
その声で気を取り直したスカーレットが、すぐに動画を巻き戻す。
「ここから観て。凄いから。再出現間隔の短い魔物の巣よ」
モニターには、小さな遠隔光源に照らされた遺跡の大部屋が映る。その人工的な灰色の部屋で、黒い剛毛に覆われた大型の魔物──牛角の生えた二足歩行の赤目の熊──ボギーベアの大群に囲まれた十六歳の少年が準備運動をしている。
装備はすべてGS社製。色は黒。革製のブーツとグローブ。戦闘服と都市迷彩の施された軽鎧装甲G弐型改。そして腰の両サイドには金属製トンファー。
形状を額当てに変更された金属製頭部保護具改がショートウルフの黒髪に合い、活発そうな印象のある整った顔立ちを精悍に見せる。
送られてきたプロフィールによれば身長百八十センチ。体重は七十五キロ。筋肉に覆われた引き締まった体が装備越しにもわかる。
「スカーレット、これは誰?」
「イスカ君よ」
シンが息を吞み、スカーレットの肩を抱いてモニターに顔を寄せる。
「イスカって、あのときの子供がこんなに成長したのか……」
「びっくりよね。六年前とは別人。テストモニターをお願いしたらこんなのが送られてきたの。これまではイリーナさんだったから、編集に困っちゃって」
「困る? 優秀な君が? 何か問題でも?」
「まぁ、観ててよ。驚くから」
スカーレットは苦笑して言う。褒められてこそばゆかった。
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