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カラット王国編
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しおりを挟む「はじめましてだね、メイ」
そう言って微笑むクラウスに、メイは冬の嵐が巻き起こるような冷たい視線を向けました。クラウスはその余りの冷たさにヒッと短い悲鳴を上げます。
(なんだ⁉ なんで僕がこんな変態を見るような目で見られてるんだ⁉)
それは変態だからなのですが、困ったことに当人にその自覚はありません。
クラウスの段取りでは、この後すぐに婚約発表を行う予定でした。卑怯にも有無を言わさず行うつもりでいたのです。先に王子が婚約を宣言してしまえば、相手が断りづらいことこの上ないと知っての企みでした。そして何より、アルベルトの前でそれを行うことで、溜飲を下げようと思っていたのです。
と言いますのも、クラウスはアルベルトがメイをギャフンと言わせる為に努力を重ねていると知っていたからです。それが水泡に帰す場所、つまり自分の妃という位置にメイを連れて行こうと考えていた訳です。それで、クラウスは歪んだ欲望をすべて満たせるはずでした。
相手がメイでさえなければ、或いはクラウスが変態でさえなければ、それは果たせていたでしょう。しかし、残念ながら相手はそのメイで、クラウスは変態なのです。それがクラウスの誤算です。とはいえ既に賽は投げられています。最早、後の祭りです。
メイはクラウスに向かい底冷えするような冷笑を浮かべてカーテシーを行いました。
「クラウス殿下。お初にお目にかかります。いえ、何度もお目にかかっておりましたね。失礼いたしました。姿をお見せしてくださらならないものですから、つい誤った言葉を口に出してしまいましたわ」
「え……?」と、クラウスは顔を引きつらせます。それを見てメイは確信しました。
やはりこいつが自分の後をつけまわしていた変態だったか、と。
それがはっきりしてしまえば、もはや怖れることは何もありません。メイは淑女らしくお淑やかに息を吸い込み、言葉を乗せて吐き出しました。
「カラット王国の第一王子ともあろうお方が、禁止魔法を使って婦女子の後を全裸でつけまわし、いえ、それだけでは飽き足らず、更衣室の覗きを行いながら、或いは大勢の人が行き交う通りで自慰行為に耽るというのは狂気の沙汰としか思えないのですけれど、それについてはどのような釈明を?」
クラウスは口をぱくぱくと、まるで池の錦鯉のように動かします。
(ど、どうして僕の秘密を……⁉)
クラウスの一物は今やおできのように縮み上がっていました。それほどにメイの言葉と視線に恐怖を感じていたのです。これなら変態と面と向かって罵られた方がまだマシだとさえ思っていました。しらを切ろうにも、メイの冷静な口調が理詰めでくることを予感させます。的確に痛いところを突かれる未来が目に浮かぶのです。
奇しくも、茶会に選んだのは東国を模して造られたあの庭園でした。三人にとっては始まりの場所。クラウスはそこですべての決着をつけるつもりだったのですが、今はもう青ざめてそれどころではありません。下手をすれば、自分の人生に決着をつけられかねません。真っ白になった頭を必死になって働かせます。
「何を、言っているのかな? 君と会うのは、これが、は、初めてのはずだが?」
「あら、それは間違っていませんこと?」
メイが一際大きな声で言いました。クラウスばかりか、池の側でマカロンを崩して錦鯉に振舞っていたアルベルトまでもがビクリと肩を跳ね上げます。
(え、俺か⁉ いや、今日はうるさくしてないぞ⁉ 餌やり自体が駄目なのか⁉)
アルベルトはドキドキしながら声のした方向に顔を向けます。と同時に、クラウスとメイの元に、一斉に周囲の目が集まりました。
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