【完結】御影山キャンプ場にて~彼此繋穴シリーズR15短編~

月城 亜希人

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学~前編~

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 何だ?

 リールを巻いてルアーを回収し、竿を置く。

 釣りがどうでもよくなるくらい変なものが見えたように思う。
 見間違いじゃなければ、あれは四つん這いになった人だった。
 たぶん女だ。そんな格好だった。

 特に陽射しが強い訳ではないが、両手で庇を作って上からの光を遮る。
 気持ち程度だが、見やすくなる。
 視界をゆっくりと横に移動させる。何も見当たらない。

「見間違いか?」

 独り言を呟きながら竿を手に取る。
 じゃあ、再開しようか。と、もう一度竿を振ろうとしてやめる。
 やる気が削がれた感じがした。もう、帰ろう。
 いや、帰った方がいい。

 妙に胸がざわついた。
 竿とクーラーボックスを持ち、帰り道に顔を向ける。
 そこで自分が恐怖していることに気づいて身震いした。
 よくよく考えてみると、これはすごく気持ちの悪いことだと遅れて理解した。

 自然と足が止まった。

 確認した方がいいな。これは。絶対に。

 寒気を感じながら、こっそり振り返る。
 対岸の林を見渡すと、白いものがいた。
 離れているので姿は小さいが、さっきよりは近い。

 白いブラウスを着て、緑のミニスカートを穿いた、長い黒髪の女だと分かる。
 女は木の後ろに隠れてすぐ見えなくなる。

 女が隠れた木をじっと見ていると、別の場所で物音がした。
 ガサガサと、地面に落ちた葉や草を散らしているような音だ。
 視線を向けると、音が止まる。

「な、何だよ」

 さっきまでいい場所だと思っていたのに、不気味な空間に早変わりしてしまった。

 緑が豊かな風景も、涼しげな水の音も、穏やかな陽射しも、酷く怖しく感じられる。

 俺、ここに一人なんだよな。

「あ」

 体が固まる。

 川を挟んだ向こう側の、最も手前にある木の幹から、女がぬるりと顔を出した。
 
 薄暗がりの中の、白い女の顔。

 うつ伏せになっているのかと思うくらい、顔の位置が地面に近い。

 女は俺を見ている。
 距離がそう遠くないので、顔かたちや表情も何となく分かる。

 眉がなく、一重。無表情。唇だけが赤い。
 瞬きしない。じっとこっちを見ている。見つめている。

 俺は、固唾を飲んで後退する。

 足下の砂利が鳴る。

 女がこっちを見たままゆっくりと幹の裏に顔を隠す。
 俺はいつの間にか息を止めていたらしく、胸の苦しさから一気に息を吐き出した。

 なるべく音を立てないように気を遣いながら、呼吸を整える。
 同時に、緊張していたことを覚る。鼓動が早い。はやる気持ちを抑える。

 女は徐々に近づいてきている。

 最初は百メートル以上離れていたはずだ。
 それが今は二十メートルあるかないかだ。

 何が目的かは分からないが、俺を目当てに動いている可能性が高い。

 本当は一目散に逃げ出したい。
 だが、とてもじゃないがロッジまで走り続けるなんて真似はできない。
 荷物もある。絶対に途中でへばってしまう。

 それに、まだ俺を狙っていると決まった訳でもない。
 無駄に体力を使う必要はない。

 焦らず、冷静に判断する。心で自分に言い聞かせる。

 もし、襲ってくると仮定した場合、何がまずいかを考える。

 それは、疲れだ。スタミナ切れ。

 確実に逃げ切るなら、襲い掛かられても対応できる体力が必要だ。

 走らず、かといって慎重にしすぎず、とにかく普通に歩く。

 帰りが楽になるような場所を選んでよかったと心の底から思う。
 もう林道に入った。

 背後で水の音が変化した。明らかに何かが渡っている。

 後ろを、できる限り小さな動きで確認する。

 いる。

 蜘蛛のような体勢の女が、川を渡り切っていた。
 既に十メートルくらいにまで距離が狭まっている。
 こっちをじぃっと見ている。
 俺は視線を戻して歩いた。狭い林道を進む。

 十メートルくらい歩いて、またなるべく小さな動きで振り返る。

 やっぱりいる。堂々と、道の真ん中に陣取って動きを止めている。

 可能性が確信に変わる。あの女は、俺を狙っている。

 唐突に、女は顎が外れたような大口を開けた。
 
 直後、きつい耳鳴りがした。

 俺は両手が塞がっているので咄嗟に耳を塞げなかった。
 驚いたが荷物は落とさなかった。顔をしかめて歩く。

 何だったんだ?

 音はすぐにやんだ。残響が少し残っているが、大したことはない。

 歩きながら、顔だけで振り返る。

 女がさっきとほとんど変わらない位置にいた。少し距離が開いた。

 不意に思いつく。
 俺は立ち止まり、クーラーボックスを開けて岩魚を三匹全部取り出した。

 臭くなるとか、勿体無いとか、そんなことはもうどうでもよかった。
 二匹をナイロンジャケットのポケットに入れて、一匹を女の頭を超えるように投げた。

 岩魚が放物線を描いて飛ぶ。女はそれを顔で追った。

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