【完結】御影山キャンプ場にて~彼此繋穴シリーズR15短編~

月城 亜希人

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学~前編~

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 よし、反応した。

 思わず小さくガッツポーズ。だが、その小さな興奮は、女が岩魚を取りに向かう姿のおぞましさに、あっという間に掻き消された。

 ワサワサと手足を動かす様が底気味悪い。
 その速度も異常で、嫌悪と恐怖の対象でしかない。
 俺はすぐに目を背け、荷物を手に取るとまた帰り道を歩いた。

 両側が林なので、道幅が広くなったり狭くなったりする。それは構わないが、上下左右に蛇行するのと、地面に太い根っこが迫り出しているのが厄介だった。

 前と足下を確認するだけでも大変なのに、後ろまで気にする必要があるなんて最悪だ。

 それも、熊や猪なんかと違って、得体が知れない。
 何をされるか分からないのは本当に怖い。
 体も心も磨り減っていく感じがする。
 疲労が溜まっていくのが分かる。

 距離はどうだ?

 振り返る。俺は驚いて足を止めた。

「何、だよ」

 声が震えた。顔が引き攣って、頬が痙攣する。

 女が一人増えていた。
 
 短い黒髪で、上は赤い下着のみ。黒いスカートを穿いている。
 腕に三本、線状に抉れた傷がある。
 傷痕は塞がっておらず、動くたびに薄い桃色の肉が開いたり閉じたりする。
 血も僅かに出ている。たぶん、獣に引っ掻かれた痕だろう。

 生々しさに、えづく。

 二人の女は、おかしな体勢で岩魚を取り合っていた。
 十メートルほど後方で、互いを傷つけることなく、それでいて乱暴に餌を分け合っている。

 もつれて絡み、離れる。
 獣じゃない。これは、虫だ。虫の動きだ。

 二人が岩魚を骨ごとあますことなく咀嚼してこちらを向く。

 無表情。

 整った顔立ちだからか余計に怖い。
 肌の色も漂白剤に浸けたみたいで不気味だ。

 女たちが前足のように使っている左手をゆっくりと上げる。
 そして、下ろすと同時に右足を上げる。
 右手、左足、速度が増してゆく。
 頭が玩具のようにぐらぐら揺れる。

 はっとした。あまりに異常で見入ってしまっていた。

 俺はまたポケットから岩魚を取り出して投げた。
 女たちの様子を見ないまま、帰路に着く足を早める。

 岩魚は、残り一匹。

 敵が一人じゃないという事実を知って、焦りが出てきていた。

 そういえば。と思う。

 姉ちゃんが怯えていたのは、あいつらを見たからじゃないか?

 きっとそうだ。あんな訳の分からない奴を見れば、誰だって怯える。
 電話が掛かってきたのも、あいつら絡みのような気がした。

 あ、そうか、スマホ。

 電話で連絡することを思いつく。だが、すぐに舌打ちして頭から消した。
 両手が塞がっていて電話を掛けられない。
 掛けたとしても助けを呼ぶくらいしかできない。
 今の状況が好転するとは到底思えなかった。

 歩きながら、ナイフの差し込んである鞘を見る。

 どうしようもなくなったら、このナイフで。

 人を刺す? 俺が?

 胸におぞましさが押し寄せる。

 そんなことできるのか?

 歩みを進めては振り返る。それを繰り返す。
 
 岩魚を投げてから、二人の女の姿は見ていない。

 振り切ったのか? と思ったら足音が聞こえた。

「くそっ」俺は歯噛みした。

 山なりの道を歩いているから、位置によって見えたり見えなかったりする。
 甘い期待をした自分が馬鹿だった。

 また耳を突き刺すような甲高い音がした。

 間違いなく、あいつらが発した音だ。
 この音に一体何の意味があるのか分からないが、こちらを攻撃するのが目的だとしたら弱い。
 俺が音なんかでやられるか。

 そう思って、すぐに戦慄する。それと同時に考え直す。
 最初にあれが聞こえた後、何が起きたか思い返す。

 一人増えた、よな。

 あの音は、攻撃じゃなくて、コミュニケーションを取るためのものじゃないか?

 イルカのエコロケーションみたいに。
 もしそうだとしたら、あれがまだいるということになる。

 林が音をたてる。 
 俺は更に足を早めた。
 呼吸が荒くなる。
 鼓動も速まる。

 振り返るが、見えない。

 前を見る。後どのくらい歩けば分岐点に戻れるのか。
 後ろから、物凄い速度で迫ってくるような足音がした。

 俺は振り返ると同時に最後の岩魚を捨てるように投げた。

 女は間近に迫っていた。
 俺は小さく叫んで身を竦めた。女の顔に岩魚が当たった。

 それ以上の状況を観察することなく、俺は走った。
 悠長にしすぎた。焦らないように気を遣いすぎた。

 もう後がない。

 林に身を隠せばやりすごせるんじゃないか?
 走りながら、林の中に入ってみようと左を向く。

 女の顔があった。

「うわぁっ!」

 度肝を抜かれて叫んだ拍子に、足がもつれた。
 悪いことに、体勢を整えようとして、跳ねた所に木の根があった。
 つま先が引っかかって前のめりになる。

「痛っ!」

 俺は派手に転んだ。もう竿とクーラーボックスは諦めるしかない。
 地面に両手をついて、体を持ち上げた直後に力いっぱい地面を蹴った。

 両腕を思い切り振って疾走する。軽い。最初からこうしていればよかった。
 
 
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