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学~後編~
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しおりを挟む母さんがテラス戸のカーテンを閉めてから数時間が過ぎた――。
外に出れば、キャンプ場が売りにしている星空と夜景が望めるんだろうが、誰も見に行こうとしなかった。
父さんはソファに身を沈めて居眠りし、母さんはキッチンで洗い物を続けている。器が触れ合う音と、蛇口から出る水の音が申し訳程度に聞こえてくる。
俺はダイニングテーブルに突っ伏し、ぼんやりとアランを観察していた。リビングの中を歩いては止まり、尻尾を振っては鳴き、横になりあくびをする。
姉ちゃんが恋しいのか、たまに二階に行きたがる素振りを見せるが、階段を上がる前にくしゃみをして逃げ帰ってくる。何かに怯えているように見えた。
二階にいる姉ちゃんには、二人の警察官の手で拘束衣が着せられた。それを着せられている間、姉ちゃんはボーっとしながらも少し戸惑っていた。だが中年の警察官から、
「拘束衣はあなただけでなく、家族の安全も考慮して着せるので我慢してください」
と説明されると落ち着いたようだった。俺は、どうして姉ちゃんが落ち着けるのか分からなかった。不思議でならなかった。
両親も同じ気持ちだったようで、二人の警察官に安全を考慮しなくてはならない理由についての説明を求めた。
だが返答は、「上からの指示」という言葉だけだった。警察官たちも困ったような顔をしていたから、もしかすると、何も知らされていないのかもしれない。不安ばかりが募った。
寝室で休む気は失せていた。姉ちゃんの様子を見たら、体の内側が収縮したような不快感が起きた。
何か悪いことが起こる気がして、寝てはいけないように思った。だが、そんな俺とは対照的に、家族は呑気なものだった。
警察官たちが帰った後、父さんはまたソファで居眠りした。母さんは、その隣で微睡みの中を漂っていた。
朝も早かったし、色々と心配が重なってそうなっているのだと解釈したが、その所為で俺は余計に気を張ることになった。
一番呑気だったのはアランだ。家族で昼飯を食べたのはアランだけだった。俺の足に体を擦りつけて催促してきたので用意してやった。
「俺はお前の執事じゃないんだぞ、分かってんのか?」
そう文句を言ったが無視された。アランは餌に夢中でそれどころではないようだった。
ふてぶてしい奴め。と思いつつ、テレビをつけてバラエティ番組を観た。両親を起こさないように音量をほぼ聞こえないところまで下げたので、面白くもなんともなかった。
チャンネルを変えると、この御影山キャンプ場の事件を緊急報道していた。狂犬病患者と思われる男が利用客の女性を殺害というテロップが出ていた。
映像が切り替わり、体育館で利用客が医者に診てもらっている状況が映し出された。
そこに蝙蝠から感染というテロップが出た。音量を上げると、専門家が意見を話していた。
その専門家が言うには、この山にある洞窟に巣くっている蝙蝠が狂犬病を媒介した可能性が高いとのことだった。
蝙蝠が人を襲うことがあるのかとか、野犬がいるのではないかという質問に対する返答も自信満々にしていた。それから狂犬病の恐ろしさを煽るような編集映像が流され、最終的には狂犬病への対策についての説明がなされた。
俺は鼻を鳴らしてテレビを消した。こんな嘘っぱちの報道を世間が信じるのかと思うと馬鹿にしたような気分になった。
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