【完結】エルモアの使者~突然死したアラフォー女子が異世界転生したらハーフエルフの王女になってました~

月城 亜希人

文字の大きさ
28 / 117
静かな森の出会い編

アリーシャの過去

しおりを挟む
 
 三年前、小国ガーランディアの王妃室で産声が上がった。
 それと同時に、出産を終えた王妃ルリアナは悲鳴を上げて気を失った。

 助産師を務めたメイドは、アリーシャだった。
 血と胎脂に塗れた赤ん坊を手に抱いて、そっと産湯に浸からせる。
 微笑みを浮かべるアリーシャの胸の内には、こんな言葉があった。

(化け物)

 ルリアナからは死産と聞かされていた。
 自分も直接ルリアナのお腹に触れて、魔力の流れを確認した。
 そこには何もなかった。だから、胎児は間違いなく死んでいた。
 なのに産声を上げた。それが悍ましくて仕方なかった。

 ルリアナは恐怖と産後の疲れで気絶したが、アリーシャはそうはいかない。
 得体の知れない赤ん坊の世話が待っている。

(このまま手を滑らせて、殺してしまおうかしら)

 そんな企みまでする程の嫌悪感を抱いていた。
 だが不意にアリーシャはこれまで感じたことのない気持ちに襲われた。
 それは、赤ん坊が泣き止んで、薄く目を開けたときのことだった。
 その瞳に、アリーシャの姿が映る。

(何だろ、これ?)

 胸の内に、小さな明かりが灯ったようだった。
 赤ん坊と見つめ合っていると、顔に張り付けていた微笑みが本物に変わっていた。気づけば微かな笑い声まで漏れていた。そして視界が滲んでいた。

(あれ? どうして……?)

 涙が頬を伝っていることに戸惑った。
 アリーシャは、なぜ自分が泣いているのか分からなかった。
 その理解はゆっくりと訪れた。
 赤ん坊の瞳の先に、自分の過去が映し出されていた。

 最初の記憶は、背の高い男に手を引かれている場面。

『今日からここで暮らせ』

 石造りの部屋で、そう言われた。
 そこにはみすぼらしい服を着たエルフの子供たちが大勢いた。
 気づけばナイフを与えられ、暗殺者として育てられていた。
 
(ああ、そうか。この子も私と同じなんだ……)

 暗殺者としての最終試練は、エルフの王族の前で行われた。
 それは共に育った兄弟同然の仲間と殺し合うというものだった。

 戸惑っているうちに、仲良くしていた女の子に腕を斬りつけられた。

『ごめんね。でもアタシ、死にたくないの』

 震えて涙ぐむその子は、そう言ってまた斬りつけてきた。
 溢れる血の赤さと鋭い痛みにアリーシャは怯えた。
 死にたくないという思いが膨れ上がった。

 無我夢中でナイフを振るっているうちに、気づけば一人になっていた。
 試練を終えて呆然としていたとき、ルリアナが叫んだ言葉が思い出される。

『悍ましい! こんな化け物を、私の側仕えにしなくてはなりませんの⁉』

 ルリアナは口許を扇子で覆い、眉を顰めていた。
 そこには確かな嫌悪と蔑みの色があった。
 だが、アリーシャは何も感じていなかった。
 その頃には既に、心が苦痛に慣れ切っていたから。

(私にも、まだ、情も涙もあったんだね)

 アリーシャは、赤ん坊に対する不快感が愛おしさに変わるのを感じていた。
 それは、過去の自分に向けての慰めでもあった。

(かわいそうだよね。私たちって。好きで化け物になったんじゃないのにね。勝手に化け物にされちゃったんだよね。悔しいよね。悲しいよね)

 また泣き出した赤ん坊と一緒に、アリーシャも泣いた。
 ルリアナの世話をする他のメイドが怪訝な顔をするのも気にせず、静かに笑い泣きしながら、赤ん坊の世話をし続けた。この子を守ると心に誓って。
 
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

処理中です...