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エルモアの使者編
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しおりを挟む「危険は覚悟の上って感じだね。そこまで大事なこと?」
私は頷いた。たぶん、あの子たちは、霊魂でも魔物でもないあやふやな存在なのだと思う。レイスは怨念を抱いた霊魂が転じた魔物だって、魔物図鑑に書いてあったから。
つまり、あの子たちはまだ完全には恨みに染まっていないってことよ。
それに気づいてるのに帰ったら、きっと私は後悔する。
だって、こんな寂しい場所に置き去りにされてるのよ。見て見ぬ振りなんてできる訳ないじゃない。もう死んじゃってても、お願いくらい聞いてあげたいじゃない。
「人の心が残ってるうちに、浄化してあげたいの。お願いルシウス。力を貸して」
「もちろん。だけど、危なくなったらすぐ脱出するからね。その判断には従ってもらうよ。僕にとって、君より大切な人はいないんだから」
ルシウスが私を抱えてアスラに乗せ、自分も飛び乗る。
さり気なく言われたけど、心臓が口から飛び出るかと思った。
ウインドゼリーフィッシュの部屋に戻るまで、私はずっと顔が熱かった。
《着きましたよ。どうするんですか?》
アスラが少し苛立った口調で言った。怒らせちゃったみたい。
《ごめん、アスラ。悪いけど、少し待ってて》
《分かりました。でも危険だと判断したら、勝手に動きますからね》
《うん、頼りにしてる。ありがとう》
私は、鼻を鳴らしてそっぽを向くアスラの背から降りる。その間に、私たちの姿を見た少女が、男の子の手を引いて歩み寄ってきていた。
《ありがとう! 戻ってきてくれたのね!》
《うん。でもね、私にはどうすればいいか分からないの。だから、あなたが何を望んでいて、私は何をすればいいのかを教えてほしいの》
《助けてほしいの! あそこの魔物が、私たちを食べてるから、追い払ってほしいの。そうしないと、私も弟も死んじゃう!》
私はゾッとした。涙を流して懇願する少女の目が、レイスと同じものに見えた。私を見ているようで見ていない。光も正気も失っている。
《あ、あのね、あなたたちは――》
《駄目だよ。それは姉ちゃんに言わないで》
男の子が、少女から離れて私の側に来た。そして私を手招きした。
私はそれに従ってしゃがむ。すると男の子がコソコソと耳打ちした。
《あのね、おいらたち、父ちゃんに殺されたんだ。姉ちゃんは、父ちゃんにずっと酷いことされてて、死んじゃう前からおかしかったんだ》
《え……?》
《気づいてないんだ。夢を見てると思ってんだ。おいら、ずっと姉ちゃん見てきたから知ってんだ。生きてるときから、ずっと自分に起きたことを夢だと思ってんだよ。これが現実で、自分が死んだって気づいたら、すぐに魔物になっちまう》
男の子は、自分が死んだことを理解していた。本当は、この世界で受けた苦しみからやっと解放されるって、この惑星エルモアに還るつもりだったらしい。
だけど、死んだ途端にレイスになってしまうほどの恨みを抱えていた姉が可哀想で、姉の恨みを半分吸い取って、現世に残ったのだという。
《そんな……それじゃ、君まで魔物になっちゃうじゃない》
《いいんだよ、おいらは。でもさ、姉ちゃんは、なんとかしてやってほしいんだ。おいらよりよっぽど辛い思いしてきたんだ。それが、死んでまで恨みつらみを抱え続けるなんてあんまりだろ? どうにか、星に還してやれないかな?》
《星に還す?》
《あんたなら出来るだろ? おいら、一瞬だったけど星の中に触れたんだ。あんたからは、エルモア様と同じ匂いがするよ。だからさ、頼んでみてくれない?》
男の子はイタズラっぽく笑う。私は目から鱗が落ちたような気分だった。どうしてこれまで、自分からエルモアに呼び掛けなかったんだろう。待つのが当然だって思い込んでた。けど、こっちから呼ぶことだって出来るかもしれないじゃない。
だって私は、エルモアの使者なんだから。
《考えもしなかったわ。うん、分かった。やってみる!》
男の子に向かって頷いたとき、アスラが叫んだ。
《ノイン様! マーマンの数が増えてます!》
アスラの見ている方へと視線を移す。風景が赤くて見づらい。それに、ウインドゼリーフィッシュが邪魔でよく分からなかった。
様子がおかしいと思ったのだろう。ルシウスが話しかけてきた。
「ノイン、アスラはなんて?」
「マーマンの数が増えてるって」
「それはまずいね。まだ掛かりそう?」
「まだ分かんない! でもなるだけ急ぐわ!」
ルシウスに答えてすぐに、私は心の中でエルモアに呼び掛けた。
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