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第二話

新教皇の悪巧み(2)

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 先代教皇が退位を表明したのが二日前。次代には実力の拮抗した者が並んでいた為、教皇の座を狙う者は多かった。襲撃と暗殺が繰り返され、それでも差は埋まらない。

 昨日負けても今日勝てる程度の僅差は、思い上がった者たちの野心を膨らませるに充分な環境と言えた。故に内乱勃発までは早かった。

 教皇選挙など行う意義はなしとばかりに、教皇退位表明直後、聖騎士に扮した狂信者と過激派の枢機卿が教皇を巻き込んで自爆。それが開戦の狼煙となった。

 もっとも、その内乱は教皇の座を狙っていない爺が一日で鎮圧したのだが。

「何処でどう間違ったのか……」

 数奇な人生を送ってきたものだとゲイロードは自嘲する。いざ動いてみれば自分の望んだ通りに事が運ぶが、終わってみれば望まない場所に立たされていることばかり。動いた理由にしても積極的なものではない。必要に迫られてそうした、あるいはそうせざるを得なかったというだけである。

 端的に言えば、降りかかる火の粉を払ったに過ぎない。ただ、払っても払ってもしつこく火の粉が舞うので、いい加減頭にきて強引に火元を消し続けたところ賞賛されて祭り上げられていたという流れだ。

 知らぬ間に目をつけられて巻き込まれたゲイロードからしてみれば迷惑でしかない。巻き込んだ相手は自滅して終わりだが、ゲイロードは望まぬ地位や権力を得る羽目になる。それを固辞せず受け入れるのは、根が真面目だからに他ならない。

 傭兵だった頃から、権力に興味はなかった。まともな頭も堪え性もない自分がそんなものを手に入れたとして、寝首をかかれる未来しか想像できなかった。

 拳を振り回して敵を屠り、金を得て、飯を食い、女を抱く。その日その日を好きに暮らして、何処かで自分より強い者と出遭って殺される。

 そういう人生で良いと思っていた。いや、望んでいた。老いさらばえて戦う力を失い、惨めに世を去るよりは、ずっと良いと。

 それが、いつしか狂い始めた。生き残る度に顔見知りが増え、強くなるほど慕う者が多くなった。慕われれば情が湧き、情が湧けば面倒をみたくなる。そうこうしているうちに、責任という名の重荷を抱えていた。

 少しでも荷物を軽くしようと必要なことを学んだが、それは新たな荷物を抱える余力を生むだけで、気づけば身動きもままならなくなっていた。

「偉くなる度に、わしのような愚か者にできるものかと。大きな間違いを犯しているのではないかと。一日としてそう思わん日はありませんでした。ここに至るまで一体どれほどの命を奪ってきたか。昨日の内乱でも、もっとやりようがあったのではと……」

 前半は本心だが、後半は心にもなかった。とはいえ性根の腐った馬鹿共を殴り殺すのは良い鬱憤晴らしになりましたなどとは口が裂けても言えはしない。

 自分で言っておいて、どの口が言うのかと笑いそうになるのを堪えつつ、ゲイロードは言葉を止め、大袈裟に落胆したように振る舞う。

 すると、大聖堂内は水を打ったような静けさに包まれた。
 微かな息遣いすら聞こえない。

(む、ちとやりすぎたかのう?)

 上目でちらりと聴衆を見る。
 流石にわざとらしく見えたのではと気にしたが、聴衆に混ざる粗野な者たちが興奮気味に声を上げ始める姿を見て、ゲイロードは安堵の息をもらす。

「奴らは報いを受けただけだ! 誇ってくれ! あんたは救世主だ!」
「そうだ! 教皇様がいなけりゃどうなってたか!」
「あいつらは死んで当然だったんだ! 悔やむ必要なんかねぇ!」

 ゲイロードは目論見通り粗野な者たちを乗せた。内乱後間もない祭事。いくら新教皇就任式を兼ねているとはいえ、ひしめくほどに人が集うのはおかしい。

 彼らは何故ここに集ったのか。ゲイロードの思いつきはそんな疑問から始まった。少なくとも、ただ説教を聴きに来たわけではないだろう。信仰心もあるようには見えない。騒ぎを鎮めに行った聖騎士たちに向ける態度やそぶりからもそれがわかる。

(頃合いじゃな。この様子なら、まぁ、上手くいくじゃろう。あとは、どれだけ付いてくるか。半分残れば上等といったところかのう)

 ゲイロードは片手を聴衆へと向けて制し、静寂を待ってから口を開いた。

「わしは教皇という座に就いておりますが、主流派と同じ思想を持った者たちからすれば邪教の親玉ですじゃ。無駄に抗い、悪戯に破壊を引き伸ばし、神の再臨と新世界の創造を遅らせていると言われております。辿った道も血に塗れておりますからな、連中の言うことも誤ってはおらんでしょう。じゃが、それは飽くまでこのアリアトス教典に書かれていることが正しければという話でしてのう……」
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