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第六話

予想外

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「ダディ、無意味よ。神様はいないんでしょう?」
「神ではなく、亡くなったこの方に祈ってるんだ。冥福をね」

 冥福を祈るという行為も、ソニアは自己満足に過ぎないことを知っている。死んだあとに待っているのは、悪戯好きの堕ちた神が設定した流れがあるのみ。冥福などない。

「死んだ先に幸せがあるの? 危険な考え方じゃないかしら?」

「思想は関係ないんだ。これはただ罪悪感を紛らわせる為にしてることだからな」

 ノルトエフがストレージから遺体袋を取り出し、焼死体を入れ始める。

「持って帰るの?」

「そうだ。ノエラートかラズグリッドのいずれかで再生治療を施す。おそらくラズグリッドになるだろうな。ラスコール社長を頼る方が安心できる」

「蘇生させるってこと?」

「いや、肉体を元の状態に戻すだけだ。蘇生するには時間が経ちすぎている。治療後、極稀に生命活動が再開することがあるが、一時的なもので目を覚ますことはない。魂や精神体と呼ばれるものが肉体から失われているからだろう。遺体は抜け殻なのさ」

 ソニアは手際よく遺体袋に収められていく焼死体を見つめる。やがてファスナーが閉じられ、ヒノカという少女の焼け焦げた顔が見えなくなる。

「じゃあ、これが証拠品になるのね?」

 ソニアの質問に、ノルトエフが目を見開く。だがその驚きの表情は即座に悲しげな微笑みに隠された。父が娘にどう答えるべきかを迷っているのだと気づき、ソニアは少し意地悪なことをしてしまったと思う。

 考えてみれば、自分はまだ九歳。外見は幼い子供でしかない。それが火災のあった基地の探索にも、焼死体にも動じない。その上で、遺体を完全に物として見ているような発言までしたのだ。戸惑いは親として当然の反応だろう。
 ソニアは迂闊だったと覚り、ふぅ、と軽く息をもらす。

「ダディ、勘違いしないで。私は命の尊さをわかってる。祈りは捧げなかったけど、故人を悼んではいるの。遺体は抜け殻だって、ダディも言ってたでしょう? だからただ物扱いしている訳じゃないわ。それをして構わないという根拠に基づいてのことよ」

 ソニアは堂々と言いきった。ノルトエフは胸の詰りを吐くように吹き出す。

「まったく、我が娘には驚かされる。一体、誰に似たのか」

 そう言って、ノルトエフはソニアの頭に手を伸ばす。だがソニアはその手をさっと躱してノルトエフに冷ややかな目を向けた。

「ダディ、あちこち触ったグローブで娘の頭を撫でるのはどうかと思うわ。焼死体だって触ってるんだから、そういうことをしたいならまずグローブは外すべきよ」

「ははっ、そうだな。悪かった。配慮に欠けていた。許してくれ」

 ノルトエフが両手を上げて降参のポーズを取るが、不意にソニアの腰に手を回して抱え上げた。ソニアは驚きながらも慣れた様子でノルトエフの肩にしがみつく。

「子供みたいなことをするのね、ダディ。欠けた配慮はいつ満ちるのかしら?」

「これからマムと合流するんだ。可愛い娘を歩かせないように気遣ったつもりだが?」

 言いながら、遺体袋と手紙をストレージに収めノルトエフが部屋を後にする。片腕に乗せるように抱かれているソニアが唇を尖らせる。

「手口がネガティブ・オプションなのよ。商品が気遣いだから始末に負えないわね」

「認めるよ。悪かった。子供なら誤魔化せると思ったが、ソニアには通用しないか」

 ノルトエフは苦笑しながら押し売りのような真似をしたことを謝罪して続けた。

「しかし、ソニアはマムには子供らしい一面を見せるのに、俺には手厳しいよなぁ」

「だって、ダディはマムと違って論理的な話ができるんだもの。自由意志を尊重してくれるし、感情論で誤魔化すことも滅多にしないでしょう?」

「それ、マムには言うなよ」

「言わないわよ。ところでダディ、回収する遺体は一つでいいの?」

「ああ、手紙を遺していたこの遺体だけでいい。ストレージを圧迫したくないし、選別にも時間を食うからな。それに、どれだけ運ぼうが不満は消えないだろうしな」

(確かに、そうよね)

 ノルトエフの言う『選別』とは『ストレージの重量制限内に収まること』と『証拠品として扱える』ことの二つの条件を満たす遺体を探すという意味である。

 焼死体ではあるが、焼け焦げているのは表面だけ。体重の減少量はあって精々五キロ程度。男性は余程小柄でもない限り切除の手間が出てくるので、必然的に候補は女性に絞られる。その中から手紙を遺していたヒノカ以上の証拠となる遺体を探すというのは、遺体をどう証拠として扱うか知らないソニアも賛成できなかった。

 理由は推測と違う点があったからである。

 今はそちらの解明と考察に時間を割くべきだろうとソニアは思う。

 予想に反して、焼け焦げた兵舎と思しき施設内には大量の焼死体があった。内部は煤けて黒々としていたが、近代的な外観に見合いかなり頑丈に作られているようで倒壊の心配はなさそうだった。

 焼死体の大半は部屋にあった。密閉扉は熱で若干溶けており、おそらく魔力施錠機と思われる物体には扉を施錠していた痕跡があった。且つベッドの上で寝ているものが多かった為、火災が夜間に起きたことが窺えた。

 またそこから、この火災が人為的に行われた可能性がより高くなった。何故、火災が起きていたのに平然と寝ていられたのかを考えれば自明の理である。起きることができない状況にあった。あるいは、警報が鳴らなかったということだ。

 これだけの施設に警報装置がないとは考えにくい。設備不良で鳴らなかったというのも集めた情報と合わせると疑わしい。まだ意図的に鳴らないようにされていたと考える方が釈然とする。そうでなくとも、強力な眠剤を空調から散布した可能性もある。

 ただ、足りない要素が一つ。それは廊下の先で合流したイリーナが持っていた。

「あったよ。異形の核だ」

 イリーナが手のひらに載せるのがやっとの大きさの光沢を帯びた赤黒い玉を見せる。そのぬらぬらと血に濡れたような艶めきに、ソニアは禍々しさを感じて眉根を寄せる。

「綺麗だけど、な、なんか気持ち悪いわね」

「気持ち悪くても、これが結構な金になるんだよぉ。ほれほれ」

 そう言って、悪い顔をしたイリーナがソニアの顔に異形の核を近づける。柔らかいのか揺れるとブルブルと形を変える。その様子から異形の核に生の肝臓のような印象を抱いたソニアは悍ましさに悲鳴を上げてノルトエフに思いきりしがみついた。

「嫌ぁ! マムやめて無理! それは核というより内臓よ! 揺らさないで!」

 ソニアは内臓が苦手だった。見ると寒気立つ。当然、解体もできない。

「おいおい、その辺にしとけ」

 ノルトエフがイリーナの手首を掴んで止めさせ、核をまじまじと見る。

「しかし、よく焼け残ってたな。核も火に弱いのに。しかも相当でかい。かなりの大物が入り込んだなこれは。見つけた核はこれ一つだけか?」

「核というか、隣の倉庫に馬鹿みたいに異形がいたよ。弱ってたから全部焼いてきた」

「は⁉ 生きてるのがいたのか⁉」

「うん、まさかだよねぇ。多分、あそこは食糧庫だったんじゃないかい? カッピカピになった死にかけのが床一面に張り付いてたよ。それ以外の場所では見なかったねぇ」

 イリーナが核をストレージに収める。サイズ差から大中小で三枠使用されていた。

「いっひひ、思わぬ臨時収入」

 基地に入る前とは打って変わって、語尾に音符の付きそうなイリーナの声が廊下に響く。その上機嫌な様子を見て、ソニアとノルトエフは呆れたような顔をするのだった。
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