【完結】イスカソニア前日譚~風と呼ばれし不羈のイスカと銀の乙女と呼ばれしソニアが出会う遥か前の物語~

月城 亜希人

文字の大きさ
34 / 55
第六話

予想外

しおりを挟む
 
「ダディ、無意味よ。神様はいないんでしょう?」
「神ではなく、亡くなったこの方に祈ってるんだ。冥福をね」

 冥福を祈るという行為も、ソニアは自己満足に過ぎないことを知っている。死んだあとに待っているのは、悪戯好きの堕ちた神が設定した流れがあるのみ。冥福などない。

「死んだ先に幸せがあるの? 危険な考え方じゃないかしら?」

「思想は関係ないんだ。これはただ罪悪感を紛らわせる為にしてることだからな」

 ノルトエフがストレージから遺体袋を取り出し、焼死体を入れ始める。

「持って帰るの?」

「そうだ。ノエラートかラズグリッドのいずれかで再生治療を施す。おそらくラズグリッドになるだろうな。ラスコール社長を頼る方が安心できる」

「蘇生させるってこと?」

「いや、肉体を元の状態に戻すだけだ。蘇生するには時間が経ちすぎている。治療後、極稀に生命活動が再開することがあるが、一時的なもので目を覚ますことはない。魂や精神体と呼ばれるものが肉体から失われているからだろう。遺体は抜け殻なのさ」

 ソニアは手際よく遺体袋に収められていく焼死体を見つめる。やがてファスナーが閉じられ、ヒノカという少女の焼け焦げた顔が見えなくなる。

「じゃあ、これが証拠品になるのね?」

 ソニアの質問に、ノルトエフが目を見開く。だがその驚きの表情は即座に悲しげな微笑みに隠された。父が娘にどう答えるべきかを迷っているのだと気づき、ソニアは少し意地悪なことをしてしまったと思う。

 考えてみれば、自分はまだ九歳。外見は幼い子供でしかない。それが火災のあった基地の探索にも、焼死体にも動じない。その上で、遺体を完全に物として見ているような発言までしたのだ。戸惑いは親として当然の反応だろう。
 ソニアは迂闊だったと覚り、ふぅ、と軽く息をもらす。

「ダディ、勘違いしないで。私は命の尊さをわかってる。祈りは捧げなかったけど、故人を悼んではいるの。遺体は抜け殻だって、ダディも言ってたでしょう? だからただ物扱いしている訳じゃないわ。それをして構わないという根拠に基づいてのことよ」

 ソニアは堂々と言いきった。ノルトエフは胸の詰りを吐くように吹き出す。

「まったく、我が娘には驚かされる。一体、誰に似たのか」

 そう言って、ノルトエフはソニアの頭に手を伸ばす。だがソニアはその手をさっと躱してノルトエフに冷ややかな目を向けた。

「ダディ、あちこち触ったグローブで娘の頭を撫でるのはどうかと思うわ。焼死体だって触ってるんだから、そういうことをしたいならまずグローブは外すべきよ」

「ははっ、そうだな。悪かった。配慮に欠けていた。許してくれ」

 ノルトエフが両手を上げて降参のポーズを取るが、不意にソニアの腰に手を回して抱え上げた。ソニアは驚きながらも慣れた様子でノルトエフの肩にしがみつく。

「子供みたいなことをするのね、ダディ。欠けた配慮はいつ満ちるのかしら?」

「これからマムと合流するんだ。可愛い娘を歩かせないように気遣ったつもりだが?」

 言いながら、遺体袋と手紙をストレージに収めノルトエフが部屋を後にする。片腕に乗せるように抱かれているソニアが唇を尖らせる。

「手口がネガティブ・オプションなのよ。商品が気遣いだから始末に負えないわね」

「認めるよ。悪かった。子供なら誤魔化せると思ったが、ソニアには通用しないか」

 ノルトエフは苦笑しながら押し売りのような真似をしたことを謝罪して続けた。

「しかし、ソニアはマムには子供らしい一面を見せるのに、俺には手厳しいよなぁ」

「だって、ダディはマムと違って論理的な話ができるんだもの。自由意志を尊重してくれるし、感情論で誤魔化すことも滅多にしないでしょう?」

「それ、マムには言うなよ」

「言わないわよ。ところでダディ、回収する遺体は一つでいいの?」

「ああ、手紙を遺していたこの遺体だけでいい。ストレージを圧迫したくないし、選別にも時間を食うからな。それに、どれだけ運ぼうが不満は消えないだろうしな」

(確かに、そうよね)

 ノルトエフの言う『選別』とは『ストレージの重量制限内に収まること』と『証拠品として扱える』ことの二つの条件を満たす遺体を探すという意味である。

 焼死体ではあるが、焼け焦げているのは表面だけ。体重の減少量はあって精々五キロ程度。男性は余程小柄でもない限り切除の手間が出てくるので、必然的に候補は女性に絞られる。その中から手紙を遺していたヒノカ以上の証拠となる遺体を探すというのは、遺体をどう証拠として扱うか知らないソニアも賛成できなかった。

 理由は推測と違う点があったからである。

 今はそちらの解明と考察に時間を割くべきだろうとソニアは思う。

 予想に反して、焼け焦げた兵舎と思しき施設内には大量の焼死体があった。内部は煤けて黒々としていたが、近代的な外観に見合いかなり頑丈に作られているようで倒壊の心配はなさそうだった。

 焼死体の大半は部屋にあった。密閉扉は熱で若干溶けており、おそらく魔力施錠機と思われる物体には扉を施錠していた痕跡があった。且つベッドの上で寝ているものが多かった為、火災が夜間に起きたことが窺えた。

 またそこから、この火災が人為的に行われた可能性がより高くなった。何故、火災が起きていたのに平然と寝ていられたのかを考えれば自明の理である。起きることができない状況にあった。あるいは、警報が鳴らなかったということだ。

 これだけの施設に警報装置がないとは考えにくい。設備不良で鳴らなかったというのも集めた情報と合わせると疑わしい。まだ意図的に鳴らないようにされていたと考える方が釈然とする。そうでなくとも、強力な眠剤を空調から散布した可能性もある。

 ただ、足りない要素が一つ。それは廊下の先で合流したイリーナが持っていた。

「あったよ。異形の核だ」

 イリーナが手のひらに載せるのがやっとの大きさの光沢を帯びた赤黒い玉を見せる。そのぬらぬらと血に濡れたような艶めきに、ソニアは禍々しさを感じて眉根を寄せる。

「綺麗だけど、な、なんか気持ち悪いわね」

「気持ち悪くても、これが結構な金になるんだよぉ。ほれほれ」

 そう言って、悪い顔をしたイリーナがソニアの顔に異形の核を近づける。柔らかいのか揺れるとブルブルと形を変える。その様子から異形の核に生の肝臓のような印象を抱いたソニアは悍ましさに悲鳴を上げてノルトエフに思いきりしがみついた。

「嫌ぁ! マムやめて無理! それは核というより内臓よ! 揺らさないで!」

 ソニアは内臓が苦手だった。見ると寒気立つ。当然、解体もできない。

「おいおい、その辺にしとけ」

 ノルトエフがイリーナの手首を掴んで止めさせ、核をまじまじと見る。

「しかし、よく焼け残ってたな。核も火に弱いのに。しかも相当でかい。かなりの大物が入り込んだなこれは。見つけた核はこれ一つだけか?」

「核というか、隣の倉庫に馬鹿みたいに異形がいたよ。弱ってたから全部焼いてきた」

「は⁉ 生きてるのがいたのか⁉」

「うん、まさかだよねぇ。多分、あそこは食糧庫だったんじゃないかい? カッピカピになった死にかけのが床一面に張り付いてたよ。それ以外の場所では見なかったねぇ」

 イリーナが核をストレージに収める。サイズ差から大中小で三枠使用されていた。

「いっひひ、思わぬ臨時収入」

 基地に入る前とは打って変わって、語尾に音符の付きそうなイリーナの声が廊下に響く。その上機嫌な様子を見て、ソニアとノルトエフは呆れたような顔をするのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

処理中です...