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SIDE 風間柊一(4)
しおりを挟む「ふぅむ、そのような真実が……」
「そ、それでは皇帝の第一子が持つ器というのは?」
「それはエレメントが作った巣だ。子に移動しても破裂したら元も子もないからな。取り憑いた子に影響を与えないようにする為の潜伏場所だと思えばいい」
俺の体にいるアースエレメントから得た情報によると、受精卵への移動時には極限まで自身の力を落とすらしい。エレメントもまた代償を払っている訳だ。
そして移動後は真っ先に巣を作って引きこもり、そこから子が無事に産まれるように見守り力を貸し与え、産後は徐々に力を蓄えながら虎視眈々と魔族化を狙う。
歴代皇帝が魔族化しなかった理由は、幼い頃から心身ともに鍛えてきたからだ。エレメントを抑え込み、捻じ伏せるだけの力がついていれば魔族化が防げるからな。
「おおよその事情は正木さんから聞いている。リュウエンはラオと名乗る魔族に騙されて魔族化を促されていたようだな。側近だったという話だから、魔族化が叶うように調整してエレメントを巣から出したんだろう。如何にも魔族らしいやり方だ」
ロジンが眉根を寄せて溜め息を吐き、リュウエンは悔しそうな顔をして俯いた。
二人とも同じ顔を頭に浮かべてるんだろうと思い苦笑する。
「とすれば、陛下は精霊との親和性が高いという訳ではないのですか?」
「親和性なんてもんはない。オリジンは誰に対しても平等だ。魔族化できればする。できなければ子に移るのを待つ。相応しくなければ破裂する」
「では陛下の一時的な依り代としての覚醒、いえ、魔族化は、やはりラオが……」
「いや、一時的ではなく完全な魔族化を行おうとして失敗したというのが正しいな。リュウエンが抵抗したから諦めざるを得なかったんだろう」
「実感がありません。本当に、私は抵抗していたのですか?」
「そうでなければとっくに魔族化してる。お前が人としてここにいるのが抵抗した証明だ。その所為でお前は心身ともに疲弊して成長が遅れた。自分を犠牲にしたんだ」
しかも、そのお陰でラオがリュウエンの魔族化を促すことができなくなった。下手にエレメントを巣から出せばリュウエンが破裂する怖れが出たからな。
運が良いのか、それともこれもまたフウケンの守護によるものか。
流石に考えすぎか。
俺は軽く笑って、ロジンの持っている壺を指差す。
「さて、説明は終わりだ。戻すぞ。今のリュウエンなら絶対に魔族化はせん」
「え⁉ そ、そうなのですか⁉」
「な、何故でしょうか? 始祖様を疑う訳ではありませんが、お教え願いたく」
なるほど。正木さんの言う通りだ。
ロジンの忠誠心は凄いと聞いていたが、本当にそうだ。リュウエンを守ろうという意志が伝わる。俺を始祖と敬いながらも、皇帝への忠義を優先しているのがわかる。
フウケン、お前の子孫は恵まれてるぞ。素晴らしい宰相が側にいる。それに俺や正木さんもいる。慕う民たちもいるそうだ。まだまだレイジェン皇国は続くぞ。
「し、始祖様!?」
「どうなさったのですか!?」
「ん? おっと」
二人に愕然とした顔を向けられて、ようやく涙が出ていることに気づいた。
首にかけていたタオルで拭いながら笑ってしまう。
驚いた。俺はまだ泣けたのか。
「始祖様、ロジンが失礼をいたしました。大変申し訳ありません!」
「いや、そうじゃない。逆だ。俺とフウケンが興した国と現皇帝のリュウエンをこんなに思ってくれる男が宰相であることが嬉しくなっただけだ」
「きょ、恐悦至極!」
平手と拳を合わせる礼をして深々と頭を下げるロジンに俺は手を振る。
「ああ、いいから。そこまで恐縮するこたぁない。それで、さっきの答えだがな」
「は、はい!」
「リュウエンが魔族化しないのは正木さんのお陰だよ」
「セイジ殿の?」
正木さんの名前を出した途端に、リュウエンは肩の力が抜けたような顔をする。一瞬で緊張感や不安感がどこかに消えてしまったのを目にして俺は思わず吹き出す。
そうか。これも正木さんの力なんだな。
「なぁ、リュウエン、お前いっぱい楽しいことがあったろう? いっぱい美味しいものを食べたろう? あと、シーサーペントの討伐もしたろ? そういうのがな、全部お前の力に変わってるんだよ。精霊に取り憑かれても、好き勝手させない力にな」
そう言いながら、俺はロジンに歩み寄り、ベリっと壺の札を剥がす。
「あっ!」とロジンが目を剥いたがもう遅い。
ピシリと壺がひび割れた直後、バリンと砕けて弾け、薄い青みを帯びた水が溢れ出る。その水はうねりながら宙に浮き、一つにまとまると美しい女の形を成した。
アクアエレメントは品定めをするように俺たちを見て首を傾げ、少し悩んだそぶりを見せた後で、にぃっと醜悪な笑みを浮かべ突然ロジンに飛び掛かった。
「ほらよっと」
俺はロジンの前に土壁を作って防ぐ。アースエレメントの力で作った。
ばしゃあっという音がしたのでアクアエレメントは衝突したようだ。
「な、なにゆえ私に?」
「殺そうとしたんだろう。また随分と力を蓄えたな」
土壁がじわじわと水に浸食されて崩れていく。
「ほれリュウエン、お前から受け入れてやれ」
「え、あ、ど、どうすれば!?」
「ロジン、悪いな!」
「は!? へ、陛下ああああ!」
狼狽えるリュウエンを置いて、ロジンを肩に担いで場を離れる。少しだけ駆けて振り返ると、土壁からアクアエレメントがぬるりと出てくるところだった。
「リュウエン、自分から当たりに行け!」
「は、ははははいいい!」
尻もちでも着くんじゃないかと思うくらい怯えていたが、リュウエンは俺の指示した通りアクアエレメントに突っ込んだ。ばしゃあんと飛沫が上がる。
「よくやった!」
まさか一発で行くとは思わなかった。もたもたと時間を食うのを覚悟していたが、ここぞという場面での度胸がある。これは制御を覚えるのも早そうだ。
感心しつつリュウエンを見ていたら、降ろしたロジンが膝から崩れ、絶望したような顔で「陛下ああああああ!?」と叫び声を上げた。なんか、すまん。
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