転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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学園に着いた……のかな?

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しばらく馬車を走らせると、商人街の喧騒も落ち着きはじめた。
窓から外の様子を伺うと、冒険者らしき風体の人達が店先を覗き込んだり、いかにも職人といった体のいかついドワーフと話し込んだりしていた。
どうやらこのあたりは職人街みたい。
ガルバノおじさまは元気かしら?
お酒ばっかりじゃなくてちゃんとごはんも食べているといいけど……
領地の館の料理人に頼んで、時々デリバリーしてもらおうかな。
いつも色々な道具を作ってくれるのに、お金を受け取ってくれないんだもの。お金以外のことで恩返ししなくっちゃ。
ティリエさんは……まあいいか。
あの人は美容のためならちゃんと食事は摂るだろうからね。
いつでも帰ればいいやと思っていたから、たいした挨拶もなしに王都こっちに来ちゃったからなぁ。
夏の休暇はお土産持参で遊びに行こうっと。
「クリステア、もうすぐ学園の門に着くよ」
お兄様に呼びかけられて、ぼんやり考え事をしていたことに気づいた。
「あ……ごめんなさい、お兄様。ちょっと考え事をしていて」
「気にしないでいいよ。何か悩み事でも?」
お兄様は心配そうに私を覗き込んだ。
「いいえ、なんでもございませんわ。いよいよ、学園ですのね」
「そうだね。ああ、ほら、見えてきた」
「あれが、アデリア学園……」
窓の外を見ると、馬車の向かう先に高い塀に囲まれた堅牢なお城のような建物が見えた。

アデリア学園は貴族の子や魔力の高い平民が集まっているだけあって、誘拐や暗殺の危険は否めない。
そのため、基本的には教師等の関係者と生徒以外は許可なく立ち入ることはできず、通学にしても余程の事情がない場合、全生徒は寮住まいとなる。
学園は「学園に集いし者、共に学び、共に笑い、共に嘆き、共に戦い、守り、高めあうべし。我らは志を同じくする者なり」として、生徒皆平等に学ぶ権利があり、またここに集う者は学園で守られているのだ。
まあ、そうは言っても貴族や平民が寄り集まって「学園内では絶対に平等!」とはいかないのだけれど。
そこんところは、まあ、未熟な子供達の集まる場だからね。
権力を笠に着た貴族の子や、下町で魔力が高いのをいいことに威張り散らしていた悪ガキ……もとい、暴れん坊なんかもいるわけで。
そういう子供達が衝突しあって喧嘩になり、魔力もそこそこあるもんだから勢いあまって大惨事になりかけたことも過去にはあるとか。
ウマが合わないとかそういうのはもう仕方ないにしても、身分差で面倒なことにならないように貴族と平民ではある程度差をつけることに関しては学園側も目をつぶっているらしい。
例えば、ほら、例の魔改造制服とか。
見た目で貴族やお金持ちとわかるようにしておけば、いらぬ諍いは避けられるだろうって。要は猫に鈴をつけておく的な?
その他には寮の部屋も貴族と平民とでは分けられているそうだ。
学園が開校した当初は、貴族も平民も皆一緒くたにされていたそうだけど、貴族の子が同室の子を使用人扱いして奴隷のようにこき使ったりでノイローゼになった子が貴族の子に掴みかかって怪我をさせ、貴族の親が「不敬だ!」と怒鳴り込んできたりとトラブルが続出したらしい。
そこで、平民の子は大部屋、貴族は二人部屋や個室、王族はフロアも違う個室に振り分けることにしたそうだ。
身の回りのことは自分でするのが基本だけれど、貴族の子がいきなり寮に放り込まれてなにもかも自分でなんてできるわけもなく、そういう場合は有料で寮付きのメイドに頼むらしい。
そこそこのお金がかかるので、全てをメイドに外注できるほどお金がない下位の貴族は、自分でできる限りのことはしたり、平民の子にバイトをお願いするそうだ。
過去の教訓から、同じ生徒に仕事を頼む場合は無償を強要してはならない暗黙の決まりがあるそうで。
在学中、平民の子は外で働くことを禁じられているので、ちょっとした小遣い稼ぎになっているらしい。
ちなみに、私達のような高位の貴族は部屋付きのメイドを依頼することができるそうで、その場合かなりお高い……らしい。
そのお金は、メイドの給料の他に寮の維持費にもなるそうで。
私は……メイドはつけなくてもいいかなぁと思ってるんだけど、これは付けなきゃいけないの……かな?
寮に着いたら、寮監がいるそうだから色々聞いてみないとね。
あれこれ考えているうちに、馬車がゆるゆるとスピードを落として止まった。
「……? お兄様、到着したのですか?」
それにしては、門から遠いような。よく見たら、我が家の馬車の前にはずらりと貴族のものらしき馬車が並んでいた。
その脇を乗り合い馬車が追い越し、停留所らしき場所で生徒を降ろしていた。
乗り合い馬車から降りた平民らしき生徒達は、大きなカバンをよいしょ、と持ち直すと歩いて門まで向かっていった。
「私達は降りなくていいんですか?」
あっちの方が早く学園入りできそうなのに。
「ああ、僕たちは馬車で乗り入れる許可を得ているからね」
「そうなのですか……」
馬車はノロノロとしか進まない。これは時間がかかりそうだわ。
ため息をついて外を眺めていると、馬車の脇を歩く生徒がこちらを見て歩みが止まった。
ぽやーっと惚けてこちらを見ていたかと思うと、連れの子達とわいわいと騒ぎはじめた。中には「キャー!」と小さく叫ぶ女の子もいた。
な……なんなの?
「クリステア、外のことは気にしないでいいよ。いつものことだから」
お兄様はこちらも見ず、暇つぶしに開いたであろう手元の本に集中している。
「はあ……そうなのですか」
なるほど納得。お兄様に見惚れて騒いでたのね。
お兄様ったら、モテモテ~!
こういうの、慣れてるんだろうなぁ。
「子雀どもが騒がしくてかなわんな」
「がくえんって、うるさいね」
……あ、そうか。黒銀くろがね真白ましろもいるもんね。この二人もイケメンだから、この馬車のイケメン率めっちゃくちゃ高い。
うわぁ……私、いたたまれない。
外で「あの女、なんなの?」「イケメンに囲まれていい気になってるんじゃないわよ」とか言われてないかな?
被害妄想にかられながら、窓から視線を離し一刻も早く門について欲しいと願う私なのだった。

前世の帰省ラッシュのようにノロノロと進む馬車だったが、ようやく門前までたどり着いた。
「……やっと、学園に着きましたね」
「そうだね。今回は比較的早めに着いたかな?」
えええ……? これでいつもより早いの?
次回の帰省時を思うとうんざりしながら、学園の門に目をやった。
門では、在学生と新入学生を振り分けながらチェックをしているようだった。
在学生らしき生徒は門番らしき人に何かを見せ、チェックが終わると勝手知ったるといった様子で奥へ進んでいった。
新入学生らしき子達は門番に入学許可証を見せると、その奥に控えた職員らしき大人の元へ行くように指示され重そうな鞄を抱えながら向かっていった。
そんな光景を眺めていると、我が家の馬車が止まった。
外からコンコン、と扉を叩かれたので黒銀くろがねが小窓を開けた。
『キャーーーーッ‼︎ イヤーッ‼︎ 怖イイイィ‼︎』
その途端、絹を引き裂くような悲鳴が響いた。
えっ⁉︎ 何⁉︎ なんなの⁉︎
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