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無詠唱
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咄嗟に無詠唱で魔法を発動するのは確かにうっかりしていた。
無詠唱じゃ見本にならないもの。
でも魔法の詠唱ってめちゃくちゃ厨二っぽいからできることなら唱えたくないのよね……
サイズは、いつもより控えめにしないとって思ったから、昨日の見学でこのくらいの水球を出している先輩がいたのを思い出してそれに合わせただけなんだけど。
よく考えたら、あの先輩にとってあれが一番得意な魔法なのだとしたら、無詠唱であっさり発動した私は……はい、ちっとも控えめじゃありませんでしたね!
「あの、クリステア様はどうして詠唱しないで魔法を発動できるんですか?」
近くに座っていた生徒が挙手してから質問してきた。
「良い質問だね。どうかな、クリステア嬢?」
先生も興味津々といった様子で私を見た。
これは、私に答えろってことよね?
一瞬戸惑ったものの、これは良いチャンスだと考え直した私は生徒たちのほうを向いた。
「こほん。ええと……近年、魔法を発動するためには想像力が大切だといわれていることはご存知ですよね?」
私が質問してきた生徒を見るとコクリと頷いた。
「詠唱はそれ自体が魔法を発動するのではなく、発動させる前の想像力を助けるためのものだと考えました。それで、頭の中で具体的に魔法が発動することを想像しながら魔力を放出してみたら成功したのです」
そう言って右の手のひらに小さな水球を出して見せた。
「もちろん、ちゃんと発動させるためには日頃から実際の水や炎などをよく観察して具体的に想像できるようにしなければいけません」
そう言って左の手のひらに小さな火球を出した。
「えっ! 水魔法と火魔法を同時に⁉︎」
教室内が騒めいた。
え、まさかこれも珍しい……とか?
自分のさらなるやらかしに慌てて魔法を解除した。
「……訓練すれば可能です。詠唱を省略すれば、できることは増えます」
「でも、上級の魔法ほど長い詠唱をしないと成功しないと言われていますよね?」
他の生徒が挙手して質問してきた。
あー、ね、うん。
それって長々と詠唱してる間に発動するイメージを練り上げてるんだと思う。
成功しないのは、詠唱することだけに腐心してイメージできてないからよ、きっと。
私がそう指摘すると、トバイアス先生が「そうか……そう考えれば色々と納得いくことが……」とぶつぶつ呟いている。
「それに、詠唱している間はどうしても無防備になります。例えば戦いの時や何者かに襲われたら、相手は詠唱が終わるのを待ってくれますか? そもそものんびりと詠唱できる状況なのでしょうか?」
私の言葉に教室内がシン……と静まりかえった。
いかん、新一年生相手にシビアな話をしてしまった。
ついつい前世のファンタジーな世界の戦闘シーンを思い出して力説しちゃったよ……
「そ、それに便利なこともありますよ? 例えば、お湯を出したり……」
そう言って教卓の上にあった器にお湯を満たすと、ゆらゆらとゆれる湯気を見て先生が指を突っ込んで「熱っ! 本当にお湯だ⁉︎」と手を引いてパタパタ振った。
先生……火傷するような温度にはしてないけど、いきなり指を入れるのは危ないからやめよう?
「温風を出したりと色々できます」
近くにいた生徒にドライヤーの弱風程度の温風をあてると、初めは「ヒッ?」と驚いていたけれど、心地よい温度だからかすぐに目を閉じてうっとりしていた。
隣に座っていた生徒も手を出して「おお……⁉︎」と驚きながら私を見た。
どっちもできるようになれば便利なのよ。
「詠唱は魔法を発動する補助になりますが、応用するには逆に障害になることもあるかと思います。最終的に無詠唱で発動できるようになることをおすすめしますわ」
私はそう言ってにこりと笑った。
私だけが無詠唱を使うから目立つのよ。だったら、皆が使えるようになればいいのだ!
私、冴えてる!
やりきった感で満足した私は優雅に礼をすると、教室内から拍手が沸き起こった。
アリシア様やその取り巻きたちはムスッとした表情を浮かべながらも小さく拍手していた。
ひえ、嬉しいけど恥ずかしい!
そそくさと席に戻ろうとすると、トバイアス先生が私の肩をがっちり掴んだ。
「えっ?」
「クリステア嬢、素晴らしいよ! 今の話はレポートにまとめて提出したまえ。それで初級……いや、中級の授業も免除しよう!」
「えっ! いやです!」
「ええっ⁉︎ なぜだい⁉︎」
トバイアス先生が意外そうに私を見た。
魔法学の授業まで免除されたら、私ますます学園でやることがなくなるじゃないの!
まずい、このままでは授業に出られなくなるかも。
私は手を組み、祈るように先生に訴えた。
「皆さんと一緒に、私も初級から魔法を見直して、さらに磨きをかけていきたいのです。どうか、免除なんておっしゃらないでください……」
私はしおらしく言って見せると、トバイアス先生は私の肩を掴んだままの手に力を込めた。
「おお、なんと素晴らしい心がけだ。うん、授業は出ていいから、レポートは提出するように!」
「えぇ? は、はい……」
結局レポートは回避できず、何故か私だけ宿題を出されてしまった。解せぬ……!
それ以降は魔法が正しく発動できたらこうなる、という成功見本としてひたすら先生の指示に従って魔法を発動し続けた。
あの、いくら私の魔力量が多いからってこき使いすぎじゃありませんかね、トバイアス先生……
見本係をしている間に、魔法が上手く発動できない生徒に詠唱の言葉の意味を噛み砕きながら教えたりもした。
厨二臭漂うワード満載だから、小難しい言い回しが多いのよ。
それを平易な言葉に置き換えて説明すると、ようやく意味がわかったようで、魔法が発動できるようになった生徒もいた。
詠唱って、補助にもなるけど人や場合によってはハードルや枷でしかないとつくづく実感したわ。
トバイアス先生は、私の説明を聞きながら、うんうん頷きつつひたすらメモを取っていたけれど……仕事してください、先生。
こうして、初めての魔法学初級の授業は先生の助手で終わってしまった。
どうしてこうなった。
---------------------------
コミカライズ版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」最新話はお読みになられましたでしょうか?
本編と多少の違いはありつつも、クリステアの学園生活が始まりました。
ニール先生やアリシア嬢なども登場していますので、ぜひお読みください~!
無詠唱じゃ見本にならないもの。
でも魔法の詠唱ってめちゃくちゃ厨二っぽいからできることなら唱えたくないのよね……
サイズは、いつもより控えめにしないとって思ったから、昨日の見学でこのくらいの水球を出している先輩がいたのを思い出してそれに合わせただけなんだけど。
よく考えたら、あの先輩にとってあれが一番得意な魔法なのだとしたら、無詠唱であっさり発動した私は……はい、ちっとも控えめじゃありませんでしたね!
「あの、クリステア様はどうして詠唱しないで魔法を発動できるんですか?」
近くに座っていた生徒が挙手してから質問してきた。
「良い質問だね。どうかな、クリステア嬢?」
先生も興味津々といった様子で私を見た。
これは、私に答えろってことよね?
一瞬戸惑ったものの、これは良いチャンスだと考え直した私は生徒たちのほうを向いた。
「こほん。ええと……近年、魔法を発動するためには想像力が大切だといわれていることはご存知ですよね?」
私が質問してきた生徒を見るとコクリと頷いた。
「詠唱はそれ自体が魔法を発動するのではなく、発動させる前の想像力を助けるためのものだと考えました。それで、頭の中で具体的に魔法が発動することを想像しながら魔力を放出してみたら成功したのです」
そう言って右の手のひらに小さな水球を出して見せた。
「もちろん、ちゃんと発動させるためには日頃から実際の水や炎などをよく観察して具体的に想像できるようにしなければいけません」
そう言って左の手のひらに小さな火球を出した。
「えっ! 水魔法と火魔法を同時に⁉︎」
教室内が騒めいた。
え、まさかこれも珍しい……とか?
自分のさらなるやらかしに慌てて魔法を解除した。
「……訓練すれば可能です。詠唱を省略すれば、できることは増えます」
「でも、上級の魔法ほど長い詠唱をしないと成功しないと言われていますよね?」
他の生徒が挙手して質問してきた。
あー、ね、うん。
それって長々と詠唱してる間に発動するイメージを練り上げてるんだと思う。
成功しないのは、詠唱することだけに腐心してイメージできてないからよ、きっと。
私がそう指摘すると、トバイアス先生が「そうか……そう考えれば色々と納得いくことが……」とぶつぶつ呟いている。
「それに、詠唱している間はどうしても無防備になります。例えば戦いの時や何者かに襲われたら、相手は詠唱が終わるのを待ってくれますか? そもそものんびりと詠唱できる状況なのでしょうか?」
私の言葉に教室内がシン……と静まりかえった。
いかん、新一年生相手にシビアな話をしてしまった。
ついつい前世のファンタジーな世界の戦闘シーンを思い出して力説しちゃったよ……
「そ、それに便利なこともありますよ? 例えば、お湯を出したり……」
そう言って教卓の上にあった器にお湯を満たすと、ゆらゆらとゆれる湯気を見て先生が指を突っ込んで「熱っ! 本当にお湯だ⁉︎」と手を引いてパタパタ振った。
先生……火傷するような温度にはしてないけど、いきなり指を入れるのは危ないからやめよう?
「温風を出したりと色々できます」
近くにいた生徒にドライヤーの弱風程度の温風をあてると、初めは「ヒッ?」と驚いていたけれど、心地よい温度だからかすぐに目を閉じてうっとりしていた。
隣に座っていた生徒も手を出して「おお……⁉︎」と驚きながら私を見た。
どっちもできるようになれば便利なのよ。
「詠唱は魔法を発動する補助になりますが、応用するには逆に障害になることもあるかと思います。最終的に無詠唱で発動できるようになることをおすすめしますわ」
私はそう言ってにこりと笑った。
私だけが無詠唱を使うから目立つのよ。だったら、皆が使えるようになればいいのだ!
私、冴えてる!
やりきった感で満足した私は優雅に礼をすると、教室内から拍手が沸き起こった。
アリシア様やその取り巻きたちはムスッとした表情を浮かべながらも小さく拍手していた。
ひえ、嬉しいけど恥ずかしい!
そそくさと席に戻ろうとすると、トバイアス先生が私の肩をがっちり掴んだ。
「えっ?」
「クリステア嬢、素晴らしいよ! 今の話はレポートにまとめて提出したまえ。それで初級……いや、中級の授業も免除しよう!」
「えっ! いやです!」
「ええっ⁉︎ なぜだい⁉︎」
トバイアス先生が意外そうに私を見た。
魔法学の授業まで免除されたら、私ますます学園でやることがなくなるじゃないの!
まずい、このままでは授業に出られなくなるかも。
私は手を組み、祈るように先生に訴えた。
「皆さんと一緒に、私も初級から魔法を見直して、さらに磨きをかけていきたいのです。どうか、免除なんておっしゃらないでください……」
私はしおらしく言って見せると、トバイアス先生は私の肩を掴んだままの手に力を込めた。
「おお、なんと素晴らしい心がけだ。うん、授業は出ていいから、レポートは提出するように!」
「えぇ? は、はい……」
結局レポートは回避できず、何故か私だけ宿題を出されてしまった。解せぬ……!
それ以降は魔法が正しく発動できたらこうなる、という成功見本としてひたすら先生の指示に従って魔法を発動し続けた。
あの、いくら私の魔力量が多いからってこき使いすぎじゃありませんかね、トバイアス先生……
見本係をしている間に、魔法が上手く発動できない生徒に詠唱の言葉の意味を噛み砕きながら教えたりもした。
厨二臭漂うワード満載だから、小難しい言い回しが多いのよ。
それを平易な言葉に置き換えて説明すると、ようやく意味がわかったようで、魔法が発動できるようになった生徒もいた。
詠唱って、補助にもなるけど人や場合によってはハードルや枷でしかないとつくづく実感したわ。
トバイアス先生は、私の説明を聞きながら、うんうん頷きつつひたすらメモを取っていたけれど……仕事してください、先生。
こうして、初めての魔法学初級の授業は先生の助手で終わってしまった。
どうしてこうなった。
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