転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

文字の大きさ
239 / 423
連載

レシピのプレゼンです!

しおりを挟む
私たちは料理長の案内で開店前のカフェテリア内にある個室に通された。
「さすがですね、クリステア様。昨日の今日でレシピが完成しているとは!」
料理長が崇拝の目で私を見つめるので、慌てて訂正した。
「いえあの、勘違いなさらないで? 商業ギルドに登録していないレシピから使えそうなものを持ってきただけですわ」
「な、なんと! 未登録の……エリスフィード公爵家秘蔵のレシピということですか⁉︎」
興奮して前のめりになる料理長を見て黒銀くろがね真白ましろが私の前に進み出てガードする。
料理長、落ち着いて?
じゃないとレシピを紹介する前に真白ましろが料理長を「きょうせいはいじょ」しちゃうからね?
「こほん、秘蔵のレシピというわけではございません。一般家庭の食卓には向かないレシピというだけですわ」
ビッグホーンブルのスジ肉なんて本来なら貴族には需要がない部位だし、下拵えの手間がかかるからね。
「そうなのですか……いや、しかし未公開のレシピであることに違いはないですよね! それで、いったいどんな料理なのですか⁉︎」
料理長は黒銀くろがね真白ましろのガードの隙間から期待たっぷりの顔を覗かせる。
料理長と呼ばれる人たちは、どうしてこうもぐいぐいくるのか……!
「ひ、ひとまずこちらを試食していただけますか?」
そう言って私がインベントリから取り出したのは、私たちにはお馴染みの牛丼だ。
「おおっ⁉︎ こ、これは?」
「説明は後で。まずは召し上がってみてくださいませ」
箸とスプーンの両方を出してみたけれど、料理長は迷わず箸を手にし、検分しはじめた。
「ふむ……肉の煮込みをごはんの上にかけたのですね。しかし、この肉は一体……?」
ビッグホーンブルよりおとなしい気性のミルクーンという種類の牛系の魔物をテイムして増やして酪農をしている牧場があるので、牛肉らしいものは市場に出回っているけれど、ミルクーンのお肉はここまでスジばかりではないから、料理長もなかなか答えに辿りつかない様子。
「それは、ビッグホーンブルのスジ肉を煮たものですわ」
「ええっ⁉︎ ビッグホーンブル⁉︎ 高級食材の?」
「高級なのは、筋張っていて食べられる部位が少ないためですわ。ですが、これは固くて食べられないと言われていたスジ肉を柔らかく加工してから煮込んでいるのです」
「確かに、ビッグホーンブルのスジ肉は固くて食べられたものじゃないと聞きますが……それが、こんなにも柔らかくなるのですか⁉︎」
料理長は驚きながらも箸が止まらない様子で、ガッツいているわけでもないのにあっという間に牛丼を完食してしまった。
「ええ。本来なら捨ててしまうような部位……下拵えに手間はかかりますが、工夫すれば安く提供できると思います」
私はそう言ってビッグホーンブルのスジ肉の下拵え方法をざっくりと説明し、採用するのであれば詳細を書きこんだレシピを料理長に渡すと伝えた。
「なるほど……下拵えは見習いの仕事にするとして……」
ぶつぶつと段取りを考える様子の料理長にさらに提案するためにもう一皿をインベントリから取り出した。
「料理長、ビッグホーンブルの他の部位でこんなものはいかがですか?」
「これは……ステーキ? それにしては塊のままですが……」
「これは、こうして薄く切り分けるのですわ」
私は塊肉をスッスッと薄くスライスし、別の皿に並べていった。
「クリステア様、これはまだ生焼けではありませんか⁉︎ しっかり火を通さなければ!」
肉の中を見て料理長がギョッとした。まあ気持ちはわかる。
「いいえ。これは中が赤く見えるので生焼けに見えますが、ちゃんと火は通っているのです」
そう、私が次に出したのは、ローストビーフだ。
生食が敬遠される世界で、この見た目の肉を提供するのはハードルが高いため、登録するのを断念したメニューのひとつだ。
エリスフィード家ではもう普通に食べられているのだけれどね。
「こちらは、ローストビーフです。今回はソースをニンニク……ガーリィをすりおろし醤油と合わせたものにしましたが、赤ワインなど色んなソースを試しても面白いですよ」
料理長の前に皿を出すと、一瞬怯んだものの、ごくり、とのどを鳴らして箸でつまんだ。
「……本当に、大丈夫なのですね?」
「ええ。私が食べられないものをお出ししたりはしませんわ。ほら、このように」
そう言って私は数切れ残していたお肉を食べて見せた。
……ああ、美味しい。お肉の味がしっかりと感じられる。
にんにく醤油のソースが更に食欲をそそって、もう一枚、また一枚と食べたくなるのよね。
私が食べたのをきっかけに真白ましろ黒銀くろがねもローストビーフをつまみはじめた。こらこら、貴方たちは昨日散々食べたでしょう⁇
白虎様たちもおかわりをしたがって今日の分を確保するのが大変だったんだからね?
私たちの様子を見ていた料理長が、震える箸を口元に持っていき……バクッと一息に食べた。
「……ッ!」
恐る恐る咀嚼していたかと思うと、カッと目を見開き、次の一切れへ箸が動いた。
「本当だ。生のように見えて、生ではない。これは、いったい……?」
「はじめに表面を焼いて肉汁を閉じ込め、魔導オーブンで焼くのです」
手順としては常温に戻したお肉に塩コショウをすり込み、弱火のフライパンでお肉を動かしながら全体を温めるように焼いたら、少し休ませて全体に余熱で火が通るようにして、それからオーブンでじっくり火を通してまた休ませて、金串を中心まで刺して少し待ち、引き抜いた金串の先がほんのり温かいようなら完成。冷たいようならもう少しオーブンに。ソースは肉を焼いた時のフライパンを使って赤ワインソースを作るもよし、たまねぎのすりおろしと醤油を合わせたのもいいし、わさびがあればわさび醤油でも食べたいところ。
「なんと柔らかい……それに、このソースがなんとも食欲をそそりますな」
こちらもあっという間に平らげた料理長は、名残惜しそうに、残った塊肉を見つめている。
「これは、今のように一皿で提供するもよし、ご飯の上にのせて、ローストビーフ丼にしても良いのです」
「な……なんと! これが、ご飯の上に……⁉︎ そんな、贅沢な……」
ワナワナと震える料理長。
うん、よし。これは堕ちたな。
「それで、こちらのレシピはどうなさいますか? 不安なようでしたら諦めますが」
「もちろんどちらも買います! 当店の看板メニューになるに違いありません!」
特別レシピということで、商業ギルドに登録しているレシピよりも少し色をつけて買い取っていただきました。やったー!
毎度ありがとうございます!

翌週、例のカフェテリアで牛丼とローストビーフ丼が飛ぶように売れていたとマリエルちゃんから教えてもらった。
早速食べに行こうと誘われたけれど、散々試食したので、しばらくはいいかなぁ……

---------------------------
14日にコミカライズ版「転生令嬢は庶民の味に飢えている」25話が更新されております!
住吉先生の描くニール先生がイキイキとしていて必見です!w
しおりを挟む
感想 3,547

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

婚約破棄? そもそも君は一体誰だ?

歩芽川ゆい
ファンタジー
「グラングスト公爵家のフェルメッツァ嬢、あなたとモルビド王子の婚約は、破棄されます!」  コンエネルジーア王国の、王城で主催のデビュタント前の令息・令嬢を集めた舞踏会。  プレデビュタント的な意味合いも持つこの舞踏会には、それぞれの両親も壁際に集まって、子供たちを見守りながら社交をしていた。そんな中で、いきなり会場のど真ん中で大きな女性の声が響き渡った。  思わず会場はシンと静まるし、生演奏を奏でていた弦楽隊も、演奏を続けていいものか迷って極小な音量での演奏になってしまった。  声の主をと見れば、ひとりの令嬢が、モルビド王子と呼ばれた令息と腕を組んで、令嬢にあるまじきことに、向かいの令嬢に指を突き付けて、口を大きく逆三角形に笑みを浮かべていた。

【完結・全3話】不細工だと捨てられましたが、貴方の代わりに呪いを受けていました。もう代わりは辞めます。呪いの処理はご自身で!

酒本 アズサ
恋愛
「お前のような不細工な婚約者がいるなんて恥ずかしいんだよ。今頃婚約破棄の書状がお前の家に届いているだろうさ」 年頃の男女が集められた王家主催のお茶会でそう言ったのは、幼い頃からの婚約者セザール様。 確かに私は見た目がよくない、血色は悪く、肌も髪もかさついている上、目も落ちくぼんでみっともない。 だけどこれはあの日呪われたセザール様を助けたい一心で、身代わりになる魔導具を使った結果なのに。 当時は私に申し訳なさそうにしながらも感謝していたのに、時と共に忘れてしまわれたのですね。 結局婚約破棄されてしまった私は、抱き続けていた恋心と共に身代わりの魔導具も捨てます。 当然呪いは本来の標的に向かいますからね? 日に日に本来の美しさを取り戻す私とは対照的に、セザール様は……。 恩を忘れた愚かな婚約者には同情しません!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。