転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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今日の私は……

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翌日。
私たちは午前の授業を終え、昼食を摂ってから申請していた修練場へ向かった。
「はあ……特訓かあ……」
マリエルちゃんが憂鬱そうな表情を浮かべため息を吐いた。
「マリエルさん、頑張ってね。あれだけ強力な武器だもの、ちゃんと連携が取れるようにしておかないといざという時に大変よ?」

昨日、散々魔法の出力について検証しまくったので威力に関しては問題ない。
もし問題があるとすれば、ルビィからマリエルちゃんにステッキを渡す際の連携だ。
ルビィが「いくわよ、マリエル!」と声をかけてマリエルちゃんの手元に転移させているのにも関わらず「あわわ……っ!」と、受け止め切れず取り落としたり、勢いよく掴もうとして遠くへ弾き飛ばしてしまったので、このままだといざという時、あっさりと相手にステッキを奪われ詰んでしまうこと間違いなしだ。

一応、ステッキにはルビィとマリエルちゃんのみ魔法が起動するよう使用者制限をかけているから、万が一ステッキを奪い取られたところで使われたりはしないから、その点は安心と言えるのだけど、その時はマリエルちゃんが丸腰になっている状態なわけで……
「うぅ、手にした瞬間にうっかり魔法を暴発させたりでもしたらどうしようって、つい受け取る時おっかなびっくりになってしまって……」
マリエルちゃんがしょぼんとした様子でじっと手のひらを見つめる。

そうこうしているうちに修練場に到着したので、出入り口横の管理室で職員に修練場の使用許可札を渡して中に入れてもらった。
授業の合間や放課後なら筆記用具や教材なども持参していることがあるので生徒たちはロッカールームに不要な荷物を預けて行くのだけれど、私たちは午後からの授業はなかったし、そもそもインベントリ持ちなのでそのまま通路を進んで修練場に向かった。

「まあ、今回は暴発させないように落ち着いて連携を取れるようにするための練習よね。それに昨日散々検証して魔石の魔力をほとんど使ったのだから、今日はそんなに大きな魔法は打ち出せないわよ、きっと」
「そ、そうか。そうですよね! 魔力不足なら仕方ない、うん!」
マリエルちゃんは私の言葉にぱあぁ……! と笑顔で反応した。可愛い。
「なぁに甘っちょろいこと言ってんのよ」
呆れたような声音とともに、ルビィがマリエルちゃんの影から飛び出してきた。

「……え?」
「ワタシたち聖獣の魔力量なめてんじゃないわよ。今朝のうちにいっぱいにしておいたに決まってるでしょお?」
マリエルちゃんがギギギ……と錆びついたロボットのような動きで下を見ると、ルビィがフフン、とドヤ顔で胸を張った。
「オワタ……」
「マリエルさん、しっかり!」
フラァ……と後ろに倒れ込みそうになるマリエルちゃんをセイと二人で慌てて支えた。
「終わった、じゃないわよ。特訓はこれからじゃないの」
ルビィはそう言うと、くるりと半回転して跳ねながら先へ進んで行った。
「……帰っていいですか?」
マリエルちゃんが半べそで訴えたけれど、私とセイはふるふると首を横に振り、マリエルちゃんの肩をぽん、と叩いて励ますしかできなかった。

「おお、ルビィ殿。皆も来おったか。待っとったぞい」
足取りの重いマリエルちゃんの手を引いて修練場に入ると、マーレン師やロニー様、エイディー様が待ち構えていた。
「君たち、マーレン先生をお待たせするとはどういう了見なんだ?」
「も、もうしわけございません……!」
ロニー様の咎める声に焦って駆け寄るとマーレン師が持っていた杖でロニー様の頭をコツンと軽く小突いた。
「これ、わしらが勝手に早く来て待っとっただけなんじゃからそのように責めるもんじゃなかろう」
「……! た、大変もうしわけございません!」
「わしに謝ってどうする。相手が違うじゃろ?」
マーレン師が「ん?」とあごを私たちに向けるように振ると、ロニー様は「……失礼した」と頭を下げた。
うわぉ、マーレン師相手だとめちゃくちゃ素直なのね、ロニー様。

「よし。じゃあ今日君らは何を練習するつもりなのかの?」
マーレン師がうきうきした様子で私たちを見る。
「よくぞ聞いてくれたわね! 今日の主役はワタシとマリエルよ!」
ルビィがシュタッと私たちの前に立ち、インベントリから取り出したステッキを右手に、シルクハットのつばを左手で持ち上げつつポーズを決めた。
「……ルビィ殿とマリエル嬢が主役、かね? 失礼じゃが、どんな内容か伺ってもよろしいかの?」
マーレン師は私をチラッと見てからルビィに問いかけた。
あ、マーレン師は私が何かやらかす前提でいたみたい。
残念! 今日の私はただのモブです。

「ふふふ……今日はこれを使った連携と射撃練習よ!」
ルビィはステッキをくるくると回し、正面にカツーン!と打ち付けて両手……両前脚? を添えて違うポーズを決めた。
……ルビィってやたら演出過多よね?
そして毎度ステッキの取り回しが謎すぎる。
魔力で吸着ってどうやってるの……?
マリエルちゃんが隣で小さな声で「かわ……っ!」とか「そう! その角度よ!」とか呟いてるからポーズ監修はまさか……マリエルちゃん⁉︎

「……そのステッキは魔導具のようじゃが。それで射撃とはどういうことですかな?」
マーレン師が片眉を上げて顎ひげを扱きつつルビィのステッキを見つめている。
「魔導具⁉︎ あのステッキが⁉︎」
マーレン師の言葉にロニー様が姿勢を低くしてメガネを持ち上げるようにしてステッキを凝視し始めた。
「え? あれ魔導具なのか? すげえ、かっけー!」
エイディー様はキラキラと目を輝かせてポーズを決めたままのルビィを見ている。
「どういうこともなにも。そのままの意味よ。そうね、どうせなら実際に見てもらいましょうか。ねえ、マリエル?」
ルビィがそう言って振り向くと、現実に帰ったマリエルちゃんがピシリと固まった。

「ふむ、それもそうじゃの。ほれ、おぬしらあそこの的を持ってきなさい」
「「はいっ!」」
マーレン師に促されてロニー様とエイディー様が駆け足で修練場の壁に立てかけてあった的を取りに走った。
エイディー様は足が速いようであっという間に到着したけれど、ロニー様は少し遅れてふらつきながら的を持ち上げていた。
マーレン師はそれを横目で見ながら、詠唱を始めた。
「ストーンウォール!」
詠唱が終え魔法を発動させると、ゴゴゴ……と地面が盛り上がり、壁ができた。
「うおっ! すげー!」
「さすが、マーレン先生……!」
的を抱えて戻ってきた二人が興奮して土の壁を前から後ろから見て回った。
「うむ、そこに的をかけなさい」
壁の途中にある出っ張りに的を載せて、マーレン師の手招きされて二人が駆け寄る。

「さ、的の準備ができましたぞ。ぜひ見せてくだされ」
マーレン師がにこやかに振り返ってルビィに声をかけた。
「あらありがと。でもこれ、大丈夫かしら?」
ルビィ、そこで私を見るのはやめてもらえませんかね……?
昨日散々注意されたばかりなんだから。
あっ、マーレン師にお父様からのお手紙を渡すの忘れてた! やばい!

「大丈夫……とは?」
私がふいっと目をそらしたので、ルビィがああ、と思い出したようで「いえ、何でもないわ」とごまかすようにホホホと笑った。
「まあこれでやってみましょうか、マリエル?」
「うぐ……は、はいぃ……」
マリエルちゃんが的から少し離れたところに立ち、ルビィがさらに離れた場所までピョンピョンと跳ねて移動した。
「いくわよ、マリエル!」
「はい……っ!」
「……? いったい何を……ッ⁉︎」
二人が距離を取ったのが不思議に思ったらしいマーレン師が問いかけた瞬間、ルビィの手元からステッキが消え、マリエルちゃんの手元に移動した。
「え……えい!」
マリエルちゃんがステッキをなんとかキャッチし、拳銃のように構えて掛け声を出した途端、大きな水球が生まれ、キュッと圧縮されたように縮んでから的へ向かって放たれた。
ドゴッ!
水球は的を貫通し、後ろの土壁を破裂させた。

「……は?」
マーレン師だけでなく、ロニー様やエイディー様も呆然と的を……いや、的があった場所を見つめていた。
……わあ、見慣れたリアクション。
でも、今回のやらかしは私じゃない。
今日の私はただのモブです。
大事なことだから重ねて言っておきますね!

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