転生令嬢は庶民の味に飢えている

柚木原みやこ(みやこ)

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殿下の身の上話

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「……俺が生まれてから……いや、生まれる前から常に死との隣り合わせのような状態だった。母は後宮に入ると同時に正妃から命を狙われ続けたが、薬草の扱いに長けていたことと持ち前の勘のよさに助けられ何とか俺を生んだ」

ひえ……歴史ドラマ系でよくある展開だけど、実際にその被害を受けてきた人が目の前にいると思うとつらい。
セイだって、命を狙われてドリスタン王国に逃れてきたのよね。
お家騒動ってどうしてこんなにも陰惨なのだろうか……大体が王様のせいだけど。

「俺が生まれるとさらにあの手この手で襲撃してきたが、そのうち王の母に対する興味はすっかり失せ、新たな側妃が続々と迎え入れられ、正妃もそれどころではなくなってしまったのは幸いだったな」
……うん、全部王様のせいだな!

「さりとて俺が第二王子であることには変わらないこともあり、正妃や第一王子からはかなりの嫌がらせを受けた。事故を装って殺害されそうになったことも数えきれないが、俺も母に似て勘がいいのか、運良くここまで生きながらえた。これまでのことを考えれば、生き延びたことがよかったのかはわからんがな」

カルド殿下はそう言って皮肉ったような笑みを浮かべた。
煌びやかな王宮で、毎日死線をくぐり抜けるような生活を送るだなんて想像しただけでもしんどい。
目の前のこの人はそれを耐え続けてきたんだ……

「王位に全く魅力を感じないのに、王宮にいるだけで狙われる。そんな生活に嫌気がさして三年前に王位継承権を放棄し、母の故郷である村やその一帯を領地として分け与えられ領主となり、母と共に王宮を去ったのだ」
え? 継承権を放棄したって……でも、今回は王子として来てるんだよね?

「村での生活は楽しかった。領主と言っても小さな農村とその周辺の土地を賜っただけの名ばかりの領主だ。税を納めるためには俺も汗水垂らして働くしかないが、それすらも生きているという喜びに他ならなかった」

あー、わかる。わかるよ。貴族の暮らしとか、固っ苦しいよね。
私も領地で畑いじりしてるの楽しかったもの。
今、寮のベランダに土魔法で作ったプランターを設置して家庭菜園をしてみようと思うくらい。

「幸い、我が領地では薬草や香辛料の栽培が盛んで、それらは高値で売買されるから暮らしそのものは困窮することもなく、穏やかに生活していた。そこへ、王宮から緊急で呼び出され、第二王子としてドリスタン王国このくにへ出向くよう命ぜられた。領地に残った母の命を盾に取られてな」
なにそれ酷い!

「聞けば、以前訪れた大使が酷くまずい料理を出されたと。我が国の輸出品目である香辛料が粗末に扱われているような国ならば、今後の取引は考えなければならない。そう言ってあわよくば値をつりあけてこい、うまくいけば俺の領地が潤うことに繋がるので悪い話ではなかろう、とな」

うーん……まずい料理を出したというのは事実なので、言い訳のしようがない。

「俺としても、領地で精魂込めて育てた香辛料や薬草が粗末に扱われるのは我慢ならないから、母を人質に取られたことは遺憾だが命令に従うことにした。正直なところ、他国でどのように使われているのか興味もあった」

確かに、頑張ってお世話した作物が粗末に扱われたらいやだよね。
それまでの苦労も全部踏み躙られた気持ちになるもの。

「それに、今までは採取のみで見つけられるかは運次第だった媚薬の原料であるカーカの実の栽培に成功して原料の量産体制にかかる矢先だったこともあり、ついでに直接取引先を探す良い機会でもあったのだ」

なぬ? カーカ……カカオの実の栽培に成功? 量産⁉︎
私は思わずお父様を見ると、お父様も同じことを考えたようで、こくりと頷いた。

「王や第一王子には身分を隠して訪問予定より早めに入国して市井を調べてみたいと願い出て、商隊に紛れ込み入国したのだ」

「殿下……そのようなことをされて、万が一御身に何かあったらどうなさいますか」
お父様が眉間に皺を寄せ、頭が痛いと言わんばかりにこめかみに手を当てた。

「貴国に迷惑をかけるつもりはなかったが、暗殺や事故死の可能性もなかったわけではないからな。案外、それを理由に貴国との取引を優位にする材料にできると考えていたのかもしれん。それについては申し訳なかった」
「御身が無事でよろしゅうございました」

「話を戻すが、そうしてドリスタン王国に身分を隠して入国した俺は、商隊が契約している屋台で働きながら暮らしぶりを観察していた。そこへレオ殿がやってきたのだ」
そう言ってカルド殿下がちらりとレオン様を見た。

「ん?」
レオン様はこちらの深刻な空気など気にも止めず、執事にお酒を用意させていた。
それを見たお父様が「それは秘蔵の……ッ!」と言いかけてグッと堪えた。ご愁傷様です。

「……レオ殿は服装こそ平民と変わらないが、佇まいから只人ではないと感じた」
ああ、はい。人じゃないどころか、聖獣様ですからね……

「買いっぷりもいいし、所作も粗野に見せかけてはいるがどこか品がいい。それに、俺のことも全て見透かされているような気さえした。それなのに、大口の取引先を紹介しようかとまで言ってくれたから、俺はついその申し出に乗ってしまった。ところが、連れてきたのはこの幼いお嬢様ときた」
……私のことだね?
ごめんなさいね、ちびっこで!

「とんだ期待外れだと思ったが、レオ殿を上回る気持ちのいい買いっぷり。品定めする目もある。これは親も期待できそうだと思い、ダメ元で媚薬の原料を渡した。それが何か気づいたら、どのような反応を示すかによって対応を考えようと思っていた。それなのに……」
はい、私たちが普通にお買い物しようとしたからね! 目論見が外れたもいいとこだよね!

「まあ、このちょこれーととやらを作り出す実力の持ち主ならば、無理もない。我々の浅知恵など何の役にも立たなかっただけのことだ……」
カルド殿下は、はーっと大きなため息を吐いて、膝に肘を置いて俯いてしまった。
……な、なんか、すまんかった……⁉︎

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