月の歌

ハルハル

文字の大きさ
上 下
12 / 20

忍び寄る手

しおりを挟む
朝ごはんを食べていると、いきなり月夜様の動きが止まった。
「...また何者か来たな」
顔をしかめ、明らかに不機嫌な声をだす。顔にでかでかと「食事を邪魔するな」と書いてあった。
「月夜様、せっかくのお顔が台無しですよ」
楓さんが笑いをこらえながら言う。
確かに綺麗な顔にシワが寄っている。
それでも格好いい...と思わず見とれてしまった私はハッと我にかえった。
『きゃあああ!私ったらなに考えてるの!』
バカバカ!と心の中で自分を叩きまくっていると、月夜様が立ち上がったのが見えた。
「いくらなんでももう何週間も経っている。面倒だが様子を見て来る。何かまた考えているのならバレない程度に妨害してこよう」
月夜様はくつくつと黒い笑みを浮かべる。
「きゃっ、月夜様、黒い♪」
何故か楓さんは嬉しそうな悲鳴をあげた。
「2人は食べていろ。そんなにはかからない」
「いってらっしゃいませ、私は萌葱ちゃんと女子同士での会話を楽しんでますわ♪」
ウフフ、と笑う楓さんは本当に楽しんでいた。
...いや、さっきから何で貴女はそんなに楽しそうなんでしょうか。
心の中でツッコミを入れつつ私は月夜様に向かって微笑んで見せる。
「お気をつけてくださいね?」
「ああ。わかっている」
月夜様はかすかに微笑んで外に歩いていった。
それを見送っていると、いきなりぐいっと手を引かれた。
「いくわよ、萌葱ちゃん」
「え、どこにです?」
「ついてくのよ。月夜様の正体、見たいでしょ?」
楓さんはいたずらっぽくウインクして見せた。
『見たいです、でもそれ、私が見ても良いやつですか?』
私は心の中で呟く。
半透明の幽霊ならまだしも、目がいくつもあるようなTHE・化け物はお断りしたい。いくら憧れのヒトでもそれは見たくない。
私がゴチャゴチャ心の中でいっている間も楓さんは私の手を引いて外に出ていた。
少し離れたところに月夜様が立っている。その姿がふわり、とぶれた。
瞬きするほんの短い間に月夜様の姿は消え、代わりにそこには大きく立派な狼が立っていた。
「昔の月夜様はほぼ常にあの姿だったわ。人間達の前に姿を現すようになってから人の姿をとるようになったの」
楓さんはそう言いつつ月夜様から目を離さない。その視線は愛する恋人を見る目というよりは大好きな兄を見るそれであった。
木霊である楓さんも敬語で接しているあたり、月夜様はこの山の精霊達の中でも偉い立場であるのは間違いないだろう。彼自身は木霊ではないようだが。
「そういえば、楓さんは人以外にどんな姿を?」
「えー?まあ、うん。色々だけどー、鳥が多いかしら?雀とかカラスとか。月夜様みたいに立派じゃないわよ」
楓さんは照れくさそうに笑った。
正直、見てみたい!と言いたかったが、少し遠くから狼の遠吠えが聞こえてきてそれどころではなくなった。
「あらやだ月夜様ったら何見つけたのかしらね?」
楓さんの言葉に私は思わずビクリと身体を強張らせる。領主の息子の嫌な目つきが脳内にフラッシュバックして背筋が冷たくなった。
それに気づいた楓さんが背中を優しく撫でてくれる。
端からみたら妹になぐさめられている姉のようだな、と思いつつもその温もりが心地良い。
「大丈夫よ、私達これでも力のある精霊なの。この山で勝手な真似はさせないんだからって、あら月夜様!」
狼姿の月夜様がゆったりと歩いてくる。その背中に何か乗っていた。
よく見るとそれはぐったりした女の人だった。
月夜様はその人を地面に下ろすと人の姿になった。
「俺のことを見るなり気を失った。...俺は何もしてないぞ」
わざわざ何もしてないことを強調したのは、ジト目で睨む楓さんに気づいたからだろう。
私はその女の人の顔をのぞきこみ思わず声をあげた。
「さ、沙夜!?」
「知り合いか?」
月夜様が声をかけてきたが、私の耳をスルーしていく。
彼女は私の幼馴染だ。私が生贄になったときも私以上に悲しみ怒ってくれた親友でもある。
「なんで、ここに!?」
私の悲鳴に近い声に、沙夜が目を覚ました。ぱちぱち、と瞬きしながら周りを見る。そして私の姿を見てガバッ!と身体を起こした。
「萌葱!無事だったのね!」
私の手を握りしめ叫ぶ沙夜を見ながら私は微笑んだ。
大丈夫だよ、と伝えるためでもあるが、

あ、これ私以外目に入ってないな...という心の中の声をごまかすためでもあった。



しおりを挟む

処理中です...