一般人の関ヶ原〜すぐに知ったかぶりする俺が西軍を勝たせようと決心した結果どうなるかというお話〜

とんぼ

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お春ちゃんの涙

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「…これは…」
お春ちゃんが絶句する。

「これを本当に2人の家老が無理矢理?」
お春ちゃんは秀秋ちゃんの目の前に座ると秀秋ちゃんと視線を合わせて問う。

「うぅ…はい…」
秀秋ちゃんは涙目で答える。

「許せない…」
お春ちゃんは唇を噛む。

あの後俺達は早速秀秋ちゃんの部屋に向かった。

その日の秀秋ちゃんの見張りは重元君の部下が担当していて難なく部屋に入れた。

部屋には相変わらず酒器が散乱しており饐えた匂いが漂っていた。

お春ちゃんは思案顔になる。

「これはあくまで状況証拠…2人の家老がやったという確たる証拠がなければ高台院様に報告できません」
お春ちゃんの言葉に重元君が肩を落とす。
「証拠…ですか…」
重元君は首を振りながら俯く。

「可能ならば小早川様と家老のやりとりをこの目で見たい」
お春ちゃんはそう言って頷く。

「なら、ここの武者隠しに隠れて家老達が来るまで待てばいいさ」
小次郎が秀秋ちゃんの背中側にある床の間を指さす。

「なっ!何故それを…」
重元君が息を飲む。
「その武者隠しは松野家のものしか知らぬもの。稲葉や平岡にも知らせずに作ったものです…何故…」
重元君が呟く。

「いや…なんというか、おいらはそういうの見るとわかっちゃうんだよ…何かごめんな?」
小次郎は照れ笑いで答える。

…小次郎の特殊能力だな…

「いや。しかし露見した武者隠しなど無用の長物だ。ならばこの件で役立てて頂こう。…お春殿、狭い場所ではあるがこちらでご覧頂けますか?」

重元君が言いながら床の間を叩くと壁がパタンと裏返り、中に入れるようになる。そこには3人ほどが立てるかどうかというくらいのスペースが現れた。

「ただし、存在が露見した場合、見ての通り逃げ場がありません。できる限りお守りをしますが、万が一ということもあります」
重元君がお春さんの目を見て言う。

「命惜しさにここに入ることを厭うたのでは何のためにここに来たかわかりません。当然入ります」
お春ちゃんはそう言うと足を踏み出し武者隠しに入る。

「なら俺もお春ちゃんを守る責任がある」
俺も武者隠しに入った。

「じゃあおいらも!」
小次郎も入ってくる。

俺、お春ちゃん、小次郎の順で並ぶが相当狭い。
「小次郎はいいよ。暑いし!」
「太助の方が役に立たないだろ!」
「ぐっ…それはそうだけど…でも俺には責任が…」
「そんなこと言ってお春にくっつきたいだけだろう?」
…くっ図星…
「ち!違う!俺の責任感はすごいんだぞ!小学校の時通学班の班長だった時だって…」
「あー!もううるさいです。どっちか1人残ってください!」
お春ちゃんに怒られる。
『ごめんなさい…』


結局くじ引きをすることになり俺が武者隠しに入ることになった。

稲葉と平岡は夕刻に酒を大量に運び込むことが多いということで夕刻の前に俺とお春ちゃんは武者隠しに入った。

急に稲葉と平岡が入ってきたら困るのでそれぞれ会話はしない。

いざ入ってみると武者隠しの中は案外快適だった。
小さく開けられた穴から光が入ってくるのでそこまで真っ暗ではない。

穴から外を覗くと秀秋ちゃんはぐったりと横たわっている。どうやら座っているのも辛いほど体調がよくないらしい。

…可哀想に…

それから暫く経っても稲葉と平岡は入ってこない。

最初は快適だったが段々と武者隠しの中の気温が上がってくる。
 
自分の身体がじんわりと汗ばんでいるのがわかる。

ふと隣を見るとお春ちゃんの額にうっすらと汗が滲んでいる。

同時に武者隠しの中に若い女の子特有の汗の匂いが立ち昇る。何ともクラクラする匂いだ。

俺は意識しないようにするがお春ちゃんの整った精悍な顔立ちと女の子の匂いのギャップ、そして薄くなってきた酸素のせいで頭がおかしくなりそうだった。

…こら…鎮まれ…
俺は自分の身体に言い聞かせる。

お春ちゃんは俺の視線に気付くと顔をこちらに向ける。
お春ちゃんの頬は火照ってピンク色に染まっている。

その美しさに動揺して動かした手がお春ちゃんの手と触れる。
すぐに離れればいいのに何故かお春ちゃんの手を握ってしまう。

「…!?」
お春ちゃんが息を飲む…しかし振り払おうとはしない。

俺はお春ちゃんの汗ばんだ柔らかい手の感触をさらに感じたくなり、その手を握りなおす。

その時だった

『スタン!』
「やぁご当主ご機嫌はいかがかな?」
「今日も楽しく飲まれていますか?」

障子の開く音がすると同時に平岡と稲葉の声が響く。

俺とお春ちゃんは慌てて覗き穴に目をつける。

稲葉と平岡は両手いっぱいに酒器携えてニヤニヤと笑っている。

「正成…頼勝…。酒はもういらぬ…」
秀秋ちゃんは弱々しく身体を持ち上げる。

「まぁ、そう言わず。ご当主はこの部屋にずっといて貰わねばなりません。せめて無聊を慰めようとこうして気を遣っているのですぞ」

「そもそもこちらはご当主が女子であることを必死に隠して政務に励んでいるのです。こちらの言う事を聞くのが筋というものでしょう」

平岡と稲葉は口々に言うと酒器を秀秋ちゃんの前に置いて部屋に散乱した酒器を回収していく。

「おや。これにはまだ酒が残っていますぞ!ほれご当主。飲みなされ…」
稲葉が転がった酒器の中身を確認して秀秋の口の中に酒を流し込もうとする。

「嫌だ。いらない!」
秀秋ちゃんが首を振ると
『ぱしーん』
乾いた音が部屋に響く。

「ひ、平岡殿…」
稲葉が呆気に取られている。

平岡が秀秋ちゃんの頬を思い切り叩いたのだ。

畳に崩れ落ちる秀秋ちゃん。

「構うな。小早川家を内府側に付ければ俺達は晴れて大名だ。内府が約束してくれただろう」
平岡は秀秋ちゃんをニヤニヤと見下す。

「それもそうですな。ただ戦など本当に起こるのでしょうか?」
稲葉も笑っているがその表情には迷いも感じられる。

「お主は阿呆か。内府が戦が起きると言ったら戦は起きる起きないではないぞ…『起こす』のだよ」
平岡が笑いながら言う。

「だからその前にご当主の判断力を奪っておかねばならないのだ。…ほれ!飲め!」
平岡はそう言うと秀秋ちゃんの肩を足で蹴りつける。

『ギリッ』
微かな音がして隣を見るとお春ちゃんが鬼の形相でその光景を見ている。

俺はお春ちゃんの手をそっと握る。
ハッとしたお春ちゃんは冷静な表情に戻る。

「まぁ良い…死なれたら死なれたで厄介だからな…ゆっくりで結構です明日までに空にしておいてくださいよ?明日また同じ頃に新しい酒を持ってまいりますからな。はっはっはっ」
平岡はそういうと笑いながら部屋を出て行く。
稲葉もそれに続いて部屋を出て障子を閉める。

2人の気配が無くなったのを確認して俺とお春ちゃんは武者隠しから出る。

「小早川様…」
「秀秋ちゃん大丈夫?」

お春ちゃんが秀秋ちゃんの肩を優しく抱いて身体を起こす。

「はい…大丈夫です」
秀秋ちゃんの声は弱々しい。

「お辛い思いをさせて申し訳ありませんでした…」
お春ちゃんの声が震えている。泣いているのだ。

暫くそうしていると重元君と小次郎が部屋に入ってくる。
部屋の様子を見て何があったかを悟ったようでその場で立ち尽くす。

「一刻も早く高台院様に報告します」
お春ちゃんが宣言する。

「どうか…どうか小早川の家が残るようにお取り計らいくださるようお願いをしてください」
秀秋ちゃんが弱々しい声で呟く。

「しかし…家老2人があれでは…」
お春ちゃんが戸惑う。

「隆景様は本当に私に良くして下さいました。小早川家をなくしてしまっては私は父に合わせる顔がございません…」
秀秋ちゃんはお春ちゃんに縋り付く。

「とにかく、まずは高台院様に報告いたします。すべてのことはそれからです」
お春ちゃんはそう言って秀秋ちゃんの肩を抱いた。

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