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11.家出に必要なものはどこでもdoor.
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「びっくりした!」
「お前が呼んだんだろうが」
確かに、先生みたいに転移魔術が使えたら、とは言ったけれど。
まったく訳が分からない。ただ驚いて見つめていても、そこにあるのはフードの奥に広がる黒い闇。
見かねたのか、先生はため息まじりに机の縁に寄りかかる。そのまま、飴玉薬が入った小瓶を手に取ると、こちらに向かって軽く放った。
瓶の中の球体がカラカラ音を立てて手の中に収まる。
あ、今日の分がまだだったな──。
瓶の中から一粒つまみ出すと、それは沈みかけの太陽のようなオレンジ色。うっすらと透ける表面には、微かに金の筋が走っていた。口の中に放り込むと柔らかな甘さが広がる。
先生は「それだ」と指さす。
「お前が服用しているその薬。それに練り込んである魔石のせいだ」
「薬に石混ぜてるの!?」
驚きすぎて口から飴玉が飛び出しそうになる。
「神代の儀式で使われてた魔石だ。お前の呪いと時代が近いから相性が良いのでは、と踏んだ」
「だからって、い、石を混ぜるなんて……!」
「効いてるだろ。初の試みだったが成功だ」
しかもすごく古い石。とんだマッドサイエンティストだ。私をして被験体とか呼ぶのは伊達ではない。
「ひ、人でなし……」
「何か言ったか、被験体」
難しいことは分からないけれど、今のところ体に不調は出ていないし、一定の効果を見せているとも言われているので文句が言えない。
「それで、だ。削った魔石の本体がオレの研究室にある。それがお前と呼応してしまうんだ」
「なんで? どうして?」
「ここは幼児の学習教室か?」
人でなしのマッドサイエンティストは、苛立ちを隠そうともせず舌打ちを響かせ、私の頭を鷲掴みにした。
そのまま左右にぶんぶんと振られて、脳がシェイクされる。
「で、なぜオレを呼んだ。くだらん用ならこのまま頭をひねり潰すぞ」
どうやら説明する気はないらしい。患者としては明確な医療方針と薬の原材料や副作用をきちんと話してもらいたいのだけれど、今はとりあえずやめておく。頭をひねり潰される予感がする。
「実は下でリヒャルトさんとヴァルターって人が取っ組み合いしてて」
「はっ。それはさぞや勝ち目も見どころもない喧嘩だろうな」
「で、うんざりしたのでこれから家出しようと思って」
ふぅん、と先生は興味なさげに私の頭に爪を立てる。いつの間にか正座させられていた私は、見下ろすマッドサイエンティストにそのまま頭を下げた。
ジャパニーズ・イズ・土下座。
「転移魔術で私をちょっと外まで運んでください」
「なぜオレがそんなことを」
ですよねー。
続けて容赦のない冷淡な声が降ってくる。
「くだらん。反抗したいなら自分の力でしてみせろ」
「正論すぎてぐうの音も出ない」
ぺいっ、と掴んでいた頭を投げ出されて体勢を崩す。疲れ果てて抵抗する力も尽きていたので、そのまま床に体を投げ出すと秒で睡魔が襲ってくる。
「ねえ、先生。リヒャルトさんに何かした?」
眠りかけの頭が今日の出来事を逆から再生し始めた時、ふとさっきの不思議な出来事を思い出した。リヒャルトさんが動けなくなり、そのおかげで私は玄関まで行くことができた。張っていた結界とやらもその力を発揮していない。
「ああ。少しだけあれの邪魔をした」
「どうして?」
寝転びながら問いかけると、フードの中の闇が思いの外きちんとこちらを見ていた。目が合った気がした。
「どうなるのか、興味があった」
たった一言。静かに落とされたその言葉に嘘は感じなかった。
だが真意が掴めないそれを、睡魔を退けてこねくり回すほどの思考力はない。段々と瞼が重くなる。
頭上からまた大きなため息。
投げ出された膝に、ピカピカな先生の靴が乗っかってきた。痛くはないから別にいいけど、しゃんとしろ、ってこと? いまは無理かも。
「家出するんじゃなかったのか」
「しますよ……。今、その手立てを考えてるんです」
「寝そうじゃないか」
「ちょっと疲れてて」
「ガキめ」
どうせ私はガキですよ。何をするにも半端で、誰かの力を借りないと何も出来ない世間知らずで無力なガキです。
とか言い返す気力もなく、もう目を閉じちゃおうかな、なんて考えていると。
「オレは夜食を注文しに行くだけだからな」
「はい?」
また意味不明な言葉が降ってきた。
瞬きをして見上げると、そこはもう私の部屋ではなく、今朝方ぶりのバイト先だった。
「レオンさん、エルザさん!」
「さくちゃん!?」
突然食堂の床に寝そべる私とそれを足蹴にしている先生の出現に、夫婦は目を向いて驚いた。もちろん私も。
カウンターを華麗に飛び越えてエルザさんが駆け寄ってきたかと思うと、涙ながらに抱きしめられた。膝の上の先生の足は物凄い勢いで引っぱたかれて退かされる。
「さくちゃん、ああ良かった! 大丈夫だった!?」
「アウルが居たからきっと無事だろうとは思っていたけど、誰も何も教えてくれないから心配してたんだ。良かった、無事で」
「レオン、俺の夜食を作れ。軽めのものを」
マイペースに夜食を注文すると悠々とカウンター席に着くアウル先生。その緊張も感動も無い言動に、エルザさんは私を離さないまま目くじらを立てる。
仕方がないので、言葉足らずな先生の代わりに事情を説明して、体の方も今はもう大丈夫だ、ということを念押した。
「なによ、無事なら無事だって一言くらいあっても良いでしょう!」
「忘れていた」
「はあ!?」
まあまあ、と取りなしながら、レオンさんは笑顔で食材の下ごしらえをしていく。まだ涙目で頬を膨らますエルザさんもそれを見て、私を再度ぎゅっと抱きしめてから厨房へ入っていく。
「先生、ありがとう」
「何が」
「連れ出してくれて」
「腹が減っただけだ」
隣に座って礼を告げても、こちらを見向きもせずにそうつっけんどんに返す。最初は怖い人かと思ったけれど、印象が変わりそうだ。言葉が足りない点と物言いに問題はあるにせよ、悪い人じゃない。やっぱりツンデレなのでは。
「即席で悪いけど、はい晩御飯」
「持ち帰りの夜食を頼んだはずだが」
「せっかくだから食ってけよ。この通り、今日は店仕舞いだ」
私と先生の前に晩御飯が出てくると同時に、ようやく気付く。そういえば夕飯時なのにお客様が誰もいない。割り箸をぱちん、と割りながらどうして? と問うと、エルザさんが苦々しい顔で答えてくれた。
「ヴァルターが一悶着起こしてくれたお陰で仕込みが間に合わなかったの。近所の方たちが心配して押し掛けてきてね」
「なるほど。またまた私のせいで、すみません」
「さくちゃんは悪くないから。──ところでアウル」
話には一切入って来ない、無言で箸を進める先生にエルザさんの厳しい声が飛ぶ。一瞬箸が止まったが、気に止めた様子もなく悠々と食事が再開される。
「あんた、ご飯の時くらいそのフード外しなさいって何回も言ってるでしょ」
「うるさい」
「そうだよ。ここには俺たちしかいないんだから。見られたって問題ないだろう?」
忙しくフライパンを振るレオンさんの言葉に、今度は私の箸が止まった。
二人は、先生の素顔を知っている。しかし私がいるから先生はフードを取らない、イコール、私が邪魔。そんな図式が脳内で立ち上がる。
フードを被って食べるなんて変わってる、と呑気に思っていたけれど顔を晒したくないから隠しているんだ。考えてみれば至極当然のことである。ならば、関係値の低い初対面の私なんかが居たら外すはずもない。
理由は分からずとも、人には多かれ少なかれ聞かれたくない事があるものだ。
「先生、ごめんなさい。私が居るから食べ辛かったですよね」
「あ?」
「いま、二階のリビングに行くからちょっと待って」
急いで盆に食べかけのご飯を載せて立ち上がると、後ろに回った手に襟首を掴まれた。そのまま引っ張られて無理やり着席させられると、間髪入れず舌打ちが鳴る。
舌打ち、先生の癖なのだろうか。あんまり良くないと思います。
「先生……?」
「気を使わなくて良いのよ、さくちゃん」
「アウルはさ、君が嫌なら最初からここでご飯なんて食べてないよ」
「でも、」
「あー鬱陶しい」
私が? マントが? 多分前者。
そう言うと、先生は乱暴な手付きで景気よくフードを後ろに払った。
「わ、」
現れたのは美しい白髪。降り積った新雪のように、触れると溶けてしまいそうなほどの純白。肩まで伸びた髪が無造作に一束で括られ、室内の柔らかな灯りを受けて静かに艶めいている。その儚い白は、彼の整った横顔と相まって、どこか現実味を削ぎ落としたような気配をまとわせていた。
「先生、睫毛バッシバシだ……」
「頭の悪い感想をどうも」
レオンさんが腹を抱えて大笑いしながらカウンターの下に消えていった。そんなに?
リヒャルトさんとはまた別ベクトル。あの人の表情は感情豊かに動き、美形を美形と意識させない自然的な美しさがあるが、アウル先生はまるで彫刻のように、美術品めいた作り物のような冷たい美しさがあった。
ただ、その作り物めいた冷たい美しさの中に一際目立つオレンジ色の目。夕焼けのような暖かさを持つ色が、彼の内に秘めた人間らしさを静かに物語っているようだった。
「そんな綺麗な顔してるのに、大っきい口でご飯食べんの、おもしろいね」
つい思ったことを口に出してしまう。カウンターの下から、もうやめて、と震えるレオンさんの声が聞こえた。
言われた当の本人は、まるでおかしな生き物を見るかのような目で私を見て、ほんの少し口の端を上げた。
──気がした。すぐに視線を手元のご飯に戻してお食事再開。私としては元気にモリモリご飯を食べる様子が溌剌で良いですね、と褒めたつもりなのだが。
「どんな顔で飯を食ってもオレの勝手だ」
「さくちゃん、面白いこと言うわよね」
笑いすぎて立てない夫に手を貸しつつ、エルザさんも笑っている。
「ねえ、二人とも」
笑いが引けてきたレオンさんが、それでも肩を揺らしながら何とか言葉を紡ぐ。私も先生も口を動かしながら「なに?」と動作で続きを促すと至極真っ当な質問が飛んできた。
「リヒャルトとヴァルターは?」
…………忘れてた。
「お前が呼んだんだろうが」
確かに、先生みたいに転移魔術が使えたら、とは言ったけれど。
まったく訳が分からない。ただ驚いて見つめていても、そこにあるのはフードの奥に広がる黒い闇。
見かねたのか、先生はため息まじりに机の縁に寄りかかる。そのまま、飴玉薬が入った小瓶を手に取ると、こちらに向かって軽く放った。
瓶の中の球体がカラカラ音を立てて手の中に収まる。
あ、今日の分がまだだったな──。
瓶の中から一粒つまみ出すと、それは沈みかけの太陽のようなオレンジ色。うっすらと透ける表面には、微かに金の筋が走っていた。口の中に放り込むと柔らかな甘さが広がる。
先生は「それだ」と指さす。
「お前が服用しているその薬。それに練り込んである魔石のせいだ」
「薬に石混ぜてるの!?」
驚きすぎて口から飴玉が飛び出しそうになる。
「神代の儀式で使われてた魔石だ。お前の呪いと時代が近いから相性が良いのでは、と踏んだ」
「だからって、い、石を混ぜるなんて……!」
「効いてるだろ。初の試みだったが成功だ」
しかもすごく古い石。とんだマッドサイエンティストだ。私をして被験体とか呼ぶのは伊達ではない。
「ひ、人でなし……」
「何か言ったか、被験体」
難しいことは分からないけれど、今のところ体に不調は出ていないし、一定の効果を見せているとも言われているので文句が言えない。
「それで、だ。削った魔石の本体がオレの研究室にある。それがお前と呼応してしまうんだ」
「なんで? どうして?」
「ここは幼児の学習教室か?」
人でなしのマッドサイエンティストは、苛立ちを隠そうともせず舌打ちを響かせ、私の頭を鷲掴みにした。
そのまま左右にぶんぶんと振られて、脳がシェイクされる。
「で、なぜオレを呼んだ。くだらん用ならこのまま頭をひねり潰すぞ」
どうやら説明する気はないらしい。患者としては明確な医療方針と薬の原材料や副作用をきちんと話してもらいたいのだけれど、今はとりあえずやめておく。頭をひねり潰される予感がする。
「実は下でリヒャルトさんとヴァルターって人が取っ組み合いしてて」
「はっ。それはさぞや勝ち目も見どころもない喧嘩だろうな」
「で、うんざりしたのでこれから家出しようと思って」
ふぅん、と先生は興味なさげに私の頭に爪を立てる。いつの間にか正座させられていた私は、見下ろすマッドサイエンティストにそのまま頭を下げた。
ジャパニーズ・イズ・土下座。
「転移魔術で私をちょっと外まで運んでください」
「なぜオレがそんなことを」
ですよねー。
続けて容赦のない冷淡な声が降ってくる。
「くだらん。反抗したいなら自分の力でしてみせろ」
「正論すぎてぐうの音も出ない」
ぺいっ、と掴んでいた頭を投げ出されて体勢を崩す。疲れ果てて抵抗する力も尽きていたので、そのまま床に体を投げ出すと秒で睡魔が襲ってくる。
「ねえ、先生。リヒャルトさんに何かした?」
眠りかけの頭が今日の出来事を逆から再生し始めた時、ふとさっきの不思議な出来事を思い出した。リヒャルトさんが動けなくなり、そのおかげで私は玄関まで行くことができた。張っていた結界とやらもその力を発揮していない。
「ああ。少しだけあれの邪魔をした」
「どうして?」
寝転びながら問いかけると、フードの中の闇が思いの外きちんとこちらを見ていた。目が合った気がした。
「どうなるのか、興味があった」
たった一言。静かに落とされたその言葉に嘘は感じなかった。
だが真意が掴めないそれを、睡魔を退けてこねくり回すほどの思考力はない。段々と瞼が重くなる。
頭上からまた大きなため息。
投げ出された膝に、ピカピカな先生の靴が乗っかってきた。痛くはないから別にいいけど、しゃんとしろ、ってこと? いまは無理かも。
「家出するんじゃなかったのか」
「しますよ……。今、その手立てを考えてるんです」
「寝そうじゃないか」
「ちょっと疲れてて」
「ガキめ」
どうせ私はガキですよ。何をするにも半端で、誰かの力を借りないと何も出来ない世間知らずで無力なガキです。
とか言い返す気力もなく、もう目を閉じちゃおうかな、なんて考えていると。
「オレは夜食を注文しに行くだけだからな」
「はい?」
また意味不明な言葉が降ってきた。
瞬きをして見上げると、そこはもう私の部屋ではなく、今朝方ぶりのバイト先だった。
「レオンさん、エルザさん!」
「さくちゃん!?」
突然食堂の床に寝そべる私とそれを足蹴にしている先生の出現に、夫婦は目を向いて驚いた。もちろん私も。
カウンターを華麗に飛び越えてエルザさんが駆け寄ってきたかと思うと、涙ながらに抱きしめられた。膝の上の先生の足は物凄い勢いで引っぱたかれて退かされる。
「さくちゃん、ああ良かった! 大丈夫だった!?」
「アウルが居たからきっと無事だろうとは思っていたけど、誰も何も教えてくれないから心配してたんだ。良かった、無事で」
「レオン、俺の夜食を作れ。軽めのものを」
マイペースに夜食を注文すると悠々とカウンター席に着くアウル先生。その緊張も感動も無い言動に、エルザさんは私を離さないまま目くじらを立てる。
仕方がないので、言葉足らずな先生の代わりに事情を説明して、体の方も今はもう大丈夫だ、ということを念押した。
「なによ、無事なら無事だって一言くらいあっても良いでしょう!」
「忘れていた」
「はあ!?」
まあまあ、と取りなしながら、レオンさんは笑顔で食材の下ごしらえをしていく。まだ涙目で頬を膨らますエルザさんもそれを見て、私を再度ぎゅっと抱きしめてから厨房へ入っていく。
「先生、ありがとう」
「何が」
「連れ出してくれて」
「腹が減っただけだ」
隣に座って礼を告げても、こちらを見向きもせずにそうつっけんどんに返す。最初は怖い人かと思ったけれど、印象が変わりそうだ。言葉が足りない点と物言いに問題はあるにせよ、悪い人じゃない。やっぱりツンデレなのでは。
「即席で悪いけど、はい晩御飯」
「持ち帰りの夜食を頼んだはずだが」
「せっかくだから食ってけよ。この通り、今日は店仕舞いだ」
私と先生の前に晩御飯が出てくると同時に、ようやく気付く。そういえば夕飯時なのにお客様が誰もいない。割り箸をぱちん、と割りながらどうして? と問うと、エルザさんが苦々しい顔で答えてくれた。
「ヴァルターが一悶着起こしてくれたお陰で仕込みが間に合わなかったの。近所の方たちが心配して押し掛けてきてね」
「なるほど。またまた私のせいで、すみません」
「さくちゃんは悪くないから。──ところでアウル」
話には一切入って来ない、無言で箸を進める先生にエルザさんの厳しい声が飛ぶ。一瞬箸が止まったが、気に止めた様子もなく悠々と食事が再開される。
「あんた、ご飯の時くらいそのフード外しなさいって何回も言ってるでしょ」
「うるさい」
「そうだよ。ここには俺たちしかいないんだから。見られたって問題ないだろう?」
忙しくフライパンを振るレオンさんの言葉に、今度は私の箸が止まった。
二人は、先生の素顔を知っている。しかし私がいるから先生はフードを取らない、イコール、私が邪魔。そんな図式が脳内で立ち上がる。
フードを被って食べるなんて変わってる、と呑気に思っていたけれど顔を晒したくないから隠しているんだ。考えてみれば至極当然のことである。ならば、関係値の低い初対面の私なんかが居たら外すはずもない。
理由は分からずとも、人には多かれ少なかれ聞かれたくない事があるものだ。
「先生、ごめんなさい。私が居るから食べ辛かったですよね」
「あ?」
「いま、二階のリビングに行くからちょっと待って」
急いで盆に食べかけのご飯を載せて立ち上がると、後ろに回った手に襟首を掴まれた。そのまま引っ張られて無理やり着席させられると、間髪入れず舌打ちが鳴る。
舌打ち、先生の癖なのだろうか。あんまり良くないと思います。
「先生……?」
「気を使わなくて良いのよ、さくちゃん」
「アウルはさ、君が嫌なら最初からここでご飯なんて食べてないよ」
「でも、」
「あー鬱陶しい」
私が? マントが? 多分前者。
そう言うと、先生は乱暴な手付きで景気よくフードを後ろに払った。
「わ、」
現れたのは美しい白髪。降り積った新雪のように、触れると溶けてしまいそうなほどの純白。肩まで伸びた髪が無造作に一束で括られ、室内の柔らかな灯りを受けて静かに艶めいている。その儚い白は、彼の整った横顔と相まって、どこか現実味を削ぎ落としたような気配をまとわせていた。
「先生、睫毛バッシバシだ……」
「頭の悪い感想をどうも」
レオンさんが腹を抱えて大笑いしながらカウンターの下に消えていった。そんなに?
リヒャルトさんとはまた別ベクトル。あの人の表情は感情豊かに動き、美形を美形と意識させない自然的な美しさがあるが、アウル先生はまるで彫刻のように、美術品めいた作り物のような冷たい美しさがあった。
ただ、その作り物めいた冷たい美しさの中に一際目立つオレンジ色の目。夕焼けのような暖かさを持つ色が、彼の内に秘めた人間らしさを静かに物語っているようだった。
「そんな綺麗な顔してるのに、大っきい口でご飯食べんの、おもしろいね」
つい思ったことを口に出してしまう。カウンターの下から、もうやめて、と震えるレオンさんの声が聞こえた。
言われた当の本人は、まるでおかしな生き物を見るかのような目で私を見て、ほんの少し口の端を上げた。
──気がした。すぐに視線を手元のご飯に戻してお食事再開。私としては元気にモリモリご飯を食べる様子が溌剌で良いですね、と褒めたつもりなのだが。
「どんな顔で飯を食ってもオレの勝手だ」
「さくちゃん、面白いこと言うわよね」
笑いすぎて立てない夫に手を貸しつつ、エルザさんも笑っている。
「ねえ、二人とも」
笑いが引けてきたレオンさんが、それでも肩を揺らしながら何とか言葉を紡ぐ。私も先生も口を動かしながら「なに?」と動作で続きを促すと至極真っ当な質問が飛んできた。
「リヒャルトとヴァルターは?」
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