異世界で呪いと一緒に超絶過保護な激重お父さんを贈与(ギフト)されました

マクラノ

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10.明かされた養父の真実──

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 されるがまま抱き上げられ、壊れたメリーゴーランドのように回されて、ようやく地に足が着いたと思ったら、今度は人目もはばからず頬や額にキスの嵐。

 これはちょっとやりすぎた。まさかこんなに効くとは思わなかった。
 過剰なスキンシップを掻い潜って、ヴァルターの様子を窺うとその場にしゃがみ込んで項垂れていた。わかる。吐きそ?

「ちょっと、待ってもういい加減終わって! リヒャルトさん!」
「よーしよしよし。寂しくないように、今日は一緒に寝ような」
「やだやだ絶対やだ、そんなことよりお客様、お客様どうするの!?」

 リヒャルトさんは国宝のような輝かしいそのご尊顔を蕩けさせながら、ヴァルターには見向きもせずに言い放つ。

「許す、帰れ」

 それだけ言うと、また私を抱き上げてのっしのしとリビングへ向かう。エサを捕らえた熊の如し。
 最高潮のご機嫌脳みそ筋肉に、「降ろして」と肩や背中を叩いてもビクともしない。

「待ってください、隊長!」

 項垂れたままのヴァルターが声を張り上げた。
 隊長? 

「私はまだその娘と話をしていません!」
「え?」
「貴方は私に話など無いという。だったらそれでも良い。だが」

 項垂れていたヴァルターがゆっくりと顔を上げた。リヒャルトさんの肩に担がれている私を睨み付けながら、緩慢な動きで突き付けた人差し指は小さく震えている。
 怒りとも悲しみとも取れないその表情は、もしかしたら落胆とか、絶望とかそういうものかもしれない。

「だがその娘は違う。私と話がしたいらしい、ならば貴方にそれを邪魔する権利は無いはずだ!」
「そ、そーだそーだ!」

 その勢いに乗っかって、ここぞとばかりに援護射撃を行う。ヴァルターも後には引けない状況なのだろう、利用できるものは利用するといったところか。私たちの利害は一致した。
 リヒャルトさんは片眉を上げてジト目で見てくるが、そもそも私は最初からそう言ってましたし。

「だめだ。お前とさくやが接触することは許可できない」
「何故ですか!?」
「なんで私のことを勝手に決めるの!?」
「あーくそ。二対一かよ」

 リヒャルトさんは思わぬ挟撃を受けてか、大きな溜め息を吐いて頭をがしがしとかきむしった。「めんどくさいな」と、その仕草が語っているようだった。

「娘、お前はこの人のなんなんだ」
「おい、ヴァルター。勝手なことを、」
「私はこの人の娘です」

 さくやと言います。
 邪魔者を無視して自己紹介すると、それを受けたヴァルターが止まった。まるでブリキの玩具が壊れたかのように、急な動作で固まる。

「…………大丈夫ですか?」

 瞬きも忘れて、まるで静止画のように彼だけ時が止まったのかと錯覚する。リヒャルトさんまで首を傾げて、「おい、どうした」とヴァルターの顔の前で手を振っている。
 開きっぱなしの玄関からは、ねぐらへ帰る鳥の鳴き声が耳障りなほど聞こえてくる。そろそろ晩御飯、と場違いな考えが頭を過ぎった。
 もうすっかり日も暮れてしまった。夕闇に包まれて硬直する美形はとてもシュール。最近もどこかで見た気がした。

「おい、ヴァルター。大丈夫か」
「こ、こども……?」
「あ?」
「この娘は、貴方の、子供、なのですか」

 とてもぎこちない動きでヴァルターが再起動を始めている。心做しか声が震えているが、大丈夫だろうか。
 私とリヒャルトさんを交互に見ながら、綺麗な青い瞳をこぼれ落ちそうなほど見開いて、今度は体がわなわなと震え始めた。

「いったいどこの、誰と……」
「おい、どうした。どっか悪いのか?」
「いったいどこの誰との子供ですか隊長!!!!」
「うぉっ」
「わっ」

 リブートからの急なフルスロットルに私もリヒャルトさんも驚いて一歩引く。
 立ち上がったかと思うとブーツの踵を鳴らしながら狭い玄関を行ったり来たりして、天を仰ぎながら綺麗に整えた髪を掻きむしる。

「貴方が女性に見境がないのは知っていました! ですが子供ですって!? しかもそんな大きな子供を!?」
「おいバカ言い方!」

 なんですと?
 女性に見境がない、と?

「さすが王都の種馬は伊達ではありませんね、すっかり私も騙されました! こんな大きな子供よくもまあ今まで隠してこれたものだ!」
「誰が王都の種馬だ!!」
「王都中の花街で全ての女性と遊んだ経歴の持ち主ですからね、隠し子の一人や二人いない方がおかしいわけだ!」
「そんな訳あるか、バカ言うな!!」
「えちょっと無理離して」

 女性にだらしない男はNGです。
 リヒャルトさんの顔と胸板に思い切り手を突っ張り、身を捩って拘束から逃れる。そのまま数歩引く。

「ちょっと待てさくや、違うから」
「貴方という人は! 頭の回転も早く魔術剣術に優れ、人の上に立つ素養を備え、誰もが憧れるリヒャルト・ウェーバーという人は! 王国近衛師団を統べる団長たる貴方は! なのに何故そんなにも女にだらしがないのか!?」
「もうちょっと黙れヴァルター!!」

 天を仰いで慟哭するヴァルターにより、リヒャルトさんのプロフィールが雑に暴露されていく。驚くべき正体なのだろう、きっと。平素ならもっと私もリアクションを取るでしょう、たぶん。でも今は無理。そんなことより衝撃の女癖に引きに引いている。

「貴方は自分の立場を分かっているのですか!? 隠し子ですよ、リヒャルト・ウェーバーに! 古くから続く由緒正しい貴族が、その血統にどれだけの価値があると思っているのですか!?」
「お前マジでもうぶん殴るわ」

 なんだか次々に養父の正体が明らかになっていくけれど、こんなコントみたいな流れで知ることになろうとは。
 ただの木こりではないだろうと思ってはいたけれど、そんなにすごい人とは思わなかった。
 とはいえ、いまいち乗れない。女癖が悪い男の方が衝撃が強かった。普通にショック。

 大声でヒステリックに捲し立て続けるヴァルターに、リヒャルトさんが本気で拳を作って胸ぐらを掴んで取っ組み合いになる。狭い玄関で暴れるな、とか言う気も起きない。

「あー、なんかもう良いです。私部屋に戻るんで。落ち着いたらさっさと帰ってくださいね」
「ま、待てさくや、ほんとに違う! こいつが言ってることは全然」
「もう二度と私の部屋に入らないでくださいね」
「まっ、」

 リヒャルトさんの言葉を最後まで聞き届けずに、背中で扉を閉める。リビングと玄関に続く廊下を隔てるそれが閉められると、幾分か声が遮断されて静かになった。




「…………疲れた」

 そういえばさっき転んだな。今更痛む足を引きずりながら、階段を昇って何とか自室に到着。
 そのままクローゼットからボストンバッグを引きずり出す。食堂夫婦宅にご厄介になる時に使うお泊まりセット。その中身に不足がないか確認して肩に背負う。

「あ、でも玄関で暴れてるしな」

 色んなことに疲れたし頭が混乱しているし、落ち着くために家出してやろう、と思ったけれど唯一の出入口が塞がれている。
 窓から出るか、とも思ったが一階に降りたら見咎められる危険がある。かくなる上は自室の窓から……。

「……あーあ。アウル先生みたいに転移魔術が使えたらな」
「呼んだか」
「わっっ」

 振り返ると、そこにはもはや見慣れたマントの男が立っていた。
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