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9.激動のメリーゴーランド~羞恥心を超えて~
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「忠告はしたぞ」
扉を開けさせまいと踏ん張っていたが、引かれた勢いで前のめりに倒れた。受け身も取れず地面にぶつかり、掌と膝を強かに打つ。
痛みを無視して急いで顔を上げると、ヴァルターはもう家に足を踏み入れようとしていた。
「ちょっと待った!」
とにかく腹の底から叫ぶと、長い足が玄関を一歩跨いだ状態で止まる。
意外と律儀だ。
「リヒャルトさんと話すのは良い、でもその前に私とも話をして!」
「何故」
「あの人は、私に何も教えてくれないから」
ヴァルターは振り返って肩越しにこちらを睨みつけた。眉間のシワが深くなる。
……それでも、一歩も引かない。
砂を払って立ち上がると、ヴァルターも体ごと私の方を向いてくれる。
話を聞いてくれるのかもしれない。
「私、私の名前は──」
「ヴァルター」
名乗ろうと息を吸い込んだ、その瞬間だった。第三の人物の声が、騎士の名を呼んだ。
地獄の底から這い出してきたかのような低い音。なのにはっきりと聞こえたその声には掛け値なしの怒りが滲む。
玄関の奥、その先のリビングから、それは聞こえた。ギシギシと廊下を鳴らしてゆっくり近づいてくる。
ヴァルターはその声の先に視線を釘付けにされたのか、凍りついたように動かない。一度はこちらを向いてくれたものの、いまはまた背中を向けたその顔が、どんな表情を浮かべているのか想像できない。
でもとてつもなく嫌な予感だけはして、考えるより先に体が動いた。走ってヴァルターの前に体を滑り込ませるのと、リヒャルトさんが目の前に現れたのはほぼ同時だった。
「暴力反対!!」
「っ!」
私とリヒャルトさんの距離、一ミリも無さそう。私の低い鼻が分厚い胸板にぶつかってる。
「さく、部屋に戻ってろ」
「話がしたいだけなの、お願い!」
「こいつはお前に怪我をさせた。絶対に許さない」
こめかみに青筋が浮かんでいる。
こんな風に怒っているリヒャルトさんを見るのは初めてで、正直、大人しく部屋に戻りたいくらい怖い。だけど、いま背中で庇っているヴァルターは私の百倍は家に帰りたいだろうと思うと、いたたまれない。現場放棄という選択肢は儚く消えた。
「ちょっと転んだだけだよ、平気だから!」
「ヴァルター、生きてここから帰れると思うな」
「貴方を説得出来るなら、命など喜んで差し上げます」
ヴァルターの声は感情が読めないほどに淡々としていて、驚くほど冷静だった。
予想だにしていなかった返答に息を飲んで振り返ると、彼はまっすぐリヒャルトさんと向き合っていた。背筋を伸ばし、表情を崩さず、微動だにしない。
その覚悟が見える姿勢に、私が間に入る必要なんて無かったのかも……と思ったけれど、視界の端に白くなるほど握りしめる拳が見えた。
僅かに震える拳が、彼の虚勢を物語る。
……いや、やっぱり怖いんだ。この二人の関係性がまるで見えない。
「さくやの怪我がお前の命ひとつで対等だと思ってるのか」
「っ、この子供は貴方のなんなのですか!?」
「黙れよ」
リヒャルトさんの手が私を避けてヴァルターの胸ぐらを掴みあげる。
ああ、だめだ、喧嘩はだめ。いや、このままでは喧嘩どころか一方的な暴力の行使になるのでは。
「だめ、やめてリヒャルトさん!」
胸元に縋りついて訴えたけれど、応えはない。それどころか視線をヴァルターから外さないまま、私に向かって手をかざした。その掌から淡い光が放たれる。何か分からないけれど、魔術を行使しようとしている?
次いでハッとする。
まずい、この場所から退去させられる──。
直感が走ると、体が勝手に動いていた。
私をどこか別の場所に移動させて、私がいないところで話を進める、或いは終わらせるつもりだ。これはもう完全に切れていて、話して止められるレベルじゃない。
大惨事になる前に! 話が有耶無耶になる前に! プライドも自我も、いまは捨ててしまえ!
「やだやだ、さくのこと見てくれなきゃ、やだあ! さくのこと、一番にしてくれなきゃやだよお!」
リヒャルトさんの胸に、飛び込んだ。ついでにこの瞬間の記憶も飛んでほしい。
「ね、ね? 怒ったら怖いよ? 怖いの、やだよ? そんなのポイして、抱っこして」
甘えるような猫撫で声に、頭をぐりぐり押し付けて上目遣いでおねだり。見上げた先の視界で、リヒャルトさんが目を潤ませながら口を真一文字に引き締めて震えていた。喉仏がアニメみたいに大袈裟に動いて、ぎゅう、と鳴った。静まり返った空間に響く異音。夢だったら起こして欲しい。
恥ずかしすぎてぶっ倒れそうになる脆弱な意識を叱咤して震える足で踏ん張る。作戦は成功だ、自分を讃えろ私。次に来る衝撃への準備体制に入るのだ。
「っっっっっ、さくちゃあああああん!!」
予想通り、ブワッと体が浮いた。だが骨が軋むほど抱きしめられて息が詰まったのは想定外。
「ごめんさくちゃん! 怖かったな、ごめんな! もう二度とあんな顔見せないから! 何より誰よりさくちゃんのことを心配しないとダメだったのに……! 寂しがり屋さんだもんな、ごめんな、可愛い可愛い俺の大事な宝物!!」
「ちょっ、……ま、っ……狭い玄関でぐるぐる……するな……!」
回る視界の端で、庇ったはずの男がこの世の終わりぐらい引いていた。気持ちはわかるけども。それが恩人に対する顔か。
扉を開けさせまいと踏ん張っていたが、引かれた勢いで前のめりに倒れた。受け身も取れず地面にぶつかり、掌と膝を強かに打つ。
痛みを無視して急いで顔を上げると、ヴァルターはもう家に足を踏み入れようとしていた。
「ちょっと待った!」
とにかく腹の底から叫ぶと、長い足が玄関を一歩跨いだ状態で止まる。
意外と律儀だ。
「リヒャルトさんと話すのは良い、でもその前に私とも話をして!」
「何故」
「あの人は、私に何も教えてくれないから」
ヴァルターは振り返って肩越しにこちらを睨みつけた。眉間のシワが深くなる。
……それでも、一歩も引かない。
砂を払って立ち上がると、ヴァルターも体ごと私の方を向いてくれる。
話を聞いてくれるのかもしれない。
「私、私の名前は──」
「ヴァルター」
名乗ろうと息を吸い込んだ、その瞬間だった。第三の人物の声が、騎士の名を呼んだ。
地獄の底から這い出してきたかのような低い音。なのにはっきりと聞こえたその声には掛け値なしの怒りが滲む。
玄関の奥、その先のリビングから、それは聞こえた。ギシギシと廊下を鳴らしてゆっくり近づいてくる。
ヴァルターはその声の先に視線を釘付けにされたのか、凍りついたように動かない。一度はこちらを向いてくれたものの、いまはまた背中を向けたその顔が、どんな表情を浮かべているのか想像できない。
でもとてつもなく嫌な予感だけはして、考えるより先に体が動いた。走ってヴァルターの前に体を滑り込ませるのと、リヒャルトさんが目の前に現れたのはほぼ同時だった。
「暴力反対!!」
「っ!」
私とリヒャルトさんの距離、一ミリも無さそう。私の低い鼻が分厚い胸板にぶつかってる。
「さく、部屋に戻ってろ」
「話がしたいだけなの、お願い!」
「こいつはお前に怪我をさせた。絶対に許さない」
こめかみに青筋が浮かんでいる。
こんな風に怒っているリヒャルトさんを見るのは初めてで、正直、大人しく部屋に戻りたいくらい怖い。だけど、いま背中で庇っているヴァルターは私の百倍は家に帰りたいだろうと思うと、いたたまれない。現場放棄という選択肢は儚く消えた。
「ちょっと転んだだけだよ、平気だから!」
「ヴァルター、生きてここから帰れると思うな」
「貴方を説得出来るなら、命など喜んで差し上げます」
ヴァルターの声は感情が読めないほどに淡々としていて、驚くほど冷静だった。
予想だにしていなかった返答に息を飲んで振り返ると、彼はまっすぐリヒャルトさんと向き合っていた。背筋を伸ばし、表情を崩さず、微動だにしない。
その覚悟が見える姿勢に、私が間に入る必要なんて無かったのかも……と思ったけれど、視界の端に白くなるほど握りしめる拳が見えた。
僅かに震える拳が、彼の虚勢を物語る。
……いや、やっぱり怖いんだ。この二人の関係性がまるで見えない。
「さくやの怪我がお前の命ひとつで対等だと思ってるのか」
「っ、この子供は貴方のなんなのですか!?」
「黙れよ」
リヒャルトさんの手が私を避けてヴァルターの胸ぐらを掴みあげる。
ああ、だめだ、喧嘩はだめ。いや、このままでは喧嘩どころか一方的な暴力の行使になるのでは。
「だめ、やめてリヒャルトさん!」
胸元に縋りついて訴えたけれど、応えはない。それどころか視線をヴァルターから外さないまま、私に向かって手をかざした。その掌から淡い光が放たれる。何か分からないけれど、魔術を行使しようとしている?
次いでハッとする。
まずい、この場所から退去させられる──。
直感が走ると、体が勝手に動いていた。
私をどこか別の場所に移動させて、私がいないところで話を進める、或いは終わらせるつもりだ。これはもう完全に切れていて、話して止められるレベルじゃない。
大惨事になる前に! 話が有耶無耶になる前に! プライドも自我も、いまは捨ててしまえ!
「やだやだ、さくのこと見てくれなきゃ、やだあ! さくのこと、一番にしてくれなきゃやだよお!」
リヒャルトさんの胸に、飛び込んだ。ついでにこの瞬間の記憶も飛んでほしい。
「ね、ね? 怒ったら怖いよ? 怖いの、やだよ? そんなのポイして、抱っこして」
甘えるような猫撫で声に、頭をぐりぐり押し付けて上目遣いでおねだり。見上げた先の視界で、リヒャルトさんが目を潤ませながら口を真一文字に引き締めて震えていた。喉仏がアニメみたいに大袈裟に動いて、ぎゅう、と鳴った。静まり返った空間に響く異音。夢だったら起こして欲しい。
恥ずかしすぎてぶっ倒れそうになる脆弱な意識を叱咤して震える足で踏ん張る。作戦は成功だ、自分を讃えろ私。次に来る衝撃への準備体制に入るのだ。
「っっっっっ、さくちゃあああああん!!」
予想通り、ブワッと体が浮いた。だが骨が軋むほど抱きしめられて息が詰まったのは想定外。
「ごめんさくちゃん! 怖かったな、ごめんな! もう二度とあんな顔見せないから! 何より誰よりさくちゃんのことを心配しないとダメだったのに……! 寂しがり屋さんだもんな、ごめんな、可愛い可愛い俺の大事な宝物!!」
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