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8.顔のいい男は話が通じないの法則
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「どうやら客人だな。俺は戻る」
言うが早いか、複数の足音が聞こえてくる。さっきの近衛師団とかいう人たちが家まで来たんだ。
ヴァルターと呼ばれた男の冷たい視線と声を思い出すと、背筋にスっと冷たいものが走って体が強ばった。そんな私を見たリヒャルトさんは何も言わず、包むように抱き寄せた。迷いなく、力強く。その体温を感じて、程なく安堵の気持ちが込み上げてきた。
自分のことは自分でしたい、と粋がってみても、やはりこの人がそばに居る安心感は計り知れない。
私はいつか本当にこの人から独り立ち出来るのだろうかと別の不安がよぎってしまう。
見上げるとリヒャルトさんも玄関の方を見据えていたが、その端正な顔からはどんな感情も読み取れない。
「この家に結界を張ったのか」
「簡易的なものだけどな」
「籠城する気か。時間の問題だぞ」
魔術の素養がまったくない私には分からないが、どうやら外部からこの家には入れないようになっているらしい。でも主治医が言う通り、そんな籠城は長くは保たない。
不安そうな顔をしていたのだろうか、しがみついた私を更にしっかり抱き寄せて、にっこり笑顔を見せてくれた。大丈夫、心配するなというように。
だけど──。
これでいいのだろうか?
いざという時、私は何もできなかった。食堂で守られている時も、いま自分のことを問いただすことも。自分の足で立ちたいと願いながら。
「…………」
いま、この瞬間外へ出て行ってあのヴァルターとかいう人と話をするべきではないのか。
そう思った時──
「まあどうでも良いが。その被検体だけは守れよ」
唐突に背後から主治医の声が降ってきた。セリフの割に興味のなさそうな抑揚のない声で言い捨てて、今度は私に向かって
「俺の研究のために、せいぜい長生きするんだな」
そう言って音も立てずに消え去った。
「……えツンデレ?」
「性格が破綻してるだけだ」
「類友……」
とか言ってる場合ではなくて。
「あの人たちは家の中に入って来れないの?」
「ああ。だからさくちゃんは安心して、」
「私、あのヴァルターって人と話したい!」
予想していなかったであろう言葉を受けてリヒャルトさんの動きが止まる。
その一瞬の隙をついて、体を捩って腕の中から離れると身を翻して玄関に向かう。
だがそう上手くいくはずもなく、すぐにリヒャルトさんの腕が伸びてきて私の腰に巻き付いた。
「だめだ、さくや」
「どうしてダメなの!?」
すぐさま腕の中に連れ戻されるが、悔しくてじたばたと足掻く。
「あいつはさくやとは何の関係もない。用があるのは俺だ」
「ならうちに入れて話をしてあげてよ」
上手くいかないだろうと期待せずにもう一度身を捩って力いっぱい腕を振り払ってみた。
すると、あっけないほどするりと外れて、私もリヒャルトさんも驚く。振り払われた腕はまるで振り子のように二、三度揺れてだらりと垂れた。
「ちっ、アウルか。あいつ余計な真似を」
よく分からないが、主治医が何かしたらしい。どうやら自由に体を動かせないようで、彼は口の中で何か呪文のようなものを呟いている。
今のうちに──そう思って駆け出した。
玄関までなんてほんの数メートルなのに、やけに遠く感じる。息が切れるし、心臓もうるさい。たぶん緊張のせい。いや、絶対そう。これが反抗期の第一歩!
足がもつれて、危うく転びかけたけどなんとか踏みとどまる。カッコつけて飛び出した割に、バランスが悪すぎる。
玄関にたどり着き、軽く息を整えてからノブに手をかける。ひんやりした金属の感触に、ちょっとだけ背筋がしゃんとする。
鍵を回すと、カチャリと控えめな音。よし、開いた。が、その瞬間、指先でパリッと何かが弾けた。
「うわ、ビリッときた……静電気……?」
軽く痺れたけど、そんなことで止まっていられない。
勢いのまま、ドアを──開けた。
目の前にはやっぱりさっきの騎士が立っていて、その綺麗な顔越しに、もう太陽が傾いていたことを初めて知った。朝のあの騒動から瞬く間に過ぎた時間は、あまりにも濃厚すぎる。
夕映えの空をバックに、煌めく金髪の男は表情ひとつ変えない。
一瞬だけ視線を逸らして、結界が張られていたはずだが、と小さく呟いて改めて私を見据える。
あれ。そういえば確かに、さっきそんなこと言ってたな。
「ここがリヒャルト・ウェーバーの家だな」
今朝の食堂で聞いた時と変わらない冷たさを含んだ声。今は対峙していても震えたりしない。
私、さっきはこの人の事を震えるほど怖がってたのに今は全然気にならない。
リヒャルトさんがそばに居ると居ないで、こんなに心境って変わるんだ。
虎の威を借る狐って私のことだ。情けないけど、今はそんな感情は振り切っていく。
「そう。あなたは誰」
「お前は先ほど食堂にいた子供だな。まさか一緒に住んでいたとは」
「あ・な・た・は・だ・あ・れ?」
「彼を出せ」
アッハイ。あなたも話が通じない系男子でしたか。それでは失礼します。
無言で扉を閉めると、玄関先に足を挟まれて途中で止まる。
ムカついたからもう一度勢いよく扉を開けて、思い切り閉めてやった。
足に甚大なダメージ。その綺麗な革靴をこれ以上傷物にしたくなければ引っ込めろ、と睨んだが青い瞳で睨み返されただけだ。
「無理やり扉をこじ開けたって良いんだぞ」
「そんなことしたら大声で叫んでやる」
「安心しろ、ここに治安を守る騎士がいる。さあ扉を開けろ」
自称騎士が今度は無理やり扉をこじ開けようとする。両手両足を使って必死に踏ん張る私とは対照的に、ヴァルターは片手で涼しい顔だ。形勢は徐々に不利へ傾きつつある。
「そろそろ諦めろ。本気で扉を開けるぞ」
「その前に! 私と! 話しませんか!」
「お前のことは彼に聞く」
「私に聞けよ!」
ああ、私の反抗はまたしても失敗か。何故リヒャルトさんの周りにはこうも話を聞かない人ばかりなんだろう。
誰か私の話を聞いてくれ!!
言うが早いか、複数の足音が聞こえてくる。さっきの近衛師団とかいう人たちが家まで来たんだ。
ヴァルターと呼ばれた男の冷たい視線と声を思い出すと、背筋にスっと冷たいものが走って体が強ばった。そんな私を見たリヒャルトさんは何も言わず、包むように抱き寄せた。迷いなく、力強く。その体温を感じて、程なく安堵の気持ちが込み上げてきた。
自分のことは自分でしたい、と粋がってみても、やはりこの人がそばに居る安心感は計り知れない。
私はいつか本当にこの人から独り立ち出来るのだろうかと別の不安がよぎってしまう。
見上げるとリヒャルトさんも玄関の方を見据えていたが、その端正な顔からはどんな感情も読み取れない。
「この家に結界を張ったのか」
「簡易的なものだけどな」
「籠城する気か。時間の問題だぞ」
魔術の素養がまったくない私には分からないが、どうやら外部からこの家には入れないようになっているらしい。でも主治医が言う通り、そんな籠城は長くは保たない。
不安そうな顔をしていたのだろうか、しがみついた私を更にしっかり抱き寄せて、にっこり笑顔を見せてくれた。大丈夫、心配するなというように。
だけど──。
これでいいのだろうか?
いざという時、私は何もできなかった。食堂で守られている時も、いま自分のことを問いただすことも。自分の足で立ちたいと願いながら。
「…………」
いま、この瞬間外へ出て行ってあのヴァルターとかいう人と話をするべきではないのか。
そう思った時──
「まあどうでも良いが。その被検体だけは守れよ」
唐突に背後から主治医の声が降ってきた。セリフの割に興味のなさそうな抑揚のない声で言い捨てて、今度は私に向かって
「俺の研究のために、せいぜい長生きするんだな」
そう言って音も立てずに消え去った。
「……えツンデレ?」
「性格が破綻してるだけだ」
「類友……」
とか言ってる場合ではなくて。
「あの人たちは家の中に入って来れないの?」
「ああ。だからさくちゃんは安心して、」
「私、あのヴァルターって人と話したい!」
予想していなかったであろう言葉を受けてリヒャルトさんの動きが止まる。
その一瞬の隙をついて、体を捩って腕の中から離れると身を翻して玄関に向かう。
だがそう上手くいくはずもなく、すぐにリヒャルトさんの腕が伸びてきて私の腰に巻き付いた。
「だめだ、さくや」
「どうしてダメなの!?」
すぐさま腕の中に連れ戻されるが、悔しくてじたばたと足掻く。
「あいつはさくやとは何の関係もない。用があるのは俺だ」
「ならうちに入れて話をしてあげてよ」
上手くいかないだろうと期待せずにもう一度身を捩って力いっぱい腕を振り払ってみた。
すると、あっけないほどするりと外れて、私もリヒャルトさんも驚く。振り払われた腕はまるで振り子のように二、三度揺れてだらりと垂れた。
「ちっ、アウルか。あいつ余計な真似を」
よく分からないが、主治医が何かしたらしい。どうやら自由に体を動かせないようで、彼は口の中で何か呪文のようなものを呟いている。
今のうちに──そう思って駆け出した。
玄関までなんてほんの数メートルなのに、やけに遠く感じる。息が切れるし、心臓もうるさい。たぶん緊張のせい。いや、絶対そう。これが反抗期の第一歩!
足がもつれて、危うく転びかけたけどなんとか踏みとどまる。カッコつけて飛び出した割に、バランスが悪すぎる。
玄関にたどり着き、軽く息を整えてからノブに手をかける。ひんやりした金属の感触に、ちょっとだけ背筋がしゃんとする。
鍵を回すと、カチャリと控えめな音。よし、開いた。が、その瞬間、指先でパリッと何かが弾けた。
「うわ、ビリッときた……静電気……?」
軽く痺れたけど、そんなことで止まっていられない。
勢いのまま、ドアを──開けた。
目の前にはやっぱりさっきの騎士が立っていて、その綺麗な顔越しに、もう太陽が傾いていたことを初めて知った。朝のあの騒動から瞬く間に過ぎた時間は、あまりにも濃厚すぎる。
夕映えの空をバックに、煌めく金髪の男は表情ひとつ変えない。
一瞬だけ視線を逸らして、結界が張られていたはずだが、と小さく呟いて改めて私を見据える。
あれ。そういえば確かに、さっきそんなこと言ってたな。
「ここがリヒャルト・ウェーバーの家だな」
今朝の食堂で聞いた時と変わらない冷たさを含んだ声。今は対峙していても震えたりしない。
私、さっきはこの人の事を震えるほど怖がってたのに今は全然気にならない。
リヒャルトさんがそばに居ると居ないで、こんなに心境って変わるんだ。
虎の威を借る狐って私のことだ。情けないけど、今はそんな感情は振り切っていく。
「そう。あなたは誰」
「お前は先ほど食堂にいた子供だな。まさか一緒に住んでいたとは」
「あ・な・た・は・だ・あ・れ?」
「彼を出せ」
アッハイ。あなたも話が通じない系男子でしたか。それでは失礼します。
無言で扉を閉めると、玄関先に足を挟まれて途中で止まる。
ムカついたからもう一度勢いよく扉を開けて、思い切り閉めてやった。
足に甚大なダメージ。その綺麗な革靴をこれ以上傷物にしたくなければ引っ込めろ、と睨んだが青い瞳で睨み返されただけだ。
「無理やり扉をこじ開けたって良いんだぞ」
「そんなことしたら大声で叫んでやる」
「安心しろ、ここに治安を守る騎士がいる。さあ扉を開けろ」
自称騎士が今度は無理やり扉をこじ開けようとする。両手両足を使って必死に踏ん張る私とは対照的に、ヴァルターは片手で涼しい顔だ。形勢は徐々に不利へ傾きつつある。
「そろそろ諦めろ。本気で扉を開けるぞ」
「その前に! 私と! 話しませんか!」
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