飢食は雪で満たされる

音央とお

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教室で綾と話していた山田が、「そういえば」と口を開いた。

「雪乃ちゃんって小説にハマってるの?」
「たしかによく読んでるよねー。面白いみたい」
「俺たちはそういうのからっきしだもんな」

今も雪乃は本を読んでおり、山田は自分の近くにいた男に目を向ける。相も変わらぬ直は活字中毒のように文庫本から視線を外すことがない。

「雪乃ちゃんが直みたいになってる。複雑なんだけど」
「そんなことないでしょ。全然違うじゃん」
「でも、今読んでるやつ、直が読んでたことがあるやつ」
「たまたまでしょ」

綾に笑い飛ばされ、山田は気のせいかと結論づける。
その後も直と雪乃は教室の喧騒も忘れ、本を読み進めていた。

*   *   *

まだ寒さは厳しいけれど、ほんの少し陽射しに春が混じり始めた。直は同じ話を繰り返し、繰り返し、読んでいる。
もう全て頭に入っているのに、そうしなければ不調をきたすかのように続けている。

今も一人残った教室で文庫本に目を通していた。
廊下から足音が聞こえてくる。勢いよくドアを開けた雪乃は少し息を乱していた。
  
「あ……ごめんなさい」

読書の邪魔をしたと思ったのだろう。小さな声で謝った後、教室の中へと足を踏み入れた。

「今日は当番じゃないんだね?」

その質問で図書室からやって来たことが分かる。
「そうだけど」とだけ返した直はページをめくる。
雪乃は視線が泳いだあと、自分の席へと座った。今日は許可を取ることもなく、本を取り出した。

時々、直のほうを盗み見ているけれど、本人は気付いていないかのように字を追うことに夢中だった。
雪乃の本はほとんど進んでいなかったが、それを指摘するような人間はいなかった。

*   *   *

直が久しぶりに山田の部屋に入った。
アメコミ・ヒーローのフィギュアや愛読している漫画が並べられ、ごちゃごちゃしている場所だ。

「炭酸でいいよな?」

氷の入ったグラスとペットボトルをトレイに乗せ、山田は足でドアを開けた。胡座をかいて、だらけて座る2人はコントローラーを手に取った。

「お前がゲームやりたがるなんて、小学生以来じゃね? 昔よくやったやつにする?」
「なんでもいい」
「じゃあ、操作が簡単なコレにするか」

選んだのはすごろくのようなゲームで、選択を間違えないように進んでいくのが攻略のコツだった。

「うわぁ、借金した……」「おっ、ラッキー」などと山田はいちいち反応を見せるのに対し、直は無言だった。選択を失敗しても成功しても、自分が選んだことなので納得しているようだった。

「うわーっ、結局大差つけられてるし……。違うゲームしようぜ! 次は勝つ!」
「うん」

休日の朝から夕方まで、途中で食事を挟みながら遊んだ。
「こんなに付き合ってくれるなんて珍しいこともあるんだな」と山田はしみじみと感じていた。

「冷蔵庫から飲み物取ってくる。……あれ? 今日は氷を残したのか?」

いつだって直は噛み砕いていた。
今日は残った氷が水に変わっていた。

「まあ、いいや。ちょっと待ってて」

山田は階段を降りていく。残された直の視線は部屋の中を彷徨う。この部屋には直の記憶に直結するものが溢れていた。そっとコントローラーを置く。

「ただいま。あれ? 帰るのか?」

直はコートとマフラーを身に着けていた。
立ち上がり、山田の横をすり抜ける。

「うん。……確認できた」
「なにが?」

返事はない。ただ、憑き物が落ちたような顔をしている。
階段を降りていく音を聞きながら山田は首を傾げた。

「まあ、直だしな。また遊ぼうなー!」

その大声は、届いたか分からない。


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