2 / 5
回想1
しおりを挟む
新城という男といつ出会ったのかは覚えていない。友達に誘われて参加したバーベキューとかカラオケとか、何度か顔は合わせていたから。
ちょっと不良っぽいというか、チャラついたファッションをしていて、私には近づき辛い雰囲気をしていた。
そして、初めてまともに話したのは図書館だった。
「あ、なっちゃんさんじゃん」
「……なっちゃんさん?」
たまたま鉢合わせたかと思えば、私のあだ名に“さん”を付けて呼んできた。
「みんなになっちゃんって呼ばれてるでしょう?」
にっこりと微笑まれるが、私は微妙な顔になっていたと思う。だって、変じゃん。
「“さん”はいらない」
「じゃあ、なっちゃん!」
これまで話なんてしたことがないのに、新城は気心知れた仲のように振る舞ってきた。
隣の席に座って読書をし、帰りは駅まで一緒に歩くという……。
話題は向こうから振ってくれるので私はほとんど頷くだけだったけど、友達が多いだけあって意外と話しやすい男なんだという発見があった。
「なっちゃん、おはよー」
「みんなでランチ食うんだけど一緒に来る?」
「また図書館に行くなら一緒に行こうよ」
「サービスするからバイト先にご飯食べに来てよ」
そんなふうに顔を合わせれば話しかけてくれた。これは私が特別なんかじゃなくて、みんなにそう接してくる。一部の女子には人誑しと呼ばれていた。新城は普通に格好良いので女子たちは悪い気がしないのだと言う。
そして、またある日のことだった。
大学のカフェテラスで鉢合わせた新城はこそこそと話しかけてきた。
「なっちゃんさー、変な男に付きまとわれてるんだって?」
その言葉にドキッとした。
最近、話しかけてくるわけでもなく尾行してくる男がいた。
少し年上のサラリーマンみたいで、バイト先の飲食店によく顔を出している人だった。
そんなことをするとは思えない真面目そうで清潔感のあるタイプで、最初はたまたまだと思っていたけど回数が重なればおかしいと気付く。
「うん、毎回何とか撒いてアパートの場所は知られていないと思うけど……気味が悪い。バイトが終わるまで待ち伏せて、同じ電車に乗って付いてくる。ずっと視線を感じるのがしんどい」
「家がバレてないならさ、バイト辞めたら? 知り合いのところで募集していたから次のところ紹介するよ」
自給もいいし、人間関係も良好で行くのが楽しい所だったけどそうしたほうが良いのかもしれない。店長夫婦も妙な男がうろついていることを心配してくれていたので、すぐに辞めることはできると思う。いいお店だけに迷惑をかける前に離れたほうが良いと思う。でも、
「悔しいな……。好きなお店だったのに」
ぽつりと漏らせば、新城は顔を曇らせた。
「マジで最悪な男だよね。付き纏って好きな子を怖がらせてるとかさー、有り得ねぇよ」
私以上に憤りを感じている様子で、なんだか救われた気持ちになった。
――お店を辞めて3週間ほど経った時だろうか。新城に紹介してもらった新しいバイト先からの帰り、最寄り駅の外で男が待ち伏せをしていた。
「バイトどうして辞めちゃったの? 何も伝えてくれなかったから、寂しかったよ」
馴れ馴れしく話しかけてきたけど、これまで接客以外のことで話したことなんてない。
責めるように睨まれ、ゾッと鳥肌が立った。
逃げなくちゃと反射的に駅へと引き返し、直ぐにやって来た電車に飛び乗った。しかし、男は当然のようについてきており、距離を保ってじっと見つめてきた。
恐る恐る様子を窺うと口元はにやにやと笑っていた。
「どうしよう……」
思わず逃げたけど、行く先の当てもない。大学の最寄り駅の近くに交番があるから、そこに飛び込むくらいしか思いつかない。
幸いにも目的の駅まで近く、ドアが開くと人波をかき分け走った。
階段を駆け降りて改札を抜けた後、振り返ってみると男の姿があった。
恐怖で腰が抜けそうになるけれど、距離はあるので今のうちに何とかするしかない。
「……早く逃げないと」
涙が滲んでくる。
焦りから縺れそうになる足を動かし、交番を目指している時だった。
「あれ? なっちゃん?」
新城と阿川くんがロータリーの噴水の前に立っていた。
いつも集まっているメンバーで飲み会をすると言っていたので解散後だろうか。
「あ……、新…城……。たす……て」
「どうした? 何があった?」
上手く声が出なかった。
異変に気付いた様子で、笑顔を消して問いかけてくる。後方を振り返れば柱の陰からこちらを見ている男の姿があった。
「何あのおっさん……。もしかして、なっちゃんに付き纏ってるやつ?」
頷くと阿川くんが「やべー」と漏らした。
新城は眉間に皺を寄せていた。
「阿川はなっちゃんと交番に向かって。俺はアイツを捕まえるから」
「えっ」
「逃げられたら厄介でしょ」
「そうだけど、危ないよ……」
「大丈夫、大丈夫。こう見えて結構強いから~」
口調は緩いのに、その目は男を睨みつけている。これまで見たことのない雰囲気を纏っており、怒りの感情を何とか抑えているようだった。
「すぐ戻る。行くよ」と言って阿川くんは走り出したのでついていく。
後ろから怒声が聞こえてきて振り向うとしたけど「急ぐよ、前を向いて」と止められたので様子を見ることは出来なかった。どうか無事でいて……!
新城と男は口論の末に掴み合いになったようで、警察官を連れて現場に戻ると男は新城に取り押さえられていた。
頬にひっかき傷を作っているのを発見し、申し訳なくなっていたら「こんな数日で治るもんで泣くなよ~」と髪の毛をぐちゃぐちゃにして撫でられた。
「なっちゃんに怪我がなくて良かった~」
無邪気に笑うその顔を見ていたら、ああ好きだと思ってしまった。
これまでだって少しずつ好きが重なっていたんだと思うけど、決定打となってしまったんだ。
ちょっと不良っぽいというか、チャラついたファッションをしていて、私には近づき辛い雰囲気をしていた。
そして、初めてまともに話したのは図書館だった。
「あ、なっちゃんさんじゃん」
「……なっちゃんさん?」
たまたま鉢合わせたかと思えば、私のあだ名に“さん”を付けて呼んできた。
「みんなになっちゃんって呼ばれてるでしょう?」
にっこりと微笑まれるが、私は微妙な顔になっていたと思う。だって、変じゃん。
「“さん”はいらない」
「じゃあ、なっちゃん!」
これまで話なんてしたことがないのに、新城は気心知れた仲のように振る舞ってきた。
隣の席に座って読書をし、帰りは駅まで一緒に歩くという……。
話題は向こうから振ってくれるので私はほとんど頷くだけだったけど、友達が多いだけあって意外と話しやすい男なんだという発見があった。
「なっちゃん、おはよー」
「みんなでランチ食うんだけど一緒に来る?」
「また図書館に行くなら一緒に行こうよ」
「サービスするからバイト先にご飯食べに来てよ」
そんなふうに顔を合わせれば話しかけてくれた。これは私が特別なんかじゃなくて、みんなにそう接してくる。一部の女子には人誑しと呼ばれていた。新城は普通に格好良いので女子たちは悪い気がしないのだと言う。
そして、またある日のことだった。
大学のカフェテラスで鉢合わせた新城はこそこそと話しかけてきた。
「なっちゃんさー、変な男に付きまとわれてるんだって?」
その言葉にドキッとした。
最近、話しかけてくるわけでもなく尾行してくる男がいた。
少し年上のサラリーマンみたいで、バイト先の飲食店によく顔を出している人だった。
そんなことをするとは思えない真面目そうで清潔感のあるタイプで、最初はたまたまだと思っていたけど回数が重なればおかしいと気付く。
「うん、毎回何とか撒いてアパートの場所は知られていないと思うけど……気味が悪い。バイトが終わるまで待ち伏せて、同じ電車に乗って付いてくる。ずっと視線を感じるのがしんどい」
「家がバレてないならさ、バイト辞めたら? 知り合いのところで募集していたから次のところ紹介するよ」
自給もいいし、人間関係も良好で行くのが楽しい所だったけどそうしたほうが良いのかもしれない。店長夫婦も妙な男がうろついていることを心配してくれていたので、すぐに辞めることはできると思う。いいお店だけに迷惑をかける前に離れたほうが良いと思う。でも、
「悔しいな……。好きなお店だったのに」
ぽつりと漏らせば、新城は顔を曇らせた。
「マジで最悪な男だよね。付き纏って好きな子を怖がらせてるとかさー、有り得ねぇよ」
私以上に憤りを感じている様子で、なんだか救われた気持ちになった。
――お店を辞めて3週間ほど経った時だろうか。新城に紹介してもらった新しいバイト先からの帰り、最寄り駅の外で男が待ち伏せをしていた。
「バイトどうして辞めちゃったの? 何も伝えてくれなかったから、寂しかったよ」
馴れ馴れしく話しかけてきたけど、これまで接客以外のことで話したことなんてない。
責めるように睨まれ、ゾッと鳥肌が立った。
逃げなくちゃと反射的に駅へと引き返し、直ぐにやって来た電車に飛び乗った。しかし、男は当然のようについてきており、距離を保ってじっと見つめてきた。
恐る恐る様子を窺うと口元はにやにやと笑っていた。
「どうしよう……」
思わず逃げたけど、行く先の当てもない。大学の最寄り駅の近くに交番があるから、そこに飛び込むくらいしか思いつかない。
幸いにも目的の駅まで近く、ドアが開くと人波をかき分け走った。
階段を駆け降りて改札を抜けた後、振り返ってみると男の姿があった。
恐怖で腰が抜けそうになるけれど、距離はあるので今のうちに何とかするしかない。
「……早く逃げないと」
涙が滲んでくる。
焦りから縺れそうになる足を動かし、交番を目指している時だった。
「あれ? なっちゃん?」
新城と阿川くんがロータリーの噴水の前に立っていた。
いつも集まっているメンバーで飲み会をすると言っていたので解散後だろうか。
「あ……、新…城……。たす……て」
「どうした? 何があった?」
上手く声が出なかった。
異変に気付いた様子で、笑顔を消して問いかけてくる。後方を振り返れば柱の陰からこちらを見ている男の姿があった。
「何あのおっさん……。もしかして、なっちゃんに付き纏ってるやつ?」
頷くと阿川くんが「やべー」と漏らした。
新城は眉間に皺を寄せていた。
「阿川はなっちゃんと交番に向かって。俺はアイツを捕まえるから」
「えっ」
「逃げられたら厄介でしょ」
「そうだけど、危ないよ……」
「大丈夫、大丈夫。こう見えて結構強いから~」
口調は緩いのに、その目は男を睨みつけている。これまで見たことのない雰囲気を纏っており、怒りの感情を何とか抑えているようだった。
「すぐ戻る。行くよ」と言って阿川くんは走り出したのでついていく。
後ろから怒声が聞こえてきて振り向うとしたけど「急ぐよ、前を向いて」と止められたので様子を見ることは出来なかった。どうか無事でいて……!
新城と男は口論の末に掴み合いになったようで、警察官を連れて現場に戻ると男は新城に取り押さえられていた。
頬にひっかき傷を作っているのを発見し、申し訳なくなっていたら「こんな数日で治るもんで泣くなよ~」と髪の毛をぐちゃぐちゃにして撫でられた。
「なっちゃんに怪我がなくて良かった~」
無邪気に笑うその顔を見ていたら、ああ好きだと思ってしまった。
これまでだって少しずつ好きが重なっていたんだと思うけど、決定打となってしまったんだ。
0
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
嘘の誓いは、あなたの隣で
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢ミッシェルは、公爵カルバンと穏やかに愛を育んでいた。
けれど聖女アリアの来訪をきっかけに、彼の心が揺らぎ始める。
噂、沈黙、そして冷たい背中。
そんな折、父の命で見合いをさせられた皇太子ルシアンは、
一目で彼女に惹かれ、静かに手を差し伸べる。
――愛を信じたのは、誰だったのか。
カルバンが本当の想いに気づいた時には、
もうミッシェルは別の光のもとにいた。
だって悪女ですもの。
とうこ
恋愛
初恋を諦め、十六歳の若さで侯爵の後妻となったルイーズ。
幼馴染にはきつい言葉を投げつけられ、かれを好きな少女たちからは悪女と噂される。
だが四年後、ルイーズの里帰りと共に訪れる大きな転機。
彼女の選択は。
小説家になろう様にも掲載予定です。
愛はリンゴと同じ
turarin
恋愛
学園時代の同級生と結婚し、子供にも恵まれ幸せいっぱいの公爵夫人ナタリー。ところが、ある日夫が平民の少女をつれてきて、別邸に囲うと言う。
夫のナタリーへの愛は減らない。妾の少女メイリンへの愛が、一つ増えるだけだと言う。夫の愛は、まるでリンゴのように幾つもあって、皆に与えられるものなのだそうだ。
ナタリーのことは妻として大切にしてくれる夫。貴族の妻としては当然受け入れるべき。だが、辛くて仕方がない。ナタリーのリンゴは一つだけ。
幾つもあるなど考えられない。
貴方もヒロインのところに行くのね? [完]
風龍佳乃
恋愛
元気で活発だったマデリーンは
アカデミーに入学すると生活が一変し
てしまった
友人となったサブリナはマデリーンと
仲良くなった男性を次々と奪っていき
そしてマデリーンに愛を告白した
バーレンまでもがサブリナと一緒に居た
マデリーンは過去に決別して
隣国へと旅立ち新しい生活を送る。
そして帰国したマデリーンは
目を引く美しい蝶になっていた
初恋にケリをつけたい
志熊みゅう
恋愛
「初恋にケリをつけたかっただけなんだ」
そう言って、夫・クライブは、初恋だという未亡人と不倫した。そして彼女はクライブの子を身ごもったという。私グレースとクライブの結婚は確かに政略結婚だった。そこに燃えるような恋や愛はなくとも、20年の信頼と情はあると信じていた。だがそれは一瞬で崩れ去った。
「分かりました。私たち離婚しましょう、クライブ」
初恋とケリをつけたい男女の話。
☆小説家になろうの日間異世界(恋愛)ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの日間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/18)
☆小説家になろうの週間総合ランキング (すべて)で1位獲得しました。(2025/9/22)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる