ノワールの誘惑と日常

音央とお

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また、バイトが終わったら雨が降っていた。

地面には水たまりができている。
今日は折り畳み傘を持ってきたつもりが、鞄に入っていなかった。

「……最悪」

どうしようかなぁ。
着替えを終えた重宮くんと瑠夏ちゃんが外に出てきた。

「莉子さん、傘がないんですか?」と瑠夏ちゃんが眉を下げた。その横で重宮くんが自分の傘を見つめながら口を開いた。

「良かったら入っていきませんか? 確か公園のほうって言ってましたよね? 方向が同じなので送りますよ」

「えー、重宮ったらそうなの?! ……送り狼にならないでよー」

「なるわけないだろう。送っていくだけだから」

「どうだか~」

学部も一緒らしい二人は仲が良いと思う。
それにしても、瑠夏ちゃんはあるわけがない誤解をしている。

「行きましょう、榛山さん」

傘の半分のスペースを空けられる。

「いや、悪いよ」

「ここにいても、しばらく止みそうにないですよ、これ」

天気予報では朝方まで続くと言われていた。
重宮くんの意見が正しい。

「ありがとう、甘えさせてもらうね」

にやにやと楽しんでいる目で瑠夏ちゃんに見送られながら、私たちは家の方向へと歩き出した。
もう人通りも少なくて、遅くまで開いている店の明かりがぽつりぽつりとあるだけだ。

「何かお礼をしなくちゃね」

「大したことはしていませんよ」

「そんなことないよ。何かさせて」

重宮くんは少し思案してから、提案してきた。

「明日の昼でも、ランチに行きません?」

「ランチかぁ」

「俺と二人でご飯を食べても、あの彼氏さんは怒らないんですよね?」

確かめるように聞かれて頷いた。
本人がそう言っていたのだから間違いない。

「じゃあ、食べに行きましょう。大学の近くに美味いイタリアンがあるので」

「分かった」

おしゃれなところを提案してくれるものだ。
遼一とはそんなところに行ったことがない。

もっと気軽に入れるようなお店が多いから、新鮮かも。

「……後ろめたいことは何もないので、彼氏さんにも伝えておいてください」

「……? 分かった」

わざわざ言う必要もないと思うけど。
重宮くんは気にするタイプみたいだから、その辺は慎重なんだろう。

「あ、そこの角を曲がって」

曲がり角を進んでいると、見慣れた傘が見えた。その中から「莉子さん」と遼一が顔を出した。
それを見て、重宮くんが足を止めた。

「これがないかと思って」いつも玄関に置いてある紫色の傘を差し出される。

「よく見てるね。……重宮くん、助かったよ。ありがとう」 

「いえ……。彼氏さんとすれ違わなくて良かったですね」

遼一が間抜けな「ふぁぁ」という声で欠伸をした。
よく見れば、ラフな部屋着だし、もう寝るつもりでいたのだろう。

「眠い……。早く帰ろうよ」

肩を引き寄せられ、遼一の傘の中へと引き込まれる。

「傘ならあるけど?」

「いいじゃん。もう近くだし、一緒に入れば」

「どういう理屈……」

遼一は重宮くんをチラリと見て「じゃあね」と笑った。
重宮くんのほうも満面の笑みで、

「明日楽しみにしてますね、榛山さん」

と、告げる。なんでこの二人はこんなに笑顔なんだろう?

雨のせいなのか冷たい空気を感じる。
早く帰ってお風呂に入っちゃおう。

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