1 / 2
残されたもの
しおりを挟む
会社の後輩とルームシェアを始めることになった。
親戚から譲り受けたファミリーマンションは一人暮らしには持て余まるサイズで、学生時代から何度かシェアをしたことがある。
この家に誰かが住み着くのは2~3年ぶりで、急遽決まった同居ということもあり、片付けはまだ完全には済んでいない。
「前に住んでいた女の子が、まだ使えるけど要らないものを置いていったの。このドレッサーとベッドは邪魔かな?」
私の問いかけに桃子ちゃんは「使わせてもらいます~!」と明るく返事をした。
まだ大学を卒業して1年ちょっとしか経っていない彼女は可愛らしい。
こっちは30代目前で、最近は夜更かしもきつくなってきた。
換気のために窓を開けていると、「塔子せんぱ~い」と名前を呼ばれる。
私たちは読みが一緒であることから親しくなった。
「クローゼット使ってもいいですか?」
「もちろん。……でも、中に何か残ってるかも。ちょっと待ってね」
備え付けのクローゼットを開けると、衣類が僅かに吊されていた。
パーティードレスに喪服と、普段は使わないものを入れていたみたいだ。
桃子ちゃんが横から覗き込み、「なんですか、それ」とあるものを見つけた。
光沢のあるそれを手に取る。
「うわっ、随分と厳ついデザインですね」
「そうだね、夜に見たら怖いかも」
背中にとぐろを巻いた龍が刺繡されている。
それを指でなぞれば、昔もこうしていた記憶が蘇る。
「……初めてルームシェアした相手が残していったものだよ」
「え? これって男物ですよね?」
女性の体格にはぶかぶかすぎる。
寒いだろって貸してくれたことがあったけど、大きすぎた。
本人には少し小さいくらいだったのに。
桃子ちゃんが「付き合ってたんですか?」と聞いてきたので、眉を下げて笑う。
「仲間4人で旅行に行った時に、その男がふざけて買ったの。そんなに安いものでもなかったはずだけど」
「ひぇ~」
ずっとクローゼットに入れっぱなしにしていたけど、状態は悪くなってないようだ。
傷は見つけたけど、これはいつ付けたものかも思い出せる。
「どんなひとだったんですか?」と桃子ちゃんがニヤニヤした目で聞いてくる。
「……麻雀好きで、煙草と香水の匂いがキツイ男」
「そんな人が塔子先輩と暮らしてたって意外なんですけど」
「これで意外と出来る奴なんだよ。弁護士になったって友達から聞いたし」
クローゼットの中が空っぽになったことを確認し、この部屋には不要なものをかき集めてドアを開ける。
「じゃあ、これからよろしくね、桃子ちゃん」
一人で廊下を歩いていると、抱えたスカジャンから懐かしい匂いがした。
もう何年経ったかも数えるのが嫌なのに。
「洗濯しないと、駄目なのかなぁ…」
そう呟きつつも、私はまた別のクローゼットに押し込んでしまった。
親戚から譲り受けたファミリーマンションは一人暮らしには持て余まるサイズで、学生時代から何度かシェアをしたことがある。
この家に誰かが住み着くのは2~3年ぶりで、急遽決まった同居ということもあり、片付けはまだ完全には済んでいない。
「前に住んでいた女の子が、まだ使えるけど要らないものを置いていったの。このドレッサーとベッドは邪魔かな?」
私の問いかけに桃子ちゃんは「使わせてもらいます~!」と明るく返事をした。
まだ大学を卒業して1年ちょっとしか経っていない彼女は可愛らしい。
こっちは30代目前で、最近は夜更かしもきつくなってきた。
換気のために窓を開けていると、「塔子せんぱ~い」と名前を呼ばれる。
私たちは読みが一緒であることから親しくなった。
「クローゼット使ってもいいですか?」
「もちろん。……でも、中に何か残ってるかも。ちょっと待ってね」
備え付けのクローゼットを開けると、衣類が僅かに吊されていた。
パーティードレスに喪服と、普段は使わないものを入れていたみたいだ。
桃子ちゃんが横から覗き込み、「なんですか、それ」とあるものを見つけた。
光沢のあるそれを手に取る。
「うわっ、随分と厳ついデザインですね」
「そうだね、夜に見たら怖いかも」
背中にとぐろを巻いた龍が刺繡されている。
それを指でなぞれば、昔もこうしていた記憶が蘇る。
「……初めてルームシェアした相手が残していったものだよ」
「え? これって男物ですよね?」
女性の体格にはぶかぶかすぎる。
寒いだろって貸してくれたことがあったけど、大きすぎた。
本人には少し小さいくらいだったのに。
桃子ちゃんが「付き合ってたんですか?」と聞いてきたので、眉を下げて笑う。
「仲間4人で旅行に行った時に、その男がふざけて買ったの。そんなに安いものでもなかったはずだけど」
「ひぇ~」
ずっとクローゼットに入れっぱなしにしていたけど、状態は悪くなってないようだ。
傷は見つけたけど、これはいつ付けたものかも思い出せる。
「どんなひとだったんですか?」と桃子ちゃんがニヤニヤした目で聞いてくる。
「……麻雀好きで、煙草と香水の匂いがキツイ男」
「そんな人が塔子先輩と暮らしてたって意外なんですけど」
「これで意外と出来る奴なんだよ。弁護士になったって友達から聞いたし」
クローゼットの中が空っぽになったことを確認し、この部屋には不要なものをかき集めてドアを開ける。
「じゃあ、これからよろしくね、桃子ちゃん」
一人で廊下を歩いていると、抱えたスカジャンから懐かしい匂いがした。
もう何年経ったかも数えるのが嫌なのに。
「洗濯しないと、駄目なのかなぁ…」
そう呟きつつも、私はまた別のクローゼットに押し込んでしまった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
婚約者の番
ありがとうございました。さようなら
恋愛
私の婚約者は、獅子の獣人だ。
大切にされる日々を過ごして、私はある日1番恐れていた事が起こってしまった。
「彼を譲ってくれない?」
とうとう彼の番が現れてしまった。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる