“つゆ払い役”の天才魔導士が役目を終えて退場、なんて許さない!《Freaks!》

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ep.1 特別な先輩

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 ——これが都会の男か。

あの人を初めて見た瞬間、レイの中の“男の子像”がひっくり返った。

背の高い痩せた身体に、制服のシャツがわずかに余っていた。
跳ねた黒髪の隙間から覗く、左目の下の泣きぼくろ。

なんて、洗練された佇まいだろう。

「ギルバートだ。今日から君の案内役を任されてる。わからないことがあったら、なんでも聞いてくれ」

彼は二人に笑いかけた。柔らかく細められた翠の目。
レイは思わず肩を竦めて曖昧に笑い返した。

 ここは帝都にある魔法学園。貴族の子弟も多く通う、魔導士を育てる学校だ。

レイチェルは、春からこの学園の高等部一年生に編入した。
幼馴染のヴィンセント——ヴィーの“特別な事情”の付き添いで。

 「今日は本物の魔獣を使った基礎訓練だ。危険が伴うため——」

そう前置きして、先生は振り返った。

「補助監督として、二年生のギルバート君に来てもらっている」

彼だった。

……ギルバート先輩が、どうしてここに?

彼は無駄のない動作で歩み出る。
垂れ目がちな翠の瞳が、レイをかすめた。その瞬間、レイの胸がかすかに高鳴った。

「彼は戦術科では今年、最も優秀な生徒だ」

——ギルバートは、やはり特別なのだ。

 説明もそこそこに、魔獣が檻から引き出された。
ヴィーの肩がびくりと跳ねる。

「ヴィー?」

レイが問いかけると、ヴィーは驚いたように瞬きをした。
彼は、すぐにいつもの控えめな笑みを浮かべ、首を横に振った。

「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」

 演習は何事もなく進んでいった。
生徒たちは教科書を片手に、教わった通り詠唱する。

レイも口を開きかけた、そのときだった。

「やめて! 傷付けないで!」

突然、ヴィーが魔獣の前に飛び出して叫んだ。
訓練場にいた全員が凍りつく。

しかし、一度唱え始めた呪文を途切れさせるわけにはいかなかった。
詠唱を中断することの危険性は、ついさっき先生から説明されたばかりだ。

「ヴィンセント! 何を言ってる。その魔獣から離れろ!」

先生が叫ぶ。
魔獣が低く唸り、全身の毛を逆立てた。
同時に、空気がふっと歪む。ヴィーから漏れた微かな魔力の揺らぎに、魔獣が反応したのだ。

魔獣の声が聞こえる——それがヴィーの“特別な事情”だった。

魔獣が前足を踏み鳴らし、鉄の鎖が軋んだ。

「まずい、刺激するな!」

教師が動こうとした瞬間、別の生徒が恐怖のあまり詠唱を途切れさせた。
魔力の火花が不安定に弾ける。

訓練場に緊張が走った。

その混乱の中、一人だけが冷静だった。
ギルバートだ。

「動くな。詠唱は続けろ」

ギルバートは、生徒の肩に触れた。彼の魔力が乱流を包んで押し沈める。
火花はじゅ、と音を立てて揉み消された。

そのまま彼は、迷いなく魔獣へ指先を向けた。
次の瞬間、魔獣の足元の地面が、鈍い音を立てて沈み込んだ。まるで、その場所だけに何倍もの重さが加わったかのようだった。

魔獣は唸りを上げる間もなく四肢を折り、崩れるように地に伏せた。

レイは息を呑む。彼女の知るどんな魔法とも、まったく違っていた。

「心配ない。殺してはいないよ」

ギルバートの声は淡々としていた。
それから、彼は呆然とするヴィーに歩み寄った。

「こういう時のために、俺がいる」

ギルバートは息一つ乱していなかった。
まるで、こういう事態を何度も繰り返してきたかのように。

ギルバートもまた“特別な事情”を持った生徒だと、レイは後から人伝に聞いて知った。

◇◆◇

 ヴィンセントの暴走事件から、およそ一か月前のこと。

 ギルバートは、いつもと変わらず森の入り口のベンチで本を読んでいた。
例によって、午後の実技はサボりだ。彼が出ても場をひっかきまわすだけなので、サボっても咎める教師はいなかった。

 久しぶりに一人になれたこの場所で、ギルバートはそっと目を閉じる。
柔らかな日差しと、木々のざわめきが心地よい。体の内側に渦巻く魔力の奔流が、少しずつ鎮まっていく。その感覚に、思考がほどけていった。

そのとき、ふと、最近変わったことが脳裏をよぎる。
僻地での任務を日常としてきた彼にとって、穏やかな学園生活はそもそも縁遠い世界だった。そこへ突然現れた彼女は、なおのこと異物だった。

「先輩」

――来た。

上から降ってきた控えめな声に、ギルバートは顔を上げる。

彼が唯一落ち着けるこの場所に、いつのまにか馴染んでしまったこの少女――コンスタンシア。

栗色の髪を高い位置でひとつに結んだ、幼い顔立ちの少女が、教本とノートを胸に抱えて立っていた。
ギルバートは、「来るな」とも「座れ」とも言わなかった。ただ口元に薄い笑みを浮かべて、彼女が動くのを待った。

「……今日も、いいですか?」

ギルバートは小さくうなずき、流れるように「いいよ」と答える。
見つかってしまって、頼まれたから応えるだけ。拒まないが、懐かれないように。角が立てば騒がれるし、かといって深入りされても困る。

ただ、この空間の静けさを――それだけは守りたかった。
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