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第六章 最後の選択
ep.28 望まぬ再会
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「カルダ先生、コンスタンシアさんです」
ヴィンセントが促すと、カルダは無表情のまま彼女を凝視した。
怖い……。この人が、あの地下で、彼をあんなふうにした人なの……?
本当なら怒りたいのに、コンスタンシアは気づかぬうちに肩をすぼめていた。
「彼のところに行く前に、君に確認させてくれ」
彼は言った。コンスタンシアは身構える。
「ギルバートとは、どんな関係だ?」
「先輩と私は……」
コンスタンシアは言葉に詰まった。
「ただの、お友達です」
口にすると、ちくりと痛いような、涙が出そうな、変な心地だった。
「お友達?」
カルダの眉間に深い皺が刻まれる。
「本当です。たまにしか、話さないときもあるけど……。一緒に本を読んだり、勉強を教えてもらったり、していたんです」
声はだんだんしぼんでいった。
カルダはなおも訝しげな表情を崩さなかった。
「何か彼から頼まれたりは?」
「……ありません」
答えてから、彼女は彼の部屋でのあの言葉を思い出した。
『行かないで』――彼が彼女に何かを頼んだことがあるとしたら、ただ、それだけだ。
コンスタンシアは、その言葉をもう一度胸に抱きしめる。
「ヴィンセントから聞いているかもしれないが、ギルバートには今、犯罪組織に加担した疑いがかかっている」
思わず肩が跳ねた。
「君に聞いたのは、彼が君を利用していないか、確かめたかったからだ」
「そんなこと、絶対にありません!」
そう思う理由を、うまく言葉にはできなかった。
けれど、「利用」なんて、そんな言葉で、あの日の彼の震えを片付けてほしくない。
彼のどこか躊躇いがちな、優しい眼差しが、作り物なはずがない。
カルダはしばらく彼女を観察するように見つめていたが、やがて短く告げた。
「……それならば、いい。ついてきなさい」
三人は、暗くて狭い螺旋階段をひたすら降りた。
膝が震えるのを、気のせいだと自分に言い聞かせる。
魔導文字が刻まれた鉄の扉が開くと、冷たい風が吹き抜けた。
「……っ」
そこにいる彼の姿を見た瞬間、彼女は倒れそうになった。
椅子に手足を括りつけられ、項垂れる人影。
「大丈夫?」
ヴィンセントの慌てた声。
よろめいたコンスタンシアの背を、彼が支えてくれた。
「……先輩!」
そのとき、彼の指先が小さく震えたように見えた。
駆け寄ろうとする彼女を、カルダの手が制した。
「それ以上は近づくな」
ギルバートの右手の甲には、禍々しい黒い紋様が浮かんでいた。
「先輩は、誰かを傷つけたりはしません!」
魔力が溢れたときも、その矛先を彼女に向けたことはなかった。
言葉だって、いつも慎重に選んでくれた。
「犯罪組織に所属した。それだけで裁かれるには十分だ」
カルダが冷たく言い放つ。
「あの手の甲の刺青が見えるか? あれは、闇組織《角蜘蛛》の構成員の証だ。その角蜘蛛は、ヴィンセントを襲い、彼の後輩のことも傷つけた」
「……本当、なんですか……?」
コンスタンシアは、ヴィンセントを振り返った。
そんなはずはない。違うと言ってほしかった。
けれど、彼は拳を強く握り、重く沈黙したままだった。
「……誰か、先輩を助けて……」
「君が彼の“ただのお友達”だということは信じよう」
先生が二人を促し、部屋を出ようとしたとき、コンスタンシアはふと踵を返した。
彼女は結界の端に、クッキーをそっと置いた。
彼が目を覚ましたら、自分が来たことに気づくように。
先生は、それを咎めなかった。
あの尋問室から、どうやって戻ったのかはもう覚えていなかった。
寮の扉の前に立ち、唇を噛み締めた。
「コニー! 遅かったじゃん! どこ行ってたの?」
中に入ると、ニコラが仕切りのカーテンの陰から飛び出してきた。
「ニコラ……」
その夜、コンスタンシアは初めて彼のことをニコラに打ち明けた。
◆◇◆
「おはよ」
翌朝、ニコラはコンスタンシアに軽く声を掛けた。
「少しは、眠れた?」
コンスタンシアが、あんなに取り乱すのを初めて見た。
ちょっとぼんやりしていて、いつもにこにこしている。どこか掴みどころのない子。けれど、ふとしたときに、引かない目をする。
まさか、高等部の、それも「不良」で有名な先輩と仲良くなっていたなんて。
しかも、その人が犯罪に関わって学園の地下で捕まってる……?
一夜明けても、どう励ますのが正解かわからなかった。
窓の外に視線を映すと、大粒の雪がちらついていた。
「見て。初雪じゃない?」
ニコラはなんとか明るい声を出す。
コンスタンシアは、腫れた目をこすって外を見た。
「積もってるかな?」
そう言いながら、ニコラは思いきり窓を開けた。冷たい空気に目を細める。
そっと瞼を開けて周囲を見回したとき、ふと視界の端に何かが映った。
……黒猫?
いや、違う。恐る恐るもう一度そちらを見ると、黒髪の青年が外階段の踊り場に座り込んでいた。
「……!」
ニコラは、慌てて室内に身体を引っ込める。
「どうしたの?」
「なんでもない! まだ全然積もってないみたい!」
嘘だ。コンスタンシアを、外に出すわけにはいかない。
だって、外にいるのはどう考えても――。
「なに? どうしてそんなに慌ててるの?」
「だめだめ! 外、めちゃくちゃ寒いよ!」
コンスタンシアが眉を潜めながら、そっとニコラの隣に立った。
窓枠に身を乗り出し、周囲を見渡す。
「……ギルバート先輩!」
そのとき、青年が顔を上げた。
雪の白さよりも青ざめた頬、震える肩。 今の今まで、眠っていたのかもしれない。
その翠の目は、あまりにも弱々しく、焦点を失っていた。
ヴィンセントが促すと、カルダは無表情のまま彼女を凝視した。
怖い……。この人が、あの地下で、彼をあんなふうにした人なの……?
本当なら怒りたいのに、コンスタンシアは気づかぬうちに肩をすぼめていた。
「彼のところに行く前に、君に確認させてくれ」
彼は言った。コンスタンシアは身構える。
「ギルバートとは、どんな関係だ?」
「先輩と私は……」
コンスタンシアは言葉に詰まった。
「ただの、お友達です」
口にすると、ちくりと痛いような、涙が出そうな、変な心地だった。
「お友達?」
カルダの眉間に深い皺が刻まれる。
「本当です。たまにしか、話さないときもあるけど……。一緒に本を読んだり、勉強を教えてもらったり、していたんです」
声はだんだんしぼんでいった。
カルダはなおも訝しげな表情を崩さなかった。
「何か彼から頼まれたりは?」
「……ありません」
答えてから、彼女は彼の部屋でのあの言葉を思い出した。
『行かないで』――彼が彼女に何かを頼んだことがあるとしたら、ただ、それだけだ。
コンスタンシアは、その言葉をもう一度胸に抱きしめる。
「ヴィンセントから聞いているかもしれないが、ギルバートには今、犯罪組織に加担した疑いがかかっている」
思わず肩が跳ねた。
「君に聞いたのは、彼が君を利用していないか、確かめたかったからだ」
「そんなこと、絶対にありません!」
そう思う理由を、うまく言葉にはできなかった。
けれど、「利用」なんて、そんな言葉で、あの日の彼の震えを片付けてほしくない。
彼のどこか躊躇いがちな、優しい眼差しが、作り物なはずがない。
カルダはしばらく彼女を観察するように見つめていたが、やがて短く告げた。
「……それならば、いい。ついてきなさい」
三人は、暗くて狭い螺旋階段をひたすら降りた。
膝が震えるのを、気のせいだと自分に言い聞かせる。
魔導文字が刻まれた鉄の扉が開くと、冷たい風が吹き抜けた。
「……っ」
そこにいる彼の姿を見た瞬間、彼女は倒れそうになった。
椅子に手足を括りつけられ、項垂れる人影。
「大丈夫?」
ヴィンセントの慌てた声。
よろめいたコンスタンシアの背を、彼が支えてくれた。
「……先輩!」
そのとき、彼の指先が小さく震えたように見えた。
駆け寄ろうとする彼女を、カルダの手が制した。
「それ以上は近づくな」
ギルバートの右手の甲には、禍々しい黒い紋様が浮かんでいた。
「先輩は、誰かを傷つけたりはしません!」
魔力が溢れたときも、その矛先を彼女に向けたことはなかった。
言葉だって、いつも慎重に選んでくれた。
「犯罪組織に所属した。それだけで裁かれるには十分だ」
カルダが冷たく言い放つ。
「あの手の甲の刺青が見えるか? あれは、闇組織《角蜘蛛》の構成員の証だ。その角蜘蛛は、ヴィンセントを襲い、彼の後輩のことも傷つけた」
「……本当、なんですか……?」
コンスタンシアは、ヴィンセントを振り返った。
そんなはずはない。違うと言ってほしかった。
けれど、彼は拳を強く握り、重く沈黙したままだった。
「……誰か、先輩を助けて……」
「君が彼の“ただのお友達”だということは信じよう」
先生が二人を促し、部屋を出ようとしたとき、コンスタンシアはふと踵を返した。
彼女は結界の端に、クッキーをそっと置いた。
彼が目を覚ましたら、自分が来たことに気づくように。
先生は、それを咎めなかった。
あの尋問室から、どうやって戻ったのかはもう覚えていなかった。
寮の扉の前に立ち、唇を噛み締めた。
「コニー! 遅かったじゃん! どこ行ってたの?」
中に入ると、ニコラが仕切りのカーテンの陰から飛び出してきた。
「ニコラ……」
その夜、コンスタンシアは初めて彼のことをニコラに打ち明けた。
◆◇◆
「おはよ」
翌朝、ニコラはコンスタンシアに軽く声を掛けた。
「少しは、眠れた?」
コンスタンシアが、あんなに取り乱すのを初めて見た。
ちょっとぼんやりしていて、いつもにこにこしている。どこか掴みどころのない子。けれど、ふとしたときに、引かない目をする。
まさか、高等部の、それも「不良」で有名な先輩と仲良くなっていたなんて。
しかも、その人が犯罪に関わって学園の地下で捕まってる……?
一夜明けても、どう励ますのが正解かわからなかった。
窓の外に視線を映すと、大粒の雪がちらついていた。
「見て。初雪じゃない?」
ニコラはなんとか明るい声を出す。
コンスタンシアは、腫れた目をこすって外を見た。
「積もってるかな?」
そう言いながら、ニコラは思いきり窓を開けた。冷たい空気に目を細める。
そっと瞼を開けて周囲を見回したとき、ふと視界の端に何かが映った。
……黒猫?
いや、違う。恐る恐るもう一度そちらを見ると、黒髪の青年が外階段の踊り場に座り込んでいた。
「……!」
ニコラは、慌てて室内に身体を引っ込める。
「どうしたの?」
「なんでもない! まだ全然積もってないみたい!」
嘘だ。コンスタンシアを、外に出すわけにはいかない。
だって、外にいるのはどう考えても――。
「なに? どうしてそんなに慌ててるの?」
「だめだめ! 外、めちゃくちゃ寒いよ!」
コンスタンシアが眉を潜めながら、そっとニコラの隣に立った。
窓枠に身を乗り出し、周囲を見渡す。
「……ギルバート先輩!」
そのとき、青年が顔を上げた。
雪の白さよりも青ざめた頬、震える肩。 今の今まで、眠っていたのかもしれない。
その翠の目は、あまりにも弱々しく、焦点を失っていた。
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