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第8話 リアルと仮想空間
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その日の夜。
俺は家の近くにある二十四時間営業のネットカフェに向かった。
何故、ネットカフェに向かったのか。
それは身の危険を感じた為だ。
なんだかよくはわからないが、悪い事が起こりそうな気がする。
だからこそ俺は、家にある物全てをアイテムストレージに格納し、ネットカフェに逃げ込んだ。
店員に会員証を提示すると、二十四時間パックの鍵付完全個室VIPソファールームを選択する。
「こちらがお客様の部屋となります。ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
「ありがとうございます」
VIPソファールームに入り込み扉を閉めると、ソファーに座りメニューバーを表示させた。
メニューバーを表示すると、『フレンドリスト』を表示させる。
フレンドリストとは、フレンド登録したプレイヤーの名前や今いる場所の特定。フレンド間でのアイテムトレードや、通話、メール送信ができるDW搭載の機能である。
通常、フレンド登録する為には、遭遇したプレイヤー、又はプレイヤーIDを『フレンドリスト検索』に入力し、相手プレイヤーに『フレンド登録依頼』を送った上で、承認されるというプロセスを経る必要がある。
しかし、現実世界では勝手が違うようだ。
フレンドリストに視線を向けると、そこには元いた会社の上司、石田管理本部長の名前があった。元同僚、枝野の名前まである。
石田管理本部長と枝野がフレンドなんて身の毛がよだつ。取り敢えず、フレンドリストから削除しておこう。
メニューバーを操作し、フレンドリストから削除すると、俺は深い笑みを浮かべた。
初めは、あの高校生共の家に忍び込み、三千万円のスクラッチくじを直接取り返そうと考えていたが、その必要がなくなった為だ。
吉岡光希
鈴木希望
青山叶
湊未来
遠藤望夢
いつの間にかフレンドリストに登録されていた名前。
俺から三千万円のスクラッチくじを強奪した憎き高校生共の名前である。
夢とか希望とか未来とか、実にいい名前のオンパレードだ。
まあ、俺をボコボコにした上、三千万円のスクラッチくじと財布を奪ったお前達にもう明るい未来が訪れる事はないけどな。
『吉岡光希』の名前をタップすると、状態が表示された。
【プレイヤー名】 吉岡光希
【場所】 東京都江戸川区西葛西○-☆
【交換可能アイテム】 スクラッチくじ、衣服、スマートフォン
こんな詳細な情報を見る事ができるとは思わなかった。
これはDWになかった機能だ。
俺は笑みを浮かべ、一度メニューバーを閉じると、個室を出てドリンクバーに向かう。
最近のドリンクバーは凄い。
本格的なドリップコーヒーまで楽しむ事ができるようだ。
コーヒーカップをコーヒーマシンに置くと、ドリップされたコーヒーがカップに注がれていく。
コーヒーマシンが止まったのを確認すると、カップを取り出し、コミックコーナーの端に置いてある新聞を片手に持つと個室に戻っていく。
ソファーにもたれ掛かると、カップを傾け、煎れたばかりのコーヒーを口に含むと、甘味と苦味、絶妙なバランスの芳醇な香りが喉と鼻を通り抜ける。
「美味い」
弾きたてのコーヒーは格別だ。
味わいがインスタントコーヒーとはまるで違う。
コーヒータイムを楽しんだ俺は、カップをテーブルに置くと、改めてフレンドリストを表示させた。
三百円の当選金が貰えるスクラッチくじをアイテムストレージに入れると、『吉岡光希』の名前をタップし、フレンドリストの機能『アイテムトレードを申し込む』をタップした。
トレードアイテムとして、三百円の当選金の貰えるスクラッチくじを選択し、トレード希望アイテムに、三千万円の当選金の貰えるスクラッチくじを指定する。
すると、暫くして『トレード完了』の文字がメニューバーに表示された。
「ふっふっふっ、上手くいったみたいだな」
アイテムストレージから、トレードしたばかりの三千万円のスクラッチくじを取り出すと、笑みを浮かべる。
これはDW内で一時期流行ったバグだ。
『強制トレード』と呼ばれたこのバグは、一時期、DW内で流行し、所持している様々なアイテムがゴミアイテムと交換された。
運営に苦情が殺到し、運営がゲームデータをバグ発生前に戻した事により収束したこのバグは、どうやら、現実世界では有効らしい。
「とはいえ、交換可能アイテムのラインナップを見るに交換可能なアイテムは所持品に限られるようだな……」
スクラッチくじを肌身離さず持っていてくれたお陰で家に忍び込む必要がなくなって本当に良かった。
まあ当然か。三千万円の価値のあるスクラッチくじ。どこかに置いてなくしては大変だ。そのお陰で三千万円のスクラッチくじを取り返す事ができたんだけどね。
「さて、目的果たした」
後は明日、被害届を警察署に届けに行くだけだ。
その際、労働基準監督署にも駈け込んでやろう。
あのブラック企業、アメージング・コーポレーション株式会社を厚生労働省のブラック企業認定リストに加えてやる。
「くくくっ」と薄ら笑みを浮かべ、新聞を流し読みしていると、『世界規模! 失踪者続出! 東京都内千人以上!』という記事タイトルが目に入る。
読み進めて見ると、今日の昼過ぎ、世界中の警察署(もしくは、似たような組織)に捜索願が提出されたらしい。
東京都内だけで千人以上が失踪したようだし、実に怖い世の中になったものだ。
「まあ、俺には関係ないけどね」
そう呟くと、アイテムストレージからヘッドギアを取り出し、電源を入れて頭にかぶる。
そろそろ、あいつ等もログインした頃かな?
あいつ等というのは、五年前から一緒になってDWを楽しんでいるプレイヤー仲間のことだ。皆、リアルで朝九時から午後六時まで働いている。
この時間なら確実にログインしているだろう。
「――コネクト『Different World』」
そう呟くと、『Different World』の世界へとダイブした。
DW内にログインしてすぐ、転移門『ユグドラシル』に転送される。
メニューバーを開き、フレンドリストから仲間のログイン状態を確認する。
しかし、仲間のプレイヤー名は灰色表示となっていた。
灰色表示。つまりログアウト中。
「なんだよ。誰もログインしていないのか……」
色々話したい事があったのになぁ。
仕方がない。多分、残業とか、残業とか、残業とかになったのだろう。
会社勤めになればよくある話だ。
「仕方がない。あいつ等が来るまでの間、クエストでも受けに行くかな……」
そう呟くと、俺は冒険者協会に足を運ぶ事にした。
冒険者協会とは、セントラル王国、リージョン帝国、ミズガルズ聖国の三つの国を跨ぐ大組織で街や国に必ず設置されており、ここセントラル王国の王都にも当然のように設置されている。
冒険者協会では、デイリーミッションやクエストを受注する事ができる他、自分のレベルでは入手不可能なアイテムの入手依頼を出す事も可能だ。
ギルドの依頼は、ランクDからランクSまで、難易度に応じて依頼をランク付けしている。ちなみに、ランクSの依頼を受ける場合、プレイヤーランクがSになっていないと受ける事はできない。
「おっと、見えて来たな」
ユグドラシルの樹をバックに剣と剣が交差する旗。
あれが冒険者協会の建物だ。
季節ごとにデイリーミッションやクエストが変わり、ここでしか入手不可能なアイテムも目白押し。
さて、今日はどんなクエストが俺を待っているのかなっと。
「ぶっ……!?」
冒険者協会に入ろうと扉を潜ろうとしたら、扉にぶつかった。
いつもなら勝手に扉が開くのに、一体何故……。
仕方がなく。扉に手をかけ冒険者協会の中に入る。
すると、一人知り合いを見つけた。
魔法使いカイル。
筋骨隆々の逞しい体躯に、日焼けサロンで焼いたかのような鮮やかな黒い肌。
これで魔法使いって言うんだから面白い。
外見だけ見れば、完全に戦士だ。
そんなカイルが冒険者協会併設の酒場でビールを呷るように飲んでいた。
DW内での飲食はHPの回復以外に意味がない。
味もしないし香りもない、ただの雰囲気を味わうだけの嗜好品のようなものだ。
特に酒は飲み過ぎると、『酩酊』のバッドステータスがつくから、DW内で飲む意味なんて本当にない。
そんな事、カイルならわかっていそうなものだが、一体どうしたのだろうか?
「カイルじゃないか。どうした酒なんて飲んで珍しい」
そう声をかけると、顔を赤くさせたカイルが顔を上げた。
「……お前、カケルか? どうもこうもねーよ。仕方がないだろ? この世界に娯楽なんてものはないんだ。そんな世界に転移させられちまったんだからよ」
「……うん? 何を言っているんだ?」
そう呟くと、カイルが呆れたような表情を浮かべた。
「はぁ……お前も転移組と同じか……」
「転移組?」
なんだそれ?
宝塚の花組や月組、星組は知ってるけど、新しいグループか何かか?
俺の言葉にカイルは酒の入ったグラスを傾けながら呟く。
「この世界に転移したと喜んでいる連中の事だよ。あー! あいつ等、なんで喜んでいられるんだよ! リアルでマイホームを買ったばかりなのに、ログアウトできなくて喜ぶとかどうかしてるだろっ! ふざけんなよ! 家には可愛い嫁が待っているんだぞ!」
ログアウトできない?
何を言っているかよくわからないが、カイルが訳の分からない事を言っている。
きっと酒の飲み過ぎだろう。
ここでの酒は味も香りもないから、リアルで飲んでそのままログインしてきたのだろう。たまにいるんだ。こういう人。
「それは大変でしたね」
そういう時は、この一言を投げ掛けて上げるのが一番だ。
「……ああ、大変だよ! なんで……なんでこんな事に……」
よくわからないが、リアルで相当嫌な事があったらしい。
「嫁さんと会えなくなるのはきついですね……」
というより、カイルが妻帯者だということを初めて知った。
「ああ、そうだよ。俺にはメアリが……メアリが待っているんだ……」
「メアリさんですか、とても綺麗な響きの名前ですね」
なんていうか……漫画のヒロインの名前のようだ。
どこかで聞いた事がある気がする。
「折角……折角、先月、メアリと婚姻届を提出したのに……こんなのないぜ」
「そうですか……」
ログアウトボタンをタップすれば、すぐ現実世界に戻れますよとは言えるような状況ではなさそうだ。
仕方がなくカイルの隣りに座ると、俺はそのままカイルの愚痴に付き合う事にした。
俺は家の近くにある二十四時間営業のネットカフェに向かった。
何故、ネットカフェに向かったのか。
それは身の危険を感じた為だ。
なんだかよくはわからないが、悪い事が起こりそうな気がする。
だからこそ俺は、家にある物全てをアイテムストレージに格納し、ネットカフェに逃げ込んだ。
店員に会員証を提示すると、二十四時間パックの鍵付完全個室VIPソファールームを選択する。
「こちらがお客様の部屋となります。ごゆっくりお寛ぎ下さいませ」
「ありがとうございます」
VIPソファールームに入り込み扉を閉めると、ソファーに座りメニューバーを表示させた。
メニューバーを表示すると、『フレンドリスト』を表示させる。
フレンドリストとは、フレンド登録したプレイヤーの名前や今いる場所の特定。フレンド間でのアイテムトレードや、通話、メール送信ができるDW搭載の機能である。
通常、フレンド登録する為には、遭遇したプレイヤー、又はプレイヤーIDを『フレンドリスト検索』に入力し、相手プレイヤーに『フレンド登録依頼』を送った上で、承認されるというプロセスを経る必要がある。
しかし、現実世界では勝手が違うようだ。
フレンドリストに視線を向けると、そこには元いた会社の上司、石田管理本部長の名前があった。元同僚、枝野の名前まである。
石田管理本部長と枝野がフレンドなんて身の毛がよだつ。取り敢えず、フレンドリストから削除しておこう。
メニューバーを操作し、フレンドリストから削除すると、俺は深い笑みを浮かべた。
初めは、あの高校生共の家に忍び込み、三千万円のスクラッチくじを直接取り返そうと考えていたが、その必要がなくなった為だ。
吉岡光希
鈴木希望
青山叶
湊未来
遠藤望夢
いつの間にかフレンドリストに登録されていた名前。
俺から三千万円のスクラッチくじを強奪した憎き高校生共の名前である。
夢とか希望とか未来とか、実にいい名前のオンパレードだ。
まあ、俺をボコボコにした上、三千万円のスクラッチくじと財布を奪ったお前達にもう明るい未来が訪れる事はないけどな。
『吉岡光希』の名前をタップすると、状態が表示された。
【プレイヤー名】 吉岡光希
【場所】 東京都江戸川区西葛西○-☆
【交換可能アイテム】 スクラッチくじ、衣服、スマートフォン
こんな詳細な情報を見る事ができるとは思わなかった。
これはDWになかった機能だ。
俺は笑みを浮かべ、一度メニューバーを閉じると、個室を出てドリンクバーに向かう。
最近のドリンクバーは凄い。
本格的なドリップコーヒーまで楽しむ事ができるようだ。
コーヒーカップをコーヒーマシンに置くと、ドリップされたコーヒーがカップに注がれていく。
コーヒーマシンが止まったのを確認すると、カップを取り出し、コミックコーナーの端に置いてある新聞を片手に持つと個室に戻っていく。
ソファーにもたれ掛かると、カップを傾け、煎れたばかりのコーヒーを口に含むと、甘味と苦味、絶妙なバランスの芳醇な香りが喉と鼻を通り抜ける。
「美味い」
弾きたてのコーヒーは格別だ。
味わいがインスタントコーヒーとはまるで違う。
コーヒータイムを楽しんだ俺は、カップをテーブルに置くと、改めてフレンドリストを表示させた。
三百円の当選金が貰えるスクラッチくじをアイテムストレージに入れると、『吉岡光希』の名前をタップし、フレンドリストの機能『アイテムトレードを申し込む』をタップした。
トレードアイテムとして、三百円の当選金の貰えるスクラッチくじを選択し、トレード希望アイテムに、三千万円の当選金の貰えるスクラッチくじを指定する。
すると、暫くして『トレード完了』の文字がメニューバーに表示された。
「ふっふっふっ、上手くいったみたいだな」
アイテムストレージから、トレードしたばかりの三千万円のスクラッチくじを取り出すと、笑みを浮かべる。
これはDW内で一時期流行ったバグだ。
『強制トレード』と呼ばれたこのバグは、一時期、DW内で流行し、所持している様々なアイテムがゴミアイテムと交換された。
運営に苦情が殺到し、運営がゲームデータをバグ発生前に戻した事により収束したこのバグは、どうやら、現実世界では有効らしい。
「とはいえ、交換可能アイテムのラインナップを見るに交換可能なアイテムは所持品に限られるようだな……」
スクラッチくじを肌身離さず持っていてくれたお陰で家に忍び込む必要がなくなって本当に良かった。
まあ当然か。三千万円の価値のあるスクラッチくじ。どこかに置いてなくしては大変だ。そのお陰で三千万円のスクラッチくじを取り返す事ができたんだけどね。
「さて、目的果たした」
後は明日、被害届を警察署に届けに行くだけだ。
その際、労働基準監督署にも駈け込んでやろう。
あのブラック企業、アメージング・コーポレーション株式会社を厚生労働省のブラック企業認定リストに加えてやる。
「くくくっ」と薄ら笑みを浮かべ、新聞を流し読みしていると、『世界規模! 失踪者続出! 東京都内千人以上!』という記事タイトルが目に入る。
読み進めて見ると、今日の昼過ぎ、世界中の警察署(もしくは、似たような組織)に捜索願が提出されたらしい。
東京都内だけで千人以上が失踪したようだし、実に怖い世の中になったものだ。
「まあ、俺には関係ないけどね」
そう呟くと、アイテムストレージからヘッドギアを取り出し、電源を入れて頭にかぶる。
そろそろ、あいつ等もログインした頃かな?
あいつ等というのは、五年前から一緒になってDWを楽しんでいるプレイヤー仲間のことだ。皆、リアルで朝九時から午後六時まで働いている。
この時間なら確実にログインしているだろう。
「――コネクト『Different World』」
そう呟くと、『Different World』の世界へとダイブした。
DW内にログインしてすぐ、転移門『ユグドラシル』に転送される。
メニューバーを開き、フレンドリストから仲間のログイン状態を確認する。
しかし、仲間のプレイヤー名は灰色表示となっていた。
灰色表示。つまりログアウト中。
「なんだよ。誰もログインしていないのか……」
色々話したい事があったのになぁ。
仕方がない。多分、残業とか、残業とか、残業とかになったのだろう。
会社勤めになればよくある話だ。
「仕方がない。あいつ等が来るまでの間、クエストでも受けに行くかな……」
そう呟くと、俺は冒険者協会に足を運ぶ事にした。
冒険者協会とは、セントラル王国、リージョン帝国、ミズガルズ聖国の三つの国を跨ぐ大組織で街や国に必ず設置されており、ここセントラル王国の王都にも当然のように設置されている。
冒険者協会では、デイリーミッションやクエストを受注する事ができる他、自分のレベルでは入手不可能なアイテムの入手依頼を出す事も可能だ。
ギルドの依頼は、ランクDからランクSまで、難易度に応じて依頼をランク付けしている。ちなみに、ランクSの依頼を受ける場合、プレイヤーランクがSになっていないと受ける事はできない。
「おっと、見えて来たな」
ユグドラシルの樹をバックに剣と剣が交差する旗。
あれが冒険者協会の建物だ。
季節ごとにデイリーミッションやクエストが変わり、ここでしか入手不可能なアイテムも目白押し。
さて、今日はどんなクエストが俺を待っているのかなっと。
「ぶっ……!?」
冒険者協会に入ろうと扉を潜ろうとしたら、扉にぶつかった。
いつもなら勝手に扉が開くのに、一体何故……。
仕方がなく。扉に手をかけ冒険者協会の中に入る。
すると、一人知り合いを見つけた。
魔法使いカイル。
筋骨隆々の逞しい体躯に、日焼けサロンで焼いたかのような鮮やかな黒い肌。
これで魔法使いって言うんだから面白い。
外見だけ見れば、完全に戦士だ。
そんなカイルが冒険者協会併設の酒場でビールを呷るように飲んでいた。
DW内での飲食はHPの回復以外に意味がない。
味もしないし香りもない、ただの雰囲気を味わうだけの嗜好品のようなものだ。
特に酒は飲み過ぎると、『酩酊』のバッドステータスがつくから、DW内で飲む意味なんて本当にない。
そんな事、カイルならわかっていそうなものだが、一体どうしたのだろうか?
「カイルじゃないか。どうした酒なんて飲んで珍しい」
そう声をかけると、顔を赤くさせたカイルが顔を上げた。
「……お前、カケルか? どうもこうもねーよ。仕方がないだろ? この世界に娯楽なんてものはないんだ。そんな世界に転移させられちまったんだからよ」
「……うん? 何を言っているんだ?」
そう呟くと、カイルが呆れたような表情を浮かべた。
「はぁ……お前も転移組と同じか……」
「転移組?」
なんだそれ?
宝塚の花組や月組、星組は知ってるけど、新しいグループか何かか?
俺の言葉にカイルは酒の入ったグラスを傾けながら呟く。
「この世界に転移したと喜んでいる連中の事だよ。あー! あいつ等、なんで喜んでいられるんだよ! リアルでマイホームを買ったばかりなのに、ログアウトできなくて喜ぶとかどうかしてるだろっ! ふざけんなよ! 家には可愛い嫁が待っているんだぞ!」
ログアウトできない?
何を言っているかよくわからないが、カイルが訳の分からない事を言っている。
きっと酒の飲み過ぎだろう。
ここでの酒は味も香りもないから、リアルで飲んでそのままログインしてきたのだろう。たまにいるんだ。こういう人。
「それは大変でしたね」
そういう時は、この一言を投げ掛けて上げるのが一番だ。
「……ああ、大変だよ! なんで……なんでこんな事に……」
よくわからないが、リアルで相当嫌な事があったらしい。
「嫁さんと会えなくなるのはきついですね……」
というより、カイルが妻帯者だということを初めて知った。
「ああ、そうだよ。俺にはメアリが……メアリが待っているんだ……」
「メアリさんですか、とても綺麗な響きの名前ですね」
なんていうか……漫画のヒロインの名前のようだ。
どこかで聞いた事がある気がする。
「折角……折角、先月、メアリと婚姻届を提出したのに……こんなのないぜ」
「そうですか……」
ログアウトボタンをタップすれば、すぐ現実世界に戻れますよとは言えるような状況ではなさそうだ。
仕方がなくカイルの隣りに座ると、俺はそのままカイルの愚痴に付き合う事にした。
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