53 / 411
第53話 西木の華麗なる社長生活
しおりを挟む
私は西木秋秀、八十五歳。
私の一日は一杯の珈琲から始まる。
「うーむ。いい香りだ……」
私の住むタワーマンションの一階に出店している『スターバックスコーヒー』。
ここのドリップコーヒーは格別だ。
この至極の一杯を私の会社『アメイジング・コーポレーション㈱』の経費として落とすことができるとあれば尚更である。
まあ、それも当然のこと。
この私は『アメイジング・コーポレーション㈱』の社長として二十四時間働いている。
この一杯のドリップコーヒーは、社長としての私を目覚めさせる活力だ。
そもそも、経費で落とせない方がおかしい。
これを経費ではないと抜かす、元経理部長と税務署の連中は頭がおかしいのだ。
特に税務署の連中に至っては、会社から税金を搾取することばかりを考えているせいで思考停止に陥っているのだろう。
まったく、この私がいくら税金を払っていると思っているのだ。
ああ、ドリップコーヒーの香ばしい匂い。
心が洗われる気分だ。
心が洗われるといえば、最近、石田君の提案により引っ越した。
私の住むタワーマンションの家賃は一月当たり百万円。
まあ、安いタワーマンションではあるが、会社が社宅契約している以上仕方がない。
石田君が言うには、社長には十年、二十年と私の経営する会社を牽引して欲しいとのことだ。
中々、いいことをいうやつである。
やはり、管理本部長に抜擢して正解だった。
不甲斐ない従業員達にこの私自ら叱責する。
従業員達は、叱責された悔しさを糧にして私に褒められるため頑張る。
そして、私が再度、至らぬ点を叱り、また従業員達は、私に褒められるため頑張っていく。
素晴らしいスパイラルだ。
さあ、今日も私の『アメイジング・コーポレーション㈱』に向かおう。
『アメイジング・コーポレーション㈱』の本社に着いてすぐ行うことがある。
そう。それはゴルフのスイングだ。
ゴルフは意外と体力を使う。健康のために丁度いい。
今日も元気にゴルフのスイングをしていると、秘書の石堂君が営業報告を持ってきた。
「失礼します。社長、二月の営業報告を持って参りました」
「うむ。ありがとう」
私が営業報告に目を通すと、また売上が減少しているのが目に付いた。
まったく、腑抜けた奴等だ。
私の叱責が欲しくて堪らないらしい。
「石田君! 石田君はいるかっ!」
私は早速、石田管理本部長を呼び付ける。
「は、はい。社長、なにかご用でしょうか」
「ああ、営業部長の福田君と小林君を呼んでくれ!」
「は、はいっ! すぐに呼んで参ります!」
そういうと、石田君は社長室から出て行った。
石田君に福田第一営業部長と小林第二営業部長を呼ぶよう命令をしてから数分。
石田君と共に福田君と小林君が社長室に入ってくる。
「失礼します」
「お呼びでしょうか西木社長」
「ああ、まずはソファーに座ってくれ」
私はそういうと、足をテーブルに乗せ、石田君から受け取った営業報告を営業部長の前に放る。
「……君達はなにをしていたんだっ! 前月より二十パーセントも売上が落ちているではないかっ!」
「い、いえ、ですからそれは……」
「ですからもクソもないよっ! 前年比で三十パーセントダウン! 毎年毎年、売上が右肩下がりじゃないかっ!」
「いえ、ですので……」
「君達はいつもそうだ。言い訳、言い訳、言い訳ばかりっ! なぜ、売上が下がっているのかちゃんと分析しているのかっ!」
私が激を飛ばすと、石田君が加勢に入る。
「社長のおっしゃる通りです。福田君に小林君。あなた達は一体なにをしていたんですか」
「ああ、石田君のいう通りだ。弁解があるなら言ってみろ!」
すると、福田君が口を開く。
「……社長はそう言いますが、以前から言っているように、当社で製作する製品の原価率があまりに高く、競合他社と勝負にもならないのです。今は仕方がなく他社の製品を仕入販売することで利益を上げているのですよ。売上も、利益率も下がるのは当然ではありませんか!」
まったく、意味の分からないことを……。
それをなんとかするのが営業マンの役割ではないか。
なんの為に、君達を雇っていると思っている。
「じゃあなんだ? 君はボクの言う事が間違っているというのか? 例え売れない製品を作っていたとしても、それを売るのが君だろう! すべては君の職務怠慢じゃないかっ!」
「い、いえ、売れない製品とは言っておりません。原価率があまりに高く……」
「だから君は駄目なんだ! 小林君も小林君だ! 君も売上を落としているじゃないかっ! まさか君も福田君と同じことを言うつもりじゃないだろうね!」
私がそう叱責すると、小林君が悔しそうな表情を浮かべる。
当然のことだ。私は正論しか言っていない。
「君達の評価も考え直さなければいけないなっ!」
「に、西木社長! それは性急過ぎでは……」
すると珍しく石田君が私に意見してきた。
「この私に意見するなんてね。千年早いよっ!」
しかし、私は石田君の意見をバッサリ切り捨てる。
売上を上げることのできない営業部長なんて、この会社とって害でしかない。
「どうなんだね君達はっ! もし万が一、経常利益が十億円を切ったらどう責任を取ってくれるっ!」
私が責任論を唱えると、福田君と小林君が立ち上がる。
そして、なにやら封筒のようなものをテーブルに叩き付けると、社長室から出て行ってしまった。
一体なんだったのだろうか?
経理部長の佐藤君といい、最近の若い奴は短気でいかん。
そう思いながら、封筒を見てみると、そこには『退職願』と書かれていた。
「うん? なんだこれは?」
何故、退職願を出されたのか分からずそう呟くと、石田君が声を上げる。
「だ、だから言ったのです。言い過ぎたんですよ社長!」
「なにを言う、ボクは間違ったことを言ったか? んんっ? どうなんだね?」
「ま、間違ったことは言っていませんが……」
そう。私の言うことはいつも正論だ。
間違っている筈がない。
「だとしたら、こんなものを叩きつけていった福田君と小林君に問題があるんじゃないかっ! 石田君、間違っても彼等を辞めさせるんじゃないぞ。自分の無能を棚に上げて責任から逃れようとするなんて、社会人として信じられないよ! 今、辞めたら退職金は支払わない。福田君と小林君にそう言いなさい!」
「は、はいっ!」
まったく不愉快な奴等だ。
私はそう言うと、石田君を社長室から追い出し、企画部長の篠崎君を内線で呼び付ける。
「篠崎君。今日は昼食にうな重を食べに行くぞ。ああ? なにを言っているんだ君は、当然、会社の経費に決まっているだろう! 君まで訳の分からないことを言うんじゃないよっ!」
今は昼時、福田君と小林君の対応は石田君に任せ、私は篠崎君とうな重を食べに昼食に向かうことにした。
◇◆◇
「ふ、福田君に小林君待ちなさい!」
そう言って静止を呼びかけるが、怒り心頭な福田君と小林君はそれを無視し、部屋から出て行ってしまう。
拙い。元経理部員の高橋君から訴えられ、経理部長が突然退職し大変な状況にあるというのに、それにプラスして福田君と小林君にまで会社を辞められてはとんでもないことになる。
必死になって追いかけると、エレベーターを待つ二人の姿があった。
「ま、待ちなさい! 今、会社を辞めれば退職金の支払いはありませんよ! それでもいいのですか!?」
社長の手前、そう言って呼び止めるも、二人は「勝手にしろ」と呟き、エレベーターに乗り込んでしまう。
拙い。本当に拙い。
年々、営業部の社員が社長の叱咤激励という名のパワハラで辞めていくのに、これ以上、営業マンが減ったら本当に拙い。
かといって、社長に背けば不興を買って降格は必至。
イチャモンを付けられ、懲罰委員会を発足させる可能性もある。
どうすればいいか、頭を悩ませていると、外出用のコートを着た西木社長が後ろから声をかけてきた。
「ああっ、石田君じゃないか。なんだこんな所で、福田君と小林君の説得はどうだ? 彼等は反省していたかね?」
反省もなにもない。
社長が言った通り『退職金の支払いはありませんよ!』と言ったら、そのまま会社から出て行ってしまった。
もう戻ってくることはないだろう。
「え、えーっとですね。福田君と小林君は……」
「うん? 福田君と小林君がどうした? 君は今辞めたら退職金は支払わないとちゃんと伝えたんだろうな?」
「え、ええっ、勿論です……」
「じゃあ、何も心配する必要はないじゃないか。とはいえ、ボクも少し言い過ぎた点があるかもしれない。昼食から帰ってきたら福田君と小林君に社長室に来るよう言っておいてくれたまえ。頼んだよ」
「あっ、お、お待ち下さいっ! 福田君と小林君はもう……」
しかし、私の声は西木社長に届かない。
企画部長の篠崎と一緒にエレベーターに乗り込むと、そのまま昼食に出かけてしまう。
拙い。もの凄く拙いことになった。
エレベーター前で頭を抱えていると、経理部で働く派遣社員が声をかけてくる。
「石田管理本部長。もう無理です!」
「私達では経理を回せません。どうしたらいいんですかっ!」
どうしたらいいか教えて欲しいのは私だ。
本当にどうしたらいい。
ストレスで胃がキリキリする。
「どうもこうもないよっ! 今はそれ所じゃないんだっ! その話は追々考えておくから後にしてくれっ!」
「で、ですが、取引先や協力業者にお金の支払いもしなくちゃいけないのに……」
「だから、今はそれ所じゃないと言っているだろう。経理部のことは、経理部でしっかりやってくれなきゃ困るよ!」
そう突き放すと、私は自分のデスクへと向かった。
昼休みが終わるまでに、なんとか福田君と小林君を説得しなくてはならない。
腹が立った時の食事は決まって高い物と決まっている。
おそらく、社長はうな重を食べに『うなぎ割烹大江戸』に行ったのだろう。
帰りは喫茶店の『かうひい屋』に寄ってから帰る筈だ。
となると、私に残された時間は一時間半。
スマートフォンを取り出し、社員達がデスクで食事を摂っている間、必死の形相で福田君と小林君に電話をかける。
しかし、まったく繋がる気配がない。
執念深く電話をかけ続けていると、部下の田中が声をかけてきた。
「石田管理本部長。派遣会社の久保田さんから内線一番に電話が……」
「久保田さんから? わかった」
全く、この忙しい時に……。
仕方がなく福田君と小林君への鬼電を止めると、私は内線を取る。
「はい。石田ですが、ええ、いつもお世話になっています。えっ? 経理部の二人が辞めたい? そ、それはどういうことですかっ!?」
寝耳に水だ。
経理部に残った最後の派遣社員二名まで辞めてしまえば、経理業務は完全にストップしてしまう。
「す、すぐに確認して折り返します!」
派遣会社からの電話を一度切り、急いでエレベーターで経理部のあるフロアに向かう。
「あ、安倍君に、清水君! 会社を辞めるってどういう……」
福田君と小林君を後回しにして向かった経理部。
私が着いた時、そこには誰一人としていなくなった経理部のフロアが広がっていた。
私の一日は一杯の珈琲から始まる。
「うーむ。いい香りだ……」
私の住むタワーマンションの一階に出店している『スターバックスコーヒー』。
ここのドリップコーヒーは格別だ。
この至極の一杯を私の会社『アメイジング・コーポレーション㈱』の経費として落とすことができるとあれば尚更である。
まあ、それも当然のこと。
この私は『アメイジング・コーポレーション㈱』の社長として二十四時間働いている。
この一杯のドリップコーヒーは、社長としての私を目覚めさせる活力だ。
そもそも、経費で落とせない方がおかしい。
これを経費ではないと抜かす、元経理部長と税務署の連中は頭がおかしいのだ。
特に税務署の連中に至っては、会社から税金を搾取することばかりを考えているせいで思考停止に陥っているのだろう。
まったく、この私がいくら税金を払っていると思っているのだ。
ああ、ドリップコーヒーの香ばしい匂い。
心が洗われる気分だ。
心が洗われるといえば、最近、石田君の提案により引っ越した。
私の住むタワーマンションの家賃は一月当たり百万円。
まあ、安いタワーマンションではあるが、会社が社宅契約している以上仕方がない。
石田君が言うには、社長には十年、二十年と私の経営する会社を牽引して欲しいとのことだ。
中々、いいことをいうやつである。
やはり、管理本部長に抜擢して正解だった。
不甲斐ない従業員達にこの私自ら叱責する。
従業員達は、叱責された悔しさを糧にして私に褒められるため頑張る。
そして、私が再度、至らぬ点を叱り、また従業員達は、私に褒められるため頑張っていく。
素晴らしいスパイラルだ。
さあ、今日も私の『アメイジング・コーポレーション㈱』に向かおう。
『アメイジング・コーポレーション㈱』の本社に着いてすぐ行うことがある。
そう。それはゴルフのスイングだ。
ゴルフは意外と体力を使う。健康のために丁度いい。
今日も元気にゴルフのスイングをしていると、秘書の石堂君が営業報告を持ってきた。
「失礼します。社長、二月の営業報告を持って参りました」
「うむ。ありがとう」
私が営業報告に目を通すと、また売上が減少しているのが目に付いた。
まったく、腑抜けた奴等だ。
私の叱責が欲しくて堪らないらしい。
「石田君! 石田君はいるかっ!」
私は早速、石田管理本部長を呼び付ける。
「は、はい。社長、なにかご用でしょうか」
「ああ、営業部長の福田君と小林君を呼んでくれ!」
「は、はいっ! すぐに呼んで参ります!」
そういうと、石田君は社長室から出て行った。
石田君に福田第一営業部長と小林第二営業部長を呼ぶよう命令をしてから数分。
石田君と共に福田君と小林君が社長室に入ってくる。
「失礼します」
「お呼びでしょうか西木社長」
「ああ、まずはソファーに座ってくれ」
私はそういうと、足をテーブルに乗せ、石田君から受け取った営業報告を営業部長の前に放る。
「……君達はなにをしていたんだっ! 前月より二十パーセントも売上が落ちているではないかっ!」
「い、いえ、ですからそれは……」
「ですからもクソもないよっ! 前年比で三十パーセントダウン! 毎年毎年、売上が右肩下がりじゃないかっ!」
「いえ、ですので……」
「君達はいつもそうだ。言い訳、言い訳、言い訳ばかりっ! なぜ、売上が下がっているのかちゃんと分析しているのかっ!」
私が激を飛ばすと、石田君が加勢に入る。
「社長のおっしゃる通りです。福田君に小林君。あなた達は一体なにをしていたんですか」
「ああ、石田君のいう通りだ。弁解があるなら言ってみろ!」
すると、福田君が口を開く。
「……社長はそう言いますが、以前から言っているように、当社で製作する製品の原価率があまりに高く、競合他社と勝負にもならないのです。今は仕方がなく他社の製品を仕入販売することで利益を上げているのですよ。売上も、利益率も下がるのは当然ではありませんか!」
まったく、意味の分からないことを……。
それをなんとかするのが営業マンの役割ではないか。
なんの為に、君達を雇っていると思っている。
「じゃあなんだ? 君はボクの言う事が間違っているというのか? 例え売れない製品を作っていたとしても、それを売るのが君だろう! すべては君の職務怠慢じゃないかっ!」
「い、いえ、売れない製品とは言っておりません。原価率があまりに高く……」
「だから君は駄目なんだ! 小林君も小林君だ! 君も売上を落としているじゃないかっ! まさか君も福田君と同じことを言うつもりじゃないだろうね!」
私がそう叱責すると、小林君が悔しそうな表情を浮かべる。
当然のことだ。私は正論しか言っていない。
「君達の評価も考え直さなければいけないなっ!」
「に、西木社長! それは性急過ぎでは……」
すると珍しく石田君が私に意見してきた。
「この私に意見するなんてね。千年早いよっ!」
しかし、私は石田君の意見をバッサリ切り捨てる。
売上を上げることのできない営業部長なんて、この会社とって害でしかない。
「どうなんだね君達はっ! もし万が一、経常利益が十億円を切ったらどう責任を取ってくれるっ!」
私が責任論を唱えると、福田君と小林君が立ち上がる。
そして、なにやら封筒のようなものをテーブルに叩き付けると、社長室から出て行ってしまった。
一体なんだったのだろうか?
経理部長の佐藤君といい、最近の若い奴は短気でいかん。
そう思いながら、封筒を見てみると、そこには『退職願』と書かれていた。
「うん? なんだこれは?」
何故、退職願を出されたのか分からずそう呟くと、石田君が声を上げる。
「だ、だから言ったのです。言い過ぎたんですよ社長!」
「なにを言う、ボクは間違ったことを言ったか? んんっ? どうなんだね?」
「ま、間違ったことは言っていませんが……」
そう。私の言うことはいつも正論だ。
間違っている筈がない。
「だとしたら、こんなものを叩きつけていった福田君と小林君に問題があるんじゃないかっ! 石田君、間違っても彼等を辞めさせるんじゃないぞ。自分の無能を棚に上げて責任から逃れようとするなんて、社会人として信じられないよ! 今、辞めたら退職金は支払わない。福田君と小林君にそう言いなさい!」
「は、はいっ!」
まったく不愉快な奴等だ。
私はそう言うと、石田君を社長室から追い出し、企画部長の篠崎君を内線で呼び付ける。
「篠崎君。今日は昼食にうな重を食べに行くぞ。ああ? なにを言っているんだ君は、当然、会社の経費に決まっているだろう! 君まで訳の分からないことを言うんじゃないよっ!」
今は昼時、福田君と小林君の対応は石田君に任せ、私は篠崎君とうな重を食べに昼食に向かうことにした。
◇◆◇
「ふ、福田君に小林君待ちなさい!」
そう言って静止を呼びかけるが、怒り心頭な福田君と小林君はそれを無視し、部屋から出て行ってしまう。
拙い。元経理部員の高橋君から訴えられ、経理部長が突然退職し大変な状況にあるというのに、それにプラスして福田君と小林君にまで会社を辞められてはとんでもないことになる。
必死になって追いかけると、エレベーターを待つ二人の姿があった。
「ま、待ちなさい! 今、会社を辞めれば退職金の支払いはありませんよ! それでもいいのですか!?」
社長の手前、そう言って呼び止めるも、二人は「勝手にしろ」と呟き、エレベーターに乗り込んでしまう。
拙い。本当に拙い。
年々、営業部の社員が社長の叱咤激励という名のパワハラで辞めていくのに、これ以上、営業マンが減ったら本当に拙い。
かといって、社長に背けば不興を買って降格は必至。
イチャモンを付けられ、懲罰委員会を発足させる可能性もある。
どうすればいいか、頭を悩ませていると、外出用のコートを着た西木社長が後ろから声をかけてきた。
「ああっ、石田君じゃないか。なんだこんな所で、福田君と小林君の説得はどうだ? 彼等は反省していたかね?」
反省もなにもない。
社長が言った通り『退職金の支払いはありませんよ!』と言ったら、そのまま会社から出て行ってしまった。
もう戻ってくることはないだろう。
「え、えーっとですね。福田君と小林君は……」
「うん? 福田君と小林君がどうした? 君は今辞めたら退職金は支払わないとちゃんと伝えたんだろうな?」
「え、ええっ、勿論です……」
「じゃあ、何も心配する必要はないじゃないか。とはいえ、ボクも少し言い過ぎた点があるかもしれない。昼食から帰ってきたら福田君と小林君に社長室に来るよう言っておいてくれたまえ。頼んだよ」
「あっ、お、お待ち下さいっ! 福田君と小林君はもう……」
しかし、私の声は西木社長に届かない。
企画部長の篠崎と一緒にエレベーターに乗り込むと、そのまま昼食に出かけてしまう。
拙い。もの凄く拙いことになった。
エレベーター前で頭を抱えていると、経理部で働く派遣社員が声をかけてくる。
「石田管理本部長。もう無理です!」
「私達では経理を回せません。どうしたらいいんですかっ!」
どうしたらいいか教えて欲しいのは私だ。
本当にどうしたらいい。
ストレスで胃がキリキリする。
「どうもこうもないよっ! 今はそれ所じゃないんだっ! その話は追々考えておくから後にしてくれっ!」
「で、ですが、取引先や協力業者にお金の支払いもしなくちゃいけないのに……」
「だから、今はそれ所じゃないと言っているだろう。経理部のことは、経理部でしっかりやってくれなきゃ困るよ!」
そう突き放すと、私は自分のデスクへと向かった。
昼休みが終わるまでに、なんとか福田君と小林君を説得しなくてはならない。
腹が立った時の食事は決まって高い物と決まっている。
おそらく、社長はうな重を食べに『うなぎ割烹大江戸』に行ったのだろう。
帰りは喫茶店の『かうひい屋』に寄ってから帰る筈だ。
となると、私に残された時間は一時間半。
スマートフォンを取り出し、社員達がデスクで食事を摂っている間、必死の形相で福田君と小林君に電話をかける。
しかし、まったく繋がる気配がない。
執念深く電話をかけ続けていると、部下の田中が声をかけてきた。
「石田管理本部長。派遣会社の久保田さんから内線一番に電話が……」
「久保田さんから? わかった」
全く、この忙しい時に……。
仕方がなく福田君と小林君への鬼電を止めると、私は内線を取る。
「はい。石田ですが、ええ、いつもお世話になっています。えっ? 経理部の二人が辞めたい? そ、それはどういうことですかっ!?」
寝耳に水だ。
経理部に残った最後の派遣社員二名まで辞めてしまえば、経理業務は完全にストップしてしまう。
「す、すぐに確認して折り返します!」
派遣会社からの電話を一度切り、急いでエレベーターで経理部のあるフロアに向かう。
「あ、安倍君に、清水君! 会社を辞めるってどういう……」
福田君と小林君を後回しにして向かった経理部。
私が着いた時、そこには誰一人としていなくなった経理部のフロアが広がっていた。
96
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
レベル1の時から育ててきたパーティメンバーに裏切られて捨てられたが、俺はソロの方が本気出せるので問題はない
あつ犬
ファンタジー
王国最強のパーティメンバーを鍛え上げた、アサシンのアルマ・アルザラットはある日追放され、貯蓄もすべて奪われてしまう。 そんな折り、とある剣士の少女に助けを請われる。「パーティメンバーを助けてくれ」! 彼の人生が、動き出す。
わけありな教え子達が巣立ったので、一人で冒険者やってみた
名無しの夜
ファンタジー
教え子達から突然別れを切り出されたグロウは一人で冒険者として活動してみることに。移動の最中、賊に襲われている令嬢を助けてみれば、令嬢は別れたばかりの教え子にそっくりだった。一方、グロウと別れた教え子三人はとある事情から母国に帰ることに。しかし故郷では恐るべき悪魔が三人を待ち構えていた。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』
ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。
全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。
「私と、パーティを組んでくれませんか?」
これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!
ガチャで破滅した男は異世界でもガチャをやめられないようです
一色孝太郎
ファンタジー
前世でとあるソシャゲのガチャに全ツッパして人生が終わった記憶を持つ 13 歳の少年ディーノは、今世でもハズレギフト『ガチャ』を授かる。ガチャなんかもう引くもんか! そう決意するも結局はガチャの誘惑には勝てず……。
これはガチャの妖精と共に運を天に任せて成り上がりを目指す男の物語である。
※作中のガチャは実際のガチャ同様の確率テーブルを作り、一発勝負でランダムに抽選をさせています。そのため、ガチャの結果によって物語の未来は変化します
※本作品は他サイト様でも同時掲載しております
※2020/12/26 タイトルを変更しました(旧題:ガチャに人生全ツッパ)
※2020/12/26 あらすじをシンプルにしました
『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!
IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。
無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。
一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。
甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。
しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--
これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話
複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる