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第85話 その頃、加害者高校生の親は……

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「もうお終いよ……私達、離婚しましょう」
「な、何を言っているんだお前はっ!? 光希はどうする! お前、一人で逃げる気かっ!」

 ここは、高橋翔をカツアゲした主犯格、吉岡光希の家。
 今、ここでは、吉岡光希の両親が離婚の危機を迎えていた。

「あなただって知ってたでしょ!? だから言ったじゃないっ! 光希から悪い友達を離すべきだってっ! 転校するべきだって、何度も何度も言ったじゃないっ!」

 吉岡光希の母、吉岡葵はヒステリックにそう叫んでいた。

「し、仕方がないだろっ! お前と違ってこっちには仕事があるんだよっ! 専業主婦の分際で生意気なっ……。それに、引っ越し費用がいくらかかると思ってるんだっ! 外聞も悪いし、そんな簡単に転校できる訳ないだろっ!」
「専業主婦の分際で生意気なって何よ! あなたのその姿勢が光希を犯罪に走らせたんじゃないっ!」
「うるさいっ! そんなに言うなら離婚してやるよっ! でも親権はいらないからなっ!? 光希はお前が引き取れよっ!」
「はあっ? あんた、自分の子供が可愛くないのっ!?」

 吉岡光希の母、吉岡葵の言葉に、父である吉岡猛もヒステリックに猛然と振る舞う。

「当たり前だろっ! 誰があんな奴っ……こっちも迷惑してるんだよっ!」
「な、なんですってっ!?」
「なんですってもクソもないだろっ! 光希の事を可愛いと思うならな、お前が親権を持つべきだろうがっ!」
「あ、あんたね……私の人生を潰す気っ!?」

 共に育てた吉岡光希の行った強盗致傷罪。
 育てた責任として、それを一緒に償うつもりのない両親は、互いに『何故、私が光希を引き取らなければならないのか』と言い争っていた。

「毎日毎日、酒とタバコを嗜むあなたと違ってねっ! 私は長生きするのよっ! 身から出た錆じゃないっ! 仕事、仕事っていい訳ばかり……あんたの優柔不断がこの結果を招いたのよっ! 責任を持って光希を引き取りなさいよっ!」
「うるさいわっ! そっちこそ勝手にPTAの役員になりやがってっ! 時代錯誤だろうがっ! 理不尽だろうがっそんなもんっ! PTA役員になったら仕事ができない? ふざけんなよっ! そんな理不尽なPTAやめちまえっ! こっちには生活があるんだよっ! 誰が作ったんだっ! そんなクソ制度っ!」
「は、はあっ!? そんな事、知る訳ないでしょ! やりたくてやってる訳じゃないわよっ!」
「PTAは学校に通う子供達のための組織だろっ!? 入退会は自由の筈だっ!」
「はあっ? こっちの苦労も知らないで偉そうにっ! 入退会自由なんてねっ! そんな筈ないでしょっ!?」
「知らんわそんなのっ!」
「知らんわって! あなたが積極的に係らなかったからでしょっ!?」

 論点が完全に変っている。
 その事に気付かない二人は更に言い争っていく。

「PTAなんてどうでもいいのよっ! それより光希の話よっ!」
「ああっ? 光希はお前が親権を持つ。それで終了だろうがっ!」
「はあっ!? ふざけないでよねっ! 光希の親権を持つ訳ないでしょっ!」
「じゃあ、どうするんだよっ! お前はお腹を痛めてまで産んだ光希が可愛くないのか!?」
「はあっ? あんたはどうなのよ! そんなに言うならあんたが親権持って養えばいいじゃない! 会社勤めのあんたは知らないだろうけどね。こっちは肩身が狭い思いをしてるのよ!」
「ふざけるなぁぁぁぁ! こっちだってな、肩身の狭い思いしてんだよ!」
「それこそ知った事じゃないわよ! とにかく、私は光希の親権なんていらないからっ! あとは勝手にやってよね! ああ、美琴は私が連れてくから安心して、男は男同士一生馬鹿やってなさい! 行くわよ。美琴!」
「えっ? は、はい。お母様」

 そう言い残すと、吉岡光希の母、吉岡葵は妹の美琴の手を取り、アタッシュケースを手に取った。

「離婚届はあとで郵送するから、押印してすぐに返してよね!」
「な、何を勝手なっ……おい、待てよ! 待てって言ってるだろ!」

 吉岡光希の母、吉岡葵はそれ以上、吉岡猛の言葉を聞かず、美琴の手を取りマンションを後にした。
 吉岡光希の父、吉岡猛はドアに向かって近くに置いてあったぬいぐるみを投げつける。

「くそがぁぁぁぁ! あいつ、俺に全てを押し付けて逃げやがった! そっちがその気ならやってやるよ。絶対に離婚してやらないからなっ!」

 ガチャリと乱暴に冷蔵庫の扉を開け、冷蔵庫の中から焼酎を取り出すと、タバコを吸いながら呷る様に飲み始めた。
 リビングでタバコは吸わないでと言われていたがもうどうでもいい。

「……ああっイライラするぜ!」

 光希は捕まるし、示談もできない。会社じゃ噂話が流れ、身を置く場所もない。
 焼酎の瓶をテーブルに叩き付けるかの様に置くと、ふと、吉岡猛は依然調べさせた探偵の調査報告書を手に取った。

「それもこれも、全部こいつが悪いんじゃないかっ! 光希なんかにカツアゲされやがってっ!」

 完全に逆恨みだとわかっているが、何かに当たらなければ気が済まない吉岡猛は止まらない。
 タバコをスパスパ吸い、空になった焼酎を床に転がすと焼酎二本目に突入する。

「……ヒック!?」

 酔いもいい感じに回ってきた。
 しかし、腹の虫は収まらない。

 むしろ、酩酊により事態は最悪の方向へと進もうとしていた。

「ああっ? そーだぁ、ヒック!? あいつが全部悪い。あいつがぜーんぶ悪い」

 光希が犯罪に手を染めたのも、会社で身の置き場がないのも、妻が娘を連れて出て行った上、離婚を切り出されたのも、ぜーんぶ、高橋翔が悪い!
 あいつが素直に示談に応じていれば、ここまで大変な事にはならなかった。

 焼酎の二本目を空にした吉岡猛は完全に酔っぱらっていた。

 増税も地球温暖化も俺の給料が昇給しないのも株価暴落も、何もかもすべて高橋翔が全部悪い。

「よおし……ヒック!? 悪い奴は俺が成敗してやる……ヒック!?」

 三本目の焼酎と調査報告書を片手に、フラフラ歩きながら外に出る吉岡猛。
 千鳥足でフラフラしながら歩いていると、誰もが自分を避けていく。

「がはははっ! 吉岡猛様のお通りだぁ! 道を開けろぉ!」

 そう大きな声を上げると、吉岡猛は調査報告書に書かれている住所と地図を確認する。

「う、うーん? 随分と近くに住んでいるようじゃねーかぁ……翔君よぉ! すぐにお前の家に向かってやるからなぁ」

 しかし、調査報告書の初めの概要欄に書かれている住所は、高橋翔がマンションだった。
 マンションといえば聞こえはいいが築四十五年の鉄骨鉄筋コンクリート造のマンション。減価償却はほぼ終わり、三階建てだがエレベーターは設置されていない。
 当然、オートロック式のマンションでもない。

 今の時間は午後十時。

「おーい! カケルくぅーん。遊びましょお!」

 高橋翔が住んでいたマンションの扉の前まで来た吉岡猛は、ドアをガンガン叩きながら大声を上げる。
 通常であれば、通報されてもおかしくない状況だと気付きそうなもんだが、焼酎を二本半飲み干し酩酊状態にある吉岡猛はわからない。
 むしろ、今、このマンションには諸悪の根源である高橋翔がいると思い込んでいた。

「おいおい! 居留守使ってるんじゃねーよぉ! ホントにいないんですかぁー! ヒック!? ホントにいないんですかぁー!?」

 ドアを叩いていると急に手が痛くなってきた事に気が付く。

「おい! お前が出てこないから怪我しちゃったじゃねーかぁ! 損害賠償起こすぞこらっ!」

 更にドアをドンドン叩くもまったく反応がない。だんだんと、イライラが募っていき、ドアノブを回す度に、どうやって部屋の中に入ってやろうかと酩酊した思考の中、考える。

 ふと、視線を外すと、窓がある事に気付いた。吉岡猛は手に持つ酒瓶を見て、ニヤリと笑う。

「そーですか、そーですかぁ! それじゃあ、ドアから入る事は諦めようかなぁ!」

 吉岡猛は酒瓶を逆さに持つと、それをそのまま窓に叩き付けた。
 そして、持っていた酒瓶を部屋の中に放る。その目的は嫌がらせの為である。

「代わりに窓からお邪魔しまぁーす!」

 割れた窓の内側に手を伸ばし、鍵を解除すると土足のまま部屋の中に侵入する。
 しかし、部屋の中に生活感がまったくない。
 冷蔵庫、テレビ、椅子やテーブル、最低限の生活を送る為に必要な物が置いてあるだけだ。
 まるで家具家電付きマンスリーマンション。これから誰かが入居する前のような部屋である。

「うん? 高橋の野郎はどこだ。どこに隠れている?」

 しかし、吉岡猛は酩酊状態。
 誰がどう見ても部屋の中にいないと判断できる状態にも関わらず、隠れていると思い込んでいた。

「高橋くぅーん。もう逃げ場はないぞぉ? どこにいるのかなぁ?」

 吉岡猛はそう言いながら手当たり次第、隠れていそうな所を捜索していく。
 しかし、まったく見つかる気配がない。

 当然だ。当の本人はホテル暮らしを満喫していてこの場にいない。
 そして、

「くそっ! あの野郎、どこに隠れていやがる!」

 高橋翔が見つからず、イライラを募らせる吉岡猛は、胸ポケットに入れたタバコに火をつけスパスパ吸うと、吸い殻をカーテンの近くに放る。

 二、三本吸い終わった所で落ち着きを取り戻し、辺りを見渡した。

「……たっく、折角、俺様が来てやったというのに、あの野郎。さては逃げやがったな? うん? なんか焦げ臭い様な……気のせいか? まあ、気のせいだよな?」

 高橋翔がいないのでは仕方がないと、吉岡猛は考えを改める。

「仕方がない。出直すか……ヒック」

 千鳥足で玄関に向かうと、ロックを外し、外に出る。
 吉岡猛が割った窓を通り過ぎた辺りで異変に気付いた。

「あっ?」

 窓から明るい光が差している。
 やっぱり高橋の野郎。この部屋にいたのかと、窓から部屋の中を覗くと、真っ赤に燃え上がるカーテンが目に映った。

 出火元は当然、タバコの吸い殻。

 しかし、当の本人は酔っぱらっていて気付かない。
 目を丸くして、何故、部屋が燃えているのかわからずジッと見つめていた。

「お巡りさん。こっちです! 放火魔がいます!」
「えっ?」

 突然聞こえてきたその声に横を振り向くと、そこには血相を変えた警察官二人が近くまで迫ってきていた。

「な、何をやってるんだお前!」
「ち、違うっ! お、俺は何もっ……お、俺はやってない! やってないんだぁぁぁぁ!」

 酩酊状態でもハッキリわかる危機的状況。
 この日、高橋翔の住んでいた築四十五年のマンションは燃え、住居侵入罪及び放火罪容疑により吉岡光希の父親、吉岡猛が警察に逮捕される事となった。

 ※高層マンションや高層ビル、公共施設では防炎カーテンの使用が義務付けられているようです。翔が住んでいたマンションは、そうでない為、それにあたりません。
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