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びーぜろ

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第377話 報い

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「……高橋翔を捕らえたか。よくやった」

 闇バイトに高橋翔の捕獲を命じた男はホッとした表情を浮かべる。

 少し心配だったが何とかなったようだ。
 しかし、あまりに呆気ない。
 闇バイトの質が良かったのか?
 それとも人数を揃えたのが良かったのか……。まあいい。

 一時間後、闇バイトの連中に高橋翔入りの箱を貸し倉庫に運ばせると、パイプ椅子に腰掛け、箱に足を乗せる。

「……ご苦労だったな。報酬だ」

 そう言って、札の入った封筒を渡すと男は闇バイト達が裏切らぬ様、念押しする。

「わかっていると思うが、この事は他言無用だ。喋ったらどうなるか……。わかっているな?」

 お前達も闇バイトに攫わせ同じ目に合わせるぞと、箱を蹴る。

「「は、はい!」」
「よし。それじゃあ、これから行われる事をそこで見ていろ。もし裏切ったら同じ目に遭わすからな」

 闇バイトを壁際に寄せると、男は箱をまるでノックでもするかの様に足で蹴りながら話しかける。

「……さて、今、何でこんな目にあっているのか分かるか? あ?」
「……っ」

 箱の大きさは大人一人がギリギリ入る事のできる大きさ。
 その為、箱の中から苦悶の声が聞こえてくる。

「……喋れないか。そうだよなぁ。そんな箱の中に閉じ込められて喋りずらいよなぁ。なあ、もし俺がお前が死ぬまで箱の中から出さないと言ったらどうする?」

 狭い箱の中で身動き一つ取れずに閉じ込められるのはさぞかし辛い事だろう。
 呼吸もマトモにできなければ、指一本動かす事もできない。
 死ぬまで箱の中から出さないと恐怖心を煽ってやると、箱がガタガタ動き始める。

「おーおー頑張ってるな。そんなに箱から出たいか?」

 そう尋ねると、箱のガタガタが止まる。
 男は薄笑いを浮かべると、箱を足で踏み付けたままの体勢で条件をつき付けた。

「……良い子だ。実はお前が持っている物を欲しがっている御仁がいる。その御方に無償でそれを譲渡しろ。そう悪い話じゃないだろう? 物より命の方が大切だ。わかるか? お前は自分の命を俺から購入するんだ。俺としては、別に構わないんだぞ? お前を殺した後でお前の持ち物を物色すればいいんだからな」

 そう脅し付けてやると、箱の中の高橋翔は観念した様に声を上げた。

「……わかった。早く出してくれ」

 うん? なんだ、この声は……。
 本当に高橋翔の声か?

 高橋翔は二十代前半。とてもじゃないが、こんな声が出るとは思えない。
 闇バイトの連中からは、東京湾に来た男を捕らえ箱に詰めて連れて来たと聞いている。場所を指定したのだ。高橋翔以外の人間が箱に納められている筈がない。
 ハンマーを取り出し、付属の釘抜きで釘を抜いていくと、上箱が外れ、中から男が出てくる。

「……は? 誰だ、あんた?」

 箱から出てきたのは明らかに高橋翔でない。
 そのことに驚く男……。箱から出てきた男は肩と指をポキポキ鳴らすと男に顔を向ける。

「……はー、ようやってくれたな、アホンダラァ。まさか任侠会の若頭であるこのワシに……。新田柴に喧嘩を売ってくるとは思いもしなかったわ、ボケカスコラッ!」
「……は、はうっ!?」

 任侠会の若頭、新田柴の名を聞き、男は顔を真っ青に染める。

 な、何で……。何で、何で、何で、何で、何で、任侠会の若頭、新田柴がこんな所にィィィィ!?
 任侠会といえば、警察が目を付けている広域暴力団にして万秋会の一次団体。
 その若頭が何故、箱の中に入っているのだと、男はただひたすら混乱する。

 た、高橋翔が箱の中に入っていたのではなかったのか??
 何故、何故、何故、任侠会の若頭が……!?

 そんな事を考えていると、新田柴と目が合った。目が合った瞬間、メンチを切られ詰め寄られる。

「箱の中は窮屈だったなぁ。窮屈過ぎて死ぬかと思ったわ。……そんで? この新田柴に死を覚悟させた落とし前、どうつけるつもりだコラ。よう見たらお前、見覚えあるわ。お前ん所の団体は確か任侠会の三次団体だったよな? なぁ!?」

 怒りによって顔面の至る所から浮かび上がる血管。
 今はとにかく謝罪する他ない。
 男は全力で頭を下げ、非を認め謝罪する。

「は、はい! その通りです! も、申し訳ございません!」

 しかし、正真正銘の暴力団相手に謝罪など通用しない。
 新田柴は男の頭を掴むと、オデコを合わせ目をガン開きにして睨み付ける。

「はい、その通りですちゃうやろ……! ワシが聞いとるのは、どう落とし前を付けるかだけや。それとも何か? お前も入ってみるか? あの箱に……。そのまま近くの共同墓地に土葬すんぞコラ……」

 怖い。あまりに怖い。
 これが指定暴力団、若頭の凄み。
 言葉のチョイスはチープなのに、その身から出る怒りのオーラと表情、力の込めようから生物的に逆らってはいけない存在だと嫌でも分からされてしまう。
 男は恐怖のあまり失禁する。
 そんな男の情けない姿を見て、新田柴はため息を吐く。

「大人が失禁とは情けないの……。興が削がれたわ。おい……」

 新田柴は、壁際でビビる闇バイトに対し、当然のように命令する。

「お前達だよなぁ? このワシを箱詰めしてくれたのは……。一旦、チャラにしてやるからこのボケを箱に詰めえ」
「「「え……? 僕達がやるんですか?」」」

 ポカンとした表情を浮かべる闇バイトに向かって、新田柴は箱を蹴り付ける。

「当たり前やろが、早くやらんかいボケェ!」
「「「は、はい!!」」」

 一瞬にして立場が逆転した男は箱に詰められ泣きながら懇願する。

「す、すいません。すいません。すいません。許してください! これには深い事情があるんですゥゥゥゥ!」
「ほおぅ……。この新田柴を箱詰めして脅す事に深い事情があるんか。ええで、なら聞かせて貰おうやないか。ただし、しょーもない事情だったら、お前の体にナイフを滅多刺しにして黒ひげ危機一発したるから気を付けや」

 説明を間違えば殺される。
 そう悟った男は箱に詰められたまま弁解する。

「じ、実はとある大物政治家から人を攫う様に命じられまして、そいつを呼び出したは良かったのですが、闇バイト共の手違いであなた様を箱詰めに……」

 元々のIQが低い為か、男は弁解にもならない事を必死になって弁解する。

「つまり、お前は攫う人間間違えましたと……。ワシが東京湾にいたから間違えて攫いましたと言うんやな?」
「は、はい!」

 男は今、自分が何を言ってしまったのか分からない。テンパっているのだから当然だ。
 男は新田柴の言う事を全肯定する。

「間違いないんやな!?」
「ひ、ひゃい!」

 そう返事した途端、新田柴は箱に蓋を被せ、男が出てこられない様にと足で踏み付ける。
 そして、顔から湯気が出るほど怒り狂うと、男が入った箱を怒鳴り付けた。

「殺されたいんかワレ! なんの弁解にもなっとらんやないかドアホ!」
「ひ、ひいいいいっ! すいません! すいません! すいません!!」
「……もうええわ。肝心な事はなんも喋らん。東京湾にいたワシが悪いじゃ話にもならん。おい。この男を箱ごと墓に埋めてこい」

 死刑宣告に等しい言葉を聞き、男は再度、懇願する。

「ち、違いますゥゥゥゥ! すべて私が悪いんですゥゥゥゥ!」
「そんなこと分かっとるわドアホ! いいから黙っとれ!」
「言います! 全部包み隠さず言います! だから、だから私を助けて下さいィィィィ!」
「遅いわボケェ! ……まあでも、ワシも血の通った人間や。気が変わらんとも限らん。喋りたいと言うなら最後に喋らせてやるわ」

 当然の事ながらこれは温情ではない。
 喋らせるだけ喋らせた後は箱に詰めて埋める気満々。
 しかし、男は一縷の望みに賭けて喋るしかない。

「仁海ですぅ! 仁海に言われて、高橋翔という男を箱に詰めて攫おうとしましたぁ! そうしたら、何故か、新田さんが箱に……! 本当なんです! 嘘じゃありません!」
「ほおっ……。仁海が高橋翔を攫うねぇ……」

 仁海といえば、与党政治家の大物。
 永田町に仁海ありと言われるほどの男だ。
 選挙対策と国会運営に抜群の才を持ち、政策面においても独自のセンスと視線を持つ男として有名……。
 その大物政治家が、暴力団の三次団体を使ってまで攫おうとするとは……。臭うな……。

 高橋翔といえば、任意団体を立ち上げ、つい最近まで公益財団法人の理事をしていた男……。どこからかレアメタルを仕入れ財を成した男として界隈では有名だ。
 その男を仁海の奴が攫おうとした?
 確か、仁海は、資源エネルギー庁長官と関わり合いが深かったな。
 まさかとは思うが、レアメタルに代わる新たな資源でも手に入れたか?
 それならば、仁海の奴が高橋翔を攫おうとするのも納得いく話だ。
 死人に口なし……。
 俺達に掛かれば、人一人消す事なんて容易。

 話を聞いた新田柴は深い笑みを浮かべる。

「なるほど。興味が湧いた。もうちょっと詳しい話を聞きたくなったわ。でもまあ、お前が真実を話すかどうかわからないからなぁ……」

 ――バタンッ!
 ――バタンッ! バタンッ!

 行方知れずとなった新田柴をGPS頼りに追いかけてきた組員達。
 そんな組員達を見て新田柴は男達を見下した。

「迎えが来たようだし、詳しい話は事務所で聞かせて貰うとするか。そこの闇バイト共もだ」

「――い、嫌だっ! 嫌だぁぁぁぁ!」
「誰か、誰か助けてぇぇぇぇ!!」

「――泣いても叫んでも助けは来ねぇよ……。安心しな、命の保障だけは補償してやる。聞きたい情報を聞き出すまでの間に限るがなぁ……」

 闇バイトを含む男達は深く後悔した。
 まさかこんなことになるなんて……。

 その日、男達の叫びが倉庫内に木霊した。
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