4 / 4
4
しおりを挟む
嫌な態度、取っちゃった。
風呂場でも一言も返さずに、ずっと黙ったまんまで。頭も体も全部洗わせて。罪悪感と、自分でしなきゃっていう焦燥感と、全部やってほしいっていう、甘え。困らせたいわけでも、怯えているわけでもない。ただ、ズボンを脱がせてもらった瞬間、スッと心が軽くなって、体の力がぬけてしまった。
自分から浴槽を出たくせに、またずっしりと体が重くなる。何もしたくない、指一本動かしたくないって縋りたくなった。でも、それと同時に汚したソファのことが頭をチラつく。雫の残った体に服を着せて、自分の汚した場所にノロノロと向かう。シミは時間が経ったからなのか、端にくっきりと跡がついてしまっている。
流石インターネットとでも言うべきか、何件もの対処法がヒットする。まあ、これをやらかすのは小さな子供だったり、犬だったりするのだけれど。こんな大きな大人が失敗するわけないもんな、と自虐を頭の中で交えながらお酢と水をスプレーボトルに入れて吹きかける。たくさんたくさん吹きかけて、タオルで押さえ、また水分が吸われたと思ったらそれを繰り返す。
「もーやだな…」
この体質、やだな、恥ずかしいな。
そう自覚してしまったらもう、ダメだった。
じわぁっと目が熱くなる。
本当は今から濡れたズボンとパンツを水洗いだけでもしなくてはならない。それをしないとシミになって取れなくなるから。本当はお風呂に入る前にソファの片付けをするのが先だった。でも今は、その失敗の跡を見たくない。全部全部、目を背けてしまいたい。
「榊?何してるの?」
ペタペタと足音が聞こえて、座り込んでいる俺の後ろで止まる。
「…お酢と水混ぜたやつ…これで吹きかけたら臭い、とれる、らしい…」
「そっか。一人でやってくれたんだ、ありがとね」
お礼を言われるようなこと、していないのに。頭をぐしゃぐしゃと撫でられると、気が緩んでしまいそうになって無理矢理言葉を続けた。
「…ねぇ、これ、捨てる?」
「え、別に良いんじゃない?気になるなら買い替えるけど…」
「やだ…これがいい、」
「そっか。…お腹空いたね、ご飯食べよっか」
「…っ、」
「榊?」
早く言わなきゃ。今日、まだご飯作ってないって。今から作るから待ってて、ゆっくりしててって。仕事帰りの人間をこれ以上疲れさせてはいけないのに。
「俺ね、今日、ごはん、つくってないの」
言った途端、涙が頬を伝う。だめだ、泣いたら。泣いたらもっと、気持ちが弱くなってしまう。
「別に今から作れば良い話じゃん。それで泣いてるの?」
「せんたくも、してない、」
早く笑わないと。笑ってごめんねって言わないと。そうじゃないと、また、困らせてしまう。
「なにも、できなくて、からだ、動かなくって、おれ、変なの、きょう、3回も、しっぱい、したし、やっきょくいったけど、恥ずかしくて、買えなくって、」
こんなのただの子供だ。家事をサボったことの言い訳がうまく出来なくて泣いて誤魔化そうとしている、卑怯な子供。泣き止まないと、笑わないとって焦れば焦るほど、涙が止まらなくなって、変な嗚咽も漏らしてしまう。
「体が疲れてたんだねぇ」
不意に体が持ち上げられて、颯さんの肩に引き寄せられる。
「しんどい時は無理して家のことしなくて良いんだよ?」
背中を撫でられてまた、力が抜ける。さっきよりもさらにボロボロと涙が止まらなくなって、乾いた颯さんのシャツを濡らしていく。
「しんどく、ない、かぜ、なってない、」
「人間の不調が全部風邪なわけないでしょ?」
「でも、っ…、」
「榊さぁ、最近ずっと無理して笑ってたでしょ」
「そんなこと、」
「ほっぺピクピクしてたよ?」
「っ、だって、」
「だって?」
「っ、ぉ…ねしょ、気にしたらまた、ひどくなる、から、…っ、」
「うんそうだね。でもね、それで落ち込んだ気持ちを笑顔で隠しちゃうのは違うよね?」
「でも、高校のときは、それでなおった、のに、」
「不安だった?」
自分の感情そのものを言い当てられ、こくりと頷く。
「そっかそっかぁ」
ズ…と鼻水が鳴った。まだヒックヒックと喉が鳴っている。
「おむつ、はいたほーがいい?」
「んー、どっちでも。でもあった方がいっぱい寝れるね。明日一緒に買いに行こっか」
「…いいの?」
「当たり前。ていうか髪の毛びしょびしょじゃん。顔あげて。拭いたげるから」
「ん…」
「ふはっ、ひっどい顔」
「…うるさい、」
何であんなに泣きじゃくってしまったのだろう。鼻水と涙でぐちゃぐちゃの顔を見られるのが恥ずかしくて、そっぽを向いた。
風呂場でも一言も返さずに、ずっと黙ったまんまで。頭も体も全部洗わせて。罪悪感と、自分でしなきゃっていう焦燥感と、全部やってほしいっていう、甘え。困らせたいわけでも、怯えているわけでもない。ただ、ズボンを脱がせてもらった瞬間、スッと心が軽くなって、体の力がぬけてしまった。
自分から浴槽を出たくせに、またずっしりと体が重くなる。何もしたくない、指一本動かしたくないって縋りたくなった。でも、それと同時に汚したソファのことが頭をチラつく。雫の残った体に服を着せて、自分の汚した場所にノロノロと向かう。シミは時間が経ったからなのか、端にくっきりと跡がついてしまっている。
流石インターネットとでも言うべきか、何件もの対処法がヒットする。まあ、これをやらかすのは小さな子供だったり、犬だったりするのだけれど。こんな大きな大人が失敗するわけないもんな、と自虐を頭の中で交えながらお酢と水をスプレーボトルに入れて吹きかける。たくさんたくさん吹きかけて、タオルで押さえ、また水分が吸われたと思ったらそれを繰り返す。
「もーやだな…」
この体質、やだな、恥ずかしいな。
そう自覚してしまったらもう、ダメだった。
じわぁっと目が熱くなる。
本当は今から濡れたズボンとパンツを水洗いだけでもしなくてはならない。それをしないとシミになって取れなくなるから。本当はお風呂に入る前にソファの片付けをするのが先だった。でも今は、その失敗の跡を見たくない。全部全部、目を背けてしまいたい。
「榊?何してるの?」
ペタペタと足音が聞こえて、座り込んでいる俺の後ろで止まる。
「…お酢と水混ぜたやつ…これで吹きかけたら臭い、とれる、らしい…」
「そっか。一人でやってくれたんだ、ありがとね」
お礼を言われるようなこと、していないのに。頭をぐしゃぐしゃと撫でられると、気が緩んでしまいそうになって無理矢理言葉を続けた。
「…ねぇ、これ、捨てる?」
「え、別に良いんじゃない?気になるなら買い替えるけど…」
「やだ…これがいい、」
「そっか。…お腹空いたね、ご飯食べよっか」
「…っ、」
「榊?」
早く言わなきゃ。今日、まだご飯作ってないって。今から作るから待ってて、ゆっくりしててって。仕事帰りの人間をこれ以上疲れさせてはいけないのに。
「俺ね、今日、ごはん、つくってないの」
言った途端、涙が頬を伝う。だめだ、泣いたら。泣いたらもっと、気持ちが弱くなってしまう。
「別に今から作れば良い話じゃん。それで泣いてるの?」
「せんたくも、してない、」
早く笑わないと。笑ってごめんねって言わないと。そうじゃないと、また、困らせてしまう。
「なにも、できなくて、からだ、動かなくって、おれ、変なの、きょう、3回も、しっぱい、したし、やっきょくいったけど、恥ずかしくて、買えなくって、」
こんなのただの子供だ。家事をサボったことの言い訳がうまく出来なくて泣いて誤魔化そうとしている、卑怯な子供。泣き止まないと、笑わないとって焦れば焦るほど、涙が止まらなくなって、変な嗚咽も漏らしてしまう。
「体が疲れてたんだねぇ」
不意に体が持ち上げられて、颯さんの肩に引き寄せられる。
「しんどい時は無理して家のことしなくて良いんだよ?」
背中を撫でられてまた、力が抜ける。さっきよりもさらにボロボロと涙が止まらなくなって、乾いた颯さんのシャツを濡らしていく。
「しんどく、ない、かぜ、なってない、」
「人間の不調が全部風邪なわけないでしょ?」
「でも、っ…、」
「榊さぁ、最近ずっと無理して笑ってたでしょ」
「そんなこと、」
「ほっぺピクピクしてたよ?」
「っ、だって、」
「だって?」
「っ、ぉ…ねしょ、気にしたらまた、ひどくなる、から、…っ、」
「うんそうだね。でもね、それで落ち込んだ気持ちを笑顔で隠しちゃうのは違うよね?」
「でも、高校のときは、それでなおった、のに、」
「不安だった?」
自分の感情そのものを言い当てられ、こくりと頷く。
「そっかそっかぁ」
ズ…と鼻水が鳴った。まだヒックヒックと喉が鳴っている。
「おむつ、はいたほーがいい?」
「んー、どっちでも。でもあった方がいっぱい寝れるね。明日一緒に買いに行こっか」
「…いいの?」
「当たり前。ていうか髪の毛びしょびしょじゃん。顔あげて。拭いたげるから」
「ん…」
「ふはっ、ひっどい顔」
「…うるさい、」
何であんなに泣きじゃくってしまったのだろう。鼻水と涙でぐちゃぐちゃの顔を見られるのが恥ずかしくて、そっぽを向いた。
127
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
あなたにおすすめの小説
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
ファントムペイン
粒豆
BL
事故で手足を失ってから、恋人・夜鷹は人が変わってしまった。
理不尽に怒鳴り、暴言を吐くようになった。
主人公の燕は、そんな夜鷹と共に暮らし、世話を焼く。
手足を失い、攻撃的になった夜鷹の世話をするのは決して楽ではなかった……
手足を失った恋人との生活。鬱系BL。
※四肢欠損などの特殊な表現を含みます。
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
こじらせた処女さんの作品は以前から拝読しておりましたが、今回も素晴らしい新作が投稿されたことと自分のアルファポリスアカウントを作ったので良い機会と思いコメントさせていただきます。
育ちが過酷だったり攻めに嫌われることに怯えている受けが可哀想にも感じるのですが、それが本当に可愛くて可愛くて貴方の作品すべてが好きです。お身体に気を付けながら、これからも貴方の好きな創作を続けてください。応援しています。
そんな前の作品から読んで下さっていたとは…😭作者冥利に尽きます…。アカウント作成されたのですね。このサイトは面白い作品がいっぱいなので、ぜひ楽しんで下さい😊
執筆お疲れ様です。以前投稿されていたおねしょ癖のある受けちゃんと年上攻めさんの作品が大好きだったので、今回のお話も本当に楽しく読ませていただいています。
どうか榊くんが無理することなく過ごせるようになって欲しいですね…颯さんの優しい対応にも感謝です…
こじらせた処女さんの作品から、いつも日々の癒しを頂いています。ありがとうございます!
結構前の作品なのに覚えていて下さってとても嬉しいです。こちらこそいつもありがとうございます😭
今回も最高です!
この後の展開も楽しみにしていますが、これからも無理なくこじらせた処女さんの好きな作品を書き続けてほしいです( ; ; )本当に大好きです!
感想ありがとうございます( ; ; )自分のペースでゆっくり書かせて頂きます。
大好きと言っていただけてとっても嬉しいです😊