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ひとつのギルドができるまで

最初の一歩の陰と陽

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「わわわ、すごい……! これがVRの世界かぁ、本当に現実みたい……!」

 Monster Legendsの世界でプレイヤーが最初に出現する街“ハジマリの古都”をキョロキョロと楽しげに見回す一人の亜人──頭上には珊瑚のような角、手足に艷めく鱗を持つ龍人ドラグーンは、言わずもがな仲良し兄妹の元気な方ことゆきみだ。
 彼女は今、同時にゲームを始めた筈の兄──ひなたの姿を探していた。

 VRゲームの、特にMMOと呼ばれる種類では自分の操作するアバターの姿を現実と掛け離れた姿にすることはできない。Monster Legendsでは自分の分身となる姿をいくつかの種族から選択することが可能だが、それでも各種族の特徴を得るだけで、外見は現実世界の容姿と同じものになる。
ゆきみは種族の中で最も強そうな印象を受ける龍人ドラグーンを選んだが、その見た目は元のゆきみと同じ顔をしている。
 故に、兄であるひなたの姿を探すのもそう難しくはないと思われたのだが──

「……お兄ちゃん、いないなぁ……? 種族なににするか迷ってるのかな?」

 ゆきみは近くにあった古ぼけた噴水の縁に腰掛け、兄の到着を待つことにした。


 一方その頃のひなたはと言うと。

「……、……むり……」

 彼はとうに──それこそ、ゆきみよりも早く種族の選択を終えてハジマリの古都へ降り立っていた。にもかかわらずゆきみと遭遇できていないのは、彼が建物の陰にしゃがみ込んで、膝と“尻尾”を抱えて蹲っている故だ。

 ひなたは、小学校の卒業式を欠席した日を境に家の外へ1歩たりとも出ていない。そんな彼に、このリアルすぎるVRの世界はあまりにも衝撃的だった。
 現実と相違ない程のグラフィックに、風の匂いすら感じるよう作り込まれた空気。彼は古都に降り立って数秒で目の前がばちばちとフラッシュしているような感覚に襲われ、近くにあった建物の陰へ逃げ込んだのだ。

「……尻尾、ふかふか……」

 ひなたが選んだ種族“獣人”は、ゲーム開始時にランダムで様々な動物の特性を割り振られる。彼が引き当てたのは黄金色の耳と豊かな尻尾を持つ“フォックス”であった。
 飼い猫の姿を思い浮かべながら選んだこの種族、実はひなたとかなり相性が悪い。
 なにしろ獣人の種族特性には、五感──特に、嗅覚や聴覚の強化がある。家に閉じこもり刺激の無い生活を送っていたひなたには今、暴力的なまでの外的刺激が加わっていた。
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