掃除屋(暗殺者)のわたしが生き返ったら、部屋の掃除をしろと言われました

もさく ごろう

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第四十話 逃がさない掃除屋は調査する

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「ということで、始めようか」

 境内を掃いている珠の前に現れたハシルヒメはいつもの和装だったが、珍しく袖をくくって固定している。手には虫網を握っていた。

 朝ご飯を食べ終え、気温が上がってきた午前のことだ。

「どうしたの? 昆虫採集?」

「違う! 本殿に巣食う害虫害獣を駆除するの! わたしたちのお茶屋さんの邪魔はさせないよ!」

 ハシルヒメは網を横に三回振った。その様子だけ見ると、完全に昆虫採集に向かう子供だ。

 珠は深く溜息をついた。

「翠羽さんの言ってたことちゃんと聞いてたの? 最初は調査だよ。翠羽さんに渡された紙は?」

 翠羽は病院の掃除が終わった後、ハシルヒメたちだけでもできる害虫害獣対策を紙に書いて渡してくれたのだ。帰りの車の中でもある程度説明もしてくれた。

 ハシルヒメは懐からA4サイズの紙を取り出した。

「ここにあるけど、見つけた虫と動物を片っ端から捕まえていった方が早くない?」

「それが難しいから調査から始めるの。簡単には見つけられないところに隠れていたり、そもそも捕まえちゃいけない生き物もいるって翠羽さんが言ってたでしょ。覚えてないの?」

「覚えてるけど、調査ってすごく時間かかりそうじゃん。面倒だよ」

 ハシルヒメが紙に顔を近づけて、凝視する。珠も横に並び、紙を見た。

「とりあえず、最初はこの『生き物の痕跡を探す』ってところからやってみましょう」

「痕跡? そんなもの探すなら直接生き物を探したほうが効率いいって」

 またハシルヒメが網を振ろうとしたので、珠は柄をつかんでそれを止め、首を横に振った。

「生き物はわたしたちに気づいたらどこかに隠れちゃうけど、痕跡は残り続けるでしょ? 痕跡を先に探した方が効率がいいし、見逃しも少なくなるはず」

 ハシルヒメは口を尖らせた。

「うーん。そうなのかなぁ。っていうか珠ちん詳しくない? 翠羽ってそこまで説明してたっけ?」

「え? だって生き物探すのも人間探すのも一緒じゃない? 隠れている人を探すのは前の仕事でよくやってたし」

 さらりと放った珠の言葉に、ハシルヒメはわかりやすく体を震わせた。

「怖……! 珠ちんとはかくれんぼしないようにしよう」

「別に頼まれてもしないけど……なに? もしかしてかくれんぼ好きなの?」

「まぁね。なんたって境内じゃわたしが最強だから」

「それじゃあ、害虫と害獣も見つけてよ」

 ハシルヒメが大きなため息をついた。二人が覗き込んでいた紙が音をたてて揺れる。

「神さまの力を、そんな万能みたいに言われてもねー。石の道は感度が低いから、せめて犬くらいの大きさがないとわからないよ。あと道の上にいてくれないとわからない」

「最強が聞いてあきれる。じゃあ地道に調査しよう」

「うーん。しゃーない」

 珠たちは本殿へと向かった。


~~~~~~~~~~~~~~~


「とりあえず今は外にいるから、この『周りに足跡がないか確認する』っていうのから始めようか」

 珠は翠羽からもらった紙に箇条書きされている項目の一つを指さした。

 ハシルヒメは手元の紙ではなく、すぐ近くの珠の顔をじっと見ている。

「ハシルヒメ? どうかした?」

「い、いや? 石には土とか砂と違って足跡なんてつかないから、やるだけ無駄じゃないかなって思っただけ」

 ハシルヒメはほんのり頬を赤らめて、石の道をつま先でつついた。珠は道の外側の、森になっているところへ目を向ける。

「動物は人と違って、道以外のところも歩くでしょう?」

「道の外側の土になってるところを探すってこと? それだと結構広い範囲を見ないといけなくなっちゃうじゃん。さすがに大変だって」

 ハシルヒメは周りをぐるりと見回した。確かに動物がどこから道に乗るかはわからないので、『足跡は無い』という判断を下すにはかなり広く確認しなければならないだろう。

 だが珠はそんなことをするつもりはなかった。

「そうじゃなくて、土の上を歩いてきたのなら、足に土がついてるはずでしょ? だから歩いた跡が少しは残ってると思う」

「なるほど。でもそれなら毎日箒かけてるし、珠ちんの注意力なら気づいてそうだけど」

 珠はあごに手を当て「うーん」と考え込んだ。

「靴の跡とかは見てないってはっきり言えるけど、動物の足跡ってなると自信ない。そんなの気にしてなかったし」

「あーうんまぁそうか。じゃあ見て回ろう。本殿の周りだけでいいんだよね?」

「うん。一周回れば大丈夫だと思う」

 頷いて珠が本堂の周りを反時計回りに歩き出すと、ハシルヒメも横に並んで歩き出す。五歩ほど歩いたところで、珠は路面に向けていた顔を上げ、引き返した。

 するとハシルヒメも同じように引き返したので、珠はもう一度向きを変え、元の位置へと戻る。

 すぐ横にハシルヒメが立ち止まった。

 珠はハシルヒメの肩に手を置く。

「ねぇ。お互い反対に回れば、半分の時間で終わると思わない?」

「え? でも一人じゃ楽しくないじゃん」

 ハシルヒメは眉をひそめて首を傾げた。珠も思わず同じ表情を返す。

「え? 早く終わったほうが楽じゃない?」

 そのまま奇妙なにらみ合いが続く。先に折れたのは珠だった。

「まぁいいや。そしたらハシルヒメは本殿の足元の壁を見ておいてよ」

「壁の下の方ってこと? そんなところに足跡なんてないでしょ」

「壁に登った跡とかあるかもしれないし、出入りしてる場所に糞とかが落ちてるかも。あと一番大事なのはこれ」

 珠はハシルヒメの持つ紙の『蟻道』と書かれた場所を指さした。

「『ぎどう』……だっけ? えっとシロアリの……なんだっけ?」

「本当に何も覚えてないじゃん。シロアリの通り道で、土でできた細いパイプみたいなやつ。それが地面から伸びてたらシロアリがいる可能性が高いから、すぐに業者を呼んだ方がいいんだって」

「そうだったそうだった。よし! わたしがバシッと見つけちゃうからね!」

 ハシルヒメは紙を懐に戻し、腕を上げて体を伸ばした。

(できれば見つからないほうがいいんだけど、業者呼んだらお金かかるとか言って、見ないふりされたら困るから黙っておこう)

 珠は下を向いて、静かに歩き出した。
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