40 / 43
第四十話 逃がさない掃除屋は調査する
しおりを挟む
「ということで、始めようか」
境内を掃いている珠の前に現れたハシルヒメはいつもの和装だったが、珍しく袖をくくって固定している。手には虫網を握っていた。
朝ご飯を食べ終え、気温が上がってきた午前のことだ。
「どうしたの? 昆虫採集?」
「違う! 本殿に巣食う害虫害獣を駆除するの! わたしたちのお茶屋さんの邪魔はさせないよ!」
ハシルヒメは網を横に三回振った。その様子だけ見ると、完全に昆虫採集に向かう子供だ。
珠は深く溜息をついた。
「翠羽さんの言ってたことちゃんと聞いてたの? 最初は調査だよ。翠羽さんに渡された紙は?」
翠羽は病院の掃除が終わった後、ハシルヒメたちだけでもできる害虫害獣対策を紙に書いて渡してくれたのだ。帰りの車の中でもある程度説明もしてくれた。
ハシルヒメは懐からA4サイズの紙を取り出した。
「ここにあるけど、見つけた虫と動物を片っ端から捕まえていった方が早くない?」
「それが難しいから調査から始めるの。簡単には見つけられないところに隠れていたり、そもそも捕まえちゃいけない生き物もいるって翠羽さんが言ってたでしょ。覚えてないの?」
「覚えてるけど、調査ってすごく時間かかりそうじゃん。面倒だよ」
ハシルヒメが紙に顔を近づけて、凝視する。珠も横に並び、紙を見た。
「とりあえず、最初はこの『生き物の痕跡を探す』ってところからやってみましょう」
「痕跡? そんなもの探すなら直接生き物を探したほうが効率いいって」
またハシルヒメが網を振ろうとしたので、珠は柄をつかんでそれを止め、首を横に振った。
「生き物はわたしたちに気づいたらどこかに隠れちゃうけど、痕跡は残り続けるでしょ? 痕跡を先に探した方が効率がいいし、見逃しも少なくなるはず」
ハシルヒメは口を尖らせた。
「うーん。そうなのかなぁ。っていうか珠ちん詳しくない? 翠羽ってそこまで説明してたっけ?」
「え? だって生き物探すのも人間探すのも一緒じゃない? 隠れている人を探すのは前の仕事でよくやってたし」
さらりと放った珠の言葉に、ハシルヒメはわかりやすく体を震わせた。
「怖……! 珠ちんとはかくれんぼしないようにしよう」
「別に頼まれてもしないけど……なに? もしかしてかくれんぼ好きなの?」
「まぁね。なんたって境内じゃわたしが最強だから」
「それじゃあ、害虫と害獣も見つけてよ」
ハシルヒメが大きなため息をついた。二人が覗き込んでいた紙が音をたてて揺れる。
「神さまの力を、そんな万能みたいに言われてもねー。石の道は感度が低いから、せめて犬くらいの大きさがないとわからないよ。あと道の上にいてくれないとわからない」
「最強が聞いてあきれる。じゃあ地道に調査しよう」
「うーん。しゃーない」
珠たちは本殿へと向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~
「とりあえず今は外にいるから、この『周りに足跡がないか確認する』っていうのから始めようか」
珠は翠羽からもらった紙に箇条書きされている項目の一つを指さした。
ハシルヒメは手元の紙ではなく、すぐ近くの珠の顔をじっと見ている。
「ハシルヒメ? どうかした?」
「い、いや? 石には土とか砂と違って足跡なんてつかないから、やるだけ無駄じゃないかなって思っただけ」
ハシルヒメはほんのり頬を赤らめて、石の道をつま先でつついた。珠は道の外側の、森になっているところへ目を向ける。
「動物は人と違って、道以外のところも歩くでしょう?」
「道の外側の土になってるところを探すってこと? それだと結構広い範囲を見ないといけなくなっちゃうじゃん。さすがに大変だって」
ハシルヒメは周りをぐるりと見回した。確かに動物がどこから道に乗るかはわからないので、『足跡は無い』という判断を下すにはかなり広く確認しなければならないだろう。
だが珠はそんなことをするつもりはなかった。
「そうじゃなくて、土の上を歩いてきたのなら、足に土がついてるはずでしょ? だから歩いた跡が少しは残ってると思う」
「なるほど。でもそれなら毎日箒かけてるし、珠ちんの注意力なら気づいてそうだけど」
珠はあごに手を当て「うーん」と考え込んだ。
「靴の跡とかは見てないってはっきり言えるけど、動物の足跡ってなると自信ない。そんなの気にしてなかったし」
「あーうんまぁそうか。じゃあ見て回ろう。本殿の周りだけでいいんだよね?」
「うん。一周回れば大丈夫だと思う」
頷いて珠が本堂の周りを反時計回りに歩き出すと、ハシルヒメも横に並んで歩き出す。五歩ほど歩いたところで、珠は路面に向けていた顔を上げ、引き返した。
するとハシルヒメも同じように引き返したので、珠はもう一度向きを変え、元の位置へと戻る。
すぐ横にハシルヒメが立ち止まった。
珠はハシルヒメの肩に手を置く。
「ねぇ。お互い反対に回れば、半分の時間で終わると思わない?」
「え? でも一人じゃ楽しくないじゃん」
ハシルヒメは眉をひそめて首を傾げた。珠も思わず同じ表情を返す。
「え? 早く終わったほうが楽じゃない?」
そのまま奇妙なにらみ合いが続く。先に折れたのは珠だった。
「まぁいいや。そしたらハシルヒメは本殿の足元の壁を見ておいてよ」
「壁の下の方ってこと? そんなところに足跡なんてないでしょ」
「壁に登った跡とかあるかもしれないし、出入りしてる場所に糞とかが落ちてるかも。あと一番大事なのはこれ」
珠はハシルヒメの持つ紙の『蟻道』と書かれた場所を指さした。
「『ぎどう』……だっけ? えっとシロアリの……なんだっけ?」
「本当に何も覚えてないじゃん。シロアリの通り道で、土でできた細いパイプみたいなやつ。それが地面から伸びてたらシロアリがいる可能性が高いから、すぐに業者を呼んだ方がいいんだって」
「そうだったそうだった。よし! わたしがバシッと見つけちゃうからね!」
ハシルヒメは紙を懐に戻し、腕を上げて体を伸ばした。
(できれば見つからないほうがいいんだけど、業者呼んだらお金かかるとか言って、見ないふりされたら困るから黙っておこう)
珠は下を向いて、静かに歩き出した。
境内を掃いている珠の前に現れたハシルヒメはいつもの和装だったが、珍しく袖をくくって固定している。手には虫網を握っていた。
朝ご飯を食べ終え、気温が上がってきた午前のことだ。
「どうしたの? 昆虫採集?」
「違う! 本殿に巣食う害虫害獣を駆除するの! わたしたちのお茶屋さんの邪魔はさせないよ!」
ハシルヒメは網を横に三回振った。その様子だけ見ると、完全に昆虫採集に向かう子供だ。
珠は深く溜息をついた。
「翠羽さんの言ってたことちゃんと聞いてたの? 最初は調査だよ。翠羽さんに渡された紙は?」
翠羽は病院の掃除が終わった後、ハシルヒメたちだけでもできる害虫害獣対策を紙に書いて渡してくれたのだ。帰りの車の中でもある程度説明もしてくれた。
ハシルヒメは懐からA4サイズの紙を取り出した。
「ここにあるけど、見つけた虫と動物を片っ端から捕まえていった方が早くない?」
「それが難しいから調査から始めるの。簡単には見つけられないところに隠れていたり、そもそも捕まえちゃいけない生き物もいるって翠羽さんが言ってたでしょ。覚えてないの?」
「覚えてるけど、調査ってすごく時間かかりそうじゃん。面倒だよ」
ハシルヒメが紙に顔を近づけて、凝視する。珠も横に並び、紙を見た。
「とりあえず、最初はこの『生き物の痕跡を探す』ってところからやってみましょう」
「痕跡? そんなもの探すなら直接生き物を探したほうが効率いいって」
またハシルヒメが網を振ろうとしたので、珠は柄をつかんでそれを止め、首を横に振った。
「生き物はわたしたちに気づいたらどこかに隠れちゃうけど、痕跡は残り続けるでしょ? 痕跡を先に探した方が効率がいいし、見逃しも少なくなるはず」
ハシルヒメは口を尖らせた。
「うーん。そうなのかなぁ。っていうか珠ちん詳しくない? 翠羽ってそこまで説明してたっけ?」
「え? だって生き物探すのも人間探すのも一緒じゃない? 隠れている人を探すのは前の仕事でよくやってたし」
さらりと放った珠の言葉に、ハシルヒメはわかりやすく体を震わせた。
「怖……! 珠ちんとはかくれんぼしないようにしよう」
「別に頼まれてもしないけど……なに? もしかしてかくれんぼ好きなの?」
「まぁね。なんたって境内じゃわたしが最強だから」
「それじゃあ、害虫と害獣も見つけてよ」
ハシルヒメが大きなため息をついた。二人が覗き込んでいた紙が音をたてて揺れる。
「神さまの力を、そんな万能みたいに言われてもねー。石の道は感度が低いから、せめて犬くらいの大きさがないとわからないよ。あと道の上にいてくれないとわからない」
「最強が聞いてあきれる。じゃあ地道に調査しよう」
「うーん。しゃーない」
珠たちは本殿へと向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~
「とりあえず今は外にいるから、この『周りに足跡がないか確認する』っていうのから始めようか」
珠は翠羽からもらった紙に箇条書きされている項目の一つを指さした。
ハシルヒメは手元の紙ではなく、すぐ近くの珠の顔をじっと見ている。
「ハシルヒメ? どうかした?」
「い、いや? 石には土とか砂と違って足跡なんてつかないから、やるだけ無駄じゃないかなって思っただけ」
ハシルヒメはほんのり頬を赤らめて、石の道をつま先でつついた。珠は道の外側の、森になっているところへ目を向ける。
「動物は人と違って、道以外のところも歩くでしょう?」
「道の外側の土になってるところを探すってこと? それだと結構広い範囲を見ないといけなくなっちゃうじゃん。さすがに大変だって」
ハシルヒメは周りをぐるりと見回した。確かに動物がどこから道に乗るかはわからないので、『足跡は無い』という判断を下すにはかなり広く確認しなければならないだろう。
だが珠はそんなことをするつもりはなかった。
「そうじゃなくて、土の上を歩いてきたのなら、足に土がついてるはずでしょ? だから歩いた跡が少しは残ってると思う」
「なるほど。でもそれなら毎日箒かけてるし、珠ちんの注意力なら気づいてそうだけど」
珠はあごに手を当て「うーん」と考え込んだ。
「靴の跡とかは見てないってはっきり言えるけど、動物の足跡ってなると自信ない。そんなの気にしてなかったし」
「あーうんまぁそうか。じゃあ見て回ろう。本殿の周りだけでいいんだよね?」
「うん。一周回れば大丈夫だと思う」
頷いて珠が本堂の周りを反時計回りに歩き出すと、ハシルヒメも横に並んで歩き出す。五歩ほど歩いたところで、珠は路面に向けていた顔を上げ、引き返した。
するとハシルヒメも同じように引き返したので、珠はもう一度向きを変え、元の位置へと戻る。
すぐ横にハシルヒメが立ち止まった。
珠はハシルヒメの肩に手を置く。
「ねぇ。お互い反対に回れば、半分の時間で終わると思わない?」
「え? でも一人じゃ楽しくないじゃん」
ハシルヒメは眉をひそめて首を傾げた。珠も思わず同じ表情を返す。
「え? 早く終わったほうが楽じゃない?」
そのまま奇妙なにらみ合いが続く。先に折れたのは珠だった。
「まぁいいや。そしたらハシルヒメは本殿の足元の壁を見ておいてよ」
「壁の下の方ってこと? そんなところに足跡なんてないでしょ」
「壁に登った跡とかあるかもしれないし、出入りしてる場所に糞とかが落ちてるかも。あと一番大事なのはこれ」
珠はハシルヒメの持つ紙の『蟻道』と書かれた場所を指さした。
「『ぎどう』……だっけ? えっとシロアリの……なんだっけ?」
「本当に何も覚えてないじゃん。シロアリの通り道で、土でできた細いパイプみたいなやつ。それが地面から伸びてたらシロアリがいる可能性が高いから、すぐに業者を呼んだ方がいいんだって」
「そうだったそうだった。よし! わたしがバシッと見つけちゃうからね!」
ハシルヒメは紙を懐に戻し、腕を上げて体を伸ばした。
(できれば見つからないほうがいいんだけど、業者呼んだらお金かかるとか言って、見ないふりされたら困るから黙っておこう)
珠は下を向いて、静かに歩き出した。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる