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第一章 虹色の瞳
第七話 見えない足跡
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小屋の中は、女の子の遺体が運び出されている以外はそのままだった。といっても物が少ないのもあって綺麗なもので、殺人事件の現場だとは思えない。ベッドに残る、手の平くらいの黒いシミだけが、事件の痕跡を語っていた。
(そっか。そういうことか)
犯人がわかったわけではない。わたしがなぜ解放されたのかわかったのだ。
解放される前にいた牛の屠殺場。そこで牛が殺されるときに流す、血の量を見た。女の子だって牛ほどではないにせよ、たくさん血を流したはずだ。ここにはそんな跡はない。
(女の子がここで殺されたにしては、綺麗すぎる)
外で殺されてから、運び込まれたのだろうか。
そうだとしたら、たしかにわたしはシロだ。わざわざ外で殺してから、密室の部屋に戻して自分も中にいるなんて、普通の人間ならしない。
(でも、それだけでわたしを解放したのなら甘すぎだよね)
お人好しなお巡りさんが、小屋に入っていく。
わたしが普通でない行動をとった可能性もゼロではないのだ。もちろん、わたしはやっていないのだけれど。
(今はありがたいけど、それくらいも考えられないんだったら、お巡りさんに任せきりだと犯人は見つからなそう)
深呼吸して、集中力を上げる。
早急に解決するべきなのは密室の謎と、女の子が殺された場所の特定だ。お巡りさんもそれがわかっているのか、丁寧に革の手袋して、扉と窓を集中的に調べている。
(とりあえず任せておいて、わたしが調べたいのは――)
ベッドの下。この部屋で人が隠れられそうなのはここだけだ。
(これで人が隠れてた跡があれば、密室の謎は解明なんだけど)
そっと覗き込むと、木箱が三つ綺麗に並べて置いてあった。ちょっとした辞書くらいの大きさだろうか。真ん中のを引き出してみると、見覚えがあった。
(ああ、そういえばお医者さんがここから湿布薬をとってたっけ)
箱の中は四つに仕切られ、それぞれに布、紙の包み、乾燥した葉っぱとプラスチックの板のようなものが入っていた。右の箱も似たようなもので、違うのは仕切りの一つが空だったことくらいだ。左の箱にはすり鉢やすり棒などの道具が入っていた。
その奥を覗き込んでみるも、ただ他と変わらない床があるだけだ。ベッドとの隙間は腕がやっと入るくらいで、子供でもここに入るのは難しいだろう。
(犯人が隠れていた可能性は低いかな)
期待が外れた残念な気持ちと、犯人の目の前で寝たわけではないという安心感が同時に訪れる。
箱を元に戻して部屋を見回すと、お巡りさんは床を調べていた。
少しだけ勇気を出してみる。
「ね、ねぇ……」
わたしの声を聞いたお巡りさんは顔を上げると、手を肩のところまで上げて広げ『さっぱりだ』とでも言いたげな動きをした。
(扉と窓に何もなかったから、床を調べていたのかな?)
かんぬきの棒を見てみると、板ガムくらいの四角い傷が二つ並んでついていた。それが右側と左側の二セットある。
まさかお巡りさんがこれを見逃したわけがないと、扉を閉めてかんぬきをかけてみる。すると傷は留め金とぴったり重なった。それ以外におかしな傷は見えない。
(異常なしかな)
近くの窓を見上げてみる。
天井に近い高さにあって、横幅は学校の机くらいあるけれど、縦幅は腕がやっと入るくらいだ。何かを入れるくらいならともかく、そこから入るのは無理だろう。
(ドアの近くにもあるから、そこから紐でも投げ込んで引っ掛ければ、閂を外せそうだけど)
閂は二リットルのペットボトル二本分くらいの重さはある。外せたとしても、床に落ちれば相当大きな音がするはずだ。
(いくらわたしとはいえ、熟睡してても気づくよね。床に凹みとかもないし)
ほんのり土で汚れている床板には、木目に沿った小さな傷がたくさんあるものの、閂を落とした跡のようなものはなかった。
(あとは、ベッドの上にも窓があるけど)
ナイフを投げ入れて刺す――というのもできなくはないだろう。でも確実に刺さるものでもないだろうし、血もたくさん出てベッドを汚しているはずだ。
(うーん。やっぱ簡単にはわからないよね)
床を調べていたお巡りさんにも、成果はなさそうだった。
「そ、外……調べよう」
外を指さすと、意図が伝わったのか、お巡りさんが先行して外に出た。まずは足元を見ながら一周して、怪しい足跡がないか調べる。
成果なし。
(いや、何もないっていうのも成果なのかな)
ついでにわかったのは、小屋の周囲には何も置いていないということだ。踏み台になるものはもちろん。工具を隠す場所すらなかった。
(この壁って、剥がして張りなおしたりできるんじゃ?)
そう思って二周目は壁をよく見るようにした。板は隙間なく張られていて、指どころか紙一枚すら入りそうにない。
これなら一度剥がされた板があればすぐにわかりそうだ。一枚一枚を見逃さないようにチェックしていく。
結果、職人の技術の高さをしっかりと確認しただけだった。
(無理やり剥がしたんなら、大きな音も鳴りそうだしね)
この小屋を調べた感じだと、わたしを起こさずに小屋に入って、女の子を連れだして外で殺害。そのあと小屋に戻って密室に戻す、なんて芸当ができるとは思えなかった。
(密室の謎。一筋縄じゃいかないどころか、わかる気がしないんだけど……)
ため息をついてうなだれていると、肩を小鳥につつかれたような感覚があった。
振り向くとお巡りさんが肩に指を置いており、逆の手で森の中の道を示している。集落に戻る道でも、上の広場に行く道でもない。
その道には、足跡が一つも付いていなかった。
「え? そこが……?」
困惑するわたしを尻目に、お巡りさんは人の良さそうなドヤ顔をしながら、そちらに進んでいった。その様子はまるで、一人だけ答えを知っている探偵のようだ。
(まさかね)
とりあえず後ろをついていく。
道は電車くらいの幅がある、なだらかな散歩道といった感じで、木の根などもなく歩きやすかった。
周囲も他と変わらない森のはずなのに、心なしか明るい気がする。聞こえるのはわたしたちの足音と、木々のさざめきと水音のような小鳥のさえずりだけだ。
足跡が全然ないのが不自然なくらい、穏やかで心地いい。
(集落の人たちは、身近過ぎてあまり来ないのかな)
わたしがもしここの住民になったとして、ここに来るだろうか。そんなこと考える前からわかっている。
(来ないよね。家に引きこもってる)
でももしも。もしもわたしに友達がいて、例えばあの優しい女の子がここに行こうと誘ってきたらどうだろう。
(来た可能性はゼロじゃないかな。いま一緒に歩いているのはお巡りさんだけど)
前を歩く茶色い背中を見る。まさかこんな状況で、ただ散歩に来ましたというわけではないだろう。
でもこの道を歩いていても、手掛かりが見つかる気がしなかった。もう十五分くらい経っただろうか。道はただ、まっすぐ続いている。
「ね、ねぇ、そろそろ……」
抗議の意は伝わったのか、お巡りさんは振り向いて人差し指と親指で何かをつまむように小さな隙間を作った。
もう少し行こうという意味なのだろう。人の良さそうな笑顔は、いつも以上ににこやかな気がする。
(何か企んでたらどうしよう)
進んでいるうちに左右の森が暗くなってきた。深いところまで来て、木々が茂って来たのだろうか。それでも道が悪くなる様子はない。
まるで森の深い場所まで呼び込まれているようで、気味が悪くなってきた。
「――」
お巡りさんが前を指さした。道の先が明るくなっている。
(あそこが目的地?)
一分も歩けばそこに出れるだろう。ほんの少し足が早まる。
周囲が明るくなるにつれて、足元の土は固くなっていった。吹き込む風の中に、緑の香りとはまた違った、冷たい香りがする。
(これってもしかして)
足を止めたお巡りさんの横に並ぶと、目の前に湖が広がっていた。水は澄んでいて、湖底で水草が揺られているのがよく見える。広さは野球場くらいだろうか。
湖の周りもやっぱり森だったけれど、歩いてきた道と同じくらいの幅だけ、木が生えていない。代わりに背の低い草花が湖を縁取っていた。
「綺麗……」
思わずため息が出た。
(そっか。そういうことか)
犯人がわかったわけではない。わたしがなぜ解放されたのかわかったのだ。
解放される前にいた牛の屠殺場。そこで牛が殺されるときに流す、血の量を見た。女の子だって牛ほどではないにせよ、たくさん血を流したはずだ。ここにはそんな跡はない。
(女の子がここで殺されたにしては、綺麗すぎる)
外で殺されてから、運び込まれたのだろうか。
そうだとしたら、たしかにわたしはシロだ。わざわざ外で殺してから、密室の部屋に戻して自分も中にいるなんて、普通の人間ならしない。
(でも、それだけでわたしを解放したのなら甘すぎだよね)
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わたしが普通でない行動をとった可能性もゼロではないのだ。もちろん、わたしはやっていないのだけれど。
(今はありがたいけど、それくらいも考えられないんだったら、お巡りさんに任せきりだと犯人は見つからなそう)
深呼吸して、集中力を上げる。
早急に解決するべきなのは密室の謎と、女の子が殺された場所の特定だ。お巡りさんもそれがわかっているのか、丁寧に革の手袋して、扉と窓を集中的に調べている。
(とりあえず任せておいて、わたしが調べたいのは――)
ベッドの下。この部屋で人が隠れられそうなのはここだけだ。
(これで人が隠れてた跡があれば、密室の謎は解明なんだけど)
そっと覗き込むと、木箱が三つ綺麗に並べて置いてあった。ちょっとした辞書くらいの大きさだろうか。真ん中のを引き出してみると、見覚えがあった。
(ああ、そういえばお医者さんがここから湿布薬をとってたっけ)
箱の中は四つに仕切られ、それぞれに布、紙の包み、乾燥した葉っぱとプラスチックの板のようなものが入っていた。右の箱も似たようなもので、違うのは仕切りの一つが空だったことくらいだ。左の箱にはすり鉢やすり棒などの道具が入っていた。
その奥を覗き込んでみるも、ただ他と変わらない床があるだけだ。ベッドとの隙間は腕がやっと入るくらいで、子供でもここに入るのは難しいだろう。
(犯人が隠れていた可能性は低いかな)
期待が外れた残念な気持ちと、犯人の目の前で寝たわけではないという安心感が同時に訪れる。
箱を元に戻して部屋を見回すと、お巡りさんは床を調べていた。
少しだけ勇気を出してみる。
「ね、ねぇ……」
わたしの声を聞いたお巡りさんは顔を上げると、手を肩のところまで上げて広げ『さっぱりだ』とでも言いたげな動きをした。
(扉と窓に何もなかったから、床を調べていたのかな?)
かんぬきの棒を見てみると、板ガムくらいの四角い傷が二つ並んでついていた。それが右側と左側の二セットある。
まさかお巡りさんがこれを見逃したわけがないと、扉を閉めてかんぬきをかけてみる。すると傷は留め金とぴったり重なった。それ以外におかしな傷は見えない。
(異常なしかな)
近くの窓を見上げてみる。
天井に近い高さにあって、横幅は学校の机くらいあるけれど、縦幅は腕がやっと入るくらいだ。何かを入れるくらいならともかく、そこから入るのは無理だろう。
(ドアの近くにもあるから、そこから紐でも投げ込んで引っ掛ければ、閂を外せそうだけど)
閂は二リットルのペットボトル二本分くらいの重さはある。外せたとしても、床に落ちれば相当大きな音がするはずだ。
(いくらわたしとはいえ、熟睡してても気づくよね。床に凹みとかもないし)
ほんのり土で汚れている床板には、木目に沿った小さな傷がたくさんあるものの、閂を落とした跡のようなものはなかった。
(あとは、ベッドの上にも窓があるけど)
ナイフを投げ入れて刺す――というのもできなくはないだろう。でも確実に刺さるものでもないだろうし、血もたくさん出てベッドを汚しているはずだ。
(うーん。やっぱ簡単にはわからないよね)
床を調べていたお巡りさんにも、成果はなさそうだった。
「そ、外……調べよう」
外を指さすと、意図が伝わったのか、お巡りさんが先行して外に出た。まずは足元を見ながら一周して、怪しい足跡がないか調べる。
成果なし。
(いや、何もないっていうのも成果なのかな)
ついでにわかったのは、小屋の周囲には何も置いていないということだ。踏み台になるものはもちろん。工具を隠す場所すらなかった。
(この壁って、剥がして張りなおしたりできるんじゃ?)
そう思って二周目は壁をよく見るようにした。板は隙間なく張られていて、指どころか紙一枚すら入りそうにない。
これなら一度剥がされた板があればすぐにわかりそうだ。一枚一枚を見逃さないようにチェックしていく。
結果、職人の技術の高さをしっかりと確認しただけだった。
(無理やり剥がしたんなら、大きな音も鳴りそうだしね)
この小屋を調べた感じだと、わたしを起こさずに小屋に入って、女の子を連れだして外で殺害。そのあと小屋に戻って密室に戻す、なんて芸当ができるとは思えなかった。
(密室の謎。一筋縄じゃいかないどころか、わかる気がしないんだけど……)
ため息をついてうなだれていると、肩を小鳥につつかれたような感覚があった。
振り向くとお巡りさんが肩に指を置いており、逆の手で森の中の道を示している。集落に戻る道でも、上の広場に行く道でもない。
その道には、足跡が一つも付いていなかった。
「え? そこが……?」
困惑するわたしを尻目に、お巡りさんは人の良さそうなドヤ顔をしながら、そちらに進んでいった。その様子はまるで、一人だけ答えを知っている探偵のようだ。
(まさかね)
とりあえず後ろをついていく。
道は電車くらいの幅がある、なだらかな散歩道といった感じで、木の根などもなく歩きやすかった。
周囲も他と変わらない森のはずなのに、心なしか明るい気がする。聞こえるのはわたしたちの足音と、木々のさざめきと水音のような小鳥のさえずりだけだ。
足跡が全然ないのが不自然なくらい、穏やかで心地いい。
(集落の人たちは、身近過ぎてあまり来ないのかな)
わたしがもしここの住民になったとして、ここに来るだろうか。そんなこと考える前からわかっている。
(来ないよね。家に引きこもってる)
でももしも。もしもわたしに友達がいて、例えばあの優しい女の子がここに行こうと誘ってきたらどうだろう。
(来た可能性はゼロじゃないかな。いま一緒に歩いているのはお巡りさんだけど)
前を歩く茶色い背中を見る。まさかこんな状況で、ただ散歩に来ましたというわけではないだろう。
でもこの道を歩いていても、手掛かりが見つかる気がしなかった。もう十五分くらい経っただろうか。道はただ、まっすぐ続いている。
「ね、ねぇ、そろそろ……」
抗議の意は伝わったのか、お巡りさんは振り向いて人差し指と親指で何かをつまむように小さな隙間を作った。
もう少し行こうという意味なのだろう。人の良さそうな笑顔は、いつも以上ににこやかな気がする。
(何か企んでたらどうしよう)
進んでいるうちに左右の森が暗くなってきた。深いところまで来て、木々が茂って来たのだろうか。それでも道が悪くなる様子はない。
まるで森の深い場所まで呼び込まれているようで、気味が悪くなってきた。
「――」
お巡りさんが前を指さした。道の先が明るくなっている。
(あそこが目的地?)
一分も歩けばそこに出れるだろう。ほんの少し足が早まる。
周囲が明るくなるにつれて、足元の土は固くなっていった。吹き込む風の中に、緑の香りとはまた違った、冷たい香りがする。
(これってもしかして)
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