花握りの魔女は話せない ~言葉のわからない異世界で、コミュ障のわたしが謎解き魔女になった理由~

もさく ごろう

文字の大きさ
43 / 45
第二章 ノーカウントパンチ

第四十三話 坊ちゃんのナースメイド

しおりを挟む
 洞窟の地面は整えられていないむき出しの岩だった。けれど、光る玉に照らされているおかげでかなり歩きやすい。

 洞窟の中は滑るイメージがあったけれど、ここはそうでもなかった。玉の光が苔が生えるのを抑えているのだろうか。

 快適に歩けたので、どんどん進んでいけた。けれど、終着点はなかなか見えない。お屋敷の外に出るための脱出路だと思うので、階段か出口が見えてくるはずだ。

 三十分は歩いただろうか。さすがに足が疲れてきていた。休んで坊ちゃんを待ってみるべきだろうか。

(でも本当に坊ちゃんが追ってきてるかもわからないし、洞窟を抜けた先で合流するつもりかもしれない。それなら休んでる暇はないよね)

 わたしは休まずに歩き続けた。普段からアタッシュケースを持ち歩くようにしていたおかげか、歩けなくなるほど疲れたりはしない。

(お屋敷の中だと、立ちっぱなしのことが多かったから、わたしも結構鍛えられたのかな?)

 けれど外の空気を感じるまで、二時間以上かかるとは思っていなかった。

 さすがに休憩しようかと思い始めた頃に、広い場所に出た。見上げると、大きく空いた穴から虹に囲われた星たちが見える。

(ここから外に出られるのかな? でもどうやって上がればいいんだろう?)

 穴はお屋敷の高さなど比にならないくらい、高い場所にあった。はしごなどがかかっていたとしても、わたしでは上れないだろう。

(他にも道があったりするのかな?)

 わたしは広くなっている空間の真ん中まで出た。野球場くらいの広さはありそうで、そこらに光る玉が転がっている。夜の洞窟内としてはかなり明るいけれど、さすがにここからでは壁が遠すぎて、他の道があるかまでは見えなかった。

 壁沿いに行こうと思い歩き出すと、洞窟内に固い音が反響するのが聞こえた。わたしの足音が響いているのかと思って足を止めたけれど、音は止まらない。

(もしかして、坊ちゃん?)

 音が響いてくる方向は、わたしが来た方向と同じだ。わたしはそっちに駆け寄った。

 通路が見えてくる。そこから、光る玉に照らされる一つの影が向かってきていた。

 坊ちゃんのような小さな影ではない。

(黒ドレスさん……!)

 心臓が止まるかと思った。黒ドレスさんは一人で歩いてきている。

「坊ちゃんは……?」

 いや、坊ちゃんは絶対に無事なはずだ。黒ドレスさんは、坊ちゃんを危険にさらした人たちを処刑してきた。黒ドレスさんが坊ちゃんに危害を加えることはないはずだ。

(でももし推理が間違ってたら、坊ちゃんも危ない目にあってるかもしれない)

 不安は考えれば考えるほど強くなる。けれど今は、自分の身の安全を一番に考えた方が良さそうだ。

 黒ドレスさんは手にバケツのような物を持っていた。猫目メイドさんに使った棒状の凶器は今のところ見えない。けれど、あの棒をスカート内に収納しているのを見たことがあるので、油断はできない。

(わたし相手だったら、素手でも余裕なのかもしれないけど)

 バケツで殴りかかられるだけで、わたしは抵抗できないだろう。

 けれど黒ドレスさんはそんなことをしてこなかった。まるでわたしなどいないかのように周りを見回し、声を出して笑い始めたのだ。

 わたしの後ろで地面が揺れた。

(いったい何が――)

 振り向いた先には大きな影があった。人影などではない。一軒家と同じくらいの、本当に大きな影だ。それは二枚の大きな翼を広げると、黄色に光り始めた。

(え……! 翼を持った竜!? 本当に存在したの……?)

 それは図鑑の絵や、謁見の間の石像にそっくりの翼竜だった。

 翼竜はサイレンを低くしたような声を洞窟内に響かせる。全身が震えるような大きな声だった。

(え? これって、めちゃくちゃヤバいよね……?)

 わたしが作ったアニメーションでは、主人公を成長させる友好的なドラゴンとして描いた。けれど本物の翼竜が同じだとは限らない。

 わたしを見下ろす竜の目からは、友好的な感情は読み取れなかった。無機質に睨みつける爬虫類の目だ。

(逃げないと……)

 通路に入り込めば、あの大きな体では追ってこれないかもしれない。けれど、通路の入口には黒ドレスさんがいる。前門の虎後門の狼とは、まさに今の状況のことをいうのだろう。

 案外、動かないでいるのが一番安全なのかもしれない。そう思っていると、翼竜は少しだけ静かに鳴いた。

「デテイケ……デテイケ……」

 わたしには鳴き声がそう聞こえた。

「え……? 日本語……?」

 きっと気のせいだ。猫がしゃべっているように見える動画などを見たことがある。きっとそれと同じだ。

 もう一度翼竜は鳴いた。

「ココハ……ワタシトオウノバショ……デテイケ……」

 日本語にしか聞こえなかった。まだ気のせいの可能性はある。けれど、翼竜と対話するのが助かるための一番の方法に思えた。

(対話? わたしが? 絶対に無理だ……)

 わたしは話を聞こうとしてくれる人ととも、まともに話せない。明らかにこっちの話を聞く気のない竜相手に、話せるわけがない。

(でも、このままじゃ全部、黒ドレスさんの思うままだ)

 それは悔しかった。お人形ちゃんや姫ちゃん、そして坊ちゃんの周りをぐちゃぐちゃにして、翼竜を見つけて笑っている。

 目的はわからないけれど、絶対に思い通りにさせたくなかった。

「た、助けて……!」

 絞り出した声は、思ったよりも響いた。洞窟の中だからだろうか。

 翼竜は声に反応して、首を傾けた。

「タスケテ……デテイケ……タスケル……デテイケ……」

 わたしの言葉を反芻しながら、自分の主張を忘れないように呟いているように見えた。言葉を操れるけれど、スムーズに会話ができるほど頭がよくないのかもしれない。

(それだったら、わたしと一緒じゃん)

 翼竜は首を傾け直した。

「タスケル……ナニヲスル……」

「えっと――」

 わたしの言葉が途切れたのは、いつものコミュ障のせいじゃなかった。

 頭の上から一気に体が冷たくなったのだ。わたしの横を通って前に出た黒ドレスさんが、バケツを投げ捨てる。

 わたしの体は濡れていた。頭から水をかぶせられたのだ。

 心臓の奥が冷たくなっていく。頭は勝手に『ごめんなさいごめんなさい』と呟いている。

 気が付けば膝をついていた。頭の中の呟きはどんどん大きくなっていって、他のことが考えられなくなってくる。何に謝っているのか。それすらも考えられない。

 わたしの目には何も映っていない。代わりに、トイレの中で誰かに囲まれているという感覚だけがあった。

 眠気に似た気持ち悪さが内側から広がってくる。それに身を任せてしまえば、楽になれるだろう。

(でもそうしたら、もう二度と坊ちゃんに会えなくなる)

 思いだした。坊ちゃんとの関係もこの感覚から始まったのだ。

 気に入らないこともあった。生意気で好き勝手するし、わたしを気遣わないで一人で行動しようとする。でも本当は優しくて責任感のある子だった。一人で毒が入っているかもしれない食べ物と向き合って、間抜けなわたしがお兄さんに蹴とばされそうになったときに助けてくれた。

 今思えば、最初に態度が悪かったのは、坊ちゃんのナースメイドという危ない仕事に、誰かが就くのが嫌だっただけなのかもしれない。

(もしかして、坊ちゃんは自分を担当するナースメイドが殺されるのを、何度も経験してるのかな?)

 気が付けば、頭の中がすっきりしていた。もう気持ち悪さも感じない。顔を上げれば、黒ドレスさんの後ろ姿と黄色い翼竜の姿が見える。

(坊ちゃんのナースメイドになった以上、殺されるわけにはいかないじゃん!)

 わたしは立ち上がった。

「わたしを守って! 坊ちゃんのところに戻らないといけないの!」

 間違いなく、わたしが今まで出した中で一番大きな声だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~

ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。 異世界転生しちゃいました。 そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど チート無いみたいだけど? おばあちゃんよく分かんないわぁ。 頭は老人 体は子供 乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。 当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。 訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。 おばあちゃん奮闘記です。 果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか? [第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。 第二章 学園編 始まりました。 いよいよゲームスタートです! [1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。 話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。 おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので) 初投稿です 不慣れですが宜しくお願いします。 最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。 申し訳ございません。 少しづつ修正して纏めていこうと思います。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

異世界転生日録〜生活魔法は無限大!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
☆感想の受付開始しました。 【あらすじ】   異世界に転生したルイは、5歳の高熱を境に、記憶を取り戻す。一度は言ってみたい「ステータス・オープン」で、ステータスを見れることに気付いた。スキル「生活魔法∞(無限大)」を発見。その意味を知るルイは、仄かに期待を抱いた。  それと同時に、今世の出自である農家の四男は、長男大事な両親の態度に、未来はないと確信。  家族に隠れて、ステータスにあったスキルの一つ「鑑定」を使い、村のお婆(薬師)相手に、金策を開始。  十歳の時に行われたスキル鑑定の結果を父に伝えたが、農家向きのスキルではなかったルイは「家の役には立たない」と判断され、早々に家を追い出される。   だが、追放ありがとう!とばかりに、生活魔法を知るべく、図書館がある街を目指すことにしたルイ。  最初に訪れた街・ゼントで、冒険者登録を済ませる。だがそのギルドの資料室で、前世の文字である漢字が、この世界の魔法文字だという事実を知ることになる。  この世界の魔法文字を試したルイは、魔法文字の奥深さに気づいてしまった。バレないように慎重に……と行動しているつもりのルイだが、そんな彼に奇妙な称号が増えて行く。  そして、冒険者ギルドのギルドマスターや、魔法具師のバレンと共に過ごすうちに、バレンのお師匠様の危機を知る。  そして彼に会いにいくことになったが、その目的地が、図書館がある魔法都市アルティメットだった。  旅の道中もさることながら、魔法都市についても、色々な人に巻き込まれる運命にあるルイだったが……それを知るのは、まだ先である。 ☆見切り発車のため、後日変更・追記する場合があります。体調が不安定のため、かける時に書くスタイルです。不定期更新。 ☆カクヨム様(吉野 ひな)でも先行投稿しております。

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

婚約破棄された宰相です。 正直、婚約者も宰相も辞めたかったので丁度よかったです

鍛高譚
恋愛
内容紹介 「婚約破棄だ! そして宰相もクビだ!」 王宮の舞踏会で突然そう宣言したのは、女性問題を繰り返す問題王太子ユリウス。 婚約者であり王国宰相でもあるレティシアは、静かに答えた。 「かしこまりました」 ――正直、本当に辞めたかったので。 これまで王太子の女性問題の後始末、慰謝料交渉、教会対応、社交界の火消し…… すべて押し付けられていたレティシアは、婚約も宰相職もあっさり辞任。 そしてその瞬間―― 王宮が止まった。 料理人が動かない。 書類が処理されない。 伝令がいない。 ついにはトイレの汚物回収まで止まり、王宮は大混乱。 さらに王太子の新たな女性問題が発覚し、教会は激怒。 噂は王都中に広がり、王宮は完全に統治不能に。 そしてついに―― 教会・貴族・王家が下した決断は、 「王太子廃嫡」 そして。 「レティシア、女王即位」 婚約破棄して宰相をクビにした結果、 王宮を止めてしまった元王太子の末路とは――? これは、婚約破棄された宰相が女王になるまでの 完全自業自得ざまぁ物語。

処理中です...