ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)

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第1章 ダンジョン嫌いニキ、世界にバレる

第4話 ちわ! 愛沢ほのかっす!

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 自動ドアが閉まり、外の喧騒がわずかに遠ざかる。

「くっそ、何でこんなことに……」

 突然の騒ぎに、俺の頭はごちゃごちゃだ。
 とりあえず気持ちだけでも落ち着かせようと、深呼吸をする。
 吸って、吐く。
 と、その時。

「せんぱーい!!」

 前方から、やけに元気な声。
 ばたばたと足音が迫り、ジャージを着た女が勢いよく俺の前で止まった。
 華奢でスレンダーな体つきなのに、相変わらず動きだけは無駄に大きい。

愛沢あいざわ! お前なあっ!」
「――ちょっ……まっ……カヒュー、カヒュー……!」

 ジャージの女――後輩の『愛沢 ほのか』は、前屈みになって肩で息をする。
 短く切った黒髪が頬に貼りつき、青灰色の瞳が潤んで揺れていた。
 走り慣れていないのが一目で分かる。

「運動不足にもほどがあるぞ。お婆ちゃんか?」
「おばっ……!? ひ、ひどいっす……せんぱ……カヒュー!」

 息も整わないまま、頬を赤らめて睨んでくる。
 俺は少しだけ時間を与えてやってから、改めて切り出した。

「もういいか?」
「カヒュー!」
「呼吸で返事をするな」
「大丈夫っす!」

 愛沢は背筋を伸ばし、こちらにグッドサインを向けた。

「お前、アリスに変なプログラム仕込んだろ」
「ぎくっ! ……な、なんのことっすか~? ぴゅーぴゅー♪」
「口笛って……古典的な。あのなあ、結婚支援プロトコルってなんだよ?」

 俺が問うと、愛沢はわざとらしい動きを止めて、こちらへ向き直った。

「別にいいじゃないっすか~!」

 こいつ、開き直りやがった……。

「先輩ももうアラサーなんですから、そろそろ結婚考える時期っすよ?」
「お前、男女逆なら左遷ものだぞ。それに俺はまだ26だ」
「へへん」

 愛沢は勝ち誇ったように胸を張る。

「社員10人にも満たない会社っすから、左遷も何もないっすよーだ」
「誇れない。全然誇れないぞ、それ」

 反省の色が見えない残念な後輩に、溜め息を吐いたその時。
 愛沢がハッとした顔で俺を見た。

「そんなことよりもっすよ! 先輩、いったいこれは何なんすか!」

 差し出されたスマホの画面を見て、俺は眉をひそめた。
 縦長の動画。
 見覚えのある通路に、見覚えのある構図。
 今朝、電車で見たものと全く同じものだった。

「俺だって聞きてえよ……」

 ため息交じりに、普段より低い声音で言う。

「確かに昨日、アリスの試験のために潜ったダンジョンで、変な配信者の野郎を一人ぶっ倒した。けど、カメラに映らないように計算して動いたはずなんだよ」
「やっぱこれ、事実だったんすね?」

 愛沢は「やれやれ」と小さく言って、肩をすくめる。

「先輩が配信嫌いなのは知ってましたけど、ここまでとは思わなかったっす……」
「それは嫌いとか関係ねえよ。その配信者が、明らかに未成年の子に絡んでたから助けただけだ」

 そう。
 嫌い=関わらない、が正解なのだ。
 だが、俺はアレを見て見ぬフリできるほど、心を失っていない。

「……で、目立っちゃったと」
「うぐ」
「爪が甘いっすねえ。先輩が助けたその未成年の女の子……実は、彼女も配信者だったんすよ」
「なっ……!? そんなこと、一言も――」

 反射的に否定しかけ、言葉が止まる。
 昨日の光景が脳裏に蘇ったからだ。
 よくよく思い返してみれば、あの男に絡まれていた最中、確かに……。

 >「あ、あの……すみません。私もう行ってもいいでしょうか? 私も一応……」

 途中で途切れた、あの一言。
 あれは、自分も配信者だと……。

「――言ってた、かも……しれない……」
「っすよねえ」

 愛沢はうんうんと頷きながら、もう一度スマホを操作した。
 画面に映ったのは、動画配信サイトのとあるチャンネルページ。
 『みそらチャンネル』という名前の、登録者数30万人ほどのチャンネルだ。

「これは……」
「ハイ、見てください」

 再生された動画の中で、あの青髪の少女がぎこちなくカメラに向かっている。

『こ、これでいいのかな……やっほー、映ってますかー……』

 ぎこちなく、初々しい動きと喋り。

「配信者……だったのか」
「めちゃくちゃ初心者っすけどね。この私が知らないレベルっすから」
「ダンジョン配信マニアのお前でもか……いや、でも登録者数30万って結構多くないか?」
「それは『ダンジョン嫌いニキ』効果っすよ」

 愛沢は慣れた手つきでスマホをスクロールしつつ、淡々と補足する。

「チャンネル開設は一ヵ月前。動画の内容も攻略ってほどじゃないですし、ほぼ散歩ログみたいなもんっすね。たまにいるんすよ、こういう可愛さだけで売ってる女」
「当たり強くないか?」
「いやあ?」

 つーんとそっぽを向いて、頭の後ろで腕を組む愛沢。

「いいんじゃないっすか? 先輩が、どんな女が好みでも」
「だから違うっての!」

 即座に切り捨てる。
 愛沢は肩をすくめ、話題を元に戻した。

「で、この子が付けてた配信に、先輩が写り込んじゃったってわけっすね」
「だとしても、この騒ぎは無いだろ……!?」
「だって先輩が軽ーくやっつけたあの配信者、めっちゃ人気者っすもん」
「な……あんな奴が!?」
「際どい言動が目立つっすけど、攻略者としての実力は確かっす。なんてったってAっすからね」

 A級――。

 9年前に制定された『ダンジョン利用法』。
 そこで定められているのは、まずダンジョン側の危険度だ。
 GからSまで8段階。
 で、攻略者にも同じくGからSのランクが付く。

 攻略者側のランクは、要するに入場許可証だ。
 ダンジョンに入るには、危険度ランクと同格以上に認定されている必要がある。

 G級の人間はG級までだし、A級はA級まで。
 S級ダンジョンだけは例外で、基本的に国家管理。
 つまりA級というのは民間が踏み込める上限で、あの迷惑系配信者は「そこに挑んでいい」と公的に認められた実力者だってことだ。

「……だからって、何の免罪符にもならないだろ」

 俺は、吐き出すように言った。
 未成年の少女を脅すなんて、そんな横暴が許されていいわけがない。

「そう思ってた視聴者が多いから、ここまで話題になったんじゃないっすか?」

 愛沢がスマホを操作しながら言う。

「凄いっすね、『ダンジョン嫌いニキ』。世界中のSNSでトレンド席巻してるっすよ」
「その名前で呼ぶな……くそ」

 短く、悪態が漏れる。
 勝手に名付けられて、勝手に消費される。
 俺が配信者を毛嫌いしてきた理由が、形になって押し寄せてきた。

「まあまあ、社長は喜んでたっすよ? 乗るしかないこのビッグウェーブにーって」
「そういう問題じゃ――っ」

 言いかけて、止まる。
 ふと視線を向けた先で、愛沢の表情がさっきまでと違っていた。
 静かで、冷たい。

「……知らなかったっす」

 愛沢は、ぽつりとそう言った。

「先輩、そんなに強かったんすね」
「それは……」

 言葉が続かない。
 俺は何も返せず、視線を逸らした。

「――あ、あのー」

 間の抜けた声が、その沈黙を割った。
 いつの間にか、羽生田はにゅうだ社長がそこに立っていた。
 相変わらず、空気を読んでいるのかいないのか分からない。

「お取込み中、申し訳ないんだけど……黒野くんにお客様でーっす」

 そう言って、社長は掌で入口の方を示した。

「お客様……?」

 そこには、少女が立っていた。
 昨日ダンジョンで助けた、あの青髪の少女だ。
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