ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)

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第1章 ダンジョン嫌いニキ、世界にバレる

第5話 俺が犠牲になるっぽい

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「――すみませんでしたっ……!」

 会社のロビーに響く声。
 あまりの勢いに揺れるセーラ服の裾。
 長い青髪をポニーテールにまとめた少女が、頭を下げている。

「私、配信中だってこと忘れてて……気づいたら、その、盗撮したみたいな形に……」

 少女は震える声で言い、一層深く頭を下げた。
 俺はしばらくその姿を見つめ、やがてため息を吐いた。

「言いたいことなら山ほどあるが、過ぎたことだ。謝罪は受け取る」

 昨日の件で、とてつもない騒ぎになった。
 俺の過去も掘り返され、非常に迷惑している。
 だが、彼女に怒鳴ったところで何も戻らないし、俺にも落ち度はあった。

「へー、わざわざ謝りに来たんすか。律儀っすねえ」

 横から愛沢がひょいと顔を出す。
 口角を上げつつ、青灰色の瞳を興味深そうに上下させている。
 少女は一瞬、言葉を詰まらせた。

「い、いえ、その……それもあるんですけど、実は、お願いがありまして……」
「お願い?」

 俺は首を傾げる。
 少女は視線を泳がせたあと、意を決したように俺を見た。

「もう一度、私の配信に出てください……!」
「なっ……!」

 突拍子もない提案に、俺は思わず声をあげる。
 愛沢も瞬きを止め、じっと少女のことを見つめていた。

「そんなの、断るに決まってるだろ」
「そ、そこを何とか……!」
「ダメだ。昨日も言った通り、俺はそもそもダンジョン配信が嫌いなんだよ」

 語気が強くなるのを自分で感じる。
 大人げないと思いつつも、配信への拒否反応が止められない。

「そ、それは重々承知ですが……うう……お、お願い……します……」
「何度言っても同じだ」

 少女は涙目で訴えてくるが、俺は即答して視線を外した。
 もう終わりだ、という意味を込めて。

「どうしても、どうしてもなんです……!」

 言葉とともに、一層深く頭を下げる少女。
 彼女に声をかけたのは、愛沢だった。

「お願いお願いって……先輩の気持ちは無視っすか」

 静かな声。

「昨日の配信、もう十分話題になってるっすよ? ……なんで、そんなに焦ってるんすか?」

 芯を捉えた発言だ。
 少女の指が、ぎゅっとセーラー服のスカートを握った。

「……妹が」

 ぽつりと呟くように、少女は言葉を発する。

「末の妹が、先天性の病気で……治療費がすごくかかるんです。父は亡くなっていて、母も無理が祟って倒れて……長女の私が頑張らないといけないんです」

 青い瞳を下げ、言葉を選ぶようにゆっくり続ける。

「配信は、生活費と治療費のためで……これまでも少しの実入りはあったんですが、昨日あんなに反応があって。それで、もっと注目されたら、きっと一気に稼げると思って……」

 少女の視線が、俺に向けられた。

「私たちには、時間があまりないんです」
「っ……」

 意思の宿った瞳だ。
 この少女のことを、俺は何も知らない。
 今言ったこと全て、口から出まかせかもしれない。
 ……だが、「嘘ではない」と思わせる何かが、少女にはあった。

「……そういうことっすか」

 愛沢も同じ感想を抱いたのだろう。
 俺はというと、少女の事情を理解しつつも、しかし配信には関わりたくないというのが本音で……ただただ黙っていた。
 と、その時。

「――ええ話やないかあああああっ……!」

 背後から、しゃくり上げる声が飛んできた。
 振り返ると、羽生田はにゅうだ社長が肩を震わせていた。
 その化粧ばっちりの目元からは、黒い涙がだばだばと流れている。

「うげ……社長、これ使ってくださいっす」

 見かねて愛沢がハンカチを差し出す。
 社長はそれを受け取って、目にぎゅっと押し当てた。

「ほのかちゃんありがとう……コレ、ちゃんと洗って返すね?」
「いや、もうあげるっす。流石に洗ってもキツいんで」
「酷くない!? ……ま、まあいいわ。それより貴方!」

 社長がびしっと少女を指さす。
 少女は一瞬びくりと震えた。

「あ、私……姫宮ひめみや 美空みそらといいます」
「美空ちゃん! 貴方、若いのになんて健気なの……!?」
「いえ、そんな……! 盗撮紛いの事をしてしまっていますし、勝手に押しかけて『もう一度配信を』だなんて、厚かましいのは十分わかっていて……」

 青髪の少女――姫宮が、慌てて姿勢を正す。

「いいの! いいのよいいのよ。事情は完璧に理解したわ」

 社長はズビビッと鼻をすすると、今度は俺を見る。
 ああ、嫌な予感。
 
「黒野君! 配信、やってみよっか!」
 
 案の定だよ……。
 この人、こういう感動話にめっぽう弱いんだよなあ。
 俺は首を横に振って拒否を示す。

「社長……俺はムリですよ」
「ダンジョン配信が嫌いなのは知ってるわ。でも、感情はさておき、現実の話をしましょう」

 社長の声のトーンが一段階低くなる。

「今回の騒ぎ――いわゆる『バズリ』は、黒野君にとっては事故かもしれないけど、正直言ってよ。うちみたいな零細が、今や全国……いや、世界中で話題になってるのよ?」

 確かに、それは紛うことなき事実だ。

「もう一度配信をして、この波に上手く乗れたら……自社製の魔具マギアの売り込みもできるし、クラファンを立ち上げてアリスの研究資金の確保もできるでしょう」
「おおっ、研究資金っすか!」

 愛沢が前のめりになる。

「アリスの完成は目前でも、販売までにはまだステップがあるわ。認証、量産、販売先探し……それまでに資金が尽きてしまったら、せっかくここまでやって来たことが、全部パーになるのよ?」
「そ、それはそうですが、でも俺は……!」
「――黒野君!」

 反論しようとしたところで、社長の言葉に遮られる。
 羽生田社長はキッと睨みをきかせ、ゆっくりと腕を組んだ。

「この際、ハッキリ言っておくわね。……我が社はもう、なのよ」
「そんな……」
「よくそんな凛々しい顔で言えるっすね……」

 愛沢はボソッとつっこんでから、小さくため息を吐いた。
 そして、ちらりと青灰色の瞳で俺を見る。

「でもまあ、どうせこれから試験で何度か、ダンジョンには行くんすよね?」
「……まあな」
「ついでに配信しちゃえばいいじゃないっすか、ちゃちゃっと」
「お前、軽く言うなよ……」

 と、眉をひそめてみたはいいものの、先ほどの社長の理屈は正しい。
 アリスを世に出すためには、俺がどこかで犠牲を払う必要があるようだ。

「……わかった、配信に出てやる」
「っ……本当ですか!?」 

 ただでさえぱっちりとした姫宮の瞳が、さらに大きくなる。

「ああ。ただし出るからには、こっちも最大限利用させてもらう。うちの商品や、アリスの宣伝をするからな」
「もちろんです!」
「それと、アリスの試験が済んだらこの関係もおしまいだ。いいな?」
「は、はいっ……ありがとうございます……!」

 姫宮は声を震わせて、深く頭を下げた。
 そのやり取りを隣で見ていた愛沢が、小さく肩をすくめる。

「さ、忙しくなるっすよー。せっかくだし、アリスに簡易配信機能でも載せとくっすか?」
「余計なもんつけるな!」
「じ、冗談っすよ。そんな怒んないでほしいっす……」

 本当に冗談かは怪しい。
 コイツの配信好きは異常だからな。
 話がまとまったところで、姫宮が慌てて鞄を抱え直す。

「すみませんが、私は学校があるので……! 本当にありがとうございました!」

 深々と一礼し、会社の外へ駆け出ていった。
 遠ざかっていくポニーテール。
 その光景が、なぜだかかつての恋人と重なって……。

 俺は、深いため息をついた。
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