ダンジョン嫌いの元英雄は裏方仕事に徹したい ~うっかりA級攻略者をワンパンしたら、切り抜き動画が世界中に拡散されてしまった件~

厳座励主(ごんざれす)

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第2章 ダンジョン嫌いニキ、裏方に戻る

第19話 世界をこの手に

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「――お前、この世界をどうするつもりだ……!」

 思わず、そう口走っていた。
 
「黒野くん……!?」

 羽生田社長がこちらへ振り返る。

「……いいだろう、説明しよう」

 ドルヴァノは指先でワイングラスを揺らしながら言った。
 こいつが考えていることは、だいたい察しがついている。
 だが、そんな発想を本気で事業計画に落とし込む人間がいるとは、認めたくなかった。

「現在の世界人口はおよそ80億人。先ほど提示した売上想定は40億機。つまり……人口の半分アリスを有するということだ」
「そんなこと……あり得ないわ。スマホじゃないんだから」

 社長が即座に切り返す。
 ドルヴァノは楽しげに目を細めた。

「スマホか……実に的確な例えだ。今や世界中の人間が所持している。一家に一台の次元ではなく、一人一台だ。……では、なぜ人はスマホを持つのか?」

 わざとらしく間を置いて、再び話始めるドルヴァノ。

「――それが、だからだ」
「そんな、貴方に都合が良い世界になるわけないわ……!」
「なるんじゃない。自らの手でんだ。『ゲート暴走』を使ってな」

 ゲート暴走。
 それは、ボスを討伐できていないダンジョン――いわゆる『未踏破』のダンジョンが臨界に達し、魔物が現実側こっちのせかいへ溢れ出す現象のこと。
 魔具マギア開発が進んだ昨今では、もはや起こることもなく、半ば歴史上の出来事へと化してしまっている。

 つまりドルヴァノは、そのゲート暴走を利用することで、のだ。

「そ、そんなの無理よ! 暴走するゲートを上手く管理するなんて、できるはずないわ!」
「……不可能を可能にするのが、我々魔具マギア研究者の使命だ」
「っ……そもそも、暴走が起こるゲートなんて存在しないはずよ」
「反論が苦しくなってきたな。……確かに未踏破のダンジョンは存在しないが、それもだろう」

 言い淀む羽生田社長に反し、ドルヴァノは平然と返す。

「君たちも当然知っていると思うが、ゲートは数年に一度、する。我々の独自調査によれば……次の出現は、そう遠い未来ではない」

 周期にすると、だいたい2年に1度のペースで新しいダンジョンが出現している。
 前回は2年前、2034年10月のことだ。
 場所はインド、ムンバイ湾岸の再開発地区だった。

 インド軍の攻略部隊が即応投入され、発生から24時間以内にボス個体を討伐。
 暴走の兆候など毛ほども見せず、あっという間に踏破してしまった。
 民間への被害もほぼゼロ。
 「軍所有の戦力で十分対応可能である」という前例が、また一つ積み上がった。
 だからこそ……ドルヴァノの構想は、夢物語でしかない。

 だが……なんだ、コイツのこの余裕は。
 疑いや迷いの一片すらない、まっすぐな瞳は。

「次にゲートが出現したとき……世界はさらにイグニス=ギアわれわれを欲するようになる。そこに、君たちも一枚嚙ませてやろう、という誘いだ」

 管理された暴走。
 制御された混乱。
 一般人が、命を守るために魔具マギアやアリスを持つ世界。

「……最悪だ」

 俺はぽつりと呟く。
 握った手の中には、じっとりと汗が滲んでいた。

「聞くだけ時間の無駄ね。絵空事だわ」

 羽生田社長は冷たく言い放つ。

「ゲートが現れたって、すぐ各国の軍が踏破するでしょう。貴方の介入する隙は無いはずよ」
「くっくっく……」

 ドルヴァノは肩を揺らす。

「司法、行政、立法、軍隊……そんなもの、私の前では何の意味も成さない」

 そう言いながら、ドルヴァノは右手を前へ出した。
 ゴツゴツと骨ばった、大きな手だ。
 するとプロジェクターが向きを変え、地球の立体映像を移動させた。
 ドルヴァノの掌の上に。

「私がということが……未来に起こる出来事の、何よりの保証だ」

 世界最大の企業、イグニス=ギア。
 そのトップが描く絵図は、決して絵にかいた餅にはならない。
 何らかの勝算、何らかの裏付けがある。
 それが何かは明かさないが、俺がそう言っているのだから信じろ。

 ……ドルヴァノは、俺たちにそう伝えたいのだ。

「……はあ、呆れた。もういいわ」

 社長は大きくため息をつき、踵を返す。

「――待て!」

 呼び止めるドルヴァノの声が、ここにきて初めて荒れた。

「いいのか、チャンスを逃しても! 莫大な金が手に入るんだ! 孫やひ孫の代まで遊んで暮らせる金だぞ!! それも社員全員にだ!!」

 その言葉で、社長は足を止めた。
 そしてドルヴァノの方へ振り返り、再び歩みを進める。
 ヒールの音が、コツ、コツ、と室内に響く。
 一直線にドルヴァノの前へ。

「そう、そうだ! 我が社としても、アリスには一目置いている! これは千年に一度のビッグチャンスなんっ……!?」

 社長はドルヴァノの胸倉を掴み、ずいっと距離を詰める。
 そのまま額が触れ合いそうなほど近づいて、ギロリと睨み上げた。

「――金が欲しくてやってんじゃないわよ!!」

 空気が震える。

「世界を守るために、もう二度とを起こさないためにやってんの! アンタもいっちょ前に部下の命を預かってんなら、それくらいわかんなさいよ!!」
「なっ……」

 そのあまりの迫力に、ドルヴァノは言葉を失った。
 遠く離れている俺ですら、震えあがってしまいそうになる。
 社長はしばらく間近で睨み続け、やがてその手を離した。
 再び踵を返し、こちらにコツコツと歩いて来る。

「ふんっ。帰りましょ、黒野くん」
「あ……は、はい」

 俺は反射的に頷き、遅れて後を追う。

「後悔するぞ! お前はに回れる、千載一遇の機会を棒に振ったんだ!」

 部屋の出口へ向かう途中、背後からそんな声が飛んだ。
 社長はもう振り返らず、足を止めることすらせず、冷徹に言い放つ。

「女ひとり意のままに操れない男に、世界を操作できるわけないじゃない」

 社長室の扉が、音もなく閉まった。



------



 無言のまま、運転手の男に先導されてエレベーターへ向かう。
 重い扉が閉まり、下降を始める。
 耳鳴りひとつしない空間の中で、俺は静かに考えていた。

 あの男は、嘘をついていない。

 40億機。
 世界の半分。
 常識で考えれば、荒唐無稽な数字だ。
 だが、あの目は空想を語る目ではなかった。

 勝算がある。
 具体的で、冷徹な算段が。

 俺の胸の奥に沈殿する、説明のつかない違和感。

 それはまだ形を持たない。
 だが確実に、何かが動き始めている予感だけがあった。


 ――そして、その予感が現実として牙を剥くまで、そう時間はかからなった。
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