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1 記憶の断片
シッソウ
しおりを挟む俺は、何故か走らされていた。
いや走ることを選んだのは俺だ。だが、そうせざるをえなかったのだから、仕方がない。
自転車を使うという手段も考えたが、そもそも自分の自転車がどれなのか、さっぱり分からなかった。
仮に分かったとして、暗証番号の鍵が付いていたらそこにも関門がある。
さらに仮に、鍵を差し込むことで開くタイプだったとしても、その鍵がどこにあるのか分からない。
家の中で鍵を探しても良かったのだが、そんな時間をあの女はくれなかった。
あの、小野寺 茜という女は…
ーーーーーーーーーーーー
『ユ~~イ~~!アンタ…また、寝坊したなんて言うつもりかしら~?』
恐る恐る、緑色のボタンを押した俺にかけられた、最初の言葉だった。
敢えて言い表すなら、「私怒ってますよー」というような、頭に怒りマークのイメージが浮かんできそうな、そんな声だった。
『アンタ!今がどういう時期か分かってるんでしょうね~!全部アンタ待ちなのよ!徹夜してたなんて言い訳聞かないわよ!』
その声が、どこか優しさが混ざっていたというか「まったくアンタはしょうがないんだから~」的なニュアンスだったのではないか?
後になってからそんな事を思った。
今となってはそんなことを確認しようもない。きっと怒られる。
だが、混乱でどうにかなっていた俺は、咄嗟に素直な言葉を。
今後極力使わないでおこうと心に決めた言葉を口にしてしまう。
「………えっと……君………誰?」
『………………』
しまった。
と思った時には、時すでに遅し。
『……アン…タ!!……寝ぼけるのも大概にしなさいよ…!…』
あのときは、暖かさとか無かった。後になっても思う。うん。
『オ・ノ・デ・ラ・ア・カ・ネ・よ!!』
それから、こっぴどく怒られた。それはもう鬼のように。
一通りの説教が済んだ後「今すぐ来なさい!30分以内!!」そう言って、こちらの話も聞かずに電話を切られてしまった。
……いや、どこにだよ。
当然、そう思った。もう一度その…小野寺さんに電話をかけ直そうかと思ったがそんな勇気は無かった。
何より、自分のモノと思われるスマートフォンから彼女の番号を探すことに、なんとなく抵抗があった。
…他人のスマホを勝手に弄くるような気がしたからだろうか…?
ーーー自分のモノなはずなんだけどな。
ーーーーーーーーーーーー
結局、その後電話をすることはなかった。
しかし、「自分がこれからどこに行くべきか」の答えは考えようとすれば、不思議とスルスルと出てきた。
自分は札栄大学のサークル。それも演劇サークルに所属しているらしい。
要はそのサークルボックスに向かえばいいのだろう。
だが問題は、札栄大学をGoogleマップで調べた結果、現在地から車で30分と表示されたことだった。
正直引いた。
そんなこんなで、タクシーを探し、電車はないかと調べながら走っているのが現在だ。
唐突に、理不尽な叱責を喰らわせてきた小野寺茜であったが、自分の頭を冷やすには十分だった。
何よりも、とりあえずは情報だ。そう考えるに至った。
その点は感謝するべきかもしれない。
「これからどこに向かうべきか」の答えが分かったように。
考えて行けばいくつかのことがハッキリしてきた。
とはいっても自分に関することばかりだったけど…
1つ。鏡に映る自分を見て「あぁ、確かに俺は新木結人なんだ」という実感が湧いた。
2つ。俺は札栄大学の3年生で演劇サークルに所属している。
3つ。ここが札幌で、いまが9月29日だということ。
4つ。バイトはレストランで働いているが、半年分の有給と普段の休みを併用して長期休暇を作っている。
演劇サークルの本番が近いようだ。…どうりで。
これくらいのことは思い出すことが出来た。しかしこれだけだ。
これだけでは自分の置かれている状況も今俺の身に起こっていることも、何も分からない。
あぁでももう1つ、分かったことがある。
俺は『知らない』んじゃない『忘れてしまった』んだ。
それが判明したからといって解決するわけではないのだけど。
それでもこれも確かなことだ。
「………はぁ………」
……俺、どうしちゃったんだろう……?
そんなことを思いながら、俺は目の前を通りすがったタクシーを大きく手を振って止めた。
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