6 / 14
2 五人の劇団
キッカケ
しおりを挟む「ユイ先輩!お疲れ様っす」
なんだかよく分からない講義を終えて、ボーッとした頭でサークルボックスに入ると、滉が声をかけてくる。
なにやら変な体勢をしているがなにをしていたんだ。
俺がそう問うと。
「練習っす」
そう自信満々に答えた。
え?なんの?とも思ったが手に台本を持っているようだったので流石に演技の練習だろう。
「早いんだな」
「いえ、さっきの講義はその…自主休講にしたので…ここで練習を…」
「え…」
滉はバツの悪そうな顔をして言う。
自主休講。要はサボりだよな?
「なんでまた…?…だってまだ台本だって完成してないだろ?」
そう言って。いやそれは俺のせいで、それについてはホント申し訳ないんだけどと思う。
「…オレ、練習しないと皆さんの足、引っ張っちゃうんで」
「…え?」
「初心者っすからね、オレ」
滉はそう言って、恥ずかしそうに苦笑した。
「そうなの?」
「…あー…ホント重症っすね…人が変わっちゃったみたいっすよ」
「……ごめん」
「あ、いや、いいんですけどね」
滉は台本を置くと、黄色と緑のティーカップを取ってきてそれぞれに違うティーバッグを入れお湯を注ぐ。
黄色の方に砂糖、緑の方に砂糖とミルクを入れて持ってくる。
「ユイさんは、アッサムのミルクティーで良かったっすよね?」
そう言って、緑色のティーカップを差し出してくる。
いや、良かったかどうかなんて俺も知らない。
しかしお前がそう言うならそうなんだろう。なんて言ったらまた話がややこしくなるので、俺は「ありがとう」とだけ言って素直に受けとる。
口にしてみると、茶葉の薫りが鼻腔に抜けて、ティーバッグなりにそこそこ選んで買っているのだろうことが分かった。
その口当たりと甘さに、やけに安心した。やはり俺は滉の言った通りアッサムのミルクティーなんだろう。
「そっちのは?」
俺は滉の持つオレンジ色の紅茶を指して言う。
「ヌワラエリヤのストレートっすよ」
「………ふーん」
いや知らない。
だが少なくともストレートで飲んでいる辺り、俺よりも味覚が大人なんじゃなかろうか?
滉は一口飲んでから少しして、言葉を選ぶかのように、慎重に口を開いた。
「俺がここに入ったのは、2年になってからっすよ。ちょうど鈴ちゃんと同じ時期に」
2年になってからということは、まだ半年経つか経たないかってところだろうか?
「なんでそんな時期に?他にサークル入ってなかったのか?」
「いやー…高校の頃の先輩に誘われて入ってはいたんすけど、正直出会い目的のサークルでしたね…分かってはいたんですけど」
実際はどうなのかはよく分からないが、出会い目的のサークルっていうのはよく聞く話だ。
「なんで辞めてこっちに移ったんだ?」
「そりゃあ!ユイさんがカッコよくて大好きだったからっすよ!!」
「………え…?…」
無意識に身構えてしまう。そういう気はないです。
「あー!いやいや!ユイさんの演技がって話ですよ?」
「演技が…?」
「はい。今年の春にやった春公演っすよ」
春公演…その言葉に覚えはあるのだが、上手く思い出せない。
「クライマックスでユイさんがヒロインの手を引いて走るシーン!あれはヤバイっす!!惚れます!」
「…惚れるな」
「『俺がお前を連れていく!』つって!」
滉はこっちの話など全く聞かずその時の興奮と感動を語る。
「あのときは凄かったすよねー!口コミで広まって、3回の公演で1回目はお客さん6割位だったのが、2回目から満席の上、立ち見まで出ちゃって!」
「…え!?そんなに?」
「ええ。それから3年の皆さんは学校のちょっとした有名人っすよ!」
「ゆ、有名人…?」
そ、そうか!なんかおかしいと思っていたんだ!
そこら辺を歩いているだけでなんか視線を感じるし、なんかやたら話しかけられるし。
大学生っていうのは、みんなこんなフレンドリーなのか?はたまた俺の記憶が無いせいで、何か変な行動をしてしまっていたのだろうかと不安だったんだ!
そういう時は決まって、愛想笑いとその場しのぎの嘘でなんとか逃げ回っていたが、なるほど有名人だというなら納得できる。
もっと早く分かっていれば、他にもやりようがあったのにな…
「とにかくそういうことっすよ。チームハウリングは期待がかかってますから…次の秋公演もしっかりしなきゃ…だから、初心者のオレが足を引っ張らないように、ひたすら練習なんすよ」
滉はそう言って残りの紅茶をグイッと飲む。
「…そうか」
「こんな初心者のオレにもちゃんと役をまわしてくれたこと、ホントに嬉しかったんすよ。憧れの皆さんと一緒に舞台に立てるんですから、その感謝の気持ち分、しっかり働きますよ!」
滉のことを、軽薄そうだと評価したのは取り消そう。
ふと、そんなことを思った。
滉は、ちらっと時計を見ると「そろそろか…?」と呟いた。
携帯と財布をポケットに入れて秋物の上着を羽織る。
俺が頭にハテナマークを浮かべていると、それに気づいたのか「茜ねーさんが来る時間っす」と言った。
「茜?」
「買い出しの準備っすよ。そこのセブンまで」
つまり、時間を見てパシられる準備をしているということだ。
「マジか…もしあれだったら俺が行ってくるから練習しててもいいぞ?」
さっきの話を聞いてしまったら滉の貴重な練習時間を奪ってしまうのは気が引ける。
「いえいえ、これは俺が好きでやってることっすから。ユイさんは脚本書いててください」
「…う……」
そう言われてしまうとなんとも言えない。
だが、ふと他のことに思い至る。鈴の顔が思い浮かんだのである。
「……あ…もしかして…お前…茜のこと…」
「?…あ!いやいや!ねーさんはそういうのじゃないっすよ?ねーさんはねーさんです!」
「…あぁそっか…すまん」
…また色恋の話が絡んできてるのかと思ってしまった。
「…それより、そういう話なら、俺は鈴ちゃん一筋なんで…」
滉はそう言ってニッと笑った。
「……へ?」
…え?いやいや…より話が拗れてないか…?
「…おい…滉……お前…」
いや、だって…鈴は…
俺がなんと言えば良いのか言葉を探している間に、扉が開く音がする。
「あら?2人とも早いのね」
そこには持ち前の金髪を揺らす小野寺 茜の姿があった。
「ねーさん!おはようございます!俺、買い出し行ってきますね!」
滉はハキハキと宣言した。
それに茜も「えぇ、ありがとう」と返す。
「それじゃあ行ってきます!」
「えっ…ちょっ…」
滉は走り出す。しかし、扉のところでピタと止まる。
…そこでは滉と鈴が鉢合わせていた。
「おっと!鈴ちゃんごめんね?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
滉は体を避けて、鈴を招き入れて。それだけ会話したあと、再び外に向かって駆け出した。
………えーー……
なんというか完全に言い逃げされた気分だ。
色々見えかたが変わってしまうじゃないか。
……それにしても…チームハウリング…色恋がドロドロしてないか………?
深く心配になった俺であった。
「……そんなことよりユイ。脚本は進んでるでしょうね?」
「……………………」
「……………………」
………怖い。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる