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2 五人の劇団
キッカケ
しおりを挟む「ユイ先輩!お疲れ様っす」
なんだかよく分からない講義を終えて、ボーッとした頭でサークルボックスに入ると、滉が声をかけてくる。
なにやら変な体勢をしているがなにをしていたんだ。
俺がそう問うと。
「練習っす」
そう自信満々に答えた。
え?なんの?とも思ったが手に台本を持っているようだったので流石に演技の練習だろう。
「早いんだな」
「いえ、さっきの講義はその…自主休講にしたので…ここで練習を…」
「え…」
滉はバツの悪そうな顔をして言う。
自主休講。要はサボりだよな?
「なんでまた…?…だってまだ台本だって完成してないだろ?」
そう言って。いやそれは俺のせいで、それについてはホント申し訳ないんだけどと思う。
「…オレ、練習しないと皆さんの足、引っ張っちゃうんで」
「…え?」
「初心者っすからね、オレ」
滉はそう言って、恥ずかしそうに苦笑した。
「そうなの?」
「…あー…ホント重症っすね…人が変わっちゃったみたいっすよ」
「……ごめん」
「あ、いや、いいんですけどね」
滉は台本を置くと、黄色と緑のティーカップを取ってきてそれぞれに違うティーバッグを入れお湯を注ぐ。
黄色の方に砂糖、緑の方に砂糖とミルクを入れて持ってくる。
「ユイさんは、アッサムのミルクティーで良かったっすよね?」
そう言って、緑色のティーカップを差し出してくる。
いや、良かったかどうかなんて俺も知らない。
しかしお前がそう言うならそうなんだろう。なんて言ったらまた話がややこしくなるので、俺は「ありがとう」とだけ言って素直に受けとる。
口にしてみると、茶葉の薫りが鼻腔に抜けて、ティーバッグなりにそこそこ選んで買っているのだろうことが分かった。
その口当たりと甘さに、やけに安心した。やはり俺は滉の言った通りアッサムのミルクティーなんだろう。
「そっちのは?」
俺は滉の持つオレンジ色の紅茶を指して言う。
「ヌワラエリヤのストレートっすよ」
「………ふーん」
いや知らない。
だが少なくともストレートで飲んでいる辺り、俺よりも味覚が大人なんじゃなかろうか?
滉は一口飲んでから少しして、言葉を選ぶかのように、慎重に口を開いた。
「俺がここに入ったのは、2年になってからっすよ。ちょうど鈴ちゃんと同じ時期に」
2年になってからということは、まだ半年経つか経たないかってところだろうか?
「なんでそんな時期に?他にサークル入ってなかったのか?」
「いやー…高校の頃の先輩に誘われて入ってはいたんすけど、正直出会い目的のサークルでしたね…分かってはいたんですけど」
実際はどうなのかはよく分からないが、出会い目的のサークルっていうのはよく聞く話だ。
「なんで辞めてこっちに移ったんだ?」
「そりゃあ!ユイさんがカッコよくて大好きだったからっすよ!!」
「………え…?…」
無意識に身構えてしまう。そういう気はないです。
「あー!いやいや!ユイさんの演技がって話ですよ?」
「演技が…?」
「はい。今年の春にやった春公演っすよ」
春公演…その言葉に覚えはあるのだが、上手く思い出せない。
「クライマックスでユイさんがヒロインの手を引いて走るシーン!あれはヤバイっす!!惚れます!」
「…惚れるな」
「『俺がお前を連れていく!』つって!」
滉はこっちの話など全く聞かずその時の興奮と感動を語る。
「あのときは凄かったすよねー!口コミで広まって、3回の公演で1回目はお客さん6割位だったのが、2回目から満席の上、立ち見まで出ちゃって!」
「…え!?そんなに?」
「ええ。それから3年の皆さんは学校のちょっとした有名人っすよ!」
「ゆ、有名人…?」
そ、そうか!なんかおかしいと思っていたんだ!
そこら辺を歩いているだけでなんか視線を感じるし、なんかやたら話しかけられるし。
大学生っていうのは、みんなこんなフレンドリーなのか?はたまた俺の記憶が無いせいで、何か変な行動をしてしまっていたのだろうかと不安だったんだ!
そういう時は決まって、愛想笑いとその場しのぎの嘘でなんとか逃げ回っていたが、なるほど有名人だというなら納得できる。
もっと早く分かっていれば、他にもやりようがあったのにな…
「とにかくそういうことっすよ。チームハウリングは期待がかかってますから…次の秋公演もしっかりしなきゃ…だから、初心者のオレが足を引っ張らないように、ひたすら練習なんすよ」
滉はそう言って残りの紅茶をグイッと飲む。
「…そうか」
「こんな初心者のオレにもちゃんと役をまわしてくれたこと、ホントに嬉しかったんすよ。憧れの皆さんと一緒に舞台に立てるんですから、その感謝の気持ち分、しっかり働きますよ!」
滉のことを、軽薄そうだと評価したのは取り消そう。
ふと、そんなことを思った。
滉は、ちらっと時計を見ると「そろそろか…?」と呟いた。
携帯と財布をポケットに入れて秋物の上着を羽織る。
俺が頭にハテナマークを浮かべていると、それに気づいたのか「茜ねーさんが来る時間っす」と言った。
「茜?」
「買い出しの準備っすよ。そこのセブンまで」
つまり、時間を見てパシられる準備をしているということだ。
「マジか…もしあれだったら俺が行ってくるから練習しててもいいぞ?」
さっきの話を聞いてしまったら滉の貴重な練習時間を奪ってしまうのは気が引ける。
「いえいえ、これは俺が好きでやってることっすから。ユイさんは脚本書いててください」
「…う……」
そう言われてしまうとなんとも言えない。
だが、ふと他のことに思い至る。鈴の顔が思い浮かんだのである。
「……あ…もしかして…お前…茜のこと…」
「?…あ!いやいや!ねーさんはそういうのじゃないっすよ?ねーさんはねーさんです!」
「…あぁそっか…すまん」
…また色恋の話が絡んできてるのかと思ってしまった。
「…それより、そういう話なら、俺は鈴ちゃん一筋なんで…」
滉はそう言ってニッと笑った。
「……へ?」
…え?いやいや…より話が拗れてないか…?
「…おい…滉……お前…」
いや、だって…鈴は…
俺がなんと言えば良いのか言葉を探している間に、扉が開く音がする。
「あら?2人とも早いのね」
そこには持ち前の金髪を揺らす小野寺 茜の姿があった。
「ねーさん!おはようございます!俺、買い出し行ってきますね!」
滉はハキハキと宣言した。
それに茜も「えぇ、ありがとう」と返す。
「それじゃあ行ってきます!」
「えっ…ちょっ…」
滉は走り出す。しかし、扉のところでピタと止まる。
…そこでは滉と鈴が鉢合わせていた。
「おっと!鈴ちゃんごめんね?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
滉は体を避けて、鈴を招き入れて。それだけ会話したあと、再び外に向かって駆け出した。
………えーー……
なんというか完全に言い逃げされた気分だ。
色々見えかたが変わってしまうじゃないか。
……それにしても…チームハウリング…色恋がドロドロしてないか………?
深く心配になった俺であった。
「……そんなことよりユイ。脚本は進んでるでしょうね?」
「……………………」
「……………………」
………怖い。
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