ハウリング・ユー

KANAME(小僧)

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2 五人の劇団

ユウヤケ

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この演劇サークルのボックスの窓は西側を向いている。
つまりは、西日が強く差し込むのである。
部屋は紅く染まり、大道具なんかの影が床と壁に変な形を作っている。

カーテンを閉めて電気をつけても良かったのだが、結局そんな気も起きず、この部屋で立ち上がる者はいない。
部屋には2人、俺と茜。他のみんなは帰宅したか、バイトに行った。
俺はそもそもバイトは休暇を入れているし、茜はバイトをしていないらしい。
茜の親は医者であるらしく、お嬢様とは言わないまでも、お金に困ってはいないようだ。


俺はふと外の夕焼け空を見上げる。
そうだ。ちょうどこの空も茜色って言うんだったな…
つまり今は、その名の通り茜の時間なのかもしれない。 
そんなことをふと思ったが、あまりに臭すぎるなと思い、口に出すことはしなかった。


茜色になった部屋は静寂に包まれて、時折俺のキーボードを打つ音や、外にいる学生達の笑い声が聞こえてくるだけだ。


「…よそ見してないで、書きなさいよ」

そういう声はどこか眠そうな響きだった。
俺が外を見ていたのを目敏く見つけたのだろう。

「……すまん……なぁ茜、別に帰ってもいいんだぞ?流石にここを1人で閉められないほどボケてないし…」
「…アンタ最近変で危なっかしいから、1人にしておくのが不安なのよ」


茜が頬杖をつきながらこちらを見る。
以外にも心配してくれているらしい。

「……そっか」
「アンタがさっさと書き終わればこれも終わるんだけど」
「…そうだな」
「…………………」

さっきからこんな風にたまに喋っては、また黙る。そんなことを繰り返している。
そんな中、俺は気になっていたことを投げかける。


「………茜」
「…なに?」
「滉から春公演の話を聞いたんだけどさ…」

それを聞くと、茜は携帯を見ていた目を顔ごとこちらに向ける。
どうやら話してOKらしい。

「滉から聞いたのは一部なんだけど…」
「うん」

茜は期待と不安が入り交じったような目で次を促す。

「その、ヒロインは茜だったんだよな?」
「…ええ、そうね」
「一体どういう話だったんだ?なんか気になっちゃってさ…」

そこまで言うと、茜の瞳からさっきの色は消えて、呆れが浮かび上がる。


「…そんなことどうでもいいから、早く続き書きなさいよ」
「ええ…参考までにさ」
「…ハァ…それ書き終わったら話すかどうか考えてあげてもいいわ」


茜は元の体勢に戻ってしまう。

「えー…」
「長くなるでしょ。そんな時間はないの書きなさい」 
「……分かったよ…約束な」
「…考えることを約束したわ」

子供みたいなことを……
これは明日鈴辺りに聞いたほうが早いかもしれないな…


またしても、室内は静寂を取り戻す。


こんなことが幾度か続いて、もう日が沈みかけた頃だ。


「……ねぇ……ユイ…」
「…ユイはやめろって…」

かけられた言葉にそう返事をすると、今はそういう話じゃない。とでも言いたげに、ムッと不機嫌そうな顔になった。
いつの間にか携帯は仕舞われて、手元にはオレンジ色のティーカップが握られている。

「…何?」

改めてそう返すと。茜はティーカップに一度口をつけてから、呟く。


「……ユイは…どこまで覚えてるの?」
「………え?」
「どこまでなら思い出せるの?」

その言葉はどこか寂しそうに聞こえた。

だが、どこまで覚えてると言われても、正直ほとんど覚えてないとしか言いようがない。
思い出せることなんて、自分の名前や、住んでいる場所か、後は会った人の名前くらいだ。それにしたって名前を思い出せる人には個人差がある。

そういう旨を素直に伝えると、茜は大きな間の後、再び呟くように言った。


「…………私のことは覚えてる?」
「………え?」
「私のことは思い出せる?」
「…思い出せるって…?…小野寺茜だろ?」
「…そうよね…仕方がないことよね…」

そう言って茜はため息をつく。どうやら期待していた答えはだせなかったらしい。

「…なぁ…俺…なんか茜にとって大事なこと忘れてるんじゃないか?」
「…えっ?」

茜は大きく目を見開く。その表情に俺はさらに確信を深くする。

「…!…やっぱり俺何か…!…もしかして…俺と茜って…付き合…っ……て……………ごめん」


俺は言いながら、茜の顔が不機嫌にネジ曲がったのを見て、不正解を悟る。不正解も不正解。大ハズレだ。


「…アンタねぇ…!…自惚れてんじゃないの?ナルシストなの?私とアンタ?はぁ?あり得ないわよ」
「…だよな、ちょっと言ってみただけ」
「アンタなんかと付き合わなくったって、相手なんて山ほどいるわ。口説きたいならもっと男らしくなってから出直しなさい」


ひどい言われようだ。


「…へぇ…お前モテるのか…」

まぁ、確かに容姿は整ってるとは思う。
……ただ随分勝ち気だからなぁ…俺にはそういう性癖はないが、もしかしたらそっち方面の人なのでは?
…これも言ったら怒られるな。
でも滉の話じゃ、俺たちは有名人らしいからな…そう考えれば普通にモテてるのかもな…

いや、ってことは俺もモテてるのでは…?

「当たり前よ」
「へぇ…じゃあ彼氏いるのか?」
「……それはいないけど」

あれ?

「なんだよ、いないのかよ」
「相手がたくさんいるからって、付き合うわけじゃないでしょ!」
「…うーんまぁ確かに」


そんな会話をしているとまたふと、疑問が浮かぶ。

「……そういや茜。俺には彼女っていたのか?…よく思い出せなくて…」
「え?あぁ……いないわね確か」
「そうか…いやぁ、覚えてないってのはどうにも不便で仕方ないな」


そう、不安で仕方がないのだ。いつも何かを見落としてしまっているようでやるせない。
すると茜はスッと目を細めて「大丈夫よ」と言った。

「え?」
「大丈夫よ。急がなくても、ゆっくり自分のペースで思い出していけば…」
「……でも」
「いいのよ。少なくとも私は、待つって決めてる。ユイが全てを思い出すのを」


その目はどこまでも優しくて、俺の向こう側にある何かまでもを見ているような、そんな視線だった。




「……なぁ、やっぱり俺たち何か…」
「無いわよ。殴られたいの?」
「……ごめん」



その優しい視線は一瞬にして霧散してしまったのだった。


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