ハウリング・ユー

KANAME(小僧)

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終 チームハウリング

ハウリング・ユー

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頂上からは、青い空が見えた。
2割ほどの雲が空の高さを感じさせ、涼しく吹く風が秋の訪れを感じさせる。
それほど高く登った覚えはないのだが、下側に広がる景色がこの場所の高さを想像させる。

眼下には下まで続くコンクリートロード。そこから枝分かれするように、これまたコンクリートの道が伸びている。
コンクリートといってもキレイに舗装されたものではなく、長年使い込まれたようにデコボコが目立っている。


横に伸びる道の脇には、芝生と、道に沿うように一定間隔に置かれた艶やかな石。
そして、この一帯の区画を囲うように生い茂る木々が、ここが現実から隔離された場所であるようなイメージを生み出している。


こういうような区画は、他にもいくつかあるようだ。
現に、今までに通ってきた道にも、ここと同じような区画が3つあった。
さらに、まだ奥にも続いている様だったので。この場所の敷地面積の広さが感じられた。



「こっちだ」


月彦が先陣を切って、坂を下っていく。


「…あのさ」


俺は足を止め、後ろに着いてきている3人に向かって言う。


「ここで待っていてくれないかな…?」

「…ユイ、大丈夫なの?」


茜が代表して答える。その声は、まだ不安を残しているように感じた。


「うん、大丈夫。これは、ちゃんと俺自身が向き合いたいから」


誰かの力ではなく、自分自身の力で。


「…分かった…良いわよね?」
「了解っす」

茜は1度考えてからそう言って、滉もそれに同意する。
俺はその言葉を聞き、踵を返して歩き出そうとしたとき。


「…あの!ユイ先輩…」


鈴が声をかけてきた。手を胸の前で強く握っている。


「ん?」
「…月彦くん…あぁ言ってましたけど…やっぱりユイ先輩のこと、ずっと心配だったんだと思うんです…だから…」
「…あぁ、分かってるよ。これでも付き合い長いしさ」
「…そう…ですか」


鈴は安堵したように手を下ろすと、優しく微笑んだ。


「付き合いで言ったら、鈴には全然敵わないけどね…まぁとにかく頑張りなよ」
「はい…え…?…あ!もしかしてユイ先輩…あのときのこと覚えてるんですか!?」


鈴は紅潮して、慌て始める。
俺は思い出しただけで、人が変わった訳じゃない。当然、記憶をなくしていた自分も覚えている。
茜はハテナマークを浮かべ、滉は「なんのことっすか?」と首を傾げている。
滉、お前も頑張りな。


「さぁな?……あぁあと、ユイはやめろって言っただろ?男のあだ名じゃないっての…」
「!」


そうだ、この言葉は、こういう意味だった。 
鈴は一瞬驚いたように目を見開いて「考えておきます」とだけ言った。
これは、多分直らないな。そう思った。


俺は「それじゃあ、行ってくる」と伝えて振り返り、坂を下る。
月彦は、道を6本分下ったところで待っていてくれた。


「すまん」
「いや」


それだけ会話をして、6本目の道を歩き出す。

1、2、3………16個目の石を過ぎたところで、月彦は足を止める。





「ここだ」




そこには、灰色の竿石に『飯嶋家之墓』と書かれた墓。


「ここが、穂香の墓だ」


月彦は、一歩下がり俺の通る道を開ける。玉砂利をジャッと鳴らして俺は拝石に立った。
墓誌には、飯嶋 穂香の文字。確かに、ここは穂香の墓だ。
俺達の前にも人が来ていたのだろう。花立と香立には新しさを感じる花と、未だ煙を放っている線香があった。


俺は目を閉じしばらく手を合わせてから、目を開けその場にしゃがみこむ。




「…穂香……4週間ぶりだな…」


1ヶ月ぶりに、その名前が明確な対象をもったような気がした。



「…ごめん……ホントは…もっと早くに来るべきだったのに……
……俺は…俺は…何度も…穂香のことを……忘れようとしたッ……!……ごめん…ごめん…」


熱いものが頬を伝って、止めることができなかった。


「怖くて、嫌で…俺は逃げたんだ……他でもない…穂香から…
たくさん嘘をついた…たくさん裏切った…穂香との約束………本当にごめん…」



守りたかったもの、叶えたかった夢。そういうものはもう過去のものになってしまって。
でもそれを、俺はいつまでも過去に出来ないでいた。今もずっと。
だから、伝えなければいけなかった…



「…もう、忘れない…絶対に。穂香の遺したもの、ちゃんと持って生きていくよ…だから…」




「ごめん……ありがとう……そして」





「さようなら」






涙が、止まらなかった。


「…………ぅ……ッ………………」 



それでも、やっと伝えることができた。
もっと、もっと早くに伝えなきゃいけなかったのに、拗らせて伝えられなくなっていたこと。
穂香へのお別れを。






一体、どれほどそうしていただろうか?
長い間涙を流していたような気もするし、短かったかも知れない。


俺は重くなった目を拭って、腰を上げる。振り返ると月彦がこちらを見上げていた。
その顔からはいかなる感情も読み取らせてくれない、頑なな表情だった。


俺は、拝石から降りてもう一度玉砂利を鳴らしてコンクリートに足を付ける。



「なぁ、月彦」

「ん?」

「…思い付いたよ。脚本…刻み付けて、もう2度と忘れないための物語」

「……………」

「題名は『ハウリング・ユー』だ」



そう言ったとき、月彦は少し微笑んだように見えたが、すぐに俺に背を向けて、来た道を引き返し始めた。



「……もう本番まで時間ないぞ?初めから創るなら、急げよ」




「…!……あぁ!」




俺は月彦の背中を追いかけた。その背中の向こうには、茜と滉と鈴の姿。


5人のチームハウリング。もう元通りに戻ることは出来ない。
大切なモノが欠けてしまった、俺達の形。
それでも、刻んで飲み込んで受け入れて、前に進まなきゃいけない。


哀しみに暮れるのももう終わりだ。前に進まない即興劇ももう終わりだ。



創ろう。




背中から遠ざかっていく、彼女に誓って。
俺は、そう心に決めた。







                                         ―完―
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みんなの感想(1件)

ヤマノ トオル/習慣化の小説家

短く、深く、簡潔に。
素晴らしい作品だと思います、内容はもちろんだけども。

文量的な面が、テクい。

解除

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