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第2章
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しおりを挟む会議が終わり、各々が席を立ち始める。ざわめきの中、大きな息を吐いてゆっくりとノアは立ち上がろうとした。その時だった。
「ノア!」
カーティスが他の要人達と歓談している隙を見計らって、一人の少女が近づいて来た。ジョーンだ。白いドレスがよく似合う。かつて自分も纏っていた、鮮やかな白。
「久しぶりね!元気にしてた?」
「うん。君こそ、相変わらずで安心したよ」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいわ」
当たり障りのない会話だがその裏には言えない本音が見え隠れしている。何故帰ってこないの?どうしてあの男の言いなりになっているの?ジョーンの目はそうノアに訴えかけていた。痛い程まっすぐな眼差しにノアは心が苦しくなる。それが証拠に、周りを見渡すと、ジョーンは声を潜めた。
「…ねぇノア?帰ってきてくれるよね?貴方はちゃんと、私達の味方だよね?」
「ジョーン…」
言葉に詰まるノアにジョーンはさらに畳み掛ける。
「みんな心配してる。あの男の側にいつも連れ出されて、まるで私達から奪い取った貴方を、見せびらかすみたいに」
「それは誤解だ」
停戦協定の前に親しい一部の人間にはカーティスとの関係を伝えてはいたが、初恋の彼女には言わないようにと皆にお願いしていた。好きだった人に、女のように抱かれているなんて、知られたくなかった。だが。今日の顔ぶれに親しい同志の姿はない。和平交渉の為にノアがここにいる意義が、光の側で薄れつつある。嫌な予感がした。
「貴方は優しい人だもの。脅されているんでしょう?」
「違うってば」
「みんな言ってる。あの男が貴方を洗脳しているに違いないって。お願い、目を覚まして…!」
「……そこまでだ。ミス・グリーンウッド」
硬い声が割り込んできて、ノアとジョーンは目を向ける。
「ゼイン…」
ゼインは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
(もしかして、カーティスの言う『お仕置き』って…)
大嫌いなノアの護衛を命じられたのであればそれは十分な『お仕置き』かもしれない。貴族の少年は、不機嫌な顔つきのまま近寄ってくる。ゼインは黒の軍服に銀色の刺繍が施され、いかにも高級そうなのがわかる。
「カーティス様に褒められたからと言って図に乗るな、薄汚い光の民が」
「ちょっと、そんな言い方しないでくれる?」
「事実だろう。調子に乗ってこのチビが唆されただのなんだのと騒いでるのは貴様の方だろうが」
「なんですって……?」
ジョーンとゼインの間に火花が散った。
(やばい……!)
ノアは慌てて2人の間に入る。
「まぁまぁ落ち着いて」
「ノア!でも、この人失礼すぎよ!」
「無礼なのはお前の方だ。中身のない理想論を語ったところで現状は何も変わらない」
「ちょっ、ゼイン!」
「…なんって失礼…!」
一触触発の険悪さに、ノアはおろおろするばかりだ。だが、助け舟のように、遠くからジョーンを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ジョーン!帰るぞ!」
二人は睨み合ったまま動こうとしなかったが、ジョーンはやがて諦めたようにため息をつく。
「行かないと、だわ。折角ノアに会えたのに残念だけど」
「僕も嬉しいよ。また、いつでも会いに来て?」
「えぇ」
ジョーンは名残惜しそうな顔をしていたが、最後にノアの手を取ると、その手を強く握りしめ、小声で、しっかりと目を見て呟く。
「…待っていてね。必ず助けに行くから」
「…ジョーン」
挨拶程度の軽いキスをお互いの頬に交わすと、彼女は去っていった。
(ジョーン、強くなったな…)
ノアは複雑な気持ちでその背中を見送る。
ジョーンの発言には、現状のノアに対する不満も込められていた。本気で囚われていいと思っているわけではないが、どうすれば良いのか分からず動けないでいることも事実だった。
「おい」
「え?」
急に話しかけられて振り向くと、そこには先ほどまで口論していた相手が立っていた。ゼインは相変わらず不機嫌そうな顔をしていた。ノアより少しだけ背の高いゼインは上から覗き込むようにしてノアを見ている。
「変な気を起こすな」
「な…!」
「あの女はカーティス様にお前が唆されたと言っていたが、俺からすれば真逆だ。ノア・アーミオン」
「………」
ノアはゼインを睨みつけながら身構える。
「お前が、お前の存在が、あの方を惑わしている。あの頃も、今も変わらずに…」
語尾が震えた。ゼインの目が潤んだように見えた。唖然として声をかけられないでいると、すぐ後ろに人の気配を感じた。
「ノア」
「!」
振り返ると、そこにいたのはカーティスだった。
「ゼイン、ご苦労。今日はもう下がっていい」
「はい」
「それと…」
カーティスはゼインの顎を指で持ち上げ、耳元で囁く。距離の近さにノアも、ゼインですら、息を呑んだ。
「ノアに、余計なことを言わないように?」
「!!」
「君の献身には感謝はしているが、出過ぎた真似は控えるようにしなさい。いいね?」
「…申し訳ありません」
カーティスはやんわり釘を刺すと、ノアの腕を掴んだ。そのまま強引に引き寄せられる。
「行くよ」
「ちょっ……!」
抗議の声は無視され、ノアは引き摺られるようにして部屋を出た。
***
要人が去った館の廊下で、俯いたままのノアの頬をカーティスの大きな手が包み込む。そのまま上を向けられキスされそうになる。慌てて避けた。
「だめ」
「なんで?」
「ここ、廊下」
「誰もいないが?」
「それでも、ダメ」
「つれないね?では続きは部屋でしようか?」
頑なな態度だが、カーティスは気に留めることもなく、ノアの腰に手を回す。会談を無事終えた満足さが伝わる。ノアは複雑な気持ちだった。ジョーンの言葉も、カーティスが彼女に向けた称賛も、ゼインとカーティスの親密さを秘めたようなやりとりも。
(僕、なんでこんなモヤモヤしてるんだろう)
関係を決定的にしないでいるのはノア自身なのに、黒い霧のようなモヤモヤが胸に広がっていく。カーティスはノアを愛していると言うが、その言葉が、意図が、どこまで本気なのか分からなくなる。美しく残酷で狡猾な闇の王。
カーティスは俯きがちのノアを見て唇を歪ませながらそっと囁く。
「ベッドの上でなら構わないだろう?ここ数日忙しかったからね?寂しかっただろう?今晩はたくさん可愛がってあげよう」
「…うん」
「素直だね?」
「……今日は機嫌がいいから」
普段ならうんざりするような発言だが、ノアのモヤモヤが少し晴れて行くのがわかる。それに。
会議の最中、ノアに向けられた悪意のある発言をカーティスは真っ向から否定してくれた。ノアの気持ちを汲んだ上での発言だった。その事が嬉しくて、ノアは心が温まるのを感じた。その後のセクハラは、大目に見てやろう。
「カーティス、その…ありがとう」
「……!!」
ぴたり、と隣を行く男の足が止まっていたことに気づかず、ノアはそのまま数歩進んで振り返った。
「どうしたのか?」
カーティスはそこに立ったまま、まるでノアの一言で心臓を射抜かれてしまったかのように胸を押さえている。
「カーティス?」
「可愛い…私の宿敵が可愛すぎる…」
「えぇー…」
ノアは困惑した。カーティスは時々こういう風におかしくなる時がある。先程までの会議や、ゼインに対する圧をかけた同一人物とは思えない変わりようだ。
(本当にこの人、同じ人なのか?)
「大丈夫?」
近づいて、覗き込むように見上げると、はあっと大きなため息を1つ吐き出し、カーティスは微笑んだ。
「ああ。問題ないよ」
「そう」
カーティスは咳払いすると、再び歩き出した。その横をノアはぴょこぴょこついていく。
(よかった。落ち着いたみたい)
ホッと安堵する。カーティスの態度はころころ変わるため、対応の仕方が難しいなあとノアは思う。それは敵対していた時にも感じたし、今こうして一緒にいるようになってからも変わらないことだった。
「さっきの話だが」
「ん?」
「会議で言ったことは全て本当のことだ」
「……うん」
ノアは小さく微笑んだ。愛らしすぎて憎らしいくらいだと、カーティスは苦笑を浮かべる。
「君は、自分の価値をわかっていない」
「そう?」
「そうだとも」
「ふうん」
カーティスはノアをじっと見つめる。まるで何かを確かめるように。
「カーティス?」
「いや、なんでもない。さあ、長い会談で疲れただろう?少し休むといい」
「……うん」
ノアは用意された自室に戻ると真っ先にバスルームへと向かった。全て脱ぎ去ると、途端に自由になった気がした。熱い湯をかけ、ふと、鏡に映った自分が目に入る。
「……」
水滴が滑り落ちていく肌は白く滑らかで、傷一つ付いていなかった。
(これが、僕の身体……)
戦闘でついた切り傷や擦り傷はとうの昔に癒えていた。いや、癒やされていた。紛れもない、闇の魔王の力で。成長の遅い身体も、白い肌も、まるで女の子のようだ。側に置かれて、少しずつ身体が変わりつつある。
『みんな心配してる。あの男が、貴方を洗脳してるって…』
ジョーンの悲痛な言葉を思い出し目を閉じる。ノアはそっと、胸に手を当てる。
(いつの間に…こんな…)
自分の身体をぎゅっと抱きしめる。黒髪の先からぽとぽとと雫が落ちる。重く絡みつく魔王の力を思い知らされる。知らないうちに作り替えられてしまった自分の身体に、得体の知れない恐怖を感じていた。
(僕は、僕に、何が起きているのだろう……)
不安に駆られたノアは、無意識のうちに魔法を唱えていた。この館では使えないはずの魔法を。
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