義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子

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「むぅー…」
ヴィルヘルムは不満げにほおをふくらませていた。彼は現在レイナードの髪を乾かしている最中である。だが髪を乾かしながらもクラウスへの怒りは収まらないようだった。
(あいつ、本当に最低だ……)
レイナードを助け出してくれた恩人ではあるが、それ以上に信用できない男だった。それに、自分の言いつけを破って部屋を出て倉庫に閉じ込められてしまったレイナードにも、ヴィルヘルムはやきもきしていた。
(レイもレイだ…僕の言うことを守らないで部屋を出て……)
レイナードを責める言葉はたくさんあるが、それを言ってしまうと彼を傷つけてしまう気がして言えなかった。だから代わりにこう言った。
「レイは僕がいないとダメなんだからね?」
「……」
レイナードは無言のまま俯いてしまった。その様子を見てヴィルヘルムは少し悲しくなった。
(レイは、いつも僕に頼ってくれない……)
レイナードが自分に懐いてくれているのは分かっている。だが、自分に甘えてくれないことに、ヴィルは薄々感じていた。『家族』になったのに、自分達の間にはまだ距離があるような気がしてならなかったのだ。
丁寧に髪をとかす。髪の水滴をぬぐう。うなじを見て、ヴィルヘルムは息を呑む。久々に会ったレイナードは相変わらず最高に愛らしかった。きっとどんどん美しくなるのだろう。ヴィルヘルムは自分の中の感情がぐちゃぐちゃになる。可愛らしいこの義弟を見せびらかしたい気持ちと、誰にも見せたくない気持ち。独占欲。ヴィルヘルムを苦しめる新しい感情。
(…どうかしている。僕はレイの『兄』なのに)
自分の心の中の変化に動揺してしまう。
(僕はレイの『兄』でありたい。そしてレイにとって『良い兄』でいたい)
レイナードを誰よりも大切にしたいと思っているし、おしくも思っている。レイナードが自分のことを慕ってくれていることが嬉しくて、そして誇らしくもあった。けれど同時に、自分達の関係に違和感を感じていたのだ。
(レイは僕にとって大事な『家族』なのに……)
そう思うほど、自分の感情に理由がつかない。
「ヴィル兄さん」
は、と声をかけられレイナードを見る。ヴィルヘルムの手の中にある櫛を見てはにかむように笑った。
「ありがとうございます」
「ああ…」
「その…怒ってるよね?勝手に部屋を出て……」
「……」
「ごめんなさい……」
「……いいよ」
ヴィルヘルムは優しくレイナードの頭を撫でた。レイナードは少し驚いた表情を見せた。
「…嘘。やっぱり僕は怒ってる」
「えっ……?」
「でもこれは僕の勝手な感情だから。レイには関係ないことだよ。だから気にしないで」
素直にそう口にした。可愛い義弟をずっとそばに置いておきたいと言う醜い自分の気持ち。
「僕はレイが無事だったならそれでいいよ」
レイナードはしばらく黙り込んだ後、何か決心したような顔で言った。
「…ごめんなさい」
ちゅ、とヴィルヘルムにレイナードは軽くキスをした。そしてそのまま抱きつくようにぎゅっと身体を押し付けてきた。
「なっ…!」
ヴィルヘルムは頬が熱く火照るのを感じた。鼓動が高鳴る。胸が苦しくなる。息ができないくらい。
(かわいい……)
ヴィルヘルムはレイナードの背中を引き寄せた。もう離れたくない。ずっとこうしていたいと思った。
(ダメだ…僕にはレイナードを怒れない…)
ヴィルヘルムはレイナードを優しく抱きしめた。
「……これからは勝手に出歩いちゃダメだよ?」
「はい。分かりました」
レイナードはヴィルヘルムの胸に顔を埋めたまま頷いた。その様子にヴィルヘルムは微笑みを浮かべる。
「…まあでも犯人が分かったら、ただじゃおかない」
「!?」
『おかしいよ、お前』
ライサンダーは自分を指してそう口にすることがあった。レイナードを溺愛するヴィルヘルムの態度は確かに周囲の人間には奇異に映ったのかもしれない。けれどヴィルヘルムは気にしなかった。むしろ誇らしく思っていたのだ。
『だって僕はレイナードの『兄』だから』
『兄弟は大事にしなくちゃね』
微笑むレイナードの顔を見る度にヴィルヘルムの心は温かくなる。
(そう。僕はレイナードの『兄』だから)
そう思い続けていた。
けれど、ヴィルヘルムの中で違う感情が生まれ始めていた。それは日増しに大きくなっていくばかりだった。
(でもまだ、その気持ちに名前をつけなくても、いいよね…?)
レイナードを抱きしめながらヴィルヘルムは思った。
(……僕はレイの『兄』でいないといけないから)
そう誓う。
だけど、いずれ近い将来その誓いが破られる予感だけは、ヴィルヘルムの心の奥底にいつまでも残るのだった。
***
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