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プロローグ
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人が恋に落ちる瞬間を、見たことがある。それも、本当に本当に大好きだった、婚約者のアルファの。
あ、終わった。俺はそう思った。悟ってしまった。
俺は男のオメガで、婚約者も男のアルファで。冷静で穏やかで理知的で、一つ上の蒼は、いつだって誰からも好かれていた。だから俺が婚約者になったことは、あまり望まれてなかったと思う。
でも俺は、そんなの全然関係なかった。蒼のことが好きだった。理屈抜きで好きになって、この人と一生を共にできるなら他に何もいらないって思った。だからこの婚約が決まった時は嬉しかったし、初めて顔合わせをした日なんて緊張しすぎて眠れなくなったくらいだ。
だけどそんな気持ちとは裏腹に、悲劇って起きるものなんだ。
蒼は目の前の人間から目を離せないでいた。目を見開いて、顔を強張らせて。『運命の番』なんて、出会えないまま終わることのほうが多いのに。
そう言えば言ってた。『神楽の家は運が良い』って。だからこれも、運の良い蒼が引き寄せた、そういう運命。
(…俺、婚約破棄されるのかな)
蒼のそばで呆然とそんなことを考えていた。蒼は俺のことを大事にしてくれてたけど、運命レベルで相性の良い番の方がみんないいって言うに違いない。蒼の弟とか俺のことめちゃめちゃ嫌ってたし。「お前は蒼にふさわしくない」って言われ続けてた俺の自尊心はここでトドメをさされた。
生まれて初めての失恋。番を失ったオメガは弱体化して時には死んでいくこともある。そんなおおげさなって思ってたけど、正直俺は「あ、終わった」「もういいや…」の2つだった。
蒼と別れるのも、蒼が他のオメガと結ばれるのも、俺にはきっと耐えられない。蒼の幸せを願いたいのに、捨てられた自分は胸を張ってお祝いなんて出来るはずない。それなら、もう全部終わりにしちゃいたい。
そんな事を考えてたからいけなかったのかな。
「え…?」
どうやってその場から離れたかも、何の話をしたかも覚えてない。ショック過ぎて脳がバグってたんだと思う。
ただ、誰かに強く肩を押されたような気がして、足を踏み外した。落ちていく俺の人生が、ぷつんと暗転して終わったことだけはわかった。
「あ…」
最後に見たのは、こちらに伸ばされる誰かの手だった。そして暗転。俺は次に来る衝撃がせめて一瞬であることを願った。
(さよなら、蒼。本当に本当に、大好きだったよ)
俺、桜庭樹の人生は、17歳の夏に失恋を抱いて終わってしまった。
***
…そのはずだった。
「お前がさくらばいつきだな?」
「…へ?」
暗転して落下して、走馬灯?なのかな。自分が見てきた思い出の世界のどこかなんだろうか。
俺の目の前には、好きで好きで仕方なかった婚約者だった神楽蒼、ではなくて、俺のことが嫌いで嫌いで仕方ないと言っていた蒼の弟、燈がいた。ただし、出会った頃のちびの燈だ。大きい音や攻撃的な言葉が苦手な俺は、ひとつ下の、いつも矢継ぎ早にきつい言葉を放つ燈が昔から苦手だった。今も無意識に、身体が強張るのがわかる。
(でも、こうしてみると、そんな怖くない、かも…)
唸る猫みたいに、こちらを威嚇する燈をまじまじと見上げる。ん?見上げる?
俺ははたと目を落とす。そこには17歳の頃よりも小さくて白い手が見えた。
(え…?もしかして、俺も、縮んでる…?)
軽く混乱している俺に向かって、燈は容赦なく言葉を続ける。
「お前みたいなひ弱なヤツが、にいちゃんの番なんて、ぜってぇみとめないから!男のくせオメガとか、きめぇんだよ!」
きめぇ。きしょくわるい。その言葉が、頭の中をぐるぐる回る。
(……あ)
そうだ、これは、俺が初めて蒼に会った日だ。小6の夏休み。親に言われて、神楽の家に行くってなって…
(…ってことはもしかして、俺、今、過去に、戻った…?)
混乱で頭が痛くなりそうだ。俺は17歳で…でも今は中学に入る前だ。死んで、過去に遡ったのか…?
「おい!きいてんのかよ!」
(いやそんなまさか……)
「お前みたいなヤツがにいちゃんのとなりに立つなんて、ぜってぇゆるさねーから!!」
燈は俺を睨みつけながら、なおも叫ぶように言葉を続ける。俺はそれを遮って、がっと手を掴んだ。
「はぇ…!?」
突然の俺の行動に燈は目をぱちぱちさせる。安心しろ、燈。俺は今回は間違わない。
「ならない!」
「え…」
神楽家の庭に風が吹いて、芝生がたなびき、バラの花びらが舞う。
不相応だと分かってた。それでも蒼が大好きだった。でも、大好きな蒼と結ばれない未来をもう一度味わうくらいなら、ずっとこのまま片思いでいい。
「俺は蒼の番にはならない!」
「……は?」
ぽかんと口を開けてこちらをみる燈に畳み掛けるように言葉を重ねる。
「俺は、俺の願いは『運命の番』なんて関係ない、好きな人と一生一緒に仲良く幸せに暮らすことなんだ!」
「な…だってお前、にいちゃんの前であんな顔…」
「だからお前らとは、一生関わらない!」
言うだけ言ってぱっと手を放すと、俺は一目散に駆け出した。運命を変える。そう誓って、あ然としている燈を残して。
あ、終わった。俺はそう思った。悟ってしまった。
俺は男のオメガで、婚約者も男のアルファで。冷静で穏やかで理知的で、一つ上の蒼は、いつだって誰からも好かれていた。だから俺が婚約者になったことは、あまり望まれてなかったと思う。
でも俺は、そんなの全然関係なかった。蒼のことが好きだった。理屈抜きで好きになって、この人と一生を共にできるなら他に何もいらないって思った。だからこの婚約が決まった時は嬉しかったし、初めて顔合わせをした日なんて緊張しすぎて眠れなくなったくらいだ。
だけどそんな気持ちとは裏腹に、悲劇って起きるものなんだ。
蒼は目の前の人間から目を離せないでいた。目を見開いて、顔を強張らせて。『運命の番』なんて、出会えないまま終わることのほうが多いのに。
そう言えば言ってた。『神楽の家は運が良い』って。だからこれも、運の良い蒼が引き寄せた、そういう運命。
(…俺、婚約破棄されるのかな)
蒼のそばで呆然とそんなことを考えていた。蒼は俺のことを大事にしてくれてたけど、運命レベルで相性の良い番の方がみんないいって言うに違いない。蒼の弟とか俺のことめちゃめちゃ嫌ってたし。「お前は蒼にふさわしくない」って言われ続けてた俺の自尊心はここでトドメをさされた。
生まれて初めての失恋。番を失ったオメガは弱体化して時には死んでいくこともある。そんなおおげさなって思ってたけど、正直俺は「あ、終わった」「もういいや…」の2つだった。
蒼と別れるのも、蒼が他のオメガと結ばれるのも、俺にはきっと耐えられない。蒼の幸せを願いたいのに、捨てられた自分は胸を張ってお祝いなんて出来るはずない。それなら、もう全部終わりにしちゃいたい。
そんな事を考えてたからいけなかったのかな。
「え…?」
どうやってその場から離れたかも、何の話をしたかも覚えてない。ショック過ぎて脳がバグってたんだと思う。
ただ、誰かに強く肩を押されたような気がして、足を踏み外した。落ちていく俺の人生が、ぷつんと暗転して終わったことだけはわかった。
「あ…」
最後に見たのは、こちらに伸ばされる誰かの手だった。そして暗転。俺は次に来る衝撃がせめて一瞬であることを願った。
(さよなら、蒼。本当に本当に、大好きだったよ)
俺、桜庭樹の人生は、17歳の夏に失恋を抱いて終わってしまった。
***
…そのはずだった。
「お前がさくらばいつきだな?」
「…へ?」
暗転して落下して、走馬灯?なのかな。自分が見てきた思い出の世界のどこかなんだろうか。
俺の目の前には、好きで好きで仕方なかった婚約者だった神楽蒼、ではなくて、俺のことが嫌いで嫌いで仕方ないと言っていた蒼の弟、燈がいた。ただし、出会った頃のちびの燈だ。大きい音や攻撃的な言葉が苦手な俺は、ひとつ下の、いつも矢継ぎ早にきつい言葉を放つ燈が昔から苦手だった。今も無意識に、身体が強張るのがわかる。
(でも、こうしてみると、そんな怖くない、かも…)
唸る猫みたいに、こちらを威嚇する燈をまじまじと見上げる。ん?見上げる?
俺ははたと目を落とす。そこには17歳の頃よりも小さくて白い手が見えた。
(え…?もしかして、俺も、縮んでる…?)
軽く混乱している俺に向かって、燈は容赦なく言葉を続ける。
「お前みたいなひ弱なヤツが、にいちゃんの番なんて、ぜってぇみとめないから!男のくせオメガとか、きめぇんだよ!」
きめぇ。きしょくわるい。その言葉が、頭の中をぐるぐる回る。
(……あ)
そうだ、これは、俺が初めて蒼に会った日だ。小6の夏休み。親に言われて、神楽の家に行くってなって…
(…ってことはもしかして、俺、今、過去に、戻った…?)
混乱で頭が痛くなりそうだ。俺は17歳で…でも今は中学に入る前だ。死んで、過去に遡ったのか…?
「おい!きいてんのかよ!」
(いやそんなまさか……)
「お前みたいなヤツがにいちゃんのとなりに立つなんて、ぜってぇゆるさねーから!!」
燈は俺を睨みつけながら、なおも叫ぶように言葉を続ける。俺はそれを遮って、がっと手を掴んだ。
「はぇ…!?」
突然の俺の行動に燈は目をぱちぱちさせる。安心しろ、燈。俺は今回は間違わない。
「ならない!」
「え…」
神楽家の庭に風が吹いて、芝生がたなびき、バラの花びらが舞う。
不相応だと分かってた。それでも蒼が大好きだった。でも、大好きな蒼と結ばれない未来をもう一度味わうくらいなら、ずっとこのまま片思いでいい。
「俺は蒼の番にはならない!」
「……は?」
ぽかんと口を開けてこちらをみる燈に畳み掛けるように言葉を重ねる。
「俺は、俺の願いは『運命の番』なんて関係ない、好きな人と一生一緒に仲良く幸せに暮らすことなんだ!」
「な…だってお前、にいちゃんの前であんな顔…」
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