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全力疾走で館から逃げ出そうとした樹だったが、それから数十分後。あっさり捕獲されてしまった。
「うぅ…」
「お見合いだって、ちゃんと言ってたのに…」
母が困った顔を浮かべる。少子化対策と人類の進化の過程で発生したらバース性の保護の観点から、相性のよいアルファとオメガをつがわせるために国が主導でマッチングサービスを始めた。
桜庭家はベータが多い家だが、樹にはオメガの可能性があるとされ、アルファの多い家系である神楽家と顔合わせすることになった。でもこれは大人になるにつれて分かってきたことで、当時の樹はそれどころでなかった。
「本当にごめんなさい。普段はこんな子じゃないんですけど…」
樹の両親が必死になって頭を下げている。もちろん樹もそれに倣うが、とはいえ番として婚約するつもりは全然全くなかった。
(あんな思いするくらいなら…)
目の前に現れた小悪魔じみた美少女の笑みがまだ脳にこびりついているような気がする。大好きな人を奪われる、何もできない無力な自分を思い知るくらいなら、ここでばっさり縁を切ってしまったほうがマシだ。そう思っていた。いたのだが。
「いえ、いくら政府が決めたことでしても、まだ子どもにはちょっと重い話ですよね。ね?蒼」
「俺は別に気にしてない」
まだ声変わりする前の蒼の声に、樹の体が無意識にぴくっと反応する。だって大好きなのだから。
(か、かわいい…声高い…俺もだけど、蒼ってこんな声だったんだな…)
「樹?」
急に固まった樹を怪訝に思ったのか、蒼は首をかしげながら顔を覗き込んできた。
「えっと、あの」
(だめだ。さっき決意したばっかなのに……)
離れる、関わらない、それが俺のためだ。そう強く思うのに、蒼が目の前にいるだけで、その決心が簡単に揺らいでしまう。
(だって、好きなんだもん……)
「…俺のこと、いやか?」
そんなこと言われて慌てて顔を上げた。至近距離で整った顔を見てしまい、思わず目をつむって顔を覆う。
「いっちゃん、普段はこんなことしないんですけど…」
母親がおろおろするが正直樹はそれどころではない。
「なんで?蒼くん、すごく素敵じゃない。もったいないくらいよ?」
「…か、かっこよすぎて…無理…」
(や、やっぱり好きだ~~~)
初対面で蒼の姿を見て、完全に一目惚れしてしまったからだ。そしてそれは2度目の人生においてもいかんなく発揮されてしまっている。完全にただのファンみたいになってる樹の反応に、蒼は得意げに「フン」と鼻を鳴らし、すぐそばにいた燈は不機嫌そうに唇をきゅっと結ぶ。大人たちは恥ずかしがっている樹と蒼を交互に見ながら話し始める。可愛らしいカップルを見守るような雰囲気だ。
「ごめんなさい、この子昔から人見知りで恥ずかしがり屋なので」
「いえいえ、蒼も満更でもなさそうですし…」
大人たちの会話をよそに、燈の表情はどんどん険しいものへと変わる。
「んだよ…番になんねーとか言いながら、結局にいちゃんのこと好きなんだろ」
「へ!?」
急にぼそりと低い声で言われ樹は目を剥く。今何かすごいことを言われた気がするが。
「おま、それどうゆう…」
「うるさい!お前は黙ってろ!嘘つきオメガ!」
突然の豹変ぶりに反論しようとしたがぴしゃりと跳ね除けられる。あれ?俺が知ってる燈ってこんなだっけ?樹が混乱している間にも、大人たちの会話はどんどん進んでいく。いきなり婚約はちょっとびっくりですよね、とか、でもお互いやっぱり相性は悪くなさそうですよね、とか、樹の知らないところでどんどん話が進んでしまっている。
「あの、ちょっと」
慌てて口を挟もうとした樹を、蒼が遮った。
「樹」
「あ……」
(うわ……)
すごくきれいな声だった。心地よくて落ち着く。何より名前を呼ばれたのが嬉しかった。でも、その嬉しさに浸る間もなく燈は叫ぶように言葉を放つ。
「にいちゃんには、もっといい番がいるはずだって!」
一瞬だけ「シン…」と場が静まりかえる。その静寂を破るように、蒼が静かに、しかしはっきりと言った。
「俺はコイツがいい」
(あー…だめだ…好きすぎる……)
大好きな人の一言で、心がぽわっと温かくなる。本当は「運命の番」なんてどうでもいい。俺だって、蒼がいい。
そこまで考えて、樹ははっとした。
(だめだ…あんな辛い思いしたくない…)
「………」
動かずに俯く樹に蒼が首を傾げる。
「樹?」
ふるふる首を振って樹は答えた。
「す、好きすぎて…やっぱり…無理…」
「は、はぁああああああ!?」
振り絞るような樹の言葉に、一番敏感に反応したのは他でもない、燈だった。
「さっきからほんと、なんなんだよ!お前!」
「う、うるさい…!お前に関係ないだろ!?」
「大アリだよ!これだからオメガの男なんて」
「お前なんかに俺の気持ちが分かってたまるか!」
「分かるわけねーだろ、こんな意味わかんねーやつ!」
「二人とも、うるさい」
蒼だった。静かに、しかし絶対的な一言で止める。そして困惑している大人たちと樹に向かってこう提案した。
「婚約は、まだ早いかもしれない。でも、この話がなかったことになるのは俺も嫌だ。だから、まずは『友達』から始めないか?」
「うっ…」
(た、確かに「友達」なら、婚約よりは遥かにハードルは低い…!でも!これじゃ縁を切ることもできないのでは…)
絶妙な提案に、樹も燈も反論できなくなる。
「なっ…なっ…!」
燈は口をぱくぱくさせていた。俺も同じ気持ちだと、樹は心のなかでつぶやいた。
(離れなきゃ、いけないのに…!)
「いいだろう?それで」
異論はないか?と言う蒼の一声で全てが収まってしまった。
こうして、樹の「関わらない」という決意は初日にして脆くも崩れ去り、「神楽兄弟との、友達(仮)期間」という、前世とはまた違う、新たな地獄が幕を開けるのだった。
***
「うぅ…」
「お見合いだって、ちゃんと言ってたのに…」
母が困った顔を浮かべる。少子化対策と人類の進化の過程で発生したらバース性の保護の観点から、相性のよいアルファとオメガをつがわせるために国が主導でマッチングサービスを始めた。
桜庭家はベータが多い家だが、樹にはオメガの可能性があるとされ、アルファの多い家系である神楽家と顔合わせすることになった。でもこれは大人になるにつれて分かってきたことで、当時の樹はそれどころでなかった。
「本当にごめんなさい。普段はこんな子じゃないんですけど…」
樹の両親が必死になって頭を下げている。もちろん樹もそれに倣うが、とはいえ番として婚約するつもりは全然全くなかった。
(あんな思いするくらいなら…)
目の前に現れた小悪魔じみた美少女の笑みがまだ脳にこびりついているような気がする。大好きな人を奪われる、何もできない無力な自分を思い知るくらいなら、ここでばっさり縁を切ってしまったほうがマシだ。そう思っていた。いたのだが。
「いえ、いくら政府が決めたことでしても、まだ子どもにはちょっと重い話ですよね。ね?蒼」
「俺は別に気にしてない」
まだ声変わりする前の蒼の声に、樹の体が無意識にぴくっと反応する。だって大好きなのだから。
(か、かわいい…声高い…俺もだけど、蒼ってこんな声だったんだな…)
「樹?」
急に固まった樹を怪訝に思ったのか、蒼は首をかしげながら顔を覗き込んできた。
「えっと、あの」
(だめだ。さっき決意したばっかなのに……)
離れる、関わらない、それが俺のためだ。そう強く思うのに、蒼が目の前にいるだけで、その決心が簡単に揺らいでしまう。
(だって、好きなんだもん……)
「…俺のこと、いやか?」
そんなこと言われて慌てて顔を上げた。至近距離で整った顔を見てしまい、思わず目をつむって顔を覆う。
「いっちゃん、普段はこんなことしないんですけど…」
母親がおろおろするが正直樹はそれどころではない。
「なんで?蒼くん、すごく素敵じゃない。もったいないくらいよ?」
「…か、かっこよすぎて…無理…」
(や、やっぱり好きだ~~~)
初対面で蒼の姿を見て、完全に一目惚れしてしまったからだ。そしてそれは2度目の人生においてもいかんなく発揮されてしまっている。完全にただのファンみたいになってる樹の反応に、蒼は得意げに「フン」と鼻を鳴らし、すぐそばにいた燈は不機嫌そうに唇をきゅっと結ぶ。大人たちは恥ずかしがっている樹と蒼を交互に見ながら話し始める。可愛らしいカップルを見守るような雰囲気だ。
「ごめんなさい、この子昔から人見知りで恥ずかしがり屋なので」
「いえいえ、蒼も満更でもなさそうですし…」
大人たちの会話をよそに、燈の表情はどんどん険しいものへと変わる。
「んだよ…番になんねーとか言いながら、結局にいちゃんのこと好きなんだろ」
「へ!?」
急にぼそりと低い声で言われ樹は目を剥く。今何かすごいことを言われた気がするが。
「おま、それどうゆう…」
「うるさい!お前は黙ってろ!嘘つきオメガ!」
突然の豹変ぶりに反論しようとしたがぴしゃりと跳ね除けられる。あれ?俺が知ってる燈ってこんなだっけ?樹が混乱している間にも、大人たちの会話はどんどん進んでいく。いきなり婚約はちょっとびっくりですよね、とか、でもお互いやっぱり相性は悪くなさそうですよね、とか、樹の知らないところでどんどん話が進んでしまっている。
「あの、ちょっと」
慌てて口を挟もうとした樹を、蒼が遮った。
「樹」
「あ……」
(うわ……)
すごくきれいな声だった。心地よくて落ち着く。何より名前を呼ばれたのが嬉しかった。でも、その嬉しさに浸る間もなく燈は叫ぶように言葉を放つ。
「にいちゃんには、もっといい番がいるはずだって!」
一瞬だけ「シン…」と場が静まりかえる。その静寂を破るように、蒼が静かに、しかしはっきりと言った。
「俺はコイツがいい」
(あー…だめだ…好きすぎる……)
大好きな人の一言で、心がぽわっと温かくなる。本当は「運命の番」なんてどうでもいい。俺だって、蒼がいい。
そこまで考えて、樹ははっとした。
(だめだ…あんな辛い思いしたくない…)
「………」
動かずに俯く樹に蒼が首を傾げる。
「樹?」
ふるふる首を振って樹は答えた。
「す、好きすぎて…やっぱり…無理…」
「は、はぁああああああ!?」
振り絞るような樹の言葉に、一番敏感に反応したのは他でもない、燈だった。
「さっきからほんと、なんなんだよ!お前!」
「う、うるさい…!お前に関係ないだろ!?」
「大アリだよ!これだからオメガの男なんて」
「お前なんかに俺の気持ちが分かってたまるか!」
「分かるわけねーだろ、こんな意味わかんねーやつ!」
「二人とも、うるさい」
蒼だった。静かに、しかし絶対的な一言で止める。そして困惑している大人たちと樹に向かってこう提案した。
「婚約は、まだ早いかもしれない。でも、この話がなかったことになるのは俺も嫌だ。だから、まずは『友達』から始めないか?」
「うっ…」
(た、確かに「友達」なら、婚約よりは遥かにハードルは低い…!でも!これじゃ縁を切ることもできないのでは…)
絶妙な提案に、樹も燈も反論できなくなる。
「なっ…なっ…!」
燈は口をぱくぱくさせていた。俺も同じ気持ちだと、樹は心のなかでつぶやいた。
(離れなきゃ、いけないのに…!)
「いいだろう?それで」
異論はないか?と言う蒼の一声で全てが収まってしまった。
こうして、樹の「関わらない」という決意は初日にして脆くも崩れ去り、「神楽兄弟との、友達(仮)期間」という、前世とはまた違う、新たな地獄が幕を開けるのだった。
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