堕ちた神と同胞(はらから)たちの話

鳳天狼しま

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第二部

第十二話 目覚め〜新たなる同胞神〜

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古き神の傍らに、いつしか懐かしい面影の人間が居ることに、虚なる神は気付いた。
虚なる神にも、かつて唯一心を許した人間がいた。しかし彼女は不老不死の体を持たなかったゆえに、とうにこの世界を去っていた。
それゆえに、虚なる神の歯止めとなれる人間はもうこの世界には存在しなかったのだが。

意見の食い違いから、心を許した友を洗脳しようとした“彼“に対し、虚なる神は愚かだと感じ、そしてまたも気付いた。おのれがかつて心を許した彼女へも同じことをしようとしていたことを。
それまで彼の存在を暇つぶしの玩具と捉えていた虚なる神であったが、その時“どこかおのれに近いところを感じていたゆえであった“と、その時気付いたのであった。

虚なる神の視界に、心を許した友を洗脳した“彼“が、ひとり茫然と立っていた。

「ヤンドーラ、あんたは何があってもボクを裏切らないでね。あんたは“ボクと同類だ“って、信頼してるから」

(我ですらできなかった仲間の洗脳を、こやつは成してしまった。もうこの先はどう転ぶか、我にも見当がつかぬ)

彼、デオンの言葉に“分かっておる“と返した虚なる神ヤンドーラは、おのれとは違う道を歩み始めた彼を、どこか哀れそうな目で見下ろしていた。

***

その頃、朝方の隠し砦にはデオン軍の手のものが迫っていた。
砦の見晴し台に駆け上がり彼方を見渡したキスクは、その数が今までで一番多いことを察して、ジルカースとオネストたちに向かって叫んだ。

「デオン軍の旗印だ!尋常じゃない数、一万は居るぞ……!」
「一万か……向こうもいよいよ決着をつけに来たようですね」
「覚悟はできている、こちらにも“新たな戦法“はあるからな」

そう言ったジルカースは、左腰に装備した神殺しの刀を抜くと、左耳の蒼の宝玉のピアスにカチリと当てた。
その瞬間、ピアスからシュビラーナの力がひらめき、神殺しの刀に青色のオーラが纏わりつく。

「眠っている兵たちも起こせ!総力戦だ!」

二人の様子を見とめたキスクが、目下に居た兵たちに呼びかける。
地下まで広がる隠し砦の、隅から隅までかき集められたリベラシオン兵の数は、デオン軍の約半数ほどの六千五百ほどだった。

隠し砦のある、穏やかで低い山嶺とデオン軍との間に陣取るように布陣すると、登りきった朝日を前に睨みあう。
デオン軍の前方に歩み出てきたのは、紅い装束をまとった白馬だった。白馬の上に軽々と乗った銀髪のテール髪の男に、ジルカースはデオンの存在を確認した。
その隣には、黒衣に黒いマントを纏ったアカツキの立ち姿も見てとれた。

「アカツキ殿……未だデオンの施した洗脳は解けていないようですな」
「来たか……この戦、長引かせたくはない。オネスト、デオンは俺に任せてくれるか」

そう合図したジルカースに、オネストは頷いて号令を飛ばした。

「敵方からの攻撃と同時に、こちらも攻勢に出る!攻撃用意!」

同時にシュビラーナのオーラが纏わりついた神殺しの刀を掲げたジルカースに対し、デオンも天上に向けて手のひらを掲げる。直後、デオンの頭上に王城で目にしたのと同じ黒雲の渦が巻き起こり、紅い大鳥・ヤンドーラが現れた。
大鳥が放った紅いいかずちの波が迫ってくる中で、ジルカースは刀を掲げたまま叫ぶように唱えた。

「明鏡止水・蒼穹!」

同時に、ジルカースの刀から放たれたシュビラーナのオーラと、デオンが命じヤンドーラが放ったいかづちが衝突し、真っ白な閃光が走った。

あたり一面が白い世界となった一瞬の間に、ジルカースたちとデオンたち諸将は四方八方へと飛ばされちりぢりになった。

***

東の国隠し砦からさらに南に位置する、灯台のそびえる岸壁まで飛ばされたのは、キスクとアイラ、そしてメリルとレギオンだった。

「ここは……東の国のオンボロ灯台だね。こりゃまた遠くまで来ちまったね」
「人気(ひとけ)が無いな……みんなの姿も見当たらないし、さっきの開戦地までは遠いみたいだし、どうする?」
「くそ、誰の仕業だ?どういうつもりでこんなところまで……」
「……」

四人とも何が起きたのか分かっていなかったようだったが、聡いメリルだけが、その状況を正確に分析していた。

「先ほどの閃光、あれはおそらくデオン様とジルカース殿の神力技がぶつかって、相互作用を起こした結果かと」
「成程、その相互作用とやらで、私たちはこんな僻地に飛ばされてしまったのか」
「味方じゃない人間の言葉をどこまで信用したものか怪しいけど、お互いに見覚えのない技だってんなら、その線が濃厚だろうね」
「ジルカースの旦那、どうしてるかな」

相棒を案ずるキスクの言葉に、レギオンは首を傾げながら「まずは自分の身の安全を心配した方がいいんじゃないか?」と突っ込んだ。

「私たちも、揃ってこんなところへ飛ばされたとあっては、戦っている場合ではあるまい。一刻も早く戻らなければ」

レギオンのその言葉に、ひとつの推測に思い至ったのはキスクだった。

(もしかして、誰かがこの戦いを止めるためにこんなことを……?)

そして、その推測に行き着いた人物は他にも居た。

***

東の国北部の、北の国との国境に近い山の麓へ飛ばされたのは、イヴァンとルトラとデロの三人、そしてリュクスとミューラの双子だった。

「どーする?こんな山奥まで来ちまったけど。キアラさんの故郷の村もここから見えっかな」
「ちょっとイヴァン、あんまりうろうろすんな!野生動物とかに襲われるかもだよ!てゆーか寒くない!?山にも雪積もってるし……!へっ、ぷしゅ!」
「……元気な女の子だね。ミューラといい勝負してると思うよ」
「リュクス、あんたが落ち着きすぎてるだけやと思うよ」

ひとしきり騒いだのち、ここから戻る道を探すために一時休戦とした四人は、リュクスの導きにより山林を抜け出すこととした。

「おれ、またミューラのお荷物になってないよね……」
「何を言っとるんや!今日ほど“あんたみたいな弟がおって助かった“と思ったこと無いで」
「ほんとほんと!すごいな、川がある場所当てちまうなんて」
「リュっくん山とか自然に詳しいね、誰かに教えてもらったの?」
「リュっくん、て……おれのあだ名?」
「あっ、仮にも“まだ“敵同士だからだめ、かな……?」
「い、いや、だめじゃ無いけど……ちょっと恥ずかしい」

リュクスがもじもじしはじめたことにより、ムッとし出したのは、イヴァンもミューラも同時だった。

「ルトラ大丈夫か!足疲れただろ、俺がおぶってやるから」
「急に何言いだすのイヴァン、ウチならまだだいじょぶ……」
「リュクス、女の子の足は疲れやすいんやから、無理させたらあかんで!」
「えっ、あ……ごめん、やっぱりおれ、ミューラのお荷物に……」
「あ、いや今のはそういう意味やなくて……えーと、とりあえず少し休憩や!」

河岸の木陰に座った四人は、リュクスが見つけたびわの実を、平等に分け合ってかじった。

「はい、ルトラちゃんも食べて。すまんね、うちの弟めぼしい友達ができたことなくて。不慣れだったと思うけど許してや」
「いやいや、気にしてないから大丈夫!ウチも小さい頃からイヴァンに振り回されてきたから、ちょっとやそっとじゃブレない人間になりましたんで。なんかごめんね、敵同士なのにこんなに仲良くしてもらっちゃって」
「気にせんといて。“もらった分“はお返しせんとね」
「もらった分……?」
「ミューラ、少し日が傾いてきたよ。夕方にならないうちに山を出たほうが良さそうだ」

リュクスの声で、四人は再びふもとにあるであろう村へ向けて歩き出した。

「あれ……?そういえばデロの姿が見えない、どこにいっちゃったんだろ」
「デロかぁ?ルトラと師匠にしか見えてない奴だからなぁ、いまいち行き先が掴めないっつうか」

ジルカースにしか見えていない、という言葉に、ひとつの気づきを得たルトラは、降霊させた霊に稀に起こりうる、“よもや“の可能性を思案していた。

***

そして、東の国東部の遺跡跡地に飛ばされたのは、ゼロとテオ、そしてイルヴァーナの三人だった。
遺跡の瓦礫の只中に転がり気を失っているイルヴァーナに対し、テオと共に目を覚ましたゼロが駆け寄る。

「イルヴァーナ!しっかりして!」
「怪我はないみたいね。でも何かしら、この子とは初めて会うはずなのに、なんだか変な感じがする……」

テオがそう呟いた次の瞬間、目を覚ましたイルヴァーナはゼロの腕を振り払うと警戒体制を取る。

「どうしたのイルヴァーナ……!?ぼくだよ、ゼロだよ……!」
「……デオンの雷に打たれたアカツキの時と同じだわ、我を忘れてしまっている」
「じゃあ、もしかしてイルヴァーナまで……!?」

以前会った時に、デオンは自分にとって父のような存在だと話していたイルヴァーナのことを思い出して、ゼロはたまらず胸が苦しくなった。
父と呼ぶべき人に、洗脳まがいのことをされるなど、そんな悲しいことをされる子どもがいるなど、ゼロは知らなかった。

「イルヴァーナ!思い出して!ぼくだよ、一緒にたくさん遊んだだろ!?」
「……うるさい」
「危ない、ゼロ!」

イルヴァーナが繰り出したパンチを、ひらりと身を翻して交わしたゼロは「だてに父さんに稽古をつけてもらってないからね」と、少し焦ったような表情で返す。

「お前の声を聞いてると、妙な感覚になる……目障りなんだ、消えろ」
「嫌だ、よっ……!」

イルヴァーナの辛辣な言葉にも動じず、ゼロは珍しく強気な意志を返す。
これまで、母であるテオの後ろに隠れるような行動を取ることが多かった彼にしては、実に珍しい、大きな変化だった。
遺跡の遮蔽物を利用しながら、巧みに間合いを詰めてゆく。

なすすべなく二人を見守っていたテオだったが、以前アカツキの洗脳を解きかけたことがあったのを思い出す。
イルヴァーナにも効果があるかはわからなかったが、“いまこの身に備わった神力を使えば“それもまた成し得るのでは、という気がした。

(ここへ飛ばされた意味も、考えてみれば妙だわ。両軍とも少なからず一戦交えるつもりだった。どこかに私たちのように戦いを望まない誰かが居たとしたら)

戦い続けるイルヴァーナとゼロの二人に目線を合わせると、テオは両手を組み祈りのポーズを取る。特別な呪文はなかったが、それがテオの神力技“真夜中の祈り“だった。
次の瞬間、イルヴァーナはテオの祈りの力で動きを封じられていた。同時に、周囲にバリアを展開されたゼロは、「やった、これでやっと本気が出せそうだね」と、再びイルヴァーナを見据える。

駆け寄り振りかぶってくるイルヴァーナに対し、バリアを身に纏ったゼロは、己の手の平でパンチを受け止めると、バリアに向かって「やっ」と気合いを込める。
その瞬間バリアの波が弾み、イルヴァーナは遠くまで吹っ飛ばされた。
遺跡の砂地帯に倒れたイルヴァーナは、再び気を失って倒れている。

「どうしよう、なんとかして洗脳を解く方法はないのかな」
「ゼロ、あなたの癒しの神力をイルヴァーナの体に送ってみてはどうかしら。あなたの強い心、気持ち、それに対してイルヴァーナは弱いと感じたわ。以前の私とアカツキのように」
「そうか……わかった、やってみます」

気を失っているイルヴァーナの手を握ると、ゼロはイルヴァーナの心に呼びかけるように意識を集中させる。

『イルヴァーナ、目を覚まして。ぼくだ、ゼロだよ。もう誰も攻撃なんてしなくていいんだ、ぼくたちは友達なんだから』

癒しの神力と共に、イルヴァーナの体に流れ込んだゼロの力は、イルヴァーナの身の回りに乳白色の光を散らしながら、ゆっくりとその意識を浄化していった。

「……ん、あれ……ここは一体……ゼロ、僕らどうしてこんなところに」
「イルヴァーナ……!元に戻ったんだね!やった、やったよ母さま!」

二人を両手に抱きしめて喜ぶゼロに、訳が分からなかったイルヴァーナも自然と笑顔になる。
しかし安堵した三人の前に、時空転移をするように突如現れたのは、意外な人物だった。

「どうして君がこんなところに……?」

彼、“イクリプセ“は、「こんな危ないところにいたんだね、帰ろう私たちだけの安全な場所に」と呟くと、ゼロとイルヴァーナをバリア状の卵に覆うようにして、空中に浮遊させる。

「……!?待って、二人をどこへ……!?」
「ここより安全な場所……“浮遊都市スペランツァ“だよ。もうあなたたちの側にいても、私たちの身の安全は保証されない」
「スペランツァ……ですって?」

事態を飲み込めないテオが動揺している中、イクリプセは二人を閉じ込めた卵と共に飛翔すると、一際高い雄叫びのような声をあげる。そしてその姿を、黒い異形の神に変えた。
トカゲのような尻尾に、ウサギのような耳、そして近未来的な半透明の羽。その体は、全面が光沢のある黒い鱗で覆われていた。

「あなたは、一体……!?」
「二人に名づけてもらった、私の名はイクリプセ。ただ彼らの幸せを願う者」

そう呟いた身勝手な異形の神は、「この世界のかつての神、ジルカース殿が、再び浮遊都市へ来るのを待つ」と残して、テオの元から二人を連れ去った。

***

その頃、唯一戦地に残されたオネストたちは、デオン軍の使わした不死身の鎧兵団に手を焼いていた。
鎧兵団を率いていたのは、洗脳状態にあるアカツキだった。

「不死身の鎧ですか……噂には聞いていたが、まさかこの手で実際に相対する日が来るとは」
「貴様とどんな縁があったか、あいにく俺は忘れてしまってな」
「アカツキ殿……こんな再開の仕方をしたくはなかったですよ」

かつてこの東の国の軍部により開発された、神の力を利用した不死身の鎧。
それは遥か昔に西の国を滅ぼし、その顛末の一端にイルヴァーナも関係している、業の深いものだった。

圧倒的な力の前に、味方を失い、八方を敵方に囲まれたオネストの前に、デオン軍が連行してきたのはキアラだった。
隠し砦の場所を探り当てられたと知ったオネストは、苦虫を噛んだような顔で彼らに向き合った。

「こいつを連行しろとの、デオンより直々の命令だ」
「キアラ殿をどうするつもりですか……!」
「こいつは“ヤンドーラの供物“になる、それ以外の詳細は俺も知らん」
「なん、だと……!?」
「散りゆく者へ多くは語るまい、さらばだ」

そう言ってアカツキが黒い刃を天へ掲げた瞬間、周囲に展開した槍兵たちが一斉に刃を向ける。
その数多の刃が彼の体を貫く一瞬、目を閉じたオネストだったが、次の瞬間、不思議な感覚が走って再び瞼を開いた。
オネスト以外の周囲の時間が止まったそこには、意外な人物が立っていた。

紅い大鳥羽の首飾りを身に纏った、どこか見慣れた風体の女性。
オネストは傷ついているはずの己の体に痛みがないことに気を取られ、彼女がキアラにどことなく似ていると気づくのに、わずかに時間がかかった。

「私はキアラさんの前世に当たる存在。今はヤンドーラの目を掻い潜り、キアラさんの精神力を借りることで、一瞬だけ時間を止めていますが、これも時間の問題です。今から、あなたと、ジルカースさんに宿るシュビラーナ神の意識を繋ぎます。お二人方との間に、急ぎ“同胞神(はらからがみ)の契約“が必要です」
「同胞神……?待ってください、状況がよく飲み込めない」
「同胞神とはつまり、ジルカースさんにとってのキスクさんとアイラさんがそれにあたります。神が不老不死の力を分け与えた直属の眷属。それが同胞神です」

「では健闘を祈ります」と言った彼女の表情が、もやがかかったようにぼやけてゆく中、オネストの意識はジルカース、そしてシュビラーナ神の意識とリンクした。


オネストの目の前に見えるのは、八方を囲ったデオン軍ではなく、並んだシュビラーナとジルカース、そしてオネストと同時に連れてこられたらしきキアラの姿だった。大狼神シュビラーナは三人へ道を指し示すように言った。

「ジルカース、オネストとキアラに、急ぎ同胞神の契約が必要です」
「状況は先ほど“彼女“から転送してもらい理解した。二人の身に危険が迫っているんだな」
「急な頼みとなってしまい申し訳ない。もはや策はこれしかないようですな」
「これも神々のお導きとあらば……謹んでお受けします」

意を決した様子のオネストとキアラに、ジルカースは黙って頷くと、己の刀の切っ先で人差し指を軽く切り付ける。
それに「あっ」と驚いた、オネストとキアラの口がわずかに開くと同時、ジルカースは傷つけた指を強く弾いて、己の血潮の数滴を二人の口中へと分け与えた。


オネストとキアラの意識が再び現実世界で動き出した瞬間、大きな衝撃波が走る。
その中心に居たのは、不老不死の力を得たオネストとキアラで、周囲に居たデオン軍はアカツキを除き、軒並み吹き飛ばされた。
さっきまで目の前に居た二人から、おのれと同じ気配を感じたアカツキは、目を見開いて驚き、そして全てを察した。

「お前たち、ジルカースから力を得たか」
「左様、もはやあなた方に立ち向かうには“この方法“しかないのだ」
「愚か者め。神の力の一端を得たからには、もはや常人には戻れんぞ」
「もとより承知の上です」

覚悟の意を示したオネストとキアラに対し、アカツキはどこか皮肉ったように笑い、そしてその黒い刃で切り掛かった。
それに対しオネストは、キアラを背後に庇いながら剣を横薙ぎに掲げると、そのまま天高く振り上げる。
オネストが気合を溜め込むのに合わせて、きぃんと甲高い音が鳴り響く。

「キアラ殿!お願いします!」

オネストの声に応えるように、キアラはテオがしていたような両手を組む祈りのポーズをとる。

「その力は、まさか……!?」

アカツキが驚いた次の瞬間、オネストの刃を起点に大きな重力波が起き、敵たちが無惨にも地面にくずおれるように潰されてゆく。
無敵の鎧を持ってしても立っていられなくなるほどのそれは、デオン軍の三分の二近くを飲み込み、大きな打撃を与えた。
一方でアカツキは、衝撃波が向かった方角からわずかにずれていたゆえに、重力波を左半身に食らう程度で済んだ。しかしその背に待機していた兵たちは、無惨に倒れる者、恐れ慄き逃れる者ばかりだった。

「……俺の負けだ、こんななりでは刀も触れん」

潔く負けを認めたアカツキに対し、オネストは剣を下ろすとゆっくりと歩み寄った。

「まだ道はあります。今から祈りの力であなたの目を覚まして差し上げます」
「何を、言っている……?」

アカツキの言動に構うことなく、その手から黒い刀、そしてリボルバー銃を取り上げたオネストは、キアラに向かって頷きかける。キアラはそれに応えるように、再び両手を組み祈りの力を込める。
キアラの祈りの力が辺りに満ちてゆくのに合わせて、周囲にどこかひんやりとした空気が満ち、白い雪が降り始める。

「もう春なのに雪、だと……?」
「私の名はオネスト・イーゼン・ベルグ、かつてあなたの友だった者です」

改めて自己紹介をしたオネストは、かつてアカツキから聞いたテオのエピソードを口にした。

「“暁“と“情熱“の名を冠したあなたなら、きっと気づけると信じています」

『あなたは物静かそうに見えて、いつも優しさと温かい心を忘れない人だったから。今後も、どうかこの二つを忘れないで、そうすればきっとあなたにもまた幸せが訪れるわ』

その瞬間、呼び覚まされたかのように、アカツキの意識の中にテオの声が響く。

「あ……俺は……!」
「アカツキ殿、あなたが神子より賜りし名は、アカツキ・ライデン・シャフト」

アカツキの周囲に、キアラの祈りの力が起こしたブリザードが吹き荒れる。
雪の嵐が過ぎ去ったのちには、オネストの腕にアカツキが倒れ込んでいた。
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