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4話
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「わざわざ休日なのにごめんね」
指定された近所のファミレスで、古い友人と向き合って座る。四人席という事もあり、広々としている。
「なあに気にするな、アタシも暇してたしな」
そうにやりと笑うのは、中学校から大学までを共に過ごした友人である坂本瑠璃である。
彼女は私と同じように教育学部を卒業したのだが、そこから何を考えてか、心理学を学ぶために再入学をしていた。現在は院生である。
「さっそくなんだけど……」
「まあ、待て。せっかく綾香のおごりなんだ。好きなだけ食べさせてもらうぞ」
「……ほ、ほどほどにしてね」
しかし、彼女はそんな願いを聞き入れないだろう。長い付き合いだ、そのくらいは分かる。
メニューをじっと眺め、これもいいあれもいいとぶつぶつ呟いている。
彼女は非常に小柄だ。身長など140cmあるかないかで、体重も小学生と大差ない。だというのに、食べる。異様に食べる。本人曰く、食べた分だけ脳みそを使っているとのことだが、本当だろうか。
「よし、決まった」
呼び鈴を押し、店員に注文を開始する。
サーロインステーキ、ハンバーグ、担々麺、パスタ、ピザ、フライドポテト、ミネストローネスープ、コーンスープ、シーザーサラダ3皿、パフェ2つ、かき氷2つ、ドリンクバー……アルバイトであろう可愛らしい店員も、さすがに表情を引きつらせている。当然だ。どう考えても、まともな量ではない。
「んー、アタシは以上かな。綾香は?」
「……ドリンクバー一つ」
かしこまりましたと、一言残し足早に店奥に消えていく。その姿を見送ってから、瑠璃はドリンクバーコーナーから、コップになみなみとメロンソーダを入れてきた。
「んで、なんだっけ?」
「『イマジナリーフレンド』について」
弟の件でふと思い当たった事だ。
ああ、それそれ、と異様なまでに鮮やかな緑の液体を一気に飲み干す。
「けぷ……まあ、アタシは専門家ではないから、何から何まで正しいってわけじゃない、それを前提にしてくれ」
「分かったわ」
瑠璃は立ち上がり、今度はオレンジジュースを持ってきた後に、口を開いた。
「まず、イマジナリーフレンドっていうのは、日本語にすると『空想の友達』となる。意味はそのままだ、自分自身の脳または精神が作り出してしまった存在だな」
ここは調べていたことであるが、言葉を遮ることなく頷いて見せる。
「んでだ、このイマジナリーフレンド、これは異常だと思うか?」
「え?」
異常かと問われればそうではないのだろうか。自分で想像で、存在しない人物を作り上げ、まるで存在しているかのように接する、それが健常だとは思えない。
「答えを言うと、これは別に異常でも何でもない。むしろ、よくあることだ」
「よく、あるの?」
自分自身には経験のないことだが、精神を分析する彼女が言うのなら本当によくある事なのだろうか。
「ぶっちゃけると、アタシにもいたんだ、イマジナリーフレンド」
その言葉に目を見開く。彼女とは長い間友人でいるがそんなことを聞いたの初めてだ。
「まあ、実を言うと、お前に連絡を貰うまで想像上の人物だと気付かなかったんだがな」
「どういうこと?」
「イマジナリーフレンドについて、調べていてふと思い出したんだよ。幼稚園の頃に親しかった奴なんだが、いつの間にかいなくなっていた。アタシの記憶だと近所に住んでいたはずだったんだがな」
「えっと、それってつまり」
「そうそう。アタシはそいつが引っ越したんで、いなくなったと思ってたんだ。んで、改めて幼稚
園の卒業アルバムとか園児の記録を調べてみたんだが、どこにもいなかった。はっきりと遊んだ記憶が残っているのにさ。想像上の存在だったんだ、その友達」
へらへらとしながら、言っているが背筋が冷たくなる。
幼稚園の頃の記憶は薄れてはいるものの、未だに残っている。当然友人だった人々の事も覚えている。しかし、現在でも繋がりのある人はいない。一人もいない。そのことを寂しいと思ったことはない。つながりはなくても、思い出として残っている、どこかできっと生きていると信じているからだ。
でももし、そうでなかったら。自分の記憶の中にある人が、遠い過去に、記憶という糸でつながっている存在たちが、いないものだとしたら、どうなる。
全てが偽りとなるのではないか、遊んだことも、喧嘩したことも、勉強したことも。全てが偽り、想像上の物になる。
「どうした、そんな深刻そうな顔して」
その声で我に返る。瑠璃はいつの間にか届けられていたハンバーグを小さな口一杯に頬張っている。
「……ううん、なんでもない」
「……安心しな。何から何まで想像ってことはないからさ」
オレンジジュースで肉を流し込みながら、瑠璃が笑う。こちらの考えていることなどお見通しのようだ。思わず、苦笑する。
「深刻に考えなくていいよ。幼少時代が全て、想像の物だったなんて例はないから。んで、いまいないーふふぇんふぉほ」
「飲み込んでから話しなさい」
ごくりと大きな音を立てて、飲み込む。
「イマジナリーフレンドは、よくある。幼い頃はもちろんことだが、青年期、13~19歳頃にも発生しやすい。この辺りは大人と子供の境目で精神が著しく発達する時期だ。それにこの時期は、中学校から高校に、高校から大学に上がる時期、新たな思想や異なる価値観に出会う機会も一気に増える。自我の芽生えと心の発達で、自分とは何か、どう生きるかを考え、自問自答や葛藤を経験する。青年期にそれらが重なり、複雑に混ざり合うことで、イマジナリーフレンドは産まれる。だけど、それも一時的なものだ。他人との交流が深まったり、自我を確立するといつの間にか消えていたりする、そんなものだ」
パスタをくるくると巻き付け、さながら巨大な綿菓子のような形状へと導き、口内へと放り込む。頬がハムスターのように膨れあがる。
「綾香、君は弟君についてどう思うんだ?」
「……年齢的には青年期にあたるわ。でも、高校二年生なのよ? 思想や価値観の違う人間に出会い、そ
れらと自我のせめぎ合いに葛藤するとしたら一年生のときに起こるものだと思うんだけれど」
「時期的には、クラス替えの時期でもあるだろう」
そうだ、芳佳が引き込もるようになったのは4月の中旬だった。ならば瑠璃の言う通り、新たなクラスメイト達と自分の差異が原因となってしまったのだろうか。
「それで、何かしら解決策はあるの? 治療法とか」
肝心なことはそれだ。もっとも、まだイマジナリーフレンドと決まったわけではないが、母の言葉から考えるとこれの可能性が一番高い。
「イマジナリーフレンドは病気とかではないぞ? 精神が病んでいるとかそういうものでもない、だから、はっきり言って治療法などはない」
なんとなく予想はついていたが、それでも、その返答に思わず目を伏せてしまう。
「そう悲観的になるな。こればかりは他人にはどうしようもないだろ。弟君がイマジナリーフレンドと共に、こちら側に心を開いてくれるよう声をかける、今できるのはそれぐらいだよ」
「はぁ……根気がいるわね」
「人の精神と向き合うんだ、時間はかかるさ」
大量の注文品は気が付くと無くなっており、瑠璃はデザートに手を付けていた。
「……ねえ、瑠璃」
「んあ、なんだ?」
「一口、もらってもいい?」
すると彼女はにっこりと笑いながら、もう一本のスプーンを差し出してくれた。
バニラアイスをえぐり、口に含む。きんとした冷たさと、強い甘みが思考をクリアにしてくれた、気がする。
「あ、これ会計な」
いつの間にかおかれていたレシートを渡される。そこにはファミレスでは見たこともないような数字の羅列があった。
指定された近所のファミレスで、古い友人と向き合って座る。四人席という事もあり、広々としている。
「なあに気にするな、アタシも暇してたしな」
そうにやりと笑うのは、中学校から大学までを共に過ごした友人である坂本瑠璃である。
彼女は私と同じように教育学部を卒業したのだが、そこから何を考えてか、心理学を学ぶために再入学をしていた。現在は院生である。
「さっそくなんだけど……」
「まあ、待て。せっかく綾香のおごりなんだ。好きなだけ食べさせてもらうぞ」
「……ほ、ほどほどにしてね」
しかし、彼女はそんな願いを聞き入れないだろう。長い付き合いだ、そのくらいは分かる。
メニューをじっと眺め、これもいいあれもいいとぶつぶつ呟いている。
彼女は非常に小柄だ。身長など140cmあるかないかで、体重も小学生と大差ない。だというのに、食べる。異様に食べる。本人曰く、食べた分だけ脳みそを使っているとのことだが、本当だろうか。
「よし、決まった」
呼び鈴を押し、店員に注文を開始する。
サーロインステーキ、ハンバーグ、担々麺、パスタ、ピザ、フライドポテト、ミネストローネスープ、コーンスープ、シーザーサラダ3皿、パフェ2つ、かき氷2つ、ドリンクバー……アルバイトであろう可愛らしい店員も、さすがに表情を引きつらせている。当然だ。どう考えても、まともな量ではない。
「んー、アタシは以上かな。綾香は?」
「……ドリンクバー一つ」
かしこまりましたと、一言残し足早に店奥に消えていく。その姿を見送ってから、瑠璃はドリンクバーコーナーから、コップになみなみとメロンソーダを入れてきた。
「んで、なんだっけ?」
「『イマジナリーフレンド』について」
弟の件でふと思い当たった事だ。
ああ、それそれ、と異様なまでに鮮やかな緑の液体を一気に飲み干す。
「けぷ……まあ、アタシは専門家ではないから、何から何まで正しいってわけじゃない、それを前提にしてくれ」
「分かったわ」
瑠璃は立ち上がり、今度はオレンジジュースを持ってきた後に、口を開いた。
「まず、イマジナリーフレンドっていうのは、日本語にすると『空想の友達』となる。意味はそのままだ、自分自身の脳または精神が作り出してしまった存在だな」
ここは調べていたことであるが、言葉を遮ることなく頷いて見せる。
「んでだ、このイマジナリーフレンド、これは異常だと思うか?」
「え?」
異常かと問われればそうではないのだろうか。自分で想像で、存在しない人物を作り上げ、まるで存在しているかのように接する、それが健常だとは思えない。
「答えを言うと、これは別に異常でも何でもない。むしろ、よくあることだ」
「よく、あるの?」
自分自身には経験のないことだが、精神を分析する彼女が言うのなら本当によくある事なのだろうか。
「ぶっちゃけると、アタシにもいたんだ、イマジナリーフレンド」
その言葉に目を見開く。彼女とは長い間友人でいるがそんなことを聞いたの初めてだ。
「まあ、実を言うと、お前に連絡を貰うまで想像上の人物だと気付かなかったんだがな」
「どういうこと?」
「イマジナリーフレンドについて、調べていてふと思い出したんだよ。幼稚園の頃に親しかった奴なんだが、いつの間にかいなくなっていた。アタシの記憶だと近所に住んでいたはずだったんだがな」
「えっと、それってつまり」
「そうそう。アタシはそいつが引っ越したんで、いなくなったと思ってたんだ。んで、改めて幼稚
園の卒業アルバムとか園児の記録を調べてみたんだが、どこにもいなかった。はっきりと遊んだ記憶が残っているのにさ。想像上の存在だったんだ、その友達」
へらへらとしながら、言っているが背筋が冷たくなる。
幼稚園の頃の記憶は薄れてはいるものの、未だに残っている。当然友人だった人々の事も覚えている。しかし、現在でも繋がりのある人はいない。一人もいない。そのことを寂しいと思ったことはない。つながりはなくても、思い出として残っている、どこかできっと生きていると信じているからだ。
でももし、そうでなかったら。自分の記憶の中にある人が、遠い過去に、記憶という糸でつながっている存在たちが、いないものだとしたら、どうなる。
全てが偽りとなるのではないか、遊んだことも、喧嘩したことも、勉強したことも。全てが偽り、想像上の物になる。
「どうした、そんな深刻そうな顔して」
その声で我に返る。瑠璃はいつの間にか届けられていたハンバーグを小さな口一杯に頬張っている。
「……ううん、なんでもない」
「……安心しな。何から何まで想像ってことはないからさ」
オレンジジュースで肉を流し込みながら、瑠璃が笑う。こちらの考えていることなどお見通しのようだ。思わず、苦笑する。
「深刻に考えなくていいよ。幼少時代が全て、想像の物だったなんて例はないから。んで、いまいないーふふぇんふぉほ」
「飲み込んでから話しなさい」
ごくりと大きな音を立てて、飲み込む。
「イマジナリーフレンドは、よくある。幼い頃はもちろんことだが、青年期、13~19歳頃にも発生しやすい。この辺りは大人と子供の境目で精神が著しく発達する時期だ。それにこの時期は、中学校から高校に、高校から大学に上がる時期、新たな思想や異なる価値観に出会う機会も一気に増える。自我の芽生えと心の発達で、自分とは何か、どう生きるかを考え、自問自答や葛藤を経験する。青年期にそれらが重なり、複雑に混ざり合うことで、イマジナリーフレンドは産まれる。だけど、それも一時的なものだ。他人との交流が深まったり、自我を確立するといつの間にか消えていたりする、そんなものだ」
パスタをくるくると巻き付け、さながら巨大な綿菓子のような形状へと導き、口内へと放り込む。頬がハムスターのように膨れあがる。
「綾香、君は弟君についてどう思うんだ?」
「……年齢的には青年期にあたるわ。でも、高校二年生なのよ? 思想や価値観の違う人間に出会い、そ
れらと自我のせめぎ合いに葛藤するとしたら一年生のときに起こるものだと思うんだけれど」
「時期的には、クラス替えの時期でもあるだろう」
そうだ、芳佳が引き込もるようになったのは4月の中旬だった。ならば瑠璃の言う通り、新たなクラスメイト達と自分の差異が原因となってしまったのだろうか。
「それで、何かしら解決策はあるの? 治療法とか」
肝心なことはそれだ。もっとも、まだイマジナリーフレンドと決まったわけではないが、母の言葉から考えるとこれの可能性が一番高い。
「イマジナリーフレンドは病気とかではないぞ? 精神が病んでいるとかそういうものでもない、だから、はっきり言って治療法などはない」
なんとなく予想はついていたが、それでも、その返答に思わず目を伏せてしまう。
「そう悲観的になるな。こればかりは他人にはどうしようもないだろ。弟君がイマジナリーフレンドと共に、こちら側に心を開いてくれるよう声をかける、今できるのはそれぐらいだよ」
「はぁ……根気がいるわね」
「人の精神と向き合うんだ、時間はかかるさ」
大量の注文品は気が付くと無くなっており、瑠璃はデザートに手を付けていた。
「……ねえ、瑠璃」
「んあ、なんだ?」
「一口、もらってもいい?」
すると彼女はにっこりと笑いながら、もう一本のスプーンを差し出してくれた。
バニラアイスをえぐり、口に含む。きんとした冷たさと、強い甘みが思考をクリアにしてくれた、気がする。
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