3 / 22
#魔物襲来
しおりを挟む
教授のよう──と思った男性は本当にアイリーンの指導教授だった。フェリクス卿とは学生時代の同期であるらしく、やはりその縁で見合い話が回ってきたようだ。
当のアイリーンとの会話は弾まなかった。
重鎮と仲人の教授が場を和ませようと話題を振るが、アイリーンの反応は淡々として、会話はすぐに終わってしまった。
カリオンは作り笑顔を浮かべながら、穏やかに相槌を打ち続ける。
彼女がこちらをまともに見てくれない理由も、なぜこんなにも警戒しているのかもわからず、手探りで対応していた。
(……まあ、破談だな)
と、あきらめかけたその時。
「お連れ様がお見えです」
控室の扉が、音もなく開かれる。
(今日は本人だけじゃ……?)
カリオンが疑問に思う間もなく、姿を現したのは、流行的な趣味のいいドレスを着た中年の女性だった。
丁寧に化粧を施し、笑みを浮かべて堂々と歩いてくるその姿は、明らかに貴族の婦人。
誰かは聞かなくてもわかった。一目で母親とわかるほど、彼女はアイリーンに似ていた。
しかし当のアイリーンにとっても突然の身内の登場は予想外のものだったようだ。顔は青ざめ、唇が震えている。
「なんで……誰にも教えてないのに」
まるでストーカーが現れたかのような反応だった。
アイリーンの母親は娘の様子になど興味はないようで、自分こそが主役のように振る舞った。
「お邪魔してごめんなさいね。この子ったら何も言わずにお見合いなんてするものですから。私は許可していないんです。娘は引き取りますわ」
聞かされていなかった話に、カリオンはフェリクス卿を見た。彼も動揺しているところを見ると、同じく聞かされていなかったようだ。
アイリーン側の仲人であるニコロ・ペンドット教授が、やんわりと母親を制した。
「彼女は成人しています。母親といえども、頭ごなしに否定するのは――」
「こんな出来損ないでも当家の娘です。変な家に嫁がれたらうちの家格が下がりますわ」
カリオンは絶句した。
(実の娘を出来損ないだと……?)
謙遜ではなく、明らかに侮蔑のにじんだ声だった。釣書を見るだけでもアイリーンがどんなに優秀で、努力家なのかは一目瞭然だった。なのに彼女は娘の功績や人格を一切認めていない。
「お言葉ですな。ここにるのは将来有望な、セラフィータ家の令嬢にも恥ずかしく相手として私が選んだ男です。それを『変な家』? 『うちの家格が下がる』? ずいぶんと愚弄されたものですな!」
フェリクス卿が声を荒げた。いつもにこにこした顔をしているのに、腐っても騎士団の重鎮。その迫力に毒母は完全に気圧されていた。
「セラフィータ家は王家にも嫁いだ由緒ある家です! それを……っ」
「八代も前のご先祖様にすがって偉そうに」
アイリーンが吐き捨てた。その瞬間、毒母はカッとなって娘に手を上げた。
「あなたがそんな恥知らずだから、我が家が侮辱されるのよ!!」
反射的にカリオンは毒母を取り押さえた。諦めることなく彼女は娘を侮辱した。
「出来損ないのくせに男をたらしこむことだけは優秀なんだから! 放すようにこの男に言いなさい! またお兄様に折檻されたいの!?」
聞くに耐えないので、カリオンはアイリーンに尋ねた。
「どうする? 君が望むなら警察に引き渡すよ」
なおも毒母はわめき続けた。
「またウソばかりついてまわりを騙してるんでしょう! 本当に嫌な子! 生むんじゃなかったわ! 少しは親の言うことを聞いたらどうなの! 家の名に泥を塗るような真似ばかりして、恥ずかしいと思わないの!?」
「恥ずかしいのはあなただ。少し黙りなさい。でないと本当に通報しますよ」
教授がぴしゃりと言って毒母を黙らせた。
気分が悪そうに口元を押さえて、アイリーンは飛び出していった。
「フェリクス卿――」
とっさに上司を見ると、「構わないから行け」と目で頷かれた。カリオンは乱暴に毒母を放すと、アイリーンの後を追った。
走りながら、カリオンの脳裏に、あの仏頂面の少女の、傷ついた目がよぎる。
(どれだけのことを我慢してきたんだ)
自分はまだアイリーン・セラフィータという女性のことをほとんど知らない。
けれど、たった今、自分がするべきことは決まっていた。
──あの子を一人にしちゃいけない。
当のアイリーンとの会話は弾まなかった。
重鎮と仲人の教授が場を和ませようと話題を振るが、アイリーンの反応は淡々として、会話はすぐに終わってしまった。
カリオンは作り笑顔を浮かべながら、穏やかに相槌を打ち続ける。
彼女がこちらをまともに見てくれない理由も、なぜこんなにも警戒しているのかもわからず、手探りで対応していた。
(……まあ、破談だな)
と、あきらめかけたその時。
「お連れ様がお見えです」
控室の扉が、音もなく開かれる。
(今日は本人だけじゃ……?)
カリオンが疑問に思う間もなく、姿を現したのは、流行的な趣味のいいドレスを着た中年の女性だった。
丁寧に化粧を施し、笑みを浮かべて堂々と歩いてくるその姿は、明らかに貴族の婦人。
誰かは聞かなくてもわかった。一目で母親とわかるほど、彼女はアイリーンに似ていた。
しかし当のアイリーンにとっても突然の身内の登場は予想外のものだったようだ。顔は青ざめ、唇が震えている。
「なんで……誰にも教えてないのに」
まるでストーカーが現れたかのような反応だった。
アイリーンの母親は娘の様子になど興味はないようで、自分こそが主役のように振る舞った。
「お邪魔してごめんなさいね。この子ったら何も言わずにお見合いなんてするものですから。私は許可していないんです。娘は引き取りますわ」
聞かされていなかった話に、カリオンはフェリクス卿を見た。彼も動揺しているところを見ると、同じく聞かされていなかったようだ。
アイリーン側の仲人であるニコロ・ペンドット教授が、やんわりと母親を制した。
「彼女は成人しています。母親といえども、頭ごなしに否定するのは――」
「こんな出来損ないでも当家の娘です。変な家に嫁がれたらうちの家格が下がりますわ」
カリオンは絶句した。
(実の娘を出来損ないだと……?)
謙遜ではなく、明らかに侮蔑のにじんだ声だった。釣書を見るだけでもアイリーンがどんなに優秀で、努力家なのかは一目瞭然だった。なのに彼女は娘の功績や人格を一切認めていない。
「お言葉ですな。ここにるのは将来有望な、セラフィータ家の令嬢にも恥ずかしく相手として私が選んだ男です。それを『変な家』? 『うちの家格が下がる』? ずいぶんと愚弄されたものですな!」
フェリクス卿が声を荒げた。いつもにこにこした顔をしているのに、腐っても騎士団の重鎮。その迫力に毒母は完全に気圧されていた。
「セラフィータ家は王家にも嫁いだ由緒ある家です! それを……っ」
「八代も前のご先祖様にすがって偉そうに」
アイリーンが吐き捨てた。その瞬間、毒母はカッとなって娘に手を上げた。
「あなたがそんな恥知らずだから、我が家が侮辱されるのよ!!」
反射的にカリオンは毒母を取り押さえた。諦めることなく彼女は娘を侮辱した。
「出来損ないのくせに男をたらしこむことだけは優秀なんだから! 放すようにこの男に言いなさい! またお兄様に折檻されたいの!?」
聞くに耐えないので、カリオンはアイリーンに尋ねた。
「どうする? 君が望むなら警察に引き渡すよ」
なおも毒母はわめき続けた。
「またウソばかりついてまわりを騙してるんでしょう! 本当に嫌な子! 生むんじゃなかったわ! 少しは親の言うことを聞いたらどうなの! 家の名に泥を塗るような真似ばかりして、恥ずかしいと思わないの!?」
「恥ずかしいのはあなただ。少し黙りなさい。でないと本当に通報しますよ」
教授がぴしゃりと言って毒母を黙らせた。
気分が悪そうに口元を押さえて、アイリーンは飛び出していった。
「フェリクス卿――」
とっさに上司を見ると、「構わないから行け」と目で頷かれた。カリオンは乱暴に毒母を放すと、アイリーンの後を追った。
走りながら、カリオンの脳裏に、あの仏頂面の少女の、傷ついた目がよぎる。
(どれだけのことを我慢してきたんだ)
自分はまだアイリーン・セラフィータという女性のことをほとんど知らない。
けれど、たった今、自分がするべきことは決まっていた。
──あの子を一人にしちゃいけない。
0
あなたにおすすめの小説
肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです
沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる